フェリ磁性体における磁壁移動に対するスピン移行トルク効果を解明

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反強磁性体を利用した高速動作磁壁メモリの実現へ道筋

2019-09-26 京都大学

小野輝男 化学研究所教授、奥野尭也 同博士課程学生、Duck-Ho Kim 同研究員らの研究グループは、塚本新 日本大学教授、Se Kwon Kim ミズーリ大学助教授、Kyung-Jin Lee 高麗大学校教授らと共同で、反強磁性的な磁化結合をもつフェリ磁性体の磁壁に対して、電流と磁化の相互作用であるスピン移行トルクが与える効果を実験および理論の両面から解明しました。
磁壁レーストラックメモリは、電流を流した際にはたらくスピン移行トルクによって磁壁の位置を制御する事を基本動作とする、次世代型磁気メモリとして期待されています。近年、高速動作可能な磁壁メモリを実現するうえで、反強磁性体が有力な材料候補として研究されています。しかし、反強磁性体は自発磁化を持たないことから外部磁場による磁化制御が困難なため、反強磁性体の磁壁に作用するスピン移行トルクを実験的に調べた報告はこれまでありませんでした。
本研究では、フェリ磁性合金ガドリニウム・鉄・コバルト(GdFeCo)の磁壁移動に対して、磁壁移動速度に占める非断熱スピン移行トルクの効果が大きいことを実証しました。本研究成果は、反強磁性体を利用した高速動作の磁壁メモリの実現へ向けた道筋となることが期待されます。
本研究成果は、2019年9月19日に、国際学術誌「Nature Electronics」のオンライン版に掲載されました。

フェリ磁性体における磁壁移動に対するスピン移行トルク効果を解明

図:(a)磁壁移動速度の測定配置。(b)スピン移行トルクによる磁壁移動速度の温度依存性。(c)スピン移行トルクの断熱成分(青色曲線)と非断熱成分(赤色曲線)。

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1038/s41928-019-0303-5

Takaya Okuno, Duck-Ho Kim, Se-Hyeok Oh, Se Kwon Kim, Yuushou Hirata, Tomoe Nishimura, Woo Seung Ham, Yasuhiro Futakawa, Hiroki Yoshikawa, Arata Tsukamoto, Yaroslav Tserkovnyak, Yoichi Shiota, Takahiro Moriyama, Kab-Jin Kim, Kyung-Jin Lee & Teruo Ono (2019). Spin-transfer torques for domain wall motion in antiferromagnetically coupled ferrimagnets. Nature Electronics, 2(9), 389-393.

詳しい研究内容について

フェリ磁性体における磁壁移動に対するスピン移行トルク効果を解明
―反強磁性体を利用した高速動作磁壁メモリの実現へ道筋―

概要
京都大学化学研究所の小野輝男 教授、奥野尭也 同博士課程学生、Duck-Ho Kim 同研究員らの研究グルー プは、日本大学の塚本新 教授、ミズーリ大学の Se Kwon Kim 助教授、高麗大学校の Kyung-Jin Lee 教授ら と共同で、反強磁性的な磁化結合をもつフェリ磁性体の磁壁に対して、電流と磁化の相互作用であるスピン移 行トルクが与える効果を実験および理論の両面から解明しました。
磁壁レーストラックメモリは、電流を流した際にはたらくスピン移行トルクによって磁壁の位置を制御する 事を基本動作とする、次世代型磁気メモリとして期待されています。近年、高速動作可能な磁壁メモリを実現 するうえで、反強磁性体が有力な材料候補として精力的に研究されています。しかしながら、反強磁性体は自 発磁化を持たないことから外部磁場による磁化制御が困難なため、反強磁性体の磁壁に作用するスピン移行ト ルクを実験的に調べた報告はこれまでありませんでした。
本研究では、フェリ磁性合金ガドリニウム・鉄 ・バルルト(GdFeCo) の磁壁移動に対して、磁壁移動速度に 占める非断熱スピン移行トルクの効果が大きいことを実証しました。本成果は、反強磁性体を利用した高速動 作の磁壁メモリの実現へ向けた道筋となることが期待されます。
本研究成果は、2019 年 9 月 19 日に国際学術誌「Nature Electronics」にオンライン公開されました。

ポイント
 ● 反強磁性体を利用した磁壁メモリは、高速動作かつ外部の磁場擾乱に強いことから、次世代のスピントロ ニクス素子として有力であり精力的に研究が進められていますが、反強磁性体の磁壁移動を制御すること は非常に難しく、これまで実験的な報告がほとんどありませんでした。
● 本研究は、反強磁性的な磁化結合をもつフェリ磁性体において磁壁移動速度に占める非断熱スピン移行ト ルクの効果が大きいことを示し、反強磁性磁壁の電流駆動を実現する可能性を拓きました。
● 本研究によって今後は、反強磁性材料を用いた磁壁レーストラックメモリの研究がさらに活発になると期 待されます。

1.背景
磁性体の磁区と磁区の境界である磁壁を利用した磁壁レーストラックメモリ(図 1a)は、不揮発かつ高密 度な次世代型磁気メモリとして期待されています。磁壁メモリは、電流を流した際にスピン移行トルク注 1によ って磁壁の位置を制御する事を基本動作とします。近年、高速動作可能な磁壁メモリを実現するうえで、反強 磁性体注 2が有力な材料候補として精力的に研究されています (図 1b)。これは、反強磁性体が強磁性体に比べ て数桁高速な磁化ダイナミクスを示すためです。また、反強磁性体は磁場の乱れの影響を受けにくいため、情 報記録の安定性が高いと期待されています。しかしながら、外部磁場の影響を受けにくいという利点は同時に、 磁壁移動を実験的に制御することが困難であるという欠点でもあるため、反強磁性体の磁壁に作用するスピン 移行トルクを実験的に調べた報告はこれまでありませんでした。


図 1 (a) 磁壁移動型レーストラックメモリの模式図 [1]。赤(青)色の領域はそれぞれ磁区を表し、情報として0(1)を記録し ている。細線に電流を流すと、スピン移行トルクによって磁壁が細線内を移動することで、磁区の読み出しと書き込み を行う。さらに、細線を高密度に配置することで、高い記録密度を持つメモリになる。 (b) 強磁性, 反強磁性, フェリ磁性の 違い。フェリ磁性は強磁性と反強磁性の両方の性質を持つ。 https://www.nims.go.jp/mmu/tutorials/magnetism_j.html より転載。
[1] S. S. P. Parkin et al., Science 320, 190 (2008).

2.研究手法・成果
フェリ磁性体注 2は、反強磁性的に結合した磁化をもちながら正味の自発磁化を有する物質であり、反強磁 性磁化ダイナミクスを実験的に調査することが可能です(図 1b)。本研究ではフェリ磁性体に着目し、フェ リ磁性金属 GdFeCo の磁壁に対してスピン移行トルクが与える効果を実験および理論の両面から調査しまし た。図 2(a)に示すような実験配置を用いて、フェリ磁性体の磁壁移動速度を様々な温度で測定しました。そ の結果、図 2(b)に示すように、スピン移行トルクに起因する磁壁速度が、角運動量補償温度注 3の近傍で符号 反転することが明らかになりました。さらに、フェリ磁性体における磁壁速度の理論式を導出して実験デー タを解析した結果、図 2(c)に示すように、角運動量補償温度に対してスピン移行トルクの断熱成分が反対称 (青色曲線)、非断熱成分が対称(赤色曲線)な温度依存性を示すことが分かりました。この結果は、磁壁移 動速度に占めるスピン移行トルクの非断熱成分が角運動量補償温度で大きくなることを示しています。角運 動量補償温度ではフェリ磁性体が反強磁性体と同様の磁化ダイナミクスを示すことから、この実験結果は反 強磁性体の磁壁に大きな非断熱スピン移行トルクが働くことを意味しています。


図 2 (a)磁壁移動速度の測定配置。 (b)スピン移行トルクによる磁壁移動速度の温度依存性。 (c)図 2(b)のフィッテイ ング結果から、スピン移行トルクの断熱成分(青色曲線)と非断熱成分(赤色曲線)に分けた。

3.波及効果、今後の予定
本研究では、反強磁性的な磁化結合をもつフェリ磁性体において磁壁移動速度に占める非断熱スピン移行 トルクの効果が大きいことを実証し、反強磁性磁壁をスピン移行トルクによって駆動する可能性を拓きまし た。本研究によって今後は、反強磁性材料を用いた磁壁レーストラックメモリの実現を目指した研究がさら に活発になると期待されます。

4.研究プロジェクトについて
本研究の一部は、科研研究費補助金「特別推進研究」、「新学術領域研究:ナノスピン変換科学」、スピント ロニクス学術研究基盤連携ネットワーク、京都大学化学研究所共同利用 ・共同研究拠点の助成を受けて行われ ました。

<用語解説>
注 1 スピン移行トルク強磁性金属を流れる伝導電子は、強磁性金属の磁化の方向に交換相互作用によってス ピン偏極しています。これは、磁化方向と伝導電子のスピン磁気モーメントの方向をそろえようとする効果で す。磁化方向と異なるスピン磁気モーメントを持つ電子が強磁性金属に注入されたとき、磁化と電子スピン磁 気モーメントを平行にそろえようとする交換相互作用が働いて、磁化はトルクを受けます。このように、角運 動量が電子スピンから磁化へ移行することで働くトルクをスピン移行トルクと呼びます。

注 2 反強磁性体とフェリ磁性体 反強磁性体は、隣り合う原子の磁気モーメントが互いに反対方向を向いて整 列し、全体として磁化を持ちません。一方、フェリ磁性体は、大きさの異なる磁気モーメントが互いに反対方 向を向く (反強磁性体のような磁化結合をもつ)ので、全体として磁化を持ちます。このことは、フェリ磁性 体が強磁性体と反強磁性体の両方の性質を持つことを意味しており、フェリ磁性体を使うことで反強磁性体の 磁化の運動を調査することができます。

注 3 角運動量補償温度 本研究で用いたフェリ磁性合金ガドリニウム・鉄 ・バルルト(GdFeCo)では、Gd およ び Fe, Co の磁気モーメントが互いに反対方向を向いています。GdFeCo の温度が変化すると、それにともな って Gd と Fe, Co それぞれの磁気モーメントが持つ角運動量の大きさが変化します。このため、Gd の角運動 量と Fe, Co の角運動量の大きさが等しくなる温度では、GdFeCo は全体として角運動量を持たなくなります。 この温度を角運動量補償温度と呼び、フェリ磁性体が反強磁性体と同様の磁化ダイナミクスを示します。

<論文タイトルと著者>
タイトル:Spin-transfer torques for domain wall motion in antiferromagnetically-coupled ferrimagnets(反 強磁性的な磁化結合を有するフェリ磁性体の磁壁移動に対するスピン移行トルク)
著 者:Takaya Okuno, Duck-Ho Kim, Se-Hyeok Oh, Se Kwon Kim, Yuushou Hirata, Tomoe Nishimura, Woo Seung Ham, Yasuhiro Futakawa, Hiroki Yoshikawa, Arata Tsukamoto, Yaroslav Tserkovnyak, Yoichi Shiota, Takahiro Moriyama, Kab-Jin Kim, Kyung-Jin Lee, and Teruo Ono
掲 載 誌:Nature Electronics  DOI:10.1038/s41928-019-0303-5

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