卵の白身から高強度ゲル材料の開発に成功

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~卵白たんぱく質の機能性材料や新食感の食品開発に期待~

2018-1-10 科学技術振興機構(JST)

ポイント

  • ゆで卵の白身は強度が低く脆いため、材料開発の素材としては利用されてこなかった。
  • 鶏卵の卵白たんぱく質を一定間隔に集積させて加熱することで、ゆで卵の白身の150倍以上の高強度ゲル材料を開発することに成功した。
  • たんぱく質を素材として、実用的な強度を持つ新たな機能性材料や、新しい食感の食品の開発につながることが期待される。

JST 戦略的創造研究推進事業において、東京工業大学 科学技術創成研究院 野島 達也 特任助教(研究当時、現:中国・東南大学 生物電子学国家重点実験室 准教授)、彌田 智一 教授(研究当時)らの研究グループは、鶏卵の卵白たんぱく質から高強度ゲル材料である「卵白たんぱく質凝縮体ゲル」を作製することに成功しました。

卵白を加熱すると固まる(ゲル注1)化する)現象はよく知られていますが、その圧縮強度注2)は低いため、卵白は材料開発の素材として用いられてきませんでした。

本研究グループは、独自のイオン性界面活性剤注3)をたんぱく質溶液に加えることで、水中のたんぱく質を一瞬で凝縮する技術を2016年に開発しました。このたんぱく質凝縮化技術を応用し、卵白に含まれる特定のたんぱく質を、一定間隔に集積させることができました。この状態のたんぱく質を加熱したところ、通常のゆで卵の白身の150倍以上の圧縮強度を示す生分解性注4)ゲル材料を作製することに成功しました。

本研究の成果は、たんぱく質を素材として、体内に残留せずに一定期間後に吸収されるような医療用素材など、実用的な強度を持つ新たな機能性材料や、新たな食感の食品の開発への応用が期待されます。

本研究成果は、2018年1月5日(英国時間)に英国科学誌「NPG Asia Materials」のオンライン版で公開されました。

本成果は、以下の事業・プロジェクトによって得られました。

戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)

研究プロジェクト 「彌田超集積材料プロジェクト」
研究総括 彌田 智一(東京工業大学 科学技術創成研究院 教授(研究当時))
研究期間 平成22年10月~平成28年3月

上記研究課題では、異種材料をナノ・マイクロスケールで「上手に混ぜる」ことにより、構成材料の単なる足し合わせでは得られない、要素間の相互作用が顕在化した「超集積材料」の創成に関する研究を実施しました。

<研究の背景と経緯>

金属やセラミクスに代わる次世代の材料として、生体高分子であるたんぱく質の活用が進められており、絹やクモ糸など繊維状のたんぱく質を素材とした強靭な材料開発が広く行われています。一般的にたんぱく質は、微生物や細胞の培養により生産されます。しかし、これは時間も費用もかかる方法でした。そこで本研究グループは、大量生産の手法が確立しており、安価に入手が可能な食品たんぱく質に注目しました。

本研究グループは、鶏卵の白身を加熱すると固まる、という誰もが経験的に知っている現象(加熱ゲル化現象)を応用した新材料開発に取り組みました。白身にはたんぱく質が豊富に含まれ、加熱前は水に溶けた状態で存在します。加熱するとたんぱく質は変性し、ランダムに集まることで不均一なネットワーク構造を形成し、液状だった白身は水を含んだゲルとなって固まります。

しかし加熱してゲルとなった白身の強度は低いため、そのままでは材料として利用することはできません。本研究グループは、ゲル化した白身の強度が低いのは、その不均一な構造が原因ではないかと考えました。本研究グループはこれまでに、たんぱく質にイオン性界面活性剤を加えることで、水中のたんぱく質を一瞬で凝縮させ、一定間隔に集積させる技術を開発してきました(2016年12月26日 JSTプレスリリース「混ぜるだけで迅速に水溶液中のたんぱく質凝縮に成功」)。そこで、このたんぱく質凝縮化技術を応用し、卵白たんぱく質を一定間隔に集積させた上で加熱すれば、均一な構造を形成し、強度の高いゲル材料を作製できると考えました。

<研究の内容>

鶏卵の卵白には100種類以上のたんぱく質が含まれ、そのうち数種類のたんぱく質が、卵白の加熱ゲル化現象に主に関わっています。しかし特定のたんぱく質の精製は時間と費用のかかる作業であるため、本研究グループは未精製の卵白たんぱく質を実験に用いることにしました。鶏卵より分離した卵白を、市販のキッチンネットで濾した後に、水を加えて撹拌することで、均質化した卵白たんぱく質水溶液を得ました。

卵白たんぱく質に、これまでに本研究グループが開発した陰イオン性界面活性剤と陽イオン性界面活性剤を一定の割合で添加すると、ゲル化現象に関わるたんぱく質を含む透明液状物質(卵白たんぱく質凝縮体)が水相と分離して発生しました(図1)。その後、卵白たんぱく質凝縮体をX線小角散乱測定注5)で解析すると、散乱ピークを示したことから、その内部でたんぱく質が一定の間隔で集積していることが判明しました。

次に卵白たんぱく質凝縮体を70度で加熱すると、白く不透明に固まりました(図2)。この物質は内部に80パーセントの水を含むハイドロゲル注6)であることが確認されました(卵白たんぱく質凝縮体ゲル)。さらに卵白たんぱく質凝縮体ゲルは、たんぱく質分解酵素によって分解されたため、たんぱく質によってネットワーク構造が形成された生分解性物質であることが確認されました。

続いて、卵白たんぱく質凝縮体ゲルの強度を解析するために、圧縮強度を測定しました(図3)。通常のゆで卵の白身は0.2メガパスカルの圧縮強度を示す一方で、今回作製した卵白たんぱく質凝縮体ゲルは、荷重をかけると17分の1の厚みに薄くつぶれるほどの柔らかさを持ちつつも、最大で34.5メガパスカルと通常のゆで卵の白身の150倍以上の強度を示しました。34.5メガパスカルは、1円玉に1,000キログラムの圧力をかけている状態です。卵白より作製された物質の強度としては世界最高であり、化学的に合成された高強度ハイドロゲル材料とも遜色ない強度であることが確認されました。

最後に卵白たんぱく質凝縮体ゲル内部のネットワーク構造を、たんぱく質のシステイン残基の修飾試薬やたんぱく質変性剤などを用いて分析しました。その結果、卵白たんぱく質凝縮体ゲルの内部では、変性したたんぱく質同士のジスルフィド結合注7)による共有結合ネットワークと共に、主に疎水相互作用による非共有結合ネットワークという2種類の性質の異なるネットワーク構造が形成されていることが判明しました。これらのネットワーク構造は、通常のゆで卵の白身でも形成されていますが、それが均一に形成されることで高い強度を示すことができたと考えられます。

<今後の展開>

鶏卵の卵白たんぱく質という身近なたんぱく質から、高強度材料が作製可能であることを示すことができました。本研究で得られたゲル化メカニズムを他のたんぱく質に応用することで、体内に残留せずに一定期間後に吸収されるような医療用素材など、実用的な強度を持つ機能性材料の開発を目指します。また新たな食感を持つ食品開発への応用も期待されます。

<参考図>

卵の白身から高強度ゲル材料の開発に成功

図1 卵白たんぱく質凝縮体の形成

鶏卵より作製した卵白たんぱく質水溶液に、2種類のイオン性界面活性剤を加えると、水相と分離した透明な液状物質である卵白たんぱく質凝縮体が形成される。

図2 加熱による卵白たんぱく質凝縮体のゲル化

図2 加熱による卵白たんぱく質凝縮体のゲル化

卵白たんぱく質凝縮体を加熱すると、白く不透明な卵白たんぱく質凝縮体ゲルを形成する。卵白たんぱく質凝縮体ゲルは、たんぱく質分解酵素により分解される。

図3 卵白たんぱく質凝縮体ゲルの圧縮強度

図3 卵白たんぱく質凝縮体ゲルの圧縮強度

卵白たんぱく質凝縮体ゲルは、最大34.5メガパスカルというゆで卵の白身の150倍以上の圧縮強度を示す。

<用語解説>
注1) ゲル
高分子などの材料がネットワーク状に結合し、その内部に溶媒を保持した固形物。
注2) 圧縮強度
対象物を圧縮したときの変形率と、そのときにかかる力。圧縮強度を測定すると、対象物が破壊されるのに必要な力が判明する。
注3) 界面活性剤
水となじみやすい親水性の構造と、油となじみやすい疎水性の構造とを持つ分子の総称。水と油など混ざりにくい物質を混合する働きを持つ。
注4) 生分解性
物質が微生物によって分解される性質であること。
注5) X線小角散乱測定
対象となる物質にX線を照射したとき、物質の構造に応じてX線はさまざまな角度で散乱される。そのとき、小さい散乱角度の散乱X線を測定することで、数ナノメートルから数十ナノメートルサイズの構造を解析する手法。
注6) ハイドロゲル
水を溶媒として保持するゲル。
注7) ジスルフィド結合
2個のメルカプト(SH)基間で酸化的に形成される硫黄原子間の結合(-CH2-S-S-CH2-)。S-S結合ともいう。たんぱく質においてはシステイン残基の間で形成される。
<論文タイトル>

“Egg White-Based Strong Hydrogel via Ordered Protein Condensation”
(秩序的なたんぱく質凝縮を経て形成された卵白を用いた強いハイドロゲル)
doi: 10.1038/am.2017.219

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

野島 達也(ノジマ タツヤ)
東南大学 生物電子学国家重点実験室 准教授

彌田 智一(イヨダ トモカズ)
同志社大学 ハリス理化学研究所 教授

<JST事業に関すること>

古川 雅士(フルカワ マサシ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課

0502有機化学製品
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