ナノの光で起こる化学反応 -単一分子の分子結合切断の観測とその機構の解明に成功-

ナノの光で起こる化学反応 -単一分子の分子結合切断の観測とその機構の解明に成功-

2018/05/04 理化学研究所

要旨

理化学研究所(理研)開拓研究本部Kim表面界面科学研究室の數間惠弥子研究員、金有洙主任研究員らの国際共同研究グループは、工業用途があり有害物質であるジメチルジスルフィド(DMDS)分子が、局在表面プラズモン共鳴現象[1](以下、プラズモン)によるナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)サイズの領域に局在した光によって分解することを見いだしました。また、この単一分子の化学反応を実空間、実時間で観測することに成功し、従来の説と異なる新たな反応機構を提案しました。

持続可能な社会に向けて、クリーンかつ再生可能な太陽光、なかでも太陽光の約半分を占める可視光[2]のエネルギーを有効利用する技術開発が求められています。金属のナノ構造を用いるとプラズモン共鳴現象によって、可視光を金属表面近傍のナノ領域に集光することができます。このプラズモンによる「ナノの光」は入射光よりもはるかに強いことから、プラズモンを利用した可視光の高効率エネルギー変換が可能になります。近年、プラズモンが起こす化学反応は注目を集めていますが、ナノの光が起こす化学反応は直接観測が困難なため、反応機構は未解明で応用研究への課題が多く残されています。

今回、国際共同研究グループは、原子レベルの空間分解能を持つ走査型トンネル顕微鏡(STM)[3]を用いて、プラズモンによる化学反応の直接観測を試みました。STMの探針と金属基板間のナノの隙間(ナノギャップ)に光を照射することで生成できるプラズモンを利用し、銀および銅の基板に吸着したDMDS分子を分解させることに成功しました。さらに、このプラズモンによる分解反応の実空間および実時間観測に成功し、プラズモンによって「分子内直接励起[4]」が高効率で起こっていることを明らかにしました。

今後、分子と金属の界面における相互作用を制御することで、反応に要する光エネルギーの調節や反応機構の制御ができることから、新しい光触媒[5]の開発につながると期待できます。

本研究は、米国の科学雑誌『Science』(5月4日号)に掲載されます。

※国際共同研究グループ

理化学研究所 開拓研究本部 Kim表面界面科学研究室
研究員 數間 惠弥子(かずま えみこ)
主任研究員 金 有洙(きむ ゆうす)

蔚山大学 化学科
助教 鄭 載勲(じょん じぇふん)

富山大学 工学部
名誉教授 上羽 弘(うえば ひろむ)

イリノイ大学シカゴ校 化学科 教授 マイケル・トレナリー(Michael Trenary)

背景

持続可能な社会に向けて、クリーンかつ再生可能な太陽光エネルギーを有効利用する技術の開発が求められています。特に、可視光は太陽光に含まれる光の約半分を占めることから、可視光で駆動する太陽電池や光触媒の研究開発が世界中で盛んに行われています。

可視光は回折限界[6]により、数百ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)以下の領域には集光することができません。一方、約100nm以下の金属のナノ構造を用いると、局在表面プラズモン共鳴現象(以下、プラズモン)によって可視光を金属表面近傍のナノ領域に集光させる(厳密には光電場[7]を生成する)ことができます。プラズモンによって金や銀のナノ粒子は、光を強く吸収し鮮やかに発色することから、古代から釉薬(ゆうやく)やステンドグラスなどに用いられてきました。プラズモンによる「ナノの光」は入射光よりもはるかに強いことから、プラズモンを利用した可視光の高効率エネルギー変換が可能です。このため、ナノ領域における分光分析、さらに太陽電池や光触媒への利用が盛んに研究されています。なかでも、プラズモンが起こす化学反応は2010年頃から注目を集めています。しかし、ナノの光が起こす化学反応は直接観測が困難であるため、反応機構は未解明で応用研究への課題が多く残されています。

今回、国際共同研究グループは、工業用途があり有害物質であるジメチルジスルフィド(DMDS)分子を用いて、プラズモンのナノの光による化学反応を単一分子レベルで直接観測し、反応機構を解明することを試みました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、プラズモンが起こす化学反応をナノ領域で直接観察するため、原子レベルの空間分解能を持つ走査型トンネル顕微鏡(STM)を用いました。通常、プラズモンは金属ナノ粒子などに光照射することで発生させますが、本研究ではSTMの探針と金属基板間のナノの隙間(ナノギャップ)に光を照射することで生成できるプラズモンを利用しました。特に、銀はプラズモンの生成に有利であることから、先端の鋭い銀探針を作製しました。表面を清浄化した銀および銅基板に、50ケルビン(K、-223℃)以下の極低温下でDMDS分子を付着させ、銀探針を基板表面に近付けて可視光を照射しました(図1(a))。

探針直下では、DMDS分子のジスルフィド結合(S-S結合)が切断し、二つに分かれる分解反応が起こる様子が観察されました(図1(b))。STMは単一分子レベルの反応を実空間で直接観測できるだけでなく、反応に伴う分子の変化を実時間で追跡することが可能です。そこで、プラズモンによって起こる単一DMDS分子の分解反応の実時間および実時間観測に基づき、反応機構の詳細を解析しました。

  1. ナノの光で起こる化学反応の実空間観測図2は、探針直下付近でDMDS分子が分解する様子を捉えたSTM像です。分子の反応効率は探針直下から離れるにつれて減少し、STM探針と基板のナノギャップに生成したプラズモンの電場強度の変化との相関が認められました。このSTMによる実空間観測に基づき、DMDS分子がプラズモンによって分解することが明らかとなりました。數間研究員らは、銀および銅の基板に吸着したDMDS分子の可視光照射による分解を2017年に報告しています注1)。今回、プラズモンによる分解反応は、光分解反応比べて反応効率が400倍程度高く、さらに光分解が起こらないエネルギーの低い波長域でも、効率が低いものの分解が観測されました(図3)。プラズモンによる分解反応の効率は、光分解が起こる波長域でプラズモンの電場強度の波長依存性と類似することから、プラズモンが分子の励起源として働き、分子の分解反応に関わる励起パスを効率よく励起していると結論されました。
  2. ナノの光で起こる化学反応の実時間観測反応機構の詳細を調べるため、プラズモンによるDMDS分子の分解反応の実時間観測を試みました。STMのトンネル電流[8]は探針とサンプル間の距離に依存することから、反応に伴う電流変化を追跡することで、プラズモンによって起こる反応の実時間観測が可能となります(図4)。これまで、プラズモンによる分子の化学反応の主な機構は、プラズモンの減衰過程で金属内にホット電子[9]が生成し、その電子が分子へ移動することで起こると説明されてきました。分子は電子を受け取り、一時的な陰イオン(TNI)状態を形成した後、振動緩和[10]を介して反応が進行すると考えられています。STMによる非弾性トンネル過程[11]では、分子へのトンネル電子注入によりTNI状態を作ることができます。したがって、プラズモンによって生成したホット電子による反応経路は、トンネル電子注入による反応経路と同じになると考えられます。

    そこでDMDS分子に、プラズモンのホット電子のエネルギーと同じエネルギーを持つトンネル電子を注入したところ、分子は回転を伴って分解することがSTM像および電流変化から明らかとなりました。一方、プラズモンによる反応では、分子の回転は起こらず分解のみが観測されました(図4(b))。これは、DMDS分子の分解反応がホット電子の移動による反応とは異なる機構で起こっていることを示しています。

    以上のプラズモンによる分解反応の実空間および実時間観測から、DMDS分子の光分解で明らかにした励起パス[12]と同様に、プラズモンによってDMDS分子の「分子内直接励起」すなわちフロンティア軌道(HOMO、LUMO)[13]間の励起が高効率で起こり、分解に至ると結論されました(図5)。また、第一原理電子状態計算法[14]による理論計算から、DMDS分子は金属基板との相互作用が弱いため、分子内直接励起のパスが可能になったことが分かりました。一方で、ホット電子の生成と分子への移動で説明されている水素や酸素分子の反応は、DMDS分子と異なり、金属基板との相互作用が強いため、プラズモンによる化学反応の機構が異なる可能性が示されました。

今後の期待

本成果は、金属のナノ構造に可視光を照射することで生成するプラズモンによって、分子の化学反応が高効率で誘起されることを示しています。今後、分子と金属の界面における相互作用を制御することで、反応に必要な光エネルギーの調節や反応機構の制御ができることから、新しい光触媒の開発につながると期待できます。

原論文情報
  • Emiko Kazuma, Jaehoon Jung, Hiromu Ueba, Michael Trenary, and Yousoo Kim, “Real-space and real-time observation of a plasmon-induced chemical reaction of a single molecule”, Science, 10.1126/science.aao0872
発表者

理化学研究所
主任研究員研究室 Kim表面界面科学研究室
研究員 數間 惠弥子(かずま えみこ)
主任研究員 金 有洙(きむ ゆうす)

左から鄭、Trenary、上羽、金、數間

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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補足説明
  1. 局在表面プラズモン共鳴現象
    金属のナノ構造の表面は自由電子雲で覆われており、そこに光が入射すると光の電場振動に共鳴して、自由電子雲が集団的に振動する。この現象を局在プラズモン共鳴現象といい、金属ナノ構造表面近傍のナノ領域に局在した強い光電場が生成する。
  2. 可視光
    波長が約400ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)から700nmの光。
  3. 走査型トンネル顕微鏡(STM)
    先端を尖がらせた金属針(探針)を、試料表面をなぞるように走査して、その表面の形状を観測する顕微鏡。探針と試料間に流れるトンネル電流を検出し、その電流値を探針と試料間の距離に変換させ画像化する。STMはScanning Tunneling Microscopeの略。
  4. 分子内直接励起
    分子軌道のうち、電子が占有している最もエネルギーの高い軌道を最高被占軌道(HOMO)、占有していない最もエネルギーの低い軌道を最低空軌道(LUMO)という。分子内直接励起とは、分子が外部からエネルギーを受け取ってHOMOの電子がLUMOへ励起されることを指す。
  5. 光触媒
    光の照射により触媒作用を示す物質の総称。触媒は特定の化学反応の速度を速める物質で、自身は反応の前後で変化しない。例えば、光触媒の二酸化チタンは紫外線が当たると、その表面で強力な酸化力が生まれ、接触する有機化合物や細菌などの有害物質を除去することができる。
  6. 回折限界
    波としての性質を持つ光は、障害物があるとその背後に回り込む。この現象を回折といい、光はこの性質のために光の波長の約半分の大きさ以下の領域に集光できない。この光の限界を回折限界という。
  7. 光電場
    光は電場と磁場の振動が伝搬する電磁波の一種であり、光電場とは光の電場のこと。
  8. トンネル電流
    STM探針と試料の間に流れる電流。探針と試料の距離は約1nm程度でトンネル効果(ポテンシャル障壁があるにもかかわらず、障壁に開いたトンネルを抜けたかのように電子が通過する量子力学的現象)が現れる領域。
  9. ホット電子
    ホットエレクトロンともいう。プラズモンが減衰する過程で生成するホット電子は、フェルミレベルからプラズモンのエネルギーの間でブロードな分布を持つ。
  10. 振動緩和
    分子が外部からエネルギーを受け取り、高いエネルギー状態へ励起された後、エネルギーの低い状態へと移行(緩和)する過程で、分子の振動が誘起される状態へと移ること。
  11. 非弾性トンネル過程
    探針と試料の間をトンネルする電子が探針直下の分子の分子振動を励起して、そのエネルギーの一部を失うこと。
  12. 光分解で明らかにした励起パス
    第一原理電子状態計算法による理論計算から、DMDS分子は金属基板との相互作用によって、化学反応に関わるフロンティア軌道のHOMOとLUMO間のエネルギー差が小さくなった結果、可視光でもHOMO、LUMOの分子軌道間を光励起でき、さらにLUMOが金属基板の影響をほとんど無視でき、分子の励起寿命を長くすることにつながり反応が進行したと考えられる。
  13. フロンティア軌道(HOMO、LUMO)
    フロンティア軌道は、分子の反応性を支配している分子軌道のこと。電子が占有している分子軌道のうち、最もエネルギーの高い軌道を最高被占軌道(HOMO)、占有されていない分子軌道のうち、最もエネルギーの低い軌道を最低空軌道(LUMO)という。フロンティア軌道に関する理論は福井謙一博士が提唱し、1981年にロアルド・ホフマンとともにノーベル化学賞が与えられた。
  14. 第一原理電子状態計算法
    実験結果に頼らないで、量子力学の基本原理から分子や結晶の性質を計算する方法。実験が困難な極限状況での物質の性質を予測することができるのが特徴である。しかし膨大な計算を要するため、高性能のスーパーコンピュータの助けが不可欠である。

実験のモデル図と観測対象とした分子の分解反応の図

図1 実験のモデル図と観測対象とした分子の分解反応

(a) 走査型トンネル顕微鏡(STM)探針と金属基板のナノギャップに可視光を照射すると、プラズモンによる光電場が生成し、分子が反応する。
(b) プラズモンによるジメチルジスルフィド分子の分解反応。DMDS分子のジスルフィド結合(S-S結合)が切断される。

プラズモンによるDMDS分子の分解反応をSTMにより実空間観測の図

図2 プラズモンによるDMDS分子の分解反応をSTMにより実空間観測

探針を同心リング(ガイドとして点線で表示。中心円の直径:10nm、各リングの幅:5nm。)の中心に近づけて配置した。可視光を照射すると、探針と銀基板とのナノギャップでプラズモンが生成し、DMDS分子(黄色の点)を分解する。光照射60秒後には中心付近のDMDS分子が分解され減少していることから、探針直下付近に近いほど反応効率が高く、多くの分子が反応することが分かる。反応効率は、電磁場計算により求めたプラズモンの電場強度と相関がみられた。

銀基板上に吸着したDMDS分子の光分解反応とプラズモンによる分解反応の比較の図

図3 銀基板上に吸着したDMDS分子の光分解反応とプラズモンによる分解反応の比較

光分解反応(白丸)とプラズモンによる分解反応(青ダイヤ)の反応効率の波長依存性を示す。プラズモンによる分解は光分解に比べて効率が400倍程度高く、光分解が起こらない波長域(約650~780nm)においても、わずかに分解反応を起こすことが分かった。

注1)2017年2月27日プレスリリース「固体金属上で分子の可視光分解を観測

プラズモンによる分子の分解反応の実時間観測の図

図4 プラズモンによる分子の分解反応の実時間観測

(a) トンネル電流は、探針と試料間の距離の変化に敏感に応答する。探針直下の分子の反応によって、距離がh1からh2へと変化すると、距離の変化に応じたトンネル電流の変化が観測できる。
(b) 単一分子の分解反応の実時間観測。探針を分子の上(*)におき、光照射中のトンネル電流の変化を時間追跡すると、ある一定時間後に分子が分解(解離)し、トンネル電流が急激に減少する。

プラズモンによる分子内直接励起に基づくDMDS分子の分解反応の機構の図

図5 プラズモンによる分子内直接励起に基づくDMDS分子の分解反応の機構

プラズモンにより、分子の最高被占軌道(HOMO)の電子が最低空軌道(LUMO)へ励起され、励起状態にあるDMDS分子は分解に至る。図中のEFはフェルミ準位(絶対零度で電子のとる最高のエネルギー準位)を示す。