2018/11/15 JAXA
「こうのとり」7号機で国際宇宙ステーション(ISS)に輸送したループヒートパイプ(LHP)の軌道上実験が、10月22日から行われています。
LHPは、衛星の機器から発生する熱を効率よく放熱部まで輸送するための装置で、JAXAはこのLHPを搭載した展開ラジエータ(LHPR)を技術試験衛星9号機に搭載する予定です。
人工衛星の搭載機器が正常に動作しているか確認するためには、衛星が実際に運用される宇宙の無重量空間上で実証することが重要になります。今回の実験では、LHPRをISSの日本実験棟「きぼう」のエアロックから船外に運び出し、ロボットアームで保持した状態で行いました。
JAXAでLHPRの研究開発をしている宮北健と岡本篤のインタビュー記事を掲載しました。
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日本の人工衛星開発で初めての試み
研究開発部門第二研究ユニット(技術試験衛星9号機プロジェクトチーム(併任)) 研究開発員宮北 健
研究開発部門第二研究ユニット 研究領域主幹岡本 篤
こうのとり7号機で国際宇宙ステーション(ISS)に輸送したループヒートパイプ(LHP)の軌道上実験を10月22日にスタートしました。 LHPは、衛星の機器から発生する熱を効率よく放熱部まで輸送するための装置で、JAXAはこのLHPを搭載した展開ラジエータ(LHPR)を技術試験衛星9号機に搭載する予定です。 人工衛星の搭載機器が正常に動作しているか確認するためには、衛星が実際に運用される宇宙の無重量空間上で実証することが重要になります。 今回の実験では、LHPRをISSの日本実験棟“きぼう”のエアロックから船外に運び出し、ロボットアームで保持した状態で行いました。 “きぼう”では様々な実験をしていますが、人工衛星開発のための実験をするのは今回が初めてです。 JAXAでLHPRの研究開発をしている宮北健(みやきたたけし)さんと岡本篤(おかもとあつし)さんにお話しを聞きました。
宮北健(みやきたたけし)さん 岡本篤(おかもとあつし)さん
―「技術試験衛星9号機」が挑戦する大電力化/高排熱技術とは、どのようなものですか?
宮北さん:技術試験衛星9号機は次世代の商用通信衛星の実現に必要な技術を実証する衛星です。次世代の商用通信衛星では、多数の通信機器を搭載して衛星1機あたりの通信容量を増大させて通信コストを低減させることが重要です。 搭載機器の増加により消費電力が増すことから、機器から発生する熱を効率よく宇宙へ捨てる排熱技術が必要となってきます。 技術試験衛星9号機では、2020年代に求められる発生電力25kW以上の大電力化を図るとともに、LHPを用いた展開ラジエータ(DPR)による高排熱技術の実証を行います。
―ループヒートパイプ(LHP)を用いた「展開ラジエータ(DPR)」とはどのようなものですか?
宮北さん:衛星は、熱を宇宙に捨てるための放熱面(ラジエータ)を持っており、排熱量の増加に対してはラジエータ面積を拡大することで対応してきました。 しかし、衛星は打ち上げ時にロケットのフェアリング内に収納できるサイズにしなければならず、大型化には限界があります。
「展開ラジエータ(DPR)」搭載(図1)
岡本さん:DPRは、打ち上げ時は閉じておき、軌道上で展開することで、さらなる大型化を実現します。 LHPは衛星搭載機器から発生した熱をDPRまで熱を効率よく運ぶもので、見た目は単なる金属の配管です。 中には流体が入っており、その流体がぐるぐる循環することで、DPRまで熱を運びます。(図2参照)
ループヒートパイプ(LHP)の構成・動作原理(図2)
―人工衛星に使う機器を“きぼう”で実証試験をするのは何故ですか?
岡本さん:先ほどのとおり、技術試験衛星9号機や将来の通信衛星で用いるLHPは、流体の循環により熱を運びますが、 この流体を循環させる駆動力となっているのは蒸発器(図2の熱を受け取る部分)に使用している多孔質体(ウィック:ティッシュのようなもの)で発生する毛細管力です。 また、この蒸発器の隣にはループ内の気液量を調整するリザーバが接続しています。(図2参照) リザーバ内の気液が、実際に衛星を運用する無重量環境下で想定通りの振る舞いをするかどうか確認するために“きぼう”で実験をします。 私はJAXAでLHPの研究開発を立ち上げてから10年以上携わり、宇宙機実機に適用できる段階まで技術を成熟させてきました。 実用化前の最終段階として軌道上で技術実証を行います。LHPの産みの親として、巣立っていくのは感慨深いです。
ループヒートパイプラジエータ技術実証システムの軌道上実験の様子
―“きぼう”でのループヒートパイプ(LHP)が技術実証されると、衛星開発はどのように変わりますか?
岡本さん:今までは地上での多くの試験やシミュレーションを実施することが、開発のリスクを低減する手段でしたが、“きぼう”を使うことで、実際に軌道上での事前実証を行なうことができるようになりました。 これは、新規開発のリスク低減に大変役立つことになりますし、“きぼう”での実験の新しい一面を見出すことにもつながるのではないかと考えています。 LHPは、熱を効率的よく運ぶだけでなく、従来型ヒートパイプにはない特徴を備えており、リザーバを極わずかな電力で加熱冷却することで、熱輸送機能を停止したり、動作温度を制御したりとアクティブに制御することが可能です。 例えば、運用モードの変更により搭載機器の発熱量が変化したり、衛星の軌道・姿勢により熱環境が変化したりした場合、機器の温度が大きく変動し、低温化する場合にはヒータによる保温が必要でした。 これに対し、今回のLHPを使用するとそのような変化があった場合でも機器の温度をほぼ一定に制御でき、保温用ヒータの電力を削減できるため電源システムの小型化が期待できます。 他にも、今回実証する技術は電力リソースや熱環境の厳しい月面ローバなど多岐にわたる宇宙ミッションにおいて、従来手法では実現できなかった課題を解決できる可能性をもった魅力的な技術と考えています。
ループヒートパイプラジエータ技術実証システムの軌道上実験の様子
―この試験で、どのような成果を目指していますか?
岡本さん:まずは、無重量環境下においてもLHPが正常に起動し、熱輸送が行えることを確認することです。さらに、先に述べた能動的な熱制御機能が実行できることを確認します。 そして、軌道上実験で得られたデータを解析してLHPの機能・性能に対する重力の影響を評価することを計画しています。
―「展開ラジエータ(DPR)」開発の際、苦労したことはどんなことですか?
宮北さん:“きぼう”の軌道上実証計画は、有人部門、衛星部門と協同して進めてきたのでチャレンジングなことが多かったです。将来の宇宙機につなげるためには、どのようなハードウェアや実証実験が必要なのか、各部門間で検討を重ねて今の形になりました。 技術試験衛星9号機の展開ラジエータ開発はこれからより詳細な設計に入っていきますが、“きぼう”での軌道上データを最大限に活用し、より良いDPRの開発につなげたいです。
―今後のお二人の目標を教えてください。
宮北さん:学生の頃から取り組んでいるループヒートパイプ(LHP)の技術が、とうとう国産で実用化されようとしています。自分が携わったものが宇宙へ飛ぶのは純粋に嬉しいです。 LHP技術により、これまで適した設計解がなく実現困難だったミッションを解決できるので、将来的には月面ローバなど幅広い用途に使われていくことが期待されます。 私はより高度な熱制御系を有する宇宙ミッションに取り組んでいきたいです。
岡本さん:私は、今年の10月からみんなが高いモチベーションを持ちながら働きやすい環境づくりを作る立場になりました。 学生時代にラクロスに打ち込みましたが、宇宙開発もラクロス同様にチームで進めていくものなので、 共通の目標(ゴール)に向かって各技術者(プレーヤー)が各自のポジション・役割を愛して理解して努力していくという形でチーム作りをしていきたいと思っています。 もちろん、自分の軸になる研究は続けていきたいので時間は許す限り自分で手を動かしてLHPなどの実験もしていきたいと思っています。