核融合炉の材料検証に向けた大強度中性子源用加速器の開発が着実に進展
2018/06/18 量子科学技術研究開発機構 欧州核融合エネルギー合同事業体
【発表のポイント】
- 日欧合同チームが、大強度中性子源用加速器開発のため、世界最長(9.8メートル)となる高周波四重極線形加速器(RFQ)1)による初ビーム加速に成功。
- 8系統の高周波を用いたRFQによるビーム加速は世界初。
- この成果により、核融合原型炉のための材料検証に必要な大強度中性子源用加速器の開発が着実に進展。
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫。以下「量研」という。)は、欧州核融合エネルギー合同事業体(フュージョンフォーエネルギー。以下F4Eという。)とともに、核融合エネルギーの早期実現を目指す幅広いアプローチ(BA)活動2)の下、国際核融合材料照射施設の工学実証・工学設計活動(IFMIF/EVEDA)事業3)の一環としてIFMIF原型加速器4)の工学実証試験を共同で進め、この度、日欧合同チームが、8系統多重駆動式高周波四重極線形加速器(RFQ)1)を用いた陽子ビーム加速に世界で初めて成功しました。
日欧合同チームには、日本から量研、欧州からイタリア国立核物理学研究所(INFN)、スペインエネルギー・環境技術研究センター(CIEMAT)、フランス原子力・代替エネルギー庁(CEA)サクレー研究所及びF4Eの専門家が加わりました。今回の実験では、IFMIF原型加速器4)に必要な大パワー(電流125ミリアンペア、ビーム電力0.7メガワット)の重陽子ビーム加速を高い信頼性で実現するため、世界初となる8系統の同期した高周波源で多重駆動する方式を採用しています。RFQ内の電界パターンを発散が少ないビーム加速に適した形状となるよう世界最長(9.8メートル)の設計を行うとともに、加速実験を円滑かつ迅速に遂行させる統合制御システムを構築したことが、世界初の8系統多重駆動の高電界加速技術実証の成功につながりました。
本成果は、来年度以降に予定している、RFQに超伝導高周波加速器(SRF)を連結させたIFMIF原型加速器の最終構成での重陽子ビーム加速試験へ向け、大きく弾みをつけるものであるとともに、核融合原型炉のための核融合材料検証に必要な大強度中性子源の開発に展望を拓くものと期待されます。さらに、大強度中性子源は、医療や農業、工業の分野での利用も考えられ、様々な波及効果も期待されます。
【開発の背景と目的】
核融合エネルギーの実現に向けた原型炉開発では、核融合反応で発生する高速中性子(エネルギー:14メガ電子ボルト)の照射による構造材料の特性変化の把握が課題の一つとなっています。そのため、このような高速中性子とよく似たエネルギースペクトルを有する高速中性子源を用いて特性変化を解明することが不可欠です。この目的で、2007年から始まった日欧による国際共同事業である幅広いアプローチ(BA)活動の下、重陽子-リチウム核反応による加速器駆動型中性子源である国際核融合材料照射施設(International Fusion Materials Irradiation Facility:IFMIF)の技術開発が進められてきました。IFMIFの重陽子線形加速器(イオンビームエネルギー:40メガ電子ボルト)は、大電流(125 ミリアンペア加速器を2並列)かつ連続出力という特徴を有しています。40メガ電子ボルトの重水素をリチウムに衝突させることにより、核融合炉と同様のエネルギースペクトルを持つ中性子を発生させることができます。また、ビーム電流値に比例して発生中性子量を上げることができますので大電流のほうがより照射時間を短くできるメリットがありますが、一方ビーム自身の静電的な反発力でビームが発散するため、RFQが持つ収束力でビームの発散を抑え、低損失で加速できる上限値で設計されています。
同加速器の工学実証のための原型加速器開発では、量研六ヶ所核融合研究所にて、図1に示す入射系(0.1メガ電子ボルト)、高周波四重極加速器(RFQ)(5メガ電子ボルト)、超伝導線形加速器の初段(9メガ電子ボルト)までを段階的に設置し試験を進める計画です。図2に様々な分野で用いられている加速器の運転領域をまとめた図を示します。IFMIFは低エネルギーながら、極めて高い電流を有するこれまでに例のない加速器であることがわかります。
図1 IFMIF原型加速器の全体図。全長約36メートル、RFQの長さは9.8メートル。
【IFMIF原型加速器の開発状況】
IFMIF原型加速器は、現在、量研六ヶ所核融合研究所において、その建設及び試験が進んでいます。欧州の複数の研究所で製作された各コンポーネントが六ヶ所核融合研究所に納入され、量研が主体となってその組立て、調整試験を行っています。入射系は2014年末から試験を開始し、既に仕様を満たす良好なビームが得られています。RFQは2016年から据付けを開始し、これを用いたビーム加速実験の準備を行ってきました。RFQの精密なチューニングは約半年をかけて行いました。また、並行して加速を行うためのパワー源となる8系統の大電力高周波システムの整備も行いました。8系統それぞれから175メガヘルツで200キロワットの高周波出力が可能で(合計1,600キロワット)、導波管を介して加速器室に電力伝送され、RFカプラと呼ばれる真空封じ窓を介してRFQに入射されます。RFQ内部は8基の真空ポンプを用いて、残留ガスによるビームの発散が生じないよう超高真空に保ちます。この条件で、コンディショニングと呼ばれるRFQへの大電力高周波の投入試験を行ってきました。
これは大電力の高周波をRFQに投入した際にRFQ内で生じる放電を、徐々にRFQ内機器の表面状態を改善しながら回避し、それに合わせて投入パワーを上げていくいわゆる「ならし運転」です。今回のビーム加速試験に必要なパラメータを得るために、システム全体の調整と組み合わせて半年以上の作業を続け、加速に必要な高周波パワーの投入が出来る状態となりました。 図3にその日欧共同作業風景の例を示します。日欧合同チーム(リーダーは日本人)により、十分なコミュニケーションをとりながら様々な問題を解決し作業を進めました。
なお、最終段の超伝導線形加速器は現在部品をフランスCEAにて試験中で、2018年中にその組立てを開始し、2019年度に据付開始予定です。
【RFQによるビーム加速】
図4(左)は、 RFQの断面を入射器側から見た様子です。周波数175メガヘルツの大電力高周波が、8本の高周波導入ポート(RFカプラ)を介して入射され、RFQ内に閉じ込められています。十字形に配置した4つの電極中央部の上下左右の幅が12ミリメートルで長さ9.8メートルの空間には、ビームと垂直方向に25メガボルト/メートルという特に高い電場がかかるよう設計されています。この中央の空間に入射器で生成した大電流の重陽子イオンビーム(0.1メガ電子ボルト)が入射され、加速されます。具体的には、4つの電極の上端部には、図4(右)のように長手方向に波状のうねりが設けられており、この結果電界にも波状のうねりが形成され、この175メガヘルツで振動する電界のうねりの周期とビームが電極を長手方向に通過する周期が共鳴することによって、ビームは電場に乗って加速され、RFQから出射される時には50倍のエネルギー(5メガ電子ボルト)となります。同時に、ビームと垂直方向の高い電界を用いて、大電流ビームの生成を阻害する大きな要因であるビームイオン同士の反発による強力な発散力に対抗し、ビームの損失が抑制される設計となっています。
図3 日欧合同チームによる運転風景
IFMIF原型加速器のRFQは、従来、一般的な加速器の用途では、1系統で十分であった高周波源を、核融合中性子源では大電流化が必須なため、8系統化により大電力化を図るとともに、急激な電界分布変化によるビームの拡がりを抑制するために、長手方向としては世界最長(9.8メートル)とし、緩やかなうねりを有するようRFQ内の内部形状の最適化が図られています。特に8系統合成では、電力、位相を高精度で一致する制御システムを構築するとともに、その動作確認は、日欧合同チームにより共同で行いました。
これにより内部の電界形状を乱す原因となる不要モードの発生が抑制され、ビーム損失の抑制、加速精度の向上につながっています。また、投入電力が分散されることにより、システムの信頼性劣化につながる高周波放電のリスクを大幅に下げることにも成功しています。
図4 (右)RFQの断面を入り口側から見た様子。(左)RFQの組立前に撮影した電極の長手方向写真。電極先端にうねりが設けられている。この結果、ビームを加速するための長手方向にも電界が発生する
【RFQ陽子ビーム加速実験】
ビーム加速実験は、第一段階として陽子ビームを用いて行いました。最終目標である重陽子に比べて質量が1/2のため、出力される陽子のエネルギーは重陽子の5メガ電子ボルトの半分の2.5メガ電子ボルトとなりますが、RFQ内のビーム速度は同一で、RFQの設計の健全性を実証する目的は達せられました。
実験では、図5に示すとおり、入射器内で水素プラズマを発生させ、これから陽子イオンを静電界で引き出して生成した0.05メガ電子ボルトのイオンビーム(陽子ビーム)をRFQ内に入射しています。RFQに入射された陽子ビームは、8系統から投入された高周波で2.5メガ電子ボルトまで加速され、最終的にはRFQを出射後にビームダンプで吸収しています。RFQ加速器の入り口1か所、加速後3か所でビーム電流を測定しています。
図6はRFQの加速実験で得られた水素ビーム電流のデータを示します。また、図7 は、 ビームダンプで発生したガンマ線の測定結果で、加速されたビームは、ビームダンプのアルミニウムに当たり、吸収されます。アルミニウムと高エネルギーの陽子の反応により発生するガンマ線が確認されました(図の赤矢印)。これは、陽子ビームが確かに加速されてビームダンプに入射したことを示す証拠です。
図5(上図)現在のIFMIF原型加速器の全景。(下図)各部の機能:入射器で生成されRFQ加速器に入射されたイオンビーム(陽子ビーム)は、8系統から投入された高周波で加速されビームダンプで吸収される。RFQ加速器の入り口1か所、加速後3か所でビーム電流が測定される。
図6 IFMIF原型加速器のRFQで観測された初ビーム波形。横軸は時間でビームパルス幅は0.3ミリ秒。RFQへの入射ビーム(RFQ入り口)波形、およびRFQで加速された電流波形(RFQ出口、ビームダンプ手前、ビームダンプ手前で計測されたもの。図5のビーム電流計測点における上流から下流にかけての計測ポイントに対応)を示す。RFQにより、エネルギーは2.5メガ電子ボルトまで加速されている。
図7 ビームダンプで発生したガンマ線の測定結果。加速されたビームは、ビームダンプのアルミニウムに当たり、吸収される。アルミニウムと高エネルギーの陽子の反応により発生するガンマ線が確認されており(図の赤矢印)、陽子ビームが加速されてビームダンプに入射したことがわかる。(800キロ電子ボルト以下のビーム加速時のカウントの増加は発生したガンマ線の影響によるもの。)
【波及効果】
IFMIF原型加速器は、核融合炉の材料や機器に対する中性子照射試験のため大強度中性子源の開発を目指しその技術的検証を行う装置であり、核融合炉開発研究の一環として行われていますが、大強度中性子を利用して、がん治療薬、検査薬の大量製造など、医療、農業、工業の分野への応用その波及効果も期待されています。
【用語解説】
1) 高周波四重極加速器(Radio Frequency Quadrupole: RFQ)
欧州の機器製作機関のうち、イタリア国立核物理学研究所(INFN)レニャーロ研究所が製作を担当したRFQは、高周波電界を用いて粒子を低エネルギー領域で加速する線形加速器です。IFMIF原型加速器のRFQは世界最長の9.8メートルで、18個の高周波空洞モジュールから構成され、イタリアから日本に3分割で空輸されたのち六ヶ所核融合研究所で一体化され、電界分布測定と周波数調整等が実施されました。その後、真空ポンプ及び高周波伝送系の接続、ベーキング等を実施し、真空系、冷却水系、高周波系、電気系及び計測系の整備を完了した後、2017年7月からRFQに高周波パワーを入射する大電力コンディショニングを開始しました。IFMIFのRFQは、大電流加速を実現するために極めて高い工作精度で製作されており、現代の理工学の粋を集めた芸術品ともいえるものです。
2)幅広いアプローチ(Broader Approach: BA)活動
日欧の国際協力の下、国際熱核融合実験炉であるイーターを支援するとともに、イーターを補完して次のステップである核融合原型炉の早期実現を目指す研究開発プロジェクトです。この活動は国際核融合エネルギーセンター(IFERC)、国際核融合材料照射施設の工学実証・工学設計活動(IFMIF/EVEDA)、サテライト・トカマク計画(STP)の3つの事業を日欧共同で2007年6月から実施しているものです。
BAに関するホームページ:http://www.fusion.qst.go.jp/reseach_contents2/BA/index.html
3)国際核融合材料照射施設の工学実証・工学設計活動(IFMIF/EVEDA)事業
核融合炉で発生する中性子環境を模擬できる、重陽子-リチウム(d-Li)核反応による加速器駆動型中性子源・国際核融合材料照射施設(IFMIF)の工学設計・主要機器の設計・製作・試験を行い、IFMIFの建設判断に必要な技術実証を行うことを最大のミッションとしたプロジェクトです。(1)重陽子ビームを9 MeVまで加速する加速器部分の工学実証、(2)高速中性子を発生させるターゲット部分の工学実証、(3)材料の照射セル部分の工学実証及び(4)全体の工学設計の4つのパートに分かれています。(2)〜(4)のパートまでは既に完了し、(1)のIFMIF原型加速器の工学実証活動は引き続き2020年3月末まで行う予定です。
4)IFMIF原型加速器(Linear IFMIF Prototype Accelerator: LIPAc)
IFMIF原型加速器は、LIPAcと呼ばれ、重水素イオン源(入射器)−高周波四重極加速器(RFQ)−中エネルギービーム輸送系(MEBT)−超伝導線形加速器(SRF)−ビーム診断系(D-Plate)−高エネルギービーム輸送系(HEBT)−ビームダンプ(BD)からなる全長約36 メートルの大電流重陽子線形加速器本体と、高周波システム、制御システム、クライオプラントシステム等の附属設備から構成されます。各コンポーネントの調達担当は、入射器(CEA:フランス)、RFQ(INFN:イタリア、カプラは日本)、MEBT(CIEMAT:スペイン)、SRF(CEA:フランス、CIEMAT、F4E)、ビーム診断系(CEA:フランス、CIEMAT:スペイン)、高エネルギービーム輸送系、ビームダンプ(CIEMAT:スペイン)、高周波システム(CIEMAT:スペイン、CEA:フランス、SCK-CEN(ベルギー原子力研究センター):ベルギー、中央制御系(日本)、クライオシステム(CEA:フランス)、建屋および冷却系(日本)で、六ヶ所核融合研究所での据付調整は量研が主導して行っています。また、試験は国際合同チーム(リーダーは日本人)で行われています。
2014年に入射器の初ビーム(0.1メガ電子ボルト、140ミリアンペア)を経て、2017年にRFQ、MEBTまでのビームラインが接続されました。2020年3月にはSRFを含めた全ての加速器を接続し、統合ビーム試験(9 メガ電子ボルト、125ミリアンペア)を実施する予定です。