氷の粒で巨大な1億度のプラズマを冷やす~世界最大の核融合実験炉に必要とされるプラズマ冷却技術の研究が進展~

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2022-12-23 量子科学技術研究開発機構

発表のポイント

  • 大型ヘリカル装置(LHD)の実験において、磁場で閉じ込めた高温プラズマにネオンを添加した水素の氷粒を入射することで、高温プラズマを効果的に深部まで冷却できることを実証。
  • 核融合実験炉イーター(ITER)における高温プラズマの不安定性への対策として、強制的に高温プラズマを冷却する技術が必要とされており、本成果は、ITERの運転に必要不可欠な冷却システムの性能を左右する効果を解明。

概要

フランスで建設中の世界最大の核融合実験炉イーター(ITER)では、磁場で閉じ込めた高温のプラズマが不安定になって放出されることにより実験の遂行を妨げる可能性がある、「ディスラプション」と呼ばれる現象への対策が必要です。その対策に向け、不安定性の兆候を捉えてプラズマを強制的に冷却する技術(ディスラプション緩和)がITER機構を中心に世界各国で研究されています。

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫)量子エネルギー部門六ヶ所研究所の松山顕之主幹研究員及び大学共同利用機関法人自然科学研究機構核融合科学研究所(所長 吉田善章)の坂本隆一教授らの研究グループでは、大型ヘリカル装置(LHD)において、氷点下260度以下で凍結させた水素の氷を高温プラズマに入射する実験を行いました。実験において、水素の氷に5パーセント程度のネオンを添加することにより、純粋な水素の氷を入射する場合に比べ、効果的にプラズマの深部まで冷却が可能となることを明らかにしました。本成果は、ITERでの実験を遂行するために必要不可欠な強制冷却システムの性能を左右する効果を解明したものであり、将来の核融合炉におけるプラズマ制御手法の確立にも貢献するものです。

本研究は、核融合科学研究所のLHD実験グループ、科学研究費補助金21H01070、ITER Scientist Fellow Networkなどの支援を受けて実施されたものであり、学術誌「Physical Review Letters」の電子版に令和4年12月15日(日本時間)に掲載されました。

研究開発の背景と目的

日本を含む国際協力により、世界最大の核融合実験炉ITER(イーター)の建設がフランスで進められています。ITERでは、核融合の燃料となる水素を1億度以上の高温のプラズマの状態にしてこれを維持し、50万キロワットの核融合エネルギーを生み出す実験を行います。この実験の成功を阻む大きな課題として、プラズマを閉じ込めるために真空容器の中で生成した磁力線のカゴが崩れる「ディスラプション」と呼ばれる現象があります。ディスラプションが発生することにより高温のプラズマが真空容器の内壁に流入してダメージを与え、実験の遂行を妨げる可能性があります。ITERの運転条件は、ディスラプションを避けるよう注意深く設計されているものの、試行錯誤の過程においては、一定数の実験でディスラプションの発生が懸念され、特別な対策が必要です。

そこで解決策として期待されているのが、ディスラプションを引き起こす不安定性の兆候を捉えた段階でプラズマを強制的に冷却し、装置へのダメージを抑える「ディスラプション緩和」と呼ばれる技術です。具体的な方法として、水素を氷点下260度以下で凍結させ作った氷の粒を高温プラズマに入射し冷却する手法がITER機構を中心に世界各国で研究されています。入射された氷は、高温プラズマによる加熱で表面から溶けて蒸発し、氷の周囲に温度が低く密度が高いプラズマのかたまり(以下、「プラズモイド」と呼びます。)を作ります。この低温高密度のプラズモイドが高温プラズマと混じり合うことで温度を低下させることができます。しかし、最近の実験においては、水素の氷を入射した場合、プラズモイドがプラズマと混じり合う前に排出されてしまうため、高温プラズマを深部まで冷却できないという問題が明らかになりました。この問題の原因はプラズモイドの圧力にあります。ドーナツ状の磁力線のカゴに閉じ込められたプラズマは、自転車のタイヤのチューブのように圧力に比例し、環(わ)の外向きに広がろうとする性質があります。水素の氷が溶けて作られるプラズモイドは、温度が低いものの密度がとても高いため、背景の高温プラズマより圧力が高くなります。そのため、プラズモイドは、高温プラズマと混じり合う前に外向きに広がり、高温プラズマから排出されてしまいます。​

研究の内容と成果

量子科学技術研究開発機構の松山主幹研究員は、この問題を解決する方法として、水素に微量のネオンを混合することで、氷が溶けて作られるプラズモイドの圧力を低くできることを理論計算で予測しました。ネオンは、水素に近い氷点下250度程度で氷になり、プラズモイド中で強い光を放ちます。このため、あらかじめ水素の氷にネオンを混合しておくと、高温プラズマが氷を加熱するエネルギーの一部を光のエネルギーとして外に放出できます。これにより、プラズモイドの圧力上昇とそれによる排出を抑え、高温プラズマを深部まで冷却できると期待されます。
今回、量子科学技術研究開発機構の松山主幹研究員及び核融合科学研究所の坂本隆一教授らの研究グループは、大型ヘリカル装置(LHD)において、この仮説を検証する実験を行いました。LHDでは長年、「固体水素ペレット入射装置」と呼ばれる直径3ミリメートル程度の氷の粒を入射する装置が運用されており、プラズモイドの挙動を観測するために必要となる1000分の1秒の精度でプラズマ中に水素の氷を入射することができます。本研究では、ネオンを混合した水素の氷を入射できるよう装置を改造するとともに、核融合科学研究所が最近開発した1秒間に2万回(20キロヘルツ)の頻度でプラズマの温度と密度を計測できる世界最高性能のシステムを用いてプラズモイドの振る舞いを捉えました。その結果、理論計算で予測されたとおり、5パーセント程度のネオンを混合した水素の氷を入射した場合には、純粋な水素の氷を入射する場合に比べてプラズモイドの排出が抑えられ、高温プラズマを深部まで冷却できることが実証されました。

純粋な水素と5パーセントのネオンを混合した水素の場合のプラズモイドの挙動。今回の実験では1秒間に2万回の頻度で温度と密度を計測できるシステムを用い、プラズモイドが観測領域を通過する瞬間の密度を計測し、その位置を同定することで、仮説を検証。

図 純粋な水素と5パーセントのネオンを混合した水素の場合のプラズモイドの挙動。今回の実験では1秒間に2万回の頻度で温度と密度を計測できるシステムを用い、プラズモイドが観測領域を通過する瞬間の密度を計測し、その位置を同定することで、仮説を検証。

研究成果の意義

今回の研究成果によって、僅かなネオンを添加した水素の氷を高温プラズマに入射することで、効果的にプラズマの深部まで冷却できることが初めて示されました。このネオン添加による影響は実験で得られた新しい現象として興味深いだけでなく、ITERの運転に必要不可欠な強制冷却システムの性能を左右する重要な効果です。ITERの強制冷却システムは2023年に設計完了を予定しており、本成果はシステムの性能向上に役立つとともに、将来の核融合炉における高温プラズマの制御法の確立にも貢献するものです。

論文掲載情報

雑誌名:Physical Review Letters (フィジカルレビューレターズ)

題名: Enhanced Material Assimilation in a Toroidal Plasma using Mixed H2 + Ne Pellet Injection and Implications to ITER
(日本語訳)環状プラズマにおける水素・ネオン混合ペレット入射による物質浸透の促進とITERへの示唆

著者: 松山 顕之1、坂本 隆一2、安原 亮2、舟場 久芳2、上原 日和2、山田 一博2、川手 朋子2、後藤 基志2

1 量子科学技術研究開発機構 量子エネルギー部門 六ヶ所研究所
2 自然科学研究機構 核融合科学研究所

DOI: https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.129.255001

URL: https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.129.255001

用語解説​

1.核融合実験炉イーター
我が国は、世界7極35か国の国際協力により、実験炉の建設・運転を通じて核融合エネルギーの科学的・技術的実現可能性を実証するITER(イーター)計画を推進しています。現在、サイトがあるフランスのサン・ポール・レ・デュランスにおいて、運転開始に向けた建屋の建設や機器の組立が進められているとともに、各極において、それぞれが調達を担当する様々なイーター構成機器の製作が進められています。
イーター計画に関するホームページ(日本語) https://www.fusion.qst.go.jp/ITER/
イーター機構のホームページ(英語)https://www.iter.org/

ITER鳥瞰図

ITER鳥瞰図

2.プラズマ
固体、液体、気体をさらに高温にしたときに生じる第4の状態。気体を構成する原子が電子とイオンに分離して、電子とイオンが自由に運動できるようになった状態。

3. トカマク
ITERで採用されているドーナツ状のプラズマを周回して流れる電流が作る磁場を用いるプラズマ閉じ込め方式。トーラス状(ドーナツ状)のプラズマを取り囲むように設置したトロイダル磁場コイルに通電し、トーラスの大周方向にトロイダル磁場を作るとともに、プラズマ中に電流を発生させることによりトーラスの小周方向にポロイダル磁場を作る。この二つの磁場の作用でらせん状の磁力線のカゴを作り、高温のプラズマを閉じ込める。

4. ディスラプション
トカマク実験では、プラズマ中で内部の圧力が過剰になる、局所的に電気抵抗が増える、といった不安定性が発生することがある。この不安定性が原因となって、電流の急減とともに磁力線のカゴが崩れ、高温のプラズマが真空容器の内壁に向けて放出される現象をディスラプションと呼び、定常運転を阻む最大の課題とされている。ディスラプションへの対策として開発が進められている強制冷却システムは2023年に設計を完了、ITER本体の建設とプラズマ生成試験が完了後に性能実証試験が行われる予定で、プロジェクト成功の鍵を限る重要な課題と位置付けられている。

5. 大型ヘリカル装置(LHD)
核融合科学研究所の実験装置で、超伝導コイルを用いた世界最大級のヘリカル装置。LHDはLarge Helical Deviceの略。1998年から実験を開始した。二重らせん状のコイルを用いてらせん状の磁力線のカゴを作るため、プラズマを閉じ込めるためにプラズマ電流を必要としないことが特徴。トカマク型装置とは磁場構造が異なっており、特徴を活かしたユニークな研究を行うことができる。ディスラプションは、トカマク装置がプラズマの電流を使うために発生する不安定性であるため、LHDではディスラプションが発生しない。本研究では、その特徴を生かし、不安定性のない静かなプラズマに水素の氷を入射し、水素の氷が溶けてつくられるプラズモイドの振る舞いを正確に計測することに成功した。

6. 固体水素ペレット入射装置
水素ガスは、氷点下260度以下で凍結して固体になる。LHDで運用されている固体水素ペレット入射装置では、細長いパイプの中で凍らせた水素の氷の粒(「固体水素ペレット」という。)を空気銃の原理を使ってピストルの弾丸よりも速い秒速1000メートルを超える速度まで加速して、高温プラズマに入射する。高温プラズマ内部に氷の粒を直接運ぶため、高効率な水素の供給が可能である。

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2001原子炉システムの設計及び建設
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