公開日: 2019.09.25
著者: 蒲生 秀典
雑誌情報: STI Horizon, Vol.5, No.3
発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)
科学技術予測センター 特別研究員 蒲生 秀典
概 要
現代のデジタル化社会を担う電子・光デバイスを超える膨大な情報処理能力を有し、生体などを高精度・非侵襲・非接触で計測・センシングできると期待される量子デバイスの研究開発が世界的に活発化している。特に膨大な情報量を高速処理できると期待される量子コンピュータへの大規模な研究開発投資が、官民問わず世界的に急速に拡大している。科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が実施したデルファイ調査の結果からも、将来社会を大きく変える可能性があるゲート型量子コンピュータは2035年(中央値)には社会実装されると予測されている。生産性向上のための量子コンピュータ・シミュレータ、セキュリティのための量子通信・暗号技術、医療革新のための量子センシング・イメージングなど社会からの期待は大きいが、量子状態の持続(コヒーレンス)時間や制御性向上などに関わる材料・デバイスなどのハードウェア、集積化などのシステム化、アルゴリズムなどのソフトウェアの研究開発、量子情報・量子生命などの基礎科学、そしてそれらを担う人材など、多様な科学技術の総合的な推進が求められる。
キーワード:量子コンピュータ,量子通信・暗号,量子情報,量子センシング,量子生命
1.はじめに
現代のデジタル化社会を担う電子・光デバイスを超える膨大な情報処理能力を有し、生体などを高精度・非侵襲・非接触で計測・センシングできると期待される量子デバイスの研究開発が世界的に活発化している。創薬や新材料・触媒開発の効率化による生産性向上に寄与する量子コンピュータ・シミュレータ、大容量・高速通信・高セキュリティのための量子通信・暗号技術、医療革新のための量子センシング・イメージングなど社会からの期待は増大している。
我が国では、統合イノベーション戦略2019(令和元年6月21日閣議決定)1)において、特に取組を強化すべき主要分野としてAI(人工知能)、バイオテクノロジーと並んで「量子技術」を、全ての科学技術イノベーションに影響する最先端の基盤的技術分野と位置づけ、2019年末までに「量子技術イノベーション戦略」を策定するとしている。なお、中間整理2)では、技術開発、国際、産業・イノベーション、知的財産・国際標準化、人材の5つの具体的な戦略を提示している。
一方、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)では、第11回科学技術予測調査3、4)の一環として2018~2019年にデルファイ調査注1を実施している。この調査では科学技術7分野を設定し、2050年までの実現が期待される科学技術として702トピックを選定した。その中で、分野横断的に量子に関する22の科学技術トピックが設定され、産学官の専門家に対するWebアンケートによって、それぞれのトピックについて重要度、国際競争力、技術的・社会的実現時期、政策手段などについての回答を得ている。
本稿では、NISTEP科学技術予測センターが科学技術の兆しやトレンドを捉えるため定常的に実施している、ホライズンスキャニング5)で得られた最近報告の記事(KIDSASHI)6)を中心に、量子科学技術の研究開発及び各国政策の動向を示すとともに、最新のデルファイ調査結果を基にした量子科学技術の将来展望について記す。
2.量子科学技術の研究開発動向
2-1 量子情報処理(量子コンピュータ・シミュレータ)
大手IT関連企業のGoogle、IBM、Intel、Microsoftなどがメインプレーヤーとなり、量子コンピュータの開発が世界的に活発化している。2017年に9量子ビットであった集積度がその後の1年間で72量子ビット注2へと劇的に向上し、コヒーレンス時間注3も、この20年間でナノ秒から数百マイクロ秒まで飛躍的に伸びている。もしこのトレンドが続くと仮定すると、2035年頃には100万量子ビット級の実用的な量子コンピュータが実現することになる(図表1)。このように産業界が研究開発を加速する背景には、量子コンピュータの適用による創薬・新材料の設計・開発の高速化・高効率化への期待がある。最近の量子アルゴリズム研究の進展によって、量子コンピュータを電子状態計算や化学反応シミュレーションに適用することで、大きな分子や遷移金属など重い元素を含む分子系の計算方法が明らかになってきている。例えばMicrosoftがターゲットとしている酵素(ニトロゲナーゼ注4)の窒素固定プロセス機構が解明され人工室温合成法が開発できれば、農業革命がおこると考えられている。現在、多くの企業が超伝導、光、冷却原子を用いたデジタル量子シミュレータの開発を行っており、GoogleやIBMは量子コンピュータを利用して、小規模分子(LiH、BeH2、水分子など)の量子化学計算に成功している。しかしながら、実用的な量子シミュレーションを実行するためには、最低でも100万~1億量子ビット程度の集積化が必要と考えられている。また、現時点では従来のコンピュータに対する優位性は実証されていない7、8)。量子コンピュータ開発の試金石として量子化学計算応用(デジタル量子シミュレータ)を目指すことで、最終目的である従来のコンピュータと同様の誤り耐性を持つ万能ゲート型量子コンピュータ実用化の加速につながる可能性がある9)。
コンピューティングを担う量子ビットとして、超伝導、イオントラップ、シリコン量子ドット、ダイヤモンドNV(窒素-空孔)センターなど様々なチップの研究開発が進められている10)。この中で最も開発が進んでいるのが、超伝導量子ビットで、シリコン基板上に作製された超伝導体(アルミニウム)と絶縁体(酸化アルミニウム)の積層膜から成るジョセフソン素子と、それをリング上に配したSQUID(超伝導量子干渉計)で構成される(図表2)。素子構造は比較的単純であるが、実用化に向け最も大きな課題となっているコヒーレンス時間の向上には、材料の結晶性・配向性・界面の劇的な向上・制御が不可欠である。さらに、デバイスの動作温度は数十ミリケルビンと極低温であり、それらのデバイス実装など多くの課題がある。シリコン量子ドットは現行の半導体デバイスとの整合性が高いため、Intelなどが精力的に開発を進めている。Microsoftは量子ビットが誤りからトポロジカルに保護されている、マヨラナ量子ビットの開発を欧州の大学と共同で進めている8、10)。
2-2 量子通信・暗号
情報・データ利用の普及等による情報通信セキュリティのニーズの増大を背景に、盗聴者がいると必ず検知できる究極に安全な通信技術として量子暗号通信が注目され、その実現に向けた研究開発が進められている。日本では、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)が中心となり2013年に全長100km程度のテストベッドTokyo QKD(Quantum Key Distribution:量子鍵配送) を構築し、運用評価を続けている。2019年7月には、日本が先導した規格(Y.3800)がITU-T(国際電気通信連合電気通信標準化部門)において、初の量子鍵配送ネットワークに係る勧告として成立した11)。
量子暗号通信において情報伝達に使われるのは単一光子で、量子状態は偏光(光の波の向き)、位相、スピンなどで制御する。1個の光子に情報を載せて一定間隔で送信する必要があり、かつ非常に微弱なため安定して遠距離(現状では100km程度が限界)に届ける技術が課題である。現状では古典的な中継で長距離ネットワークを構成しているため、安全性を物理的に確保することができない。その実現には、情報を載せる光子1個を必要なときに簡便かつ確実に生成できる単一光子源や、安全で長距離の通信を可能とする量子中継技術が必要となる12)。
情報を伝搬する単一光子源として開発の進むシリコン量子ドットなどの従来の半導体材料を用いた素子では、極低温環境や超高パワーレーザーを必要としていた。近年、ダイヤモンド中の格子欠陥や窒素・空孔(NV)センター等を用いた単一光子源が注目されている。ダイヤモンドは透明で広いバンドギャップ(5.5eV)を持つため、可視光やフォノン(熱)の影響がなく室温においても簡便かつ安定的に単一光子を生成することが可能である。また、最近このダイヤモンドNVセンターを利用し、入射する単一光子と空孔の局在電子の、量子状態の重ね合わせ(量子もつれ)を測定し、それを核スピンに転写する量子テレポーテーション技術が開発された(図表3)13)。この量子テレポーテーションによる転写技術は量子中継の基礎技術で、量子中継器が実用化できれば、インターネットと同等の世界規模の通信が実現できると期待されている14)。
図表3 ダイヤモンドNVセンターと量子テレポーテーションの概念図
2-3 量子センシング・量子生命科学
ダイヤモンドNVセンターの電子スピンを利用した量子技術は、高感度で小型化・室温動作可能なセンシングデバイスとしても注目されている。ダイヤモンドNVセンターは、電子スピンの重ね合わせ状態を生成でき、先に述べたようにバンドギャップが広くかつギャップ中央に位置するため、室温でもその状態を比較的長時間保持(コヒーレンス時間:数msec)することができる。その結果高い感度が得られ、また単一スピンでの計測が可能で空間分解能も高い。このNVセンターに緑色光を照射すると赤色の蛍光を発する。その際に磁場に応じて蛍光過程が変化し、磁場強度や向きの検出ができる。この機能を使って生体などが発する磁場のセンシングやイメージングが可能となる。さらに、NVセンターの密度や位置を制御することにより、ナノメートルからミリメートルのオーダーまでの幅広い空間分解能を利用できる。例えば、タンパク質の構造解析に必要なナノの領域、ドラッグデリバリや免疫検査に適用される細胞計測に必要なサブミクロンの領域、医用・食品・構造物の非侵襲計測に必要なミクロン以上の領域まで、スケーラブルな応用が拓けると期待されている(図表4)15〜18)。現状では、様々な用途に向けたセンシングの基本性能の実証が進められている段階である19、20)。
また、光を用いた量子もつれ現象を利用することで、光などプローブをほとんど当てずに測定でき、生体に全くダメージを与えないセンシング・イメージングを実現する画期的な技術としても期待されている。
このような量子センシングをはじめとする量子科学技術と生命科学を融合する量子生命科学にも、近年注目が集まっている。国内では2019年4月1日に量子生命科学会が発足し、第1回大会が2019年5月に開催された。これに先立ち量子生命科学研究会・有識者会議は、2019年3月に「量子生命科学の推進に関する提言」21)を公表し、基礎科学とイノベーションに関する2つの方向性と長期目標、それに向け重点化する研究テーマを挙げている。
3.各国政策の動向
最近になって各国で大規模な国家プロジェクトが相次いで開始されている。欧州では2018年にQuantum Flagshipを開始し、商用化が見込まれる量子テクノロジーに10年で約1250億円を投資する。また、米国では国家量子技術イニシアチブが策定され、2019年から5年間で約1400億円が投資され、10か所程度の拠点整備を行う。中国でも官民ともに大規模予算の投資が活発化しており、Alibabaは中国科学院と共同で量子コンピュータの共同開発を開始した。研究開発期間は15年で、予算は年間約5億円。2030年までに50~100量子ビットのゲート型量子コンピュータを開発し、コンピュータチップの量産技術の確立を目指している。さらに、中国政府は、量子テクノロジーを国家重要プロジェクトの一つとして位置づけ、2019年には1200億円強の予算を投入して量子コンピュータの研究開発センターを設立する8)。
我が国では、文部科学省が、2018年度から光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)(期間は10年間、初年度22億円)を開始し、量子関係の技術領域として量子情報処理と量子計測・センシングを取り上げている。また内閣府では、2018年度から戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)において、光・量子を活用したSociety5.0実現化技術(期間は5年、初年度25億円)を開始し、産学連携プロジェクトとして量子暗号技術を推進している。さらに、内閣府が中心となり各省庁が連携し、2019年中に人材育成や民間企業の参画などを盛り込んだ「量子技術イノベーション戦略」を策定する予定である。
4.デルファイ調査にみる量子科学技術の評価と将来展望
デルファイ調査の結果注5を基に、社会的実現年順に示した年表を、重要度と国際競争力のデータと併せて図表5に示す。本調査で設定された7分野計702科学技術トピック中、量子関連は22トピック(ただし、量子ビーム応用関連は除く)で、そのうち量子コンピュータ及び量子シミュレータに関する量子情報処理(●)のトピックが最も多く10トピック設定され、量子通信・暗号(■)が6トピック、量子センシング(▲)に関するトピックが5トピック、全体に共通する新材料(◆)が1トピックであった。社会的実現年(アンケート回答の中央値)注6の結果から、トピックにより2032年から2040年までの間に社会的に実現(社会実装・普及)する。これは本調査で設定した702トピックの平均が2032年であることから、量子科学技術は全般的に比較的遅い時期に実現するという予測結果になった。
量子情報処理関連(●)では、ポスト量子アニーリングの特化型量子コンピュータ及びハイブリッドシステム、薬剤や触媒用シミュレータ、物質物性計算手法が順次実現し、2036年までにはアルゴリズムも含めゲート型量子コンピュータが実装される。さらに、2040年までには、手のひらサイズのハイブリッド量子コンピュータ、そして量子通信や量子メモリなどを含めた量子ニューラルネットワークが実現する。量子通信・暗号関連(■)では、1000km超の量子中継技術、革新的セキュアな量子暗号通信が2035年までに、高性能単一光子デバイス、金融システム用量子メモリ、量子インターネットが2040年までに実現する。量子センシング関連(▲)では、高コヒーレント量子センサが比較的早期に実現し、その後、生体適用・生命科学応用のトピック群が2038年までに実現する。全てのアプリケーションのパフォーマンス向上に寄与する、室温で量子コヒーレンスを長時間保つ新材料(◆)は、2038年に実現する。
量子関連の22科学技術トピックの重要度と国際競争力の関係を図表6に示す。重要度、国際競争力ともに高いと評価された3トピックは、スピンあるいは光を利用するデバイス系である。一方、「重ね合わせ」や「もつれ」のいわゆる量子状態を利用するその他のデバイス系では、トピックごとに重要度は異なるが、いずれも国際競争力は比較的低いと評価された。その中で、量子コンピュータ・シミュレータなどの量子情報処理関連では、全般的に国際競争力は低く、近年有力なアプリケーションとして注目される薬剤・触媒開発向け量子シミュレータや、創薬・金融向けハイブリッドコンピュータでは、特に重要度は高いが国際競争力は低いと評価されている。また、量子暗号に関わるトピック群は、高度なセキュリティニーズから、いずれも高い重要度が示されている。また、量子センサ(コヒーレンス10ms超)は重要度が高く、国際競争力も高いと評価される一方で、その他の特に生体・医療応用の量子センシング関連トピック群は、比較的重要度は低く、国際競争力も低いと評価された。
複数回答で聞いた必要な政策の選択割合を、アプリケーションごとの平均値で比較した結果を図表7に示す。全般的に技術的実現、社会的実現ともに、人材の育成・確保が最も多く60~70%が必要と答えた。続いて、研究開発費や事業補助など金銭面の支援と、研究基盤あるいは事業環境整備が50%超を示している。社会的実現では、金銭面と環境整備が若干減り、国内外連携では、30~40%レベルではあるが必要とする割合が少し増加している。また、特に量子情報処理関連では人材の育成・確保が最も高く、その他の政策では量子通信・暗号が比較的高く、特に法規制の必要性は他よりも2倍以上高い結果となった。
社会的 実現年 |
分類* | 科学技術トピック | 重要度** | 国際** 競争力 |
---|---|---|---|---|
2032 | ▲ | コヒーレント時間が10ミリ秒を超える、超伝導量子ビ ット、NV(窒素-空孔)センターなどの量子センサー |
1.16 | 0.64 |
2033 | ● | 汎用量子コンピュータ(量子回路)は実現できないが、 量子アニーリング機械に続くものとして、特定の量子メ カニズムを利用した特化型量子コンピュータの多様化 |
0.58 | 0.23 |
● | 量子化学計算に基づく薬剤や触媒デザインを可能にする 量子シミュレータ |
1.09 | 0.27 | |
2034 | ■ | 1000kmに渡り量子状態を保つ量子暗号通信ネットワー クを実現する量子中継技術 |
1.17 | 0.63 |
● | 量子コンピュータを利用した物質物性計算手法 | 0.93 | 0.30 | |
■ | 量子暗号を利用した革新的にセキュアな量子通信 | 1.00 | 0.43 | |
2035 | ● | 創薬や投資・金融の意思決定等に係る効率を3桁改善す る、従来のコンピュータ、量子アニーリングマシーン、 ゲート型量子コンピュータのハイブリッドシステム |
1.08 | 0.22 |
● | Shorのアルゴリズム、Groverのアルゴリズム以外の古 典的なアルゴリズムを本質的に改良する基本的量子アル ゴリズム |
0.58 | 0.21 | |
■ | 量子情報通信技術の発展により、ICTシステムの安全性の 根拠が、既存の暗号技術に基づくものから、量子技術等に 基づく新たな安全性のフレームワークへ置換 |
0.94 | 0.34 | |
▲ | タンパク質の機能において、量子(力学)レベルでの作動 メカニズムを理解する上で必要なパラメータを得るための 量子計測技術 |
0.47 | 0.18 | |
● | 核磁気共鳴や超伝導など現在考察されている量子ゲート実 現手法のスケーラビリティの大幅な改良による、数百ビッ トのコヒーレンスが保たれるゲート型量子コンピュータ (量子回路) |
0.82 | 0.25 | |
● | 単一スピンを情報担体としCMOSデバイスではなし得ない 高速性と低消費電力性の双方を有する情報素子 |
1.10 | 0.70 | |
2036 | ● | 古典ゲート型コンピュータに比べて演算数を10桁以上削減 できる、ゲート型量子コンピュータの特性を十分に生かす アルゴリズム |
0.81 | 0.08 |
■ | オンデマンドで単一光子を高レートで発生できる新 デバイス |
0.78 | 0.41 | |
■ | 量子暗号を用いた高セキュリティな金融システムのための 量子メモリ |
0.97 | 0.19 | |
▲ | 量子もつれ光による超高精度測定を利用した新規な生命現象、 生化学現象の解明 |
0.48 | 0.33 | |
2037 | ▲ | 超小型でショットノイズ限界を超える量子センサ | 0.74 | 0.40 |
2038 | ◆ | 室温で量子コヒーレンスを長時間保つ新材料 | 0.73 | 0.37 |
■ | 量子コンピュータ間の量子インターネットを可能にする高効 率な量子通信素子技術 |
1.00 | 0.31 | |
● | 既存のコンピュータに組み込み可能な手のひらサイズの量子 コンピュータ・アクセラレータ |
0.93 | 0.19 | |
▲ | 光をほとんどあてずに測定する被写体(生体)にダメージを 全く与えない、量子もつれを利用したイメージング技術 |
0.51 | 0.33 | |
2040 | ● | 量子しきい値ゲートや学習のフィードバック含めた量子通信路、 量子メモリ等の実現による、量子ニューラルネットワーク |
0.74 | 0.14 |
**非常に高い(+2)、高い(+1)、どちらでもない(0)、低い(-1)、非常に低い(-2)としてスコアを算出
図表7 量子関連科学技術トピックの必要政策の選択割合
5.まとめ
膨大な情報量を高速処理できると期待される量子コンピュータへの大規模な研究開発投資が、官民問わず世界的に急速に拡大している。当研究所の実施したデルファイ調査の結果からも、将来社会を大きく変える可能性があるゲート型量子コンピュータは2035年(中央値)には社会実装されると予測されている。その後さらに、量子情報技術の集大成として量子ニューラルネットワークの完成が2040年に見込まれている。
我が国における量子関連技術の推進においては、重要度・国際競争力が共に高いと評価され、いずれも基本性能が実証されている、単一スピンデバイス、量子センサ、量子中継技術の開発を推進することが望まれる。また、世界的に研究開発が進む量子シミュレータやハイブリッドコンピュータ、及び量子暗号通信関連技術は、国際競争力は低めながら重要度は高いと評価されており、国際標準など日本としての開発戦略を定めて、推進することが必要である。量子センシング関連では、量子センサなどの新しい量子的センシングデバイスの重要性は高く認識されているが、その応用を扱うトピックにおいては重要度の評価は比較的低いレベルに止まっており、基礎研究レベルの幅広い取組を持続的に進めることで、将来的に健康・医療分野をはじめとする幅広い応用につながる可能性がある。
量子科学技術は、これまでの固体の半導体や光デバイスとは大きく異なる性質を制御する必要がある。基本性能の向上にはこれまで以上に基礎科学が重要となるが、一方でデバイス実装には、半導体や光デバイスにおける材料・プロセス技術の適用が不可欠となり、日本がこれまで蓄積した技術が強みとなる。いずれのアプリケーションも実用化への課題は多いが、量子状態の持続(コヒーレンス)時間や制御性向上などに関わる材料・デバイスなどのハードウェア、集積化などのシステム化、アルゴリズムなどのソフトウェアの研究開発、量子情報・量子生命などの基礎科学、そしてそれらを担う人材など、多様な科学技術の総合的な推進が求められる。
謝辞
本稿作成に当たり、国立情報学研究所 根本香絵教授、国立研究開発法人産業技術総合研究所ナノエレクトロニクス研究部門エレクトロインフォマティクスグループ 川畑史郎グループ長、横浜国立大学 小坂英男教授、京都大学化学研究所 水落憲和教授、東京工業大学 波多野睦子教授には、貴重な御意見を頂きました。ここに感謝の意を表します。
注1 多数の人に同一内容の質問を複数回繰り返し、回答者の意見を収れんさせるアンケート手法。
注2 量子情報の最小単位。0と1だけでなく0と1の状態の量子力学的重ね合わせ状態もとることができる。
注3 量子重ね合わせ状態が持続する時間。
注4 室温で大気中の窒素をアンモニアに変換する機能を持つ天然酵素(活性中心がFeMo-cofactor)
注5 デルファイ調査結果のデータの詳細は、2019年10月にNISTEPホームページで公表予定である。
注6 ここで示す実現年は中央値(1/2値)であり、アンケートの回答にはトピックごとにおおむね前後4~6年、計8~12年程度の幅(1/4-3/4値の幅)がある。例えば、ゲート型量子コンピュータの実現年では、中央値は2035年であるが、2030~2042年の幅がある。
参考文献・資料
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https://www8.cao.go.jp/cstp/togo2019_honbun.pdf
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3) 横尾淑子、赤池伸一、「ST Foresight 2019(速報版)の概要-人間性の再興・再考による柔軟な社会を目指して-」; 文部科学省 科学技術・学術政策研究所STI Horizon 2019. Vol.5 No.3:https://doi.org/10.15108/stih.00185
4) 科学技術・学術政策研究所 科学技術予測センター、「第11回科学技術予測調査(速報版)」(2019年7月):
http://doi.org/10.15108/stfc.foresight11.101
5) 科学技術動向研究センター、「ホライズン・スキャニングに向けて~海外での実施事例と科学技術・学術政策研究所における取組の方向性~」; 文部科学省 科学技術・学術政策研究所 STI Horizon 2015. Vol.1 No.1:http://doi.org/10.15108/stih.00005
6) 科学技術予測センター KIDSASHIサイト: https://stfc.nistep.go.jp/horizon2030/index.php/ja
7) 川畑史郎、「超伝導量子回路を用いた量子アニーリングマシンと量子シミュレータ:動向・展望・課題」、第79回応用物理学会秋季学術講演会シンポジウム20p-145-3(2018年9月、名古屋)
8) 川畑史郎、「量子コンピュータと量子アニーリングマシンの最新研究開発動向ーQuantum2.0時代の幕開けー」、低温工学、53、271(2018).
9) 蒲生秀典、「量子コンピュータ開発の進展~化学薬品・創薬・新材料開発の加速に向けて」、KIDSASHI, NISTEP (2019):
https://stfc.nistep.go.jp/horizon2030/index.php/ja/weekly-weakly-signals/qbit20190208
10) 阿部英介、伊藤公平、「固体量子情報デバイスの現状と将来展望」、応用物理、86、453(2017).
11) 情報通信研究機構HP プレスリリース、「国際標準化機関ITU-Tで初の量子鍵配送ネットワークに係る勧告が成立」:https://www.nict.go.jp/press/2019/07/02-1.html
12) 小坂英男、「ダイヤモンドを用いた量子情報物理と量子通信への展開」、応用物理、83、928(2014).
13) H. Kosaka et.al., “High fidelity transfer and storage of photon states in a single nuclear spin”, Nature Photonics, 10, 507-511(2016).
14) 蒲生秀典、「安全な量子情報通信ネットワークの実現に向けて ~ダイヤモンドを利用した量子テレポーテーションを実証~」、KIDSASHI, NISTEP (2017): https://stfc.nistep.go.jp/horizon2030/index.php/ja/weekly-weakly-signals/337
15) 東京工業大学HP、「ダイヤモンドで環境を、そして社会を変える-波多野睦子」:
https://www.titech.ac.jp/research/stories/faces21_hatano.html
16) 波多野睦子、岩崎孝之、山崎聡、「ダイヤモンドの魅力 ダイヤモンド半導体の先進パワーデバイスと高機能センサへの応用の可能性」、応用物理 85, 311(2016).
17) 水落憲和、「NV中心の物理と応用への魅力」、応用物理、87、251(2018).
18) 水落憲和、「量子技術を用いたNV中心量子センサの高感度化研究」、量子生命科学第1回大会p3 (2019年5月、東京)
19) 波多野睦子、「炭素系ナノエレクトロニクスに基づく革新的な生体磁気計測システムの創出」、CREST・さきがけ複合領域「素材・デバイス・システム融合による革新的ナノエレクトロニクスの創成」中間・終了報告p5 (2019年1月、東京)
20) 波多野睦子、「量子生命科学における固体量子センサの可能性」、量子生命科学第1回大会p5 (2019年5月、東京)
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