日欧の国際共同研究により革新的核融合炉への新展開
米科学誌「フィジカル・レビュー・レターズ」に論文掲載
2021-11-05 核融合科学研究所
概要
核融合発電の実現には、高温のプラズマ※1を磁場で閉じ込めることが必要です。ところが、プラズマ中に発生する乱流※2がその閉じ込めを劣化させるため、乱流を抑制することが求められています。核融合科学研究所(岐阜県土岐市)の田中謙治教授、沼波政倫准教授、仲田資季准教授、マックス・プランク・プラズマ物理研究所(ドイツ、グライフスバルト)のフェリックス ワーマー博士、パブロス サントポウロス博士らの国際共同研究グループは、大型ヘリカル装置(LHD)※3とヴェンデルシュタイン7-X装置(W7-X)※4との詳細な比較実験を世界で初めて実行し、プラズマを閉じ込める磁場の構造が乱流の抑制に重要な影響を及ぼすことを明らかにしました。スーパーコンピュータによるシミュレーションでも確認されたこの結果は、乱流抑制の新たな可能性を示すものであり、従来にない磁場構造を持つ革新的核融合炉を目指した研究にも大きく貢献すると期待されます。
この研究成果をまとめた論文が米国の科学雑誌「フィジカル・レビュー・レターズ」に近々掲載される予定です。
研究の背景
核融合発電は高温のプラズマ中で核融合反応を起こし、そのエネルギーを取り出します。これは、持続可能な社会を目指すことにおいて炭酸ガスを排出しない有望なエネルギー源の候補です。核融合発電を実現するには1億度以上の高温のプラズマを強力な磁場で閉じ込めて維持する必要があります。ところが、磁場で閉じ込めたプラズマは逃げていく(拡散する)という性質があります。そのため、核融合発電の実現にはプラズマの拡散を低減して閉じ込めを良くすることが求められます。
プラズマの拡散をもたらす要因は「粒子の衝突」と「乱流」です(図1)。プラズマは多数のイオンと電子で構成されていますが、それらの粒子が衝突することで徐々に拡散します。この衝突拡散はプラズマを閉じ込める磁場の構造により低減できる可能性があります。それに対し、乱流による拡散を低減することは非常に困難です。乱流は大小様々な大きさの渦を伴った流れで、磁場で閉じ込めた高温のプラズマ中には様々な理由で乱流が発生します。そして、その乱流によってプラズマがかき乱されることでも拡散が起こります。この乱流拡散について、実験ならびにスーパーコンピュータを用いたシミュレーションによる研究が世界中で進められていますが、未だ十分には解明されていません。何が乱流を抑制するのかを明らかにして、乱流拡散と衝突拡散を同時に低減することが、核融合発電実現に向けた重要な課題となっています。
図1 衝突拡散(左)と乱流拡散(右)のイメージ。衝突拡散は、粒子の衝突によって運動が変化することで起こります。乱流拡散は、粒子が乱流(渦のような乱れた流れ)の影響を受けて、別の場所へと移動することで起こります。
研究成果
核融合科学研究所(NIFS)の田中謙治教授らの国際共同研究グループは、NIFSの大型ヘリカル装置(LHD)とドイツのマックス・プランク・プラズマ物理研究所(IPP)のヴェンデルシュタイン7-X装置(W7-X)との詳細な比較実験を世界で初めて実行し、プラズマを閉じ込める磁場の構造が乱流の抑制に重要な影響を及ぼすことを明らかにしました。
LHDとW7-Xでは、プラズマを閉じ込めるための磁場をプラズマの外部に配置したコイルによって生成します。これはヘリカル/ステラレータ方式※5と呼ばれ、LHDとW7-Xはこの方式の世界二大装置です。1998年に実験を開始したLHDは高温プラズマの安定維持を目指すために設計され、衝突拡散については、コイルに流す電流量を調整することで低減させていました。一方、2015年に実験を開始したW7-Xは衝突拡散を徹底的に低減するようにコイルの形状が設計されました。両装置はプラズマの体積はほぼ等しいですが、コイル形状は大きく異なります(図2)。いずれの装置も磁場構造の衝突拡散への影響は分かっていましたが、乱流拡散への影響は十分には理解されていませんでした。
今回、同研究グループは、LHDとW7-Xでプラズマの加熱パワーをそろえた実験を行いました。これにより、プラズマの体積、密度、温度はほぼ等しく、磁場構造だけが大きく異なるという条件での比較実験が世界で初めて実現しました。この実験の結果、衝突拡散は従来の予想どおりW7-Xの方が一桁低いものの、乱流拡散はLHDの方が数分の1程度低いことが明らかになりました。さらに、NIFSの「プラズマシミュレータ雷神」や欧州の「マルコーニ」等のスーパーコンピュータを用いて、実験と同じ条件でのシミュレーションを行いました。実験と同様にシミュレーションでもLHDの方が乱流拡散が低減しており、磁場構造が乱流の抑制に大きな影響を及ぼすことが明確になりました。
図2 LHD(日本)とW7-X(欧州)。ねじれたドーナツの形をしたプラズマを磁場で閉じ込めていて、プラズマの体積はいずれも30 m3 (立方メートル)です。両者は磁場を形成するコイル(青色)の形状が大きく異なります。LHDは乱流拡散が小さく、W7-Xは衝突拡散が小さいのが特徴です。W7-Xの画像はマックス・プランク・物理学研究所 提供。
成果の意義と今後の展開
今回の研究によって、W7-Xの磁場構造は衝突拡散を低減し、LHDの磁場構造は乱流拡散を低減できることを明らかにしました。この結果は、核融合炉の実現に向けて衝突拡散と乱流拡散を同時に低減するためには、W7-XとLHDの長所をあわせることが非常に有効であることを示しています。NIFSとIPPでは、LHDとW7-Xを発展させてプラズマの拡散を更に低減した磁場構造を見出すため、スーパーコンピュータを駆使して探求する研究も進めています。このような革新的な核融合炉を目指した研究が、今回の成果を基に更に進展すると期待されます。
【用語解説】
※1 プラズマ
固体、液体、気体に次ぐ物質の第四の状態。高温のため原子が電子とイオンに分離して、電子とイオンが自由に運動できるようになった状態。全体としては電気的に中性。
※2 乱流
プラズマの密度や温度に不均一性がある場合、それが駆動力となってプラズマ中の波が成長し、やがて流れや渦が作り出され、高温状態ではしばしばそれらが不規則に乱れた状態となる。この状態を乱流と呼ぶ。特に、数センチメートルから数十マイクロメートルの微小な波がプラズマの粒子や熱の拡散を引き起こす。
※3 大型ヘリカル装置(LHD)
核融合科学研究所の実験装置で、超伝導コイルを用いた世界最大級のヘリカル装置。我が国独自のアイデアに基づくヘリオトロン配位と呼ばれる磁場配位を採用し、二重らせん状のコイルを用いてねじれた磁場構造を形成する。1998年から実験を開始し、2017年には核融合炉で必要とされるイオン温度1億2千万度のプラズマの生成に成功した。LHDはLarge Helical Device の略。
※4 ヴェンデルシュタイン7-X装置(W7-X)
ドイツのマックス・プランク・プラズマ物理研究所の実験装置で、LHDと同程度の大きさを誇る。ドイツ東北部のグライフスバルトで2015年より実験を開始した。モジュラーコイルの組み合わせで、プラズマを閉じ込める磁場を形成する。LHDとW7-Xはコイル形状が大きく異なるため、それによって生成される磁場構造も大きく異なる。
※5 ヘリカル/ステラレータ方式
磁場でプラズマを閉じ込めるにはねじれた磁場構造を作る必要があり、その方式にはトカマク方式とヘリカル方式(ステラレータ方式とも呼ばれる)がある。トカマク方式はプラズマの中に電流を流すことでねじれた磁場を維持するのに対し、ヘリカル方式は外部コイル自身をねじる。トカマク方式に比べて、外部コイルの形状が複雑となるが、将来の発電炉に必要な制御性と定常運転性能に優れる。
核融合研究の主流はトカマク方式で、日本では量子科学技術研究開発機構のJT-60SAがまもなく実験を開始する予定。また、フランス南部では国際協力によりITER(イーター)が建設中。ヘリカル/ステラレータ方式の代表的装置がLHDとW7-Xである。
【論文情報】
雑誌名:Physical Review Letters
題名:Impact of Magnetic Field Configuration on Heat Transport in Stellarators and Heliotrons
(ヘリカル/ステラレータ方式における熱輸送の磁場配位の重要な効果)
著者名:フェリックス ワーマー1、田中謙治2,3、パブロス サントポウロス1、沼波政倫2,4、仲田資季2,5 他
1 マックス・プランク・プラズマ物理研究所、2 自然科学研究機構 核融合科学研究所
3 九州大学大学院総合理工学府プラズマ・量子理工学専攻、4 名古屋大学大学院理学研究科
5 総合研究大学院大学
【研究サポート】
(1)本研究は、下記の研究協力協定に基づき実施されました。
○核融合科学研究所とマックス・プランク・プラズマ物理研究所間との学術交流に関する協定
(Agreement on Academic Exchange Between the National Institute for Fusion Science, Japan and Max-Planck-Institut Für Plasmaphysik, Germany)
○核融合科学研究所とマックス・プランク・プラズマ物理研究所間の協力協定:ヘリカル装置におけるプラズマ物理研究のツールの開発運用および実験キャンペーンの相互参加
(Agreement on Cooperation between National Institute for Fusion Science and Max-Planck Institute for Plasma Physics: in the development and operation of tools for plasma physics research in helical devices and mutual participation in experimental campaigns)
(2)本研究は、以下のスーパーコンピュータを利用しました。
プラズマシミュレータ雷神(日本・核融合科学研究所)、JFRS-1(日本・量子科学技術研究開発機構)、RZG(ドイツ)、Marconi(イタリア)
(3)本研究は、文部科学省の科学研究費補助金事業(16H04620, 20K03907, 17K14899)による支援を受けました。
【本件のお問い合わせ先】
研究内容について
大学共同利用機関法人
自然科学研究機構 核融合科学研究所 ヘリカル研究部
高温プラズマ物理研究系
教授 田中 謙治(たなか けんじ)核融合理論シミュレーション研究系
准教授 沼波 政倫(ぬなみ まさのり)