荷電処理が一切不要なエレクトレット型振動発電素子を開発

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有機EL材料で自己組織化エレクトレットを実現

2020-04-20 千葉大学,科学技術振興機構

エレクトレット型の振動発電素子は微小な振動から電力を得ることできる有力なデバイスですが、エレクトレットの作製には荷電処理が必須であり、これが製造コストを増加させる1つの要因でした。千葉大学 先進科学センターの田中 有弥 助教らは、自然に整列する有機エレクトロルミネッセンス素子用の材料を利用することで、荷電処理を一切要しない『自己組織化エレクトレット』型振動発電素子の開発に成功しました。本研究は有機EL材料がエレクトレットの材料としても有用であることを実証したものであり、発電素子だけでなく、エレクトレットが使用されるセンサ、マイクなどのデバイスの作製プロセスを簡略化や、低製造コスト化に貢献することが期待されます。

本成果は2020年4月20日(英国夏時間)に科学誌「Scientific Reports」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域:「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」

研究総括:谷口 研二 大阪大学 名誉教授

副研究総括:秋永 広幸 産業技術総合研究所 総括研究主幹

研究課題名:極性分子配向薄膜を備えた新規振動発電器の創生

研究者:田中 有弥 千葉大学 先進科学センター 助教

研究期間:2017年10月~2021年3月

<プレスリリース資料>
荷電処理が一切不要な エレクトレット型振動発電素子を開発
~有機EL材料で自己組織化エレクトレットを実現~

エレクトレット型の振動発電素子は微小な振動から電力を得ることできる有力なデバイスですが、エレクトレットの作製には荷電処理が必須であり、これが製造コストを増加させる1つの要因でした。千葉大学先進科学センターの田中有弥助教らは、自然に整列する有機エレクトロルミネッセンス素子(以下、有機 EL 素子注1))用の材料を利用することで、荷電処理を一切要しない『自己組織化エレクトレット』型振動発電素子の開発に成功しました。本研究は有機 EL 材料がエレクトレット注2)の材料としても有用であることを実証したものであり、発電素子だけでなく、エレクトレットが使用されるセンサ、マイクなどのデバイスの作製プロセスを簡略化や、低製造コスト化に貢献することが期待されます。
この成果は 2020 年 4 月 20 日に科学誌「Scientific Reports」に掲載されます。荷電処理が一切不要なエレクトレット型振動発電素子を開発
図1:本研究で作製した、『自己組織化エレクトレット』からなる振動発電素子の模式図。分極電荷によって正負の電荷が振動・固定電極に誘起される。この状態で電極が振動すると電荷の充放電が生じ、外部回路に電流が流れることで発電する。
図2:極性を持つ有機 EL 材料の Alq3 と TPBi の分子構造と、TPBi を成膜したもの。荷電処理を一切行わずに巨大な表面電位が発現することから、エレクトレットとして機能することを本研究で見いだした。

■研究の背景
より安心・安全な社会を実現するために、ビルやトンネル、橋梁などの人工物や自然環境の現況、人の健康状態といったさまざまな情報を取得し、それをネットワーク上に送信する無線センサが大量に利用される時代が到来するといわれています。これまで無線センサの電源としては主にボタン電池が利用されてきましたが、電池は頻繁に交換する必要があり、また使用後は有害なごみになります。そのため、光や熱、振動といった身の周りにあるエネルギーから電力を得る環境発電(エネルギーハーベスティング)が注目を集めています。エネルギー源によってさまざまなデバイスが提案されていますが、周波数が低い振動で比較的高い出力電圧を得られるエレクトレット型の振動発電素子は特に有力視されています。
一般的にエレクトレットは絶縁体薄膜に荷電処理を行って作製します。例えばポリマー型の絶縁体薄膜には、コロナ荷電が広く普及しており、2 mC/m2 という高い表面電荷密度注 3)が実現されています参考 1)。しかしながら、コロナ荷電は処理条件の最適化や均一な荷電が困難です。その他の荷電処理方法も提案されていますが、どれも製造コスト増加の一因となっていました。

■研究の成果
本研究グループが注目した有機エレクトロルミネッセンス(EL)素子用の材料には、永久双極子注 4)を持つ分子(つまり極性分子)が数多くあります。同研究グループは、これらを真空中で成膜することで、図3(a)に示すように、極性分子が自発的に基板垂直方向に配向し、一切荷電処理を行わずとも巨大な表面電位(100 nm で数ボルト)が発現することを報告しています参考 2)。この巨大表面電位を有する膜は『荷電処理が不要なエレクトレット』とみなすことができるという着想に至り、本研究ではこれを『自己組織化エレクトレット(Self-Assembled Electret)』と名付け、その特長を生かして作製が容易な振動発電素子の開発を行いました。

図3:
(a) 本研究で作製した『自己組織化エレクトレット』の模式図。極性分子が自発的に配向し、膜の表面と裏面に分極電荷が形成される。その結果巨大表面電位が自然に発生し、自己組織化エレクトレットとなる。
(b) 真空蒸着によって成膜した TPBi 薄膜の表面電位(sp)の膜厚(e)依存性。表面電位は膜厚に比例して増加し(傾き:66 mV/nm)、500 nm で 30.2 V にも達する。この結果から自己組織化エレクトレットが作製できたことが分かる。
(c) 作製した振動発電素子の電極の振動によって発生した電流の時間依存性。電極の振動周波数(55 Hz)に一致した周期(18.2 ms)の交流電流が発生しており、荷電処理が一切不要な振動発電素子が実現できたことを示している。

成果1:成膜するのみで既存のエレクトレットと同等の表面電荷密度を実現
本研究では、エレクトレットを作成するために有機EL素子の材料として利用されているTPBi(1,3,5-tris(1-phenyl-1H-benzimidazole-2-yl)benzene)を主に使用しました(図 2 上)。図3(b)に真空蒸着法によって作製したTPBi 薄膜の表面電位(sp )の膜厚(e )依存性を示しています。表面電位は膜厚に比例して増加し(傾き:66 mV/nm)、500 nm で 30.2 V に達していることが分かります。これは TPBi の永久双極子が基板垂直方向に配向し、荷電処理なしで膜表面に正の分極電荷注 5)が形成されたことを示しています(図3(a)参照)。この傾きから表面電荷密度を算出すると 1.7 mC/m2となり、コロナ荷電処理後のポリマー型エレクトレットと同等の値となっていることが分かりました。

成果2:振動発電素子として機能することを確認
次に TPBi 薄膜表面から 200 μm 程度離した場所に振動電極(面積:28.3 mm2、振動周期:18.2 ms)を導入し、振動発電素子を作製しました。図3(c)中の実線は電極の振動に伴って流れた電流を示しており、その周期が電極振動に完全に一致していることが分かります。この結果は、TPBi を用いることで、荷電処理が一切不要なエレクトレット型の振動発電素子が実現できたことを示しています。また光に対する安定性を調べるために、室内光照射下で TPBi 振動発電素子を保管し、2.4×104 s(6.7 h)後に再度電流を測定しました(図3(c)中の破線)。得られた電流値はデバイス作製直後とほぼ一致していることから、TPBi を利用することで光に対する安定性の高いデバイスが実現できました。

■研究のまとめと今後の展開
本研究成果を用いることで、エレクトレット型の振動発電素子やセンサといったさまざまなデバイスの製造プロセスを簡略化することが可能になります。また本研究は有機 EL 材料がエレクトレットからなるデバイスにとっても有用であることを実証したものであり、将来的には『自己組織化エレクトレット』を利用した新しいデバイスは、電池を使用しない自己給電型環境センサによるハイテク農業やインフラ設備の監視、医療器具の高度化と無線給電応用などへと展開されると期待されます。
今後は極性分子の自発的配向機構の解明を目的として研究を進め、自己組織化エレクトレットの高表面電荷密度化、及びさらなる長寿命化を通じて、エレクトレット型デバイスの実用化につなげる予定です。

■研究プロジェクト
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研 究 領域 : 「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」
研 究 総括 : 谷口 研二 大阪大学 名誉教授
副研究総括: 秋永 広幸 産業技術総合研究所 総括研究主幹
研究課題名: 極性分子配向薄膜を備えた新規振動発電器の創生
研 究 者 : 田中 有弥 千葉大学先進科学センター 助教
研 究 期間 : 2017 年 10 月~2021年 3 月

■論文情報
著者名: Yuya Tanaka, Noritaka Matsuura, Hisao Ishii
タイトル: Self-Assembled Electret for Vibration-Based Power Generator
雑誌名: Scientific Reports
D O I : 10.1038/s41598-020-63484-9

■用語解説
注1)有機エレクトロルミネッセンス(EL)素子
有機発光ダイオード(OLED)とも呼ばれる。有機半導体材料からなり、柔らかくて軽量という特長を有する発光ダイオードのこと。一般的にさまざまな材料の多層膜で構成される。例えば二層からなる有機 EL 素子で、そのうちの1つが極性分子である場合、素子に電圧を印加すると極性分子薄膜の表面電荷密度と等量の電荷が素子内部に蓄積する参考3)。
注2) エレクトレット
半永久的に電荷、もしくは電気分極を持つ絶縁体。
注3)表面電荷密度
薄膜の表面に存在する電荷量をその表面積で規格化した値。単位面積あたりに表面に存在する電荷量を示す。エレクトレット型の振動発電素子ではその出力電力は表面電荷密度の二乗に比例するため、表面電荷密度はデバイス性能を決定する重要なパラメータである。
注 4)永久双極子
等量の正電荷と負電荷が対になって存在する状態のこと。永久双極子を持つ分子は内部で電荷の偏りが存在しており、これを極性分子と呼ぶ。
注 5)分極電荷
極性分子からなる絶縁体に外部から電界を与えたときに、膜の表面と裏面に現れる電荷のこと。材料によっては外部から電界が与えられなくても配向分極が生じるものもあり、この現象は自発分極と呼ばれている。

■参考文献情報
参考1) K. Kashiwagi et al., J. Micromech. Microeng. 21, 125016 (2011).
参考2) E. Ito et al., J. Appl. Phys. 92, 7306 (2002).
参考 3) Y. Noguchi et al., J. Appl. Phys. 111, 114508 (2012).

■お問い合わせ

〈研究に関すること〉
千葉大学先進科学センター 田中 有弥

〈JST 事業に関すること〉
科学技術振興機構戦略研究推進部
グリーンイノベーショングループ 嶋林 ゆう子

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