スピン流の雑音から情報を引き出す

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スピン流高効率制御に向けた新手法

2018-1-16 東北大学材料科学高等研究所(AIMR),日本原子力研究開発機構,東京大学物性研究所

【発表のポイント】

  • 磁気の流れ「スピン流」の生成メカニズムの情報をスピン流雑音から引き出す理論を構築。
  • スピン流雑音測定からマイクロ波照射による発熱量を決定する手法の発見。
  • スピン流の高効率制御技術開発への貢献が期待。

【概要】

東北大学材料科学高等研究所(AIMR)の松尾衛助教(兼ERATO齊藤スピン量子整流プロジェクト・核ダイナミクスグループリーダー)、日本原子力研究開発機構先端基礎研究センターの大沼悠一研究員、同センターの前川禎通センター長、東京大学物性研究所加藤岳生准教授らの研究グループは、スピン流雑音(注1)の基礎理論を構築し、スピン流(注2)生成に伴って試料に発生する熱量をスピン流雑音測定から決定する手法を発見しました。

電子は電気の性質である電荷と磁気の性質であるスピンを持っています。電荷の流れである電流に比べて、磁気の流れ「スピン流」はジュール熱によるエネルギー散逸が抑えられるために、スピン流を利用した省電力電子技術の研究が盛んに行われています。このような省電力電子技術で重要となるのが、スピン流制御に伴う熱の発生機構を特定し精密に測定する技術です。今回研究グループが着目したのは、マイクロ波照射を使ったスピン流生成法(注3)です。金属と磁性体の二層膜試料にマイクロ波を照射することでスピン流が作られることが知られていますが、実際にマイクロ波を照射すると試料は発熱するために、観測されるスピン流信号には、発熱に由来するスピン流の信号が混ざります。マイクロ波照射によるスピン流生成機構を精密に調べるためにも、この発熱の効果を分離する方法が望まれていました。本研究では、スピン流の時系列データに含まれる雑音「スピン流雑音」を測定することによって、マイクロ波照射による試料の発熱量を決定し、信号を分離する理論手法を発見しました。これによって、スピン流の生成メカニズムを精密に調べることが可能となり、スピン流の高効率制御技術と省電力電子技術の発展につながることが期待されます。本成果は、近日中に、米国物理学誌「Physical Review Letters(フィジカル・レビュー・レターズ)」オンライン版に公開されます。

【研究の背景と経緯】

スマートフォンやパソコンなどの電子機器で利用されている電子素子の微細化、高集積化に伴い、電流によるジュール熱発生によるエネルギー損失が深刻な問題となっています。こうした中、次世代省電力電子技術として注目されているのが物質中の磁気の流れ「スピン流」を利用する手法です。電子は電気的性質である電荷と、磁気的性質であるスピンを持っており、物質中の電子の流れを制御することで、電荷の流れである電流だけでなく、磁気の流れであるスピン流を利用することが可能です。スピン流を使った情報伝達では、電流に比べてジュール熱発生によるエネルギー損失が抑制されることが知られており、次世代省電力電子デバイス開発の基盤となると期待されるスピン流の高効率制御技術が世界中でさかんに研究されています。

これまでに様々なスピン流生成法が実現されていますが、今回は、金属と磁性体を貼り合わせた二層膜試料に熱流を流すことでスピン流を作る「スピンゼーベック効果」(注4)と、同様の試料にマイクロ波を照射することでスピン流を作る「スピンポンピング」に着目しました(図1)。

両者を精密に研究するにあたり、特にスピンポンピングを使ったスピン流生成を行うと、マイクロ波照射によって試料が温められるために、試料には微量であっても熱流が流れ、スピンゼーベック効果によるスピン流が生成するため、マイクロ波照射によって得られるスピン流信号が、純粋にスピンポンピングによるものなのかを決定することが困難であるとされてきました。

スピン流の高効率生成制御技術確立のためにも、得られたスピン流信号がどういったメカニズムによるものかを特定することが極めて重要です。

図1 金属と磁性体の二層膜試料におけるスピン流生成。
(a) スピンゼーベック効果。磁性体を温めて熱流を流すことで、磁性体中のスピン(S)が励起され、スピン流が生成される。(b)スピンポンピング。試料にマイクロ波を照射すると磁性体中のスピン(S)が励起され、スピン流が生成される。実際のマイクロ照射実験では、マイクロ波照射によって試料自体が温められてしまうために、実験で測定されるスピン流信号には、スピンポンピングだけでなくスピンゼーベック効果由来のスピン流信号が重なり合う。このため、二つのスピン流生成メカニズムを特定するのが困難であった。

【研究の内容】

本研究では、金属と磁性体を貼り合わせた二層膜試料の界面を通過するスピン流の時系列データに含まれるスピン流雑音の理論式を導出しました。この理論式で明らかになったスピン流雑音の温度依存性(図2)から、試料へのマイクロ波照射による試料の発熱量を決定できることを理論的に示しました。

また、一般に試料界面をスピン流が通過する際には、スピン流の一部が乱されて、スピン流量が減衰することが知られていますが、従来のスピン流信号のみの測定からは、界面でどの程度減衰するかを決定することが困難でした。今回の理論式を用いることで、スピン流雑音とスピン流の比から、界面の情報を引き出す理論手法も発見しました。

さらに、スピン流雑音測定から、試料中のスピン流生成効率を決定する手法も提案しました。

図2 スピン流雑音(S)の温度(T)依存性。
SSE: スピンゼーベック効果由来のスピン流雑音。
SP: スピンポンピング由来のスピン流雑音
Thermal noise: 熱雑音
これらの温度依存性の違いから、マイクロ波照射実験における試料発熱を決定することができる。

【今後の展開】

本研究成果によって、従来困難であったマイクロ照射実験における発熱量の決定とスピンポンピングとスピンゼーベック効果という二つのスピン流生成メカニズムの峻別が可能となります。また、スピン流雑音測定が、試料界面のスピン流に対する影響を調べる新手法となることが示されました。

これによって、スピン流の生成メカニズムを精密に調べることが可能となり、スピン流の高効率制御技術の発展に貢献されることが期待されます。

【用語解説】

注1:スピン流雑音 注2:スピン流

電子の持つ磁気的な自由度をスピンという。スピンは大きさと向きを持っている。電子のスピンの向きが揃った状態の流れがスピン流であり、このスピン流の揺らぎがスピン流雑音である。

注3:マイクロ波照射を用いたスピン流生成(スピンポンピング)

電磁波の一種であるマイクロ波を金属と磁性体の二層膜試料に照射すると磁性体の非平衡ダイナミクスが誘起されてスピン流が生じる現象。

注4:スピンゼーベック効果

磁性体に温度差を与えることによってスピン流が生成される現象。スピントロニクス分野において、汎用性の高いスピン流源としての応用が期待されるとともに、逆スピンホール効果と組み合わせることで熱電変換素子としての応用の可能性が示唆されている。

雑誌名:Physical Review Letters (フィジカル・レビュー・レターズ)

論文タイトル:Spin current noise of the spin Seebeck effect and spin pumping(スピンゼーベック効果とスピンポンピングのスピン流雑音)

著者:Mamoru Matsuo, Yuichi Ohnuma, Takeo Kato, and Sadamichi Maekawa (松尾衛、大沼悠一、加藤岳生、前川禎通)

 

1700応用理学一般
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