養豚や乳用牛・肉用牛生産がもたらす環境負荷はもっと小さいことが判明

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現場実測データにより、尿汚水処理による温室効果ガス排出量の推定値が従来より41%少ない値に

2018-04-17 農研機構 岡山県農林水産総合センター畜産研究所
千葉県畜産総合研究センター  佐賀県畜産試験場(現 杵島農業改良普及センター)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社

ポイント

農研機構と共同研究機関は、豚・牛の尿汚水処理で発生する温室効果ガス(一酸化二窒素1)およびメタン2))の実測に基づいて、汚水に含まれる窒素、または有機物1gから排出される一酸化二窒素とメタンの量を示す「一酸化二窒素排出係数3)」及び「メタン排出係数3)」を算出し直しました。その結果、現行では一酸化二窒素の排出係数が過大に見積もられていることがわかりました。最新の排出係数を用いると、豚・牛の尿汚水処理に伴う温室効果ガス排出量(一酸化二窒素およびメタンの合計量)の推定値は、現行の排出係数を用いた推定値と比べて年間60万トン(41%)少なくなりました。今回算出した一酸化二窒素およびメタンの排出係数は、国の新たな基準として採用される予定です。

概要

畜産由来の温室効果ガス排出量は、日本の農業由来の温室効果ガス排出量の41%を占めると推定されており、より環境負荷の少ない家畜生産体系の開発が求められています。一方、現在の家畜排せつ物由来の温室効果ガス(一酸化二窒素およびメタン)排出量は実験室内データに基づいて算出された排出係数を用いて推定されていて、実際の値とのかい離が懸念され、現場の発生量の正確な把握が必要でした。
そこで農研機構は、豚・牛の飼養の排せつ物管理において温室効果ガス排出量の多くを占める、尿汚水の浄化処理4)に由来する温室効果ガス(一酸化二窒素およびメタン)について、岡山県農林水産総合センター畜産研究所、千葉県畜産総合研究センター、佐賀県畜産試験場および三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社との共同研究で、現場実測データをもとに排出係数を算定し直しました。
その結果、現行では一酸化二窒素の排出係数が過大に見積もられていることがわかりました。最新の排出係数を用いると、我が国の豚・牛の尿汚水処理に伴う温室効果ガス排出量(一酸化二窒素およびメタンの合計量)の推定値は、現行の排出係数を用いた推定値と比べて、年間60万トン少なくなることがわかりました(41%減少、二酸化炭素に換算した算定値)。
今回算出した一酸化二窒素およびメタンの排出係数は、「日本国温室効果ガスインベントリ報告書5)」に採用される予定で、今後我が国において、養豚や乳用牛・肉用牛生産がもたらす環境影響評価の算定に用いられます。
また、今回算定した温室効果ガスの排出係数は、削減すべき取り組むべき優先順位の高い排出源を特定するためにも、現状を正確に示す値として、より環境負荷の少ない家畜生産体系の開発に役立ちます。

関連情報

予算:農林水産省委託プロジェクト研究「農業分野における気候変動緩和技術の開発」のうち「畜産分野における気候変動緩和技術の開発」、農林水産省委託事業「平成24年度農林水産分野における地球環境対策推進手法開発事業のうち「農林水産業由来温室効果ガス排出量精緻化検討・調査事業」

お問い合わせ

研究推進責任者
農研機構畜産研究部門 研究部門長 塩谷 繁

研究担当者
農研機構畜産研究部門 畜産環境研究領域 長田 隆
岡山県農林水産総合センター畜産研究所 白石 誠、水木 剛
千葉県畜産総合研究センター 長谷川 輝明
佐賀県畜産試験場(現 杵島農業改良普及センター)河原 弘文
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 川島 一真、森本 高司

広報担当者
農研機構畜産研究部門 広報プランナー 木元 広実
岡山県農林水産総合センター畜産研究所 高取 健治
千葉県畜産総合研究センター 企画環境研究室 室長 鈴木 一好
佐賀県畜産試験場 中小家畜部 部長 陣内 孝臣
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 川島 一真

詳細情報

背景と経緯

畜産由来の温室効果ガス排出量は、日本の農業由来の温室効果ガス排出量の41%を占めると推定されており、より環境負荷の少ない家畜生産体系の開発が求められています。一方、現在の家畜排せつ物由来の温室効果ガス(一酸化二窒素およびメタン)排出量は実験室内データに基づいて算出された排出係数を用いて推定されていて、実際の値とのかい離が懸念され、まずは現場の発生量の正確な把握が必要でした。なお農研機構は昨年、養鶏については既に見直しを行っています(2017年3月6日プレスリリース「養鶏がもたらす環境負荷はもっと小さいことが判明」)。
そこで農研機構は今回、共同研究機関と協力して、豚と牛の生産における排せつ物管理由来の温室効果ガス排出量について、その多くを占める「尿汚水の浄化処理に由来する温室効果ガス(一酸化二窒素およびメタン)」の排出係数を、実際の浄化施設で測定したデータをもとに見直しました。

内容・意義
  • 国内の家畜生産施設(豚5ヶ所、乳牛1ヶ所)に設置された実用規模の尿汚水浄化処理施設で、排出される温室効果ガス(一酸化二窒素およびメタン)や汚水中の有機物濃度、窒素濃度等を実測しました(図1、図2)。
  • 得られたデータを元に、養豚の浄化処理と乳用牛・肉用牛の浄化処理における一酸化二窒素およびメタンの排出係数を算出し直しました(表1)。その結果、一酸化二窒素の排出係数は、どちらの場合も現行(改定前)では過大に見積もられていることがわかりました(表1)。一方、メタンの排出係数はどちらの場合も改定後の方が大きくなりました(表1)。
  • 排出係数とこの浄化処理区分で扱われる有機物量と窒素量から、養豚と乳用牛・肉用牛の浄化処理に伴う温室効果ガス排出量を推定しました(一酸化二窒素およびメタンの合計量;図3)。最新の排出係数を用いると、養豚と乳用牛・肉用牛の浄化処理に伴う温室効果ガス排出量の推定値は、現行の排出係数を用いた推定値と比べて、年間60万トン少なくなることがわかりました(41%減少、二酸化炭素に換算した算定値)。
  • 本成果により、養豚や乳用牛・肉用牛生産では、実験室内のデータに基づく算定より環境への負荷が小さくなっていることがわかりました。
今後の予定・期待

今回算出した一酸化二窒素およびメタンの排出係数は、豚の浄化処理に関しては2017年度版の「日本国温室効果ガスインベントリ報告書」に採用されました。また牛の浄化処理については2018年度版の同報告書に採用される予定です。これらの排出係数は、今後我が国において、養豚や乳用牛・肉用牛生産がもたらす環境影響評価の算定に用いられます。
本成果により得られた温室効果ガスの排出係数は、削減すべき取り組むべき優先順位の高い排出源を特定するためにも、現状を正確に示す値として、より環境負荷の少ない家畜生産体系の開発に役立ちます。
また今回算出した温室効果ガスの排出係数は今後、日本と同様の浄化処理を行っている東南アジア・東アジア各国(タイ、ベトナム、台湾、韓国、中国)のインベントリ算定の参考になると考えられます。

用語の解説

1)一酸化二窒素
二酸化炭素の約300倍の温室効果を持つ強力な温室効果ガスであり、オゾン層破壊の原因物質でもあります。化学肥料や家畜排せつ物に含まれる窒素から発生するため農業が最大の人為発生源となっており、削減が求められています。

2)メタン
二酸化炭素の25倍の温室効果を持つ強力な温室効果ガスであり、反すう家畜や水田からの排出が大きく、廃棄物処理などからも発生します。

3)一酸化二窒素排出係数、メタン排出係数
一酸化二窒素排出係数は、その取り扱い区分における処理窒素に対する一酸化二窒素(N2O-N)の比率。メタン排出係数は、その取り扱い区分における処理有機物に対するメタン(CH4)の比率。

4)(豚・牛の)尿汚水の浄化処理
家畜の尿中には多くの肥料元素が含まれています。これらが農耕地で利用できない場合、水質汚濁を防止するために行われる処理。通常は粗大固形物や有機物を除去するための物理的処理(一次処理)と有機物、窒素やりんなどの除去を行う生物学的処理(二次処理)、さらに着色などの除去を行う高次処理で構成されます。

5)日本国温室効果ガスインベントリ報告書
国連気候変動枠組条約(UNFCCC)第4条及び第12条並びに決定2/CMP.8に基づき、同条約、京都議定書各締約国は自国の温室効果ガスの排出及び吸収の目録(インベントリ)を条約事務局に提出する責務を有します。この条項に従い、日本の温室効果ガス及び前駆物質等の排出量及び吸収量をUNFCCCインベントリ報告ガイドライン(決定24/CP.19 附属書I)及び決定2/CMP.8に則り、本報告書及び共通報告様式(CRF)を用いて、日本国のインベントリとして報告します。日本は毎年4月に最新の報告書を提出しています。

発表論文

1) Osada et al (2017) Front. Environ. Sci. Eng. 11: 10.
https://doi.org/10.1007/s11783-017-0933-7
2) 白石ら(2017)日本畜産学会報88(4) 479-490

参考図

養豚や乳用牛・肉用牛生産がもたらす環境負荷はもっと小さいことが判明
図1 養豚の浄化処理施設の温室効果ガス測定システム(千葉県)(円で示した部分が測定地点)
上記施設を含む国内5ヶ所(千葉2ヶ所、岡山2ヶ所、及び佐賀)の養豚の尿排水浄化処理施設で、一酸化二窒素およびメタンの排出量や、各汚水中の有機物濃度、窒素濃度等を1年間測定しました。


図2 乳用牛の浄化処理施設の温室効果ガス測定システム(岡山県)(楕円で示した部分が測定地点) 上記施設で一酸化二窒素およびメタンの排出量や、各汚水中の有機物濃度、窒素濃度等を様々な条件で6年間測定しました。

表1 算出した一酸化二窒素およびメタンの排出係数


図3 排出係数改定による温室効果ガス排出量(全国の推定値)の変化
最新の排出係数を用いると、養豚と乳用牛・肉用牛の浄化処理に伴う温室効果ガス排出量の推定値は、現行の排出係数を用いた推定値と比べて、年間60万トン少なくなることがわかりました(41%減少、二酸化炭素に換算した算定値)。
CO2:二酸化炭素、N2O:一酸化二窒素、CH4:メタン

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