2018-1-18 理化学研究所,気象庁気象研究所,科学技術振興機構,海洋研究開発機構
理化学研究所(理研)計算科学研究機構データ同化研究チームの三好 建正 チームリーダーと本田 匠 特別研究員、気象庁気象研究所の岡本 幸三 室長らの共同研究グループ※1)は、スーパーコンピューター「京」注1)と気象衛星ひまわり8号による観測ビッグデータを用いて10分ごとに更新する気象予測手法を開発し、台風や集中豪雨、それに伴う洪水の予測への有効性を確認しました。
2015年7月7日に運用が開始された静止気象衛星ひまわり8号は、従来の衛星ひまわり7号の約50倍のビッグデータを生み出す高性能センサを搭載し、10分ごとに丸い地球全体を撮像します。これまで、静止気象衛星から観測される赤外放射輝度注2)データを、雲の領域(雲域)も含めた全天候で数値天気予報に直接利用することは、困難でした。このため、気象庁など世界の現業の天気予報センターの数値天気予報システムでは、連続する雲画像から雲の動きを追跡して推定する風向・風速や、雲域を除く晴天域の赤外放射輝度データの利用が主に行われてきました。
今回、共同研究グループは、ひまわり8号の10分ごとの赤外放射輝度データを、雲域も含めた全天候で数値天気予報に直接利用することに成功し、その有効性を実証しました。ひまわり8号赤外輝度観測の「データ同化」により、2015年最強の台風第13号(Soudelor)の急発達の予測が大幅に改善したほか、2015年9月、関東・東北豪雨の雨量予測が改善し、その結果、鬼怒川の流量の予測も改善しました。豪雨による洪水や土砂崩れなどの災害リスクを一刻も早く捉えるには、刻々と得られるデータを取り込んだ精度の高い天気予報が有効です。ひまわり8号の高性能センサによる10分ごとのビッグデータを生かすことで、これまで1時間ごとに更新されていた気象予測が、10分ごとに更新できるようになります。
本成果は今後、10分ごとに刻々と得られる新しい予測データを有効に活用するための防災体制などの技術的・社会的課題を解決することで、豪雨や洪水のリスクを一刻も早く捉え、将来の天気予報に革新をもたらすと期待できます。
本研究は、HPCI一般課題「ゲリラ豪雨予測を目指した「ビッグデータ同化」の研究(課題番号:hp150019、hp160162、hp170178)」、文部科学省フラッグシップ2020プロジェクト(ポスト「京」の開発)「ポスト「京」で重点的に取り組むべき社会的・科学的課題」における重点課題④「観測ビッグデータを活用した気象と地球環境予測の高度化(課題番号:hp160229、hp170246)」(課題責任者:海洋研究開発機構・高橋 桂子)および公益財団法人 計算科学振興財団研究教育拠点(COE)形成推進事業における研究課題「複数の災害リスク評価に基づく都市計画に資する計算科学研究」(研究代表者:富田 浩文)の支援を受けて行われました。
なお、本研究は、米国の科学雑誌『Monthly Weather Review』(2018年1月号)および『Journal of Geophysical Research-Atmospheres』(2018年1月号)の掲載に先立ち、オンライン版(1月17日付け:日本時間1月18日)に掲載されます。
本研究は、京高度化枠「データ解析とシミュレーションの融合研究のための共通基盤的研究開発(課題番号:ra000015)」として、JST 戦略的創造研究推進事業(CREST)「科学的発見・社会的課題解決に向けた各分野のビッグデータ利活用推進のための次世代アプリケーション技術の創出・高度化」(研究総括:田中 譲)における研究課題「「ビッグデータ同化」の技術革新の創出によるゲリラ豪雨予測の実証」(研究代表者:三好 建正)、「ビッグデータ統合利活用のための次世代基盤技術の創出・体系化」(研究総括:喜連川 優)における研究課題「EBD:次世代の年ヨッタバイト処理に向けたエクストリームビッグデータの基盤技術」(研究代表者:松岡 聡)の支援を受けて行われました。
※1)共同研究グループ
理化学研究所 計算科学研究機構
データ同化研究チーム
チームリーダー | 三好 建正(ミヨシ タケマサ) |
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特別研究員 | 本田 匠 (ホンダ タクミ) |
特別研究員 | グオ=ユエン・リエン(Guo-Yuan Lien) |
研究員 | 寺崎 康児(テラサキ コウジ) |
研究員 | 小槻 峻司(コツキ シュンジ) |
リサーチアソシエイト | 前島 康光(マエジマ ヤスミツ) |
複合系気候科学研究チーム
チームリーダー | 富田 浩文(トミタ ヒロフミ) |
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研究員 | 西澤 誠也(ニシザワ セイヤ) |
研究員 | 足立 幸穂(アダチ サチホ) |
特別研究員 | 吉田 龍二(ヨシダ リュウジ) |
気象庁
気象研究所 台風研究部 第二研究室
室長 | 岡本 幸三(オカモト コウゾウ) |
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気象衛星センター システム管理課
課長(研究当時) | 別所 康太郎(ベッショ コウタロウ) |
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<研究の背景>
台風や集中豪雨は、洪水や土砂崩れなど甚大な災害をもたらします。地球規模の気候変動が進んでいくなか、過去に経験しなかったような豪雨など激しい気象が起こるようになってきています。これらの災害を減らすには、予測し備えることが有効です。
静止気象衛星ひまわり8号は、世界初の新世代静止気象衛星として、2014年10月7日に打ち上げられ、2015年7月7日より運用が開始されました。それまでのひまわり7号と比べて分解能が高く、可視および赤外センサのバンド数(波長数)が増え、時間的にも高頻度撮像が可能となり、総じて約50倍のビッグデータを生み出します。この新型センサによる観測ビッグデータを生かして、台風や豪雨など激しい気象の予測を向上することは、重要な研究課題です。
気象の予測はスーパーコンピューターを使った天気予報シミュレーション(数値天気予報)に基づいており、シミュレーションと実測データを融合する「データ同化」が予報の精度を左右します。気象研究所、琉球大学理学部、海洋研究開発機構は、2017年1月、ひまわり8号の最短2.5分ごとの連続する雲画像から雲の動きを追跡して推定する風向・風速(大気追跡風)のデータ同化により、2015年9月関東・東北豪雨の際の大雨の位置や強度を改善する結果を示しました※2)。
気象庁など世界の数値天気予報センターでは、静止気象衛星による大気追跡風をデータ同化しているほか、赤外放射輝度データの直接利用は主に晴天域に限って行っています。ひまわり8号の赤外放射輝度データを直接利用するには、数値天気予報の結果を使って、ひまわり8号の観測シミュレーションを行い、ひまわり8号で実際に観測された赤外放射輝度データと比較します。ひまわり8号が観測する赤外放射輝度は、さまざまな高度の気温や湿度を考慮した大気の複雑な放射過程の結果です。観測シミュレーションでは、この複雑な放射過程を計算します。赤外線は雲によってほとんど吸収されるため、ひまわり8号が観測する雲の領域(雲域)の赤外放射輝度は、雲頂からの赤外放射と、それより上空の放射過程によって決まります。数値天気予報で雲を精緻に表現することは難しいため、雲域での赤外放射輝度データの利用は大きな課題です。
普段テレビなどで目にするひまわり8号の衛星画像では通常、雲に着目します。特に台風の場合、渦巻く雲と中心の眼を確認し、台風の強度を推定します。これまで数値天気予報では利用が難しかった雲域の赤外放射輝度データを利用することで、台風や集中豪雨の予測が改善できる可能性があります。また、ひまわり8号は10分ごとの高頻度撮像を行うため、これを生かすことで、10分ごとに予測を更新することも可能となります。気象庁の全球モデル(解像度約20km)は6時間ごと、メソモデル(5kmメッシュ)は3時間ごと、局地モデル(2kmメッシュ)は1時間ごとに予測を更新しています。
共同研究グループは、10分ごとに予測を更新することで、豪雨や洪水のリスクを一刻も早く捉え、将来の天気予報に革新をもたらす可能性があると考えました。
※2)2017年1月17日気象庁プレスリリース「ひまわり8号で観測した高頻度大気追跡風と海面水温の台風や大雨事例へのインパクト実験」
http://www.mri-jma.go.jp/Topics/H28/290117/press_20170117.html
<研究手法と成果>
共同研究グループはまず、2015年で最も強く発達した台風第13号(Soudelor)を対象として、スーパーコンピューター「京」、理研の数値天気予報モデル、データ同化システムを使って3kmメッシュのシミュレーションを行い、ひまわり8号の赤外バンド9の放射輝度を雲域も含めた全天候で10分ごとにデータ同化しました。その結果、ひまわり8号赤外輝度観測のデータ同化によって、実際に観測された台風の詳細な構造を再現することに成功しました(図1)。この台風は、2015年で最強の900ヘクトパスカル(hPa)まで急速に発達しています。ひまわり8号赤外輝度観測のデータ同化によって、台風の急発達の予測は大幅に改善しました(図2)。
次に、2015年9月関東・東北豪雨を対象として、スーパーコンピューター「京」、理研の数値天気予報モデル、データ同化システムを使って6kmメッシュのシミュレーションを行い、ひまわり8号の赤外バンド9の放射輝度を雲域も含めた全天候で10分ごとにデータ同化しました。その結果、ひまわり8号のデータ同化により、12時間後に予測される大雨の位置や範囲が大きく改善しました(図3)。また、この予測された雨の分布を使って、河川流量の予測も行いました。その結果、9時と15時を初期時刻とした鬼怒川の流量予測が改善しました(図4)。
さらに、ひまわり8号により、10分ごとに予測を更新することができます。図4に示すように、ひまわり8号のデータ同化をせずに従来型観測を使って6時間ごとのデータ同化を行った場合、9時の初期値と15時の初期値しかありません。ひまわり8号のデータ同化を行うことで、この6時間の間に10分ごと、すなわち36回の予測を行うことができます。これにより、大幅に早い時点で鬼怒川の流量が増えるリスクを捉えることが可能となります。
なお、今回の実験では、10分ごとのデータ同化にかかる計算時間が、約8万個の「京」の計算ノードのうち、台風13号の予測で1,872ノード(約2.3%)を用いて約9分、鬼怒川の流量予測で816ノード(約1.0%)を用いて約5分でした。いずれも10分以内で、リアルタイム実行が可能な技術です。
<今後の期待>
ひまわり8号の観測ビッグデータを生かすことで、2015年で最も強かった台風第13号(Soudelor)の急発達や、2015年9月関東・東北豪雨の予測精度を向上することに成功しました。また、10分ごとに新たな観測データを取り込んで予測を更新することで、2015年9月関東・東北豪雨の事例では、鬼怒川の流量急増の早期警戒に生かせる可能性を示しました。
本成果は今後、10分ごとに刻々と得られる新しい予測データを有効に活用するための防災体制などの技術的・社会的課題を解決することで、豪雨や洪水のリスクを一刻も早く捉え、将来の天気予報に革新をもたらすと期待できます。
<参考図>
図1 2015年8月2日22時(日本時間)における台風第13号のシミュレーション
左はひまわり8号データ同化なし、中央はひまわり8号データ同化あり、右は実際のひまわり8号観測を示す。ひまわり8号赤外輝度観測のデータ同化によって、実際に観測された台風の詳細な構造を再現できたことが分かる。
図2 2015年8月のシミュレーションによる台風第13号の中心気圧の解析値、予測値、および気象庁による推定値(ベストトラック)
気象庁による推定値(ベストトラック・青太線)と、ひまわり8号同化なし(黒線)、ひまわり同化あり(赤線)の解析値(太線)および予測値(細線)を示す。ひまわり8号赤外輝度観測のデータ同化によって、台風の急発達の予測が大幅に改善されたことが分かる。
図3 2015年9月9日午前9時を初期時刻とする12時間降水予報の結果と実際のレーダ観測
左はひまわり8号同化なし、中央はひまわり8号同化ありの降水予測、右は気象庁によるレーダ観測から推定された降水量。ひまわり8号観測を同化することで、南北に伸びる降水帯の位置が大幅に改善されたことが分かる。いずれも、理研の数値天気予報モデル、データ同化システムを用いた計算。
図4 2015年9月9日の河川流出量の予測結果
6時間ごとの従来型観測のみの場合、河川流出量予測も6時間ごとにしか更新できない(図の黒線と黒破線)。一方、10分間隔の高頻度で観測するひまわり8号を最大限に活用すれば、降水および河川流出量予測を10分ごとに更新することが可能となる(色線、赤に近いほどより遅い初期時刻)。頻繁に予測を更新することで、洪水リスクをより長いリードタイムで捉えられることを示した。いずれも、理研の数値天気予報モデル、データ同化システムを用いた計算。
<用語解説>
- 注1) スーパーコンピューター「京」
- 文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築」プログラムの中核システムとして、理研と富士通が共同で開発を行い、2012年9月に共用を開始した計算速度10ペタフロップス級のスーパーコンピューター。
- 注2) 赤外放射輝度
- 地球から放射される赤外線の明るさ(輝度)。地面や海面、雪氷面など、地球表面から上向きに放射された赤外線は、大気の複雑な放射過程を経て、宇宙に達し、ひまわり8号は静止軌道からこれを捉える。
<論文情報>
タイトル | “Assimilating All-Sky Himawari-8 Satellite Infrared Radiances: A Case of Typhoon Soudelor (2015)” |
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著者名 | Honda, T., T. Miyoshi, G.-Y. Lien, S. Nishizawa, R. Yoshida, S. A. Adachi, K. Terasaki, K. Okamoto, H. Tomita and K. Bessho |
掲載誌 | Monthly Weather Review |
doi | 10.1175/MWR-D-16-0357.1 |
タイトル | “Assimilation of Himawari-8 All-Sky Radiances Every 10 Minutes: Impact on Precipitation and Flood Risk Prediction” |
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著者名 | Honda, T., S. Kotsuki, G.-Y. Lien, Y. Maejima, K. Okamoto and T. Miyoshi |
掲載誌 | Journal of Geophysical Research-Atmospheres |
doi | 10.1002/2017JD027096 |
<お問い合わせ先>
<研究内容について>
三好 建正(ミヨシ タケマサ) チームリーダー
本田 匠 (ホンダ タクミ) 特別研究員
理化学研究所 計算科学研究機構 データ同化研究チーム
岡本 幸三(オカモト コウゾウ)
気象庁 気象研究所 台風研究部 第二研究室 室長
<JST事業に関すること>
科学技術振興機構 戦略研究推進部
<機関窓口>
理化学研究所 広報室 報道担当
科学技術振興機構 広報課