大気観測に基づくエネルギー消費構造変化の評価
2021-07-30 産業技術総合研究所
ポイント
- 大気観測から緊急事態宣言期間における渋谷区代々木街区のCO2排出量が20%減少したことを検出
- 自動車由来排出量の大幅減と都市ガス由来排出量の微増を検出
- カーボンニュートラルに向けた取り組みの効果(影響)の評価への応用可能性
概要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)環境創生研究部門【研究部門長 鳥村 政基】環境動態評価研究グループ 石戸谷 重之 研究グループ長(兼務:ゼロエミッション国際共同研究センター【研究センター長 吉野 彰】環境・社会評価研究チーム)、髙根 雄也 研究グループ付、中島 虹 産総研特別研究員と、防衛大学校【学校長 久保 文明】地球海洋学科 菅原 広史 教授、国立研究開発法人 国立環境研究所【理事長 木本 昌秀】地球システム領域 寺尾 有希夫 主任研究員、明星大学【学長 落合 一泰】亀卦川 幸浩 教授は、東海大学代々木キャンパス内(東京都渋谷区)の観測タワー上での大気組成の高精度観測に基づいて、新型コロナウイルス感染拡大に伴う2020年4-5月の緊急事態宣言期間における代々木街区の二酸化炭素(CO2)排出を排出源別に評価した。解析結果から、同宣言下のCO2排出総量は、例年と比較して約20%低下しており、その主要因は自動車などの石油消費の減少(約40%)であること、一方で外出自粛の影響により都市ガス消費は若干増加(約20%)したことが示された(図1)。このことは、CO2排出量の長期観測が、ゼロエミッションに向けたエネルギー消費構造の変化を評価する有効なツールになり得ることを示している。なお、成果の詳細は、2021年7月30日(22時)に論文誌Geophysical Research Lettersに掲載される。
図1 代々木街区における日平均CO2排出量の起源別推定結果(4-5月平均)。
2016年の総量を1とした比で表す。
開発の社会的背景
わが国では2050年までにCO2等温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルを目指すことが宣言された。産総研においては、ゼロエミッション国際共同研究センターを中心としてCO2削減技術の開発と社会実装に向けた取り組みが進められている。一方、新型コロナウイルスのパンデミックに伴う経済活動の停滞により、世界各国のCO2排出量が2020年前半において減少したことが報告されている。わが国でも新型コロナウイルス感染拡大防止のため、現在まで複数回の緊急事態宣言が発出された。リモートワークの普及が、自動車に由来するCO2排出量の減少などにより、CO2削減技術の実装時と類似した形で都市域の化石燃料種ごとのCO2排出量を変化させている可能性がある。そのため今回のパンデミックによるCO2排出変化の評価は、ゼロエミッションに向けたエネルギー消費構造の変化を評価するために有効な技術課題である。
研究の経緯
産総研は、防衛大学校とともに2012年より東海大学代々木キャンパス内の観測タワー(図2)で、大気中のCO2濃度と酸素(O2)濃度の高精度観測を行っている。観測データを基に、大都市のCO2排出量を燃料種別に評価する手法を開発してきた(2020年5月15日 産総研プレスリリース)。化石燃料種ごとに異なるCO2排出とO2消費の交換比(Oxidative Ratio: OR)を利用することで、観測から得られた都市のCO2排出量を、石油消費と都市ガス消費の寄与に分離して評価することができる。今回は、この手法を緊急事態宣言発令に伴うCO2排出量の変化に適用した。具体的には、代々木街区のCO2総排出量とその内訳について、第1回の緊急事態宣言が発出された2020年4-5月と、比較対象として2016年、2017年および2019年の同月について解析し、緊急事態宣言が東京住宅街のCO2排出量に及ぼした影響を評価した。
なお、本研究は、環境省 地球環境保全等試験研究費(経済産業省実施課題)、独立行政法人環境再生保全機構 環境研究総合推進費(課題番号1-1909)、JSPS科研費JP24241008、JP18K01129、JP19H01975による支援を受けて行った。
図2 代々木街区および関東平野内における東海大学代々木キャンパス観測タワーの位置と、観測タワーのある建物の屋上からの東西南北の眺望(Hirano et al. 2015 https://www.jstage.jst.go.jp/article/sola/11/0/11_2015-024/_pdf [ PDF:896KB ]のFig. 1より一部改変し引用。航空写真は国土地理院撮影)。
大気観測は、観測タワー上の地上からの高度が52mおよび37mの地点で実施している。
研究の内容
代々木街区のCO2排出量について、その総量と起源別の排出量の評価結果を図3に示す。CO2排出の総量は渦相関法による観測値に基づく解析値であり、傾度法により観測したO2消費総量/CO2排出総量比、およびCO2排出源毎のORを用いて都市大気中のCO2とO2の収支式を解くことで、排出源の分離を行った。人間呼吸と植生の寄与によるCO2排出量は、人口統計や植生面積を考慮して別途評価した。代々木街区での石炭消費は考慮していない。緊急事態宣言期間のCO2排出量は例年に比して日中に顕著な減少傾向を示し、夜間は同等であった(図3、総量)。その要因は、主に自動車由来と考えられる石油消費量の1日を通じた減少(同、石油)と、夜間の都市ガス消費量の増加(同、都市ガス)であることが分かる。この結果は、代々木街区近郊の自動車交通量の統計データに見られる傾向と整合的であり、外出自粛による居住人口の変化を考慮した都市気候モデルによる都市ガス消費量の推定結果とも概ね整合的であった。また、国立環境研究所が同時に観測している一酸化炭素(CO)とCO2の関係も、緊急事態宣言期間中の自動車由来のCO2排出量の減少を支持する結果であった。海外の研究例でも、2020年のロックダウン時に自動車由来のCO2排出量が大きく減少したことが報告されており、わが国の緊急事態宣言も、東京住宅街のCO2排出量に対して同様な影響を及ぼしたことが明らかになった。本研究で用いた手法により、自動車の電動化が大規模に推進された場合のCO2削減効果を、観測点を中心に半径500mから1km以内程度の街区スケールにおいて大気観測に基づいて検証できる。
図3 代々木街区におけるCO2の起源別排出量の日内変動(4-5月平均)
今後の予定
今回の手法は複数の高度な観測技術を組み合わせた解析であるため、現状の手法のままでは必ずしも他の地域の評価に応用できるとは限らない。そのため今後は、観測手法の簡易化を目指すとともに、局所大気輸送モデルを組み合わせた解析により他地点の限定的な観測データも活用し、より広域のCO2排出源評価への応用を進める。
論文情報
Sugawara, H., Ishidoya, S., Terao, Y., Takane, Y., Kikegawa, Y., & Nakajima, K. (2021). Anthropogenic CO2 emissions changes in an urban area of Tokyo, Japan, due to the COVID-19 pandemic: A case study during the state of emergency in April–May 2020. Geophysical Research Letters, 48, e2021GL092600. https://doi.org/10.1029/2021GL092600
用語の説明
- ◆OR(Oxidative Ratio)
- 化石燃料消費や生物活動に伴うO2とCO2の交換比。大気中のO2とCO2の濃度変動(ΔO2、ΔCO2)の比であり、OR = – ΔO2/ΔCO2で定義される。過去の研究から、石油消費、天然ガス(都市ガス)消費、石炭消費、陸上植物活動のORはそれぞれ1.44、1.95、1.17、1.1と推定されており、人間呼吸のORは約1.2と推定される。
- ◆渦相関法と傾度法
- どちらもCO2などの物質の鉛直輸送量(単位時間・単位面積当たりにCO2が地上から大気へ輸送される量)を算出する手法。渦相関法は1秒間に数十回程度の高時間分解能で観測した濃度と風速を組み合わせて解析し導出する。傾度法は濃度の高度勾配に乱流拡散係数をかけて算出する。
- ◆都市気候モデル
- 都市気候・気象をコンピューター上で再現・予測するための数値モデル。産総研は明星大学と共に、都市の気候を計算する数値モデルの開発に20年以上前から取り組んでおり、開発された数値モデルは世界初の都市気候モデルの一つとして世界的に認知されている。当該モデルによる成果例は2020年11月6日 産総研プレスリリース「新型コロナ外出自粛でヒートアイランド緩和と省エネ効果 -テレワークの普及は都市の気候変動適応策になり得るか?-」等で参照できる。
- ◆局所大気輸送モデル
- CO2などの物質の発生源・消滅過程と、風などによる輸送過程を考慮し、当該物質の大気中での分布とその時間変化を計算する数値モデル。産総研が所有する局所大気輸送モデルは水平1 km四方、地上付近で鉛直20〜50 mの解像度を有する。