2020-04-21 国立天文台
2019年、太陽系の外からひとつの天体が太陽系に飛来し、話題になりました。「ボリソフ彗星」です。アルマ望遠鏡は、2019年12月15日・16日にこのボリソフ彗星を観測し、太陽系外からやってきた天体から噴き出す物質を特定することに成功しました。
太陽系に飛来したボリソフ彗星の想像図。ボリソフ彗星は、太陽系の外からやってきたことが確認された初めての彗星です。彗星本体(彗星核)は氷と塵の粒子が緩やかにかたまった状態にあり、その大きさはせいぜい1キロメートル程度と考えられています。彗星核が太陽に近づくと温度が上がるため、氷が昇華してガスが噴き出します。
Credit: NRAO/AUI/NSF, S. Dagnello
アルマ望遠鏡によるボリソフ彗星の観測は、NASAゴダード宇宙飛行センターのマーティン・コーディナー氏とステファニー・ミラン氏らの研究チームによって行われました。この観測の結果、彗星から噴き出したガスから、一酸化炭素(CO)とシアン化水素(HCN)が検出されました。別の望遠鏡による観測から、ボリソフ彗星から噴き出す水分子(H2O)の量が見積もられていたため、コーディナー氏らは水分子に対する一酸化炭素とシアン化水素の含有量を調べました。その結果、ボリソフ彗星には一般的な彗星に比べてかなり大量の一酸化炭素が含まれていることがわかりました。ボリソフ彗星から噴き出したガス内での水に対する一酸化炭素の量は、太陽から2天文単位(太陽から地球までの距離の2倍、約3億キロメートル)以内で測定されたどの彗星よりも大きなものでした [1] 。ボリソフ彗星の一酸化炭素含有量は、平均的な太陽系の彗星の9倍から26倍にも及びます。
天文学者は、彗星が長い時間を星から遠く低温の場所で過ごしてきたため、その性質に関心を持っています。惑星とは違って、彗星の内部は彗星が誕生したころから大きく変化していないと考えられているのです。このため、惑星が作られていく過程をひもとくためには絶好の観測対象なのです。コーディナー氏は「太陽系の外から飛んできた彗星の内部の情報を得ることができたのは、今回が初めてのことでした。そして、面白いことに私たちがよく知っている太陽系の彗星とは性質が大きく異なっていたのです。」と語っています。
ボリソフ彗星から噴き出す一酸化炭素の水に対する割合は太陽系の彗星よりずっと大きいものでしたが、シアン化水素の割合は太陽系の彗星と同程度でした。ミラン氏は「ボリソフ彗星は、一酸化炭素の氷が非常に豊富な場所で作られたに違いありません。そこは、マイナス250℃以下という非常に低温の場所だったはずです。」とコメントしています。
アルマ望遠鏡が捉えた、ボリソフ彗星から噴き出したシアン化水素(HCN、左)と一酸化炭素(CO、右)。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), M. Cordiner & S. Milam; NRAO/AUI/NSF, S. Dagnello
共同研究者であるアンソニー・レミジャン氏(米国立電波天文台)は「アルマ望遠鏡は、太陽系の彗星の性質についての私たちの理解を大きく変革しつつあります。そして、今回はよその恒星系からやってきた彗星についても新しい知見をもたらしてくれました。アルマ望遠鏡の高い感度があったからこそ、ボリソフ彗星のような稀有な天体から放出されるガスの成分を特定することができたのです。」と語っています。
一酸化炭素は、星間空間でもっともありふれた分子のひとつであり、多くの彗星でも検出されています。しかし、彗星に含まれる一酸化炭素の量には大きなばらつきがあり、その理由についてはまだ謎のままです。彗星が太陽系のどこで作られたか、あるいは彗星がどれくらいの頻度で太陽に近づくかによっても組成が異なる可能性があります。太陽に近づくと、揮発性の高い物質から失われていくためです。
「今回の観測成果がボリソフ彗星の形成場所の環境を反映しているのであれば、太陽系の彗星とは異なるメカニズムで作られたのかもしれません。それは、惑星系の外縁部の非常に低温の場所です。」とコーディナー氏はコメントしています。惑星系の外縁部とは、太陽系の場合は、海王星の外側にたくさんの氷の天体が浮かんでいる領域(エッジワース・カイパーベルト)に相当します。
ボリソフ彗星が生まれた惑星系とその中心星については、まだほとんどわかっていません。コーディナー氏は「これまでアルマ望遠鏡で観測されてきた原始惑星系円盤の多くは、太陽のような小質量星の若いころに見られるものです。その多くは、太陽系で彗星が作られたと考えられている領域よりもずっと外側まで広がっていて、非常に大量のガスと塵を含んでいます。ボリソフ彗星は、こうした巨大な原始惑星系円盤で作られたのかもしれません。」と語っています。
ボリソフ彗星は秒速33キロメートルという高速で太陽系内を通り過ぎていきました。このため、ボリソフ彗星はもといた惑星系で巨大惑星の重力によって弾き飛ばされてしまったのではないかと天文学者たちは推測しています。ボリソフ彗星はその後数百万年から数十億年の間、冷たい宇宙空間を孤独に飛行し、2019年8月30日にアマチュア天文家のゲナディ・ボリソフ氏によって発見されました。
ボリソフ彗星は、太陽系にやってきた恒星間飛行天体としては2例目でした。最初の天体オウムアムアは2017年10月に発見されましたが、その時にはすでに地球から遠ざかりつつあって詳しい観測が難しかったため、その正体が彗星であるのか、小惑星であるのか、それとも別の種類の天体であるのかを同定することができませんでした。ボリソフ彗星の場合は、周囲に噴き出したガスと塵が観測されたため、彗星であることがはっきりわかりました。
別の恒星間彗星が観測されるまでは、ボリソフ彗星の特異な組成を理解することは難しいかもしれません。一酸化炭素が非常に多いという性質は、恒星間彗星では一般的なものなのでしょうか?今後、特異な化学組成を持つ恒星間彗星をたくさん観測することができるのでしょうか?恒星間彗星は、惑星の誕生過程を解き明かすヒントになりうるのでしょうか?謎はつきることがありません。
ミラン氏は、「ボリソフ彗星は、他の惑星系における化学について初めての知見を与えてくれました。しかし、他の恒星間彗星と比較することで初めて、ボリソフ彗星が特殊なのか、あるいは恒星間彗星は一酸化炭素を豊富に含んでいるのかがわかるのです。」とコメントしています。
この記事は、2020年4月13日に発表された米国立電波天文台のプレスリリース をもとに作成しました。
論文情報
この観測成果は、M. Cordiner & S. Milam, et al. “Unusually high CO abundance of the first active interstellar comet,” として、天文学専門誌「ネイチャー・アストロノミー」に掲載されます。
[1]
C/2016 R2パンスターズ彗星では、太陽から2.8天文単位のところで今回測定されたものより大きな割合の一酸化炭素が検出されています。