魚の棲みやすさを見える化し、保全活動に活用
2018/06/20 農研機構
ポイント
農研機構農村工学研究部門は、農業水路の「魚の棲みやすさ」を点数(スコア)化する「魚の棲みやすさ評価プログラム」を開発しました。この手順と、魚にとって棲みやすい水路を作るための簡便な改善方法をまとめた評価マニュアルを作成しました。本成果は、多面的機能支払交付金1)などを利用して行われる農業水路周辺の生態系・環境保全活動に役立ちます。
概要
水田への灌漑かんがいや排水を目的として、人が整備・管理してきた農業水路は、魚類など水辺の生きものたちの貴重な生息場所となっています。2001年に改正された土地改良法では、このような生態系を含む環境への配慮が求められることになり、農業水路の豊かな生物相を保全するために、さまざまな活動が各地で行われています。しかし、対象の水路が魚にとって棲みやすいかどうかを判断する目安や、改善方法などははっきりと示されていませんでした。
そこで農研機構は、魚の生息環境を、「流速」「水深」「植生」などの指標と、魚類の「種数」と「総個体数」から簡単・自動的に評価する「魚の棲みやすさ評価プログラム」を開発し、「魚の棲みやすさ」を5段階のスコアで「見える化」しました。
さらに、評価したスコアから、魚類の生息環境を改善するためのステップを示し、その具体的な手法や工法についても事例をまとめ、「魚が棲みやすい農業水路を目指して~農業水路の魚類調査・評価マニュアル~」を作成しました。水路に施工された生態系配慮区間の評価やモニタリングに活用できます。「魚の棲みやすさ評価プログラム」や本マニュアルは、以下の農研機構のウェブページから入手可能です。
http://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/pub2016_or_later/pamphlet/tech-pamph/079440.html
<関連情報>
予算:農林水産省委託プロジェクト研究「生物多様性を活用した安定的農業生産技術の開発」
プログラム登録:魚の棲みやすさ評価プログラム
お問い合わせ
研究推進責任者 :
農研機構農村工学研究部門 研究部門長 白谷 栄作
研究担当者 :
研究担当者:農研機構農村工学研究部門 水利工学研究領域 嶺田 拓也
広報担当者 :
広報担当者:農研機構農村工学研究部門 広報プランナー 遠藤 和子
詳細情報
開発の社会的背景と経緯
2001年の土地改良法の改正では、基盤整備が環境にもたらす影響を考慮し、事業を行う際には生態系保全も含め、「環境との調和に配慮」することが原則化されました。このことを受けて、各地で魚類等の生息環境に適した水路区間が創出されるようになりました。また、多面的機能支払交付金を利用した水路の生物保全の取り組みも増えています。しかし、これらの活動を実施・支援するために作成された、魚類の調査法やその結果の活用法に関するマニュアルはこれまでありませんでした。そのため、水路の「魚類の棲みやすさ」や環境の改善方向が周知されず、保全活動の意欲・効率性の向上が十分図られませんでした。
そこで農研機構は、「魚類の棲みやすさ」を簡単にスコア化できる「魚の棲みやすさ評価プログラム」を開発しました。
研究の内容と特長
開発した評価プログラムでは農業水路の「魚類の棲みやすさ」を、1.評価対象の水路区間の選定、2.魚類調査、3.環境調査、4.評価スコアの計算、の4ステップで評価します。評価する水路が決まったら、魚類の「種数」や「総個体数」、水路の「流速」「水深」「植生」などを調査します。これらの情報を、表計算ソフトのマクロ機能を利用して作成した「魚の棲みやすさ評価プログラム」に入力すれば、魚の棲みやすさが5段階(良い、やや良い、普通、やや悪い、悪い)のスコアで表示されます(図1)。また、この手順を分かりやすく記載するとともに、水路環境の改善事例をまとめた「魚が棲みやすい農業水路を目指して ~農業水路の魚類調査・評価マニュアル~」を作成しました(図2、写真1)。
本技術の特長
- これまで水路の魚類生息環境を評価・モニタリングする場合には、専門家による詳細な採捕調査と環境調査を繰り返し行う必要がありました。本プログラムを利用すれば、魚類採捕は初回に行うだけで、その後は環境調査のみの結果から魚の棲みやすさの経年的な変化も容易にモニタリングできます。
- 表計算ソフトに情報を入力するだけで、魚の棲みやすさを簡単にスコア化できます。
- 多面的機能支払交付金による水路管理に関する活動を行う団体が、自ら魚の棲みやすさを客観的に評価し、生態系・環境保全活動に活用できます。
今後の予定・期待
本プログラム及びマニュアルは、末端に近い排水路を主な対象としていますが、幹線排水路や用水路でも適用することができます。さらに、スコアが低い区間の改善手順や改善事例、魚が棲みやすい農業水路を目指す上での留意点なども紹介してあります。本プログラム及びマニュアルは、農研機構のウェブサイトからダウンロードして使うことができます。水路の生態系・環境保全活動を行っている団体や、技術面などを支援する公的機関の技術者などに広く活用されるように普及に務め、各地で「魚が棲みやすい水路」に向けた取り組みが増えていくことを目指します。
用語の解説
1)多面的機能支払交付金
農林水産省では、平成26年度から、農業や農村の有している水源の涵養かんようや自然環境の保全、良好な景観の形成等の多面的な機能が適切に維持・発揮されるように、地域で共同で行われる農村環境保全活動などを支援する交付金事業を実施しています。
発表論文
渡部恵司・小出水規行・嶺田拓也・森 淳・竹村武士:農業水路における魚類生息場の簡易評価手法の開発、農村工学研究報告、2、111-119、2018
参考図
図1 表計算ソフトのマクロ機能を利用して作られた「魚の棲みやすさ評価プログラム」による評価スコアの表示例
図2 マニュアルの表紙と内容の一部。水田環境や農業水路周辺で出現する可能性のある魚種について写真付きで特徴をまとめており、外見や特徴から分類できる魚については種の特定が可能です。魚類調査に活用できます。
写真1 ピンポン玉を用いた流速の簡易な測定手法