地震波形解析による「異方性」構造の高解像度イメージング

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地球マントル最深部における対流の可視化に成功

2021-06-20 東京大学

河合 研志(地球惑星科学専攻 准教授)
ゲラー・ロバート(東京大学名誉教授)
鈴木 裕輝(東京工業大学 研究員/ 大学院理学系研究科 客員研究員)

発表のポイント

  • 独自に開発を進めてきた地震波解析手法の発展により、北部太平洋下のマントル最深部について、世界最高解像度で3次元地震波速度の「異方性」構造を推定することに成功しました。その結果、沈み込んだ海洋プレートの折れ曲がりや誘発された上昇流など、現在のマントルの底で起きている対流運動を可視化できました。
  • 海洋プレートが地球深部に沈み込むことは示唆されていましたが、その行方と影響は謎とされていました。今回の成果により、約2億年前に地表から沈み込んだ海洋プレートがマントル最深部に到達して折れ曲がり、押しのけた温かい物質からなる上昇流を誘発することがわかりました。
  • 今回得られた地震波「異方性」構造は、地表のプレート運動が2900 km深度のマントル最深部の運動に影響を与えていることを示唆します。今後本研究で開発された手法によって、地球内部の流動の詳細が明らかになり、地球の進化についての理解が進むことが期待されます。

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の河合研志准教授、ロバート・ゲラー名誉教授、鈴木裕輝客員研究員の研究グループは、独自に開発を進めてきた地震波解析手法「波形インバージョン法」(注1)を発展させ、稠密地震観測網USArray(注2)で観測された膨大な地震波形記録の水平2成分を世界に先駆けて解析しました。その結果、北部太平洋下のマントル最深部(注3)を対象領域として、世界最高解像度(既存の3次元構造推定モデルの約100倍(=53倍)の解像度)の3次元地震波「異方性」構造(注4)の推定に成功しました。高圧実験および鉱物物理学の最新の知見と対照することにより、約2億年前に地表から沈み込んだ海洋プレート(注5)がマントル最深部に到達して折れ曲がり、押しのけた温かい物質からなる上昇流を誘発することが明らかになりました。今回得られた地震波「異方性」構造は、地表のプレート運動が2900 km深度のマントル最深部の対流運動に影響を与えていることを示唆します。今後本研究で開発された手法によって、地球内部の流動や変形の詳細が明らかになり、地球の進化についての理解が進むことが期待されます。

発表内容

近年大規模な稠密アレイ観測網USArrayが展開され、良質で膨大な観測地震波形データが提供されるのに伴い、推定される地球内部構造の高解像度化により、地球ダイナミクスの理解が進むことが期待されている。特に北部太平洋は、地質学および地球物理学的な記録から、過去数億年の間、海洋プレートの沈み込みが続いていることが明らかで、かつ、震源と観測点の位置関係から水平方向に広い領域が調査可能な領域である(図1)。そのため、沈み込んだ海洋プレートの行方を調べる目的には最も適した研究対象領域の一つである。

地震波形解析による「異方性」構造の高解像度イメージング

図1:震源(日本付近)及び観測点(北米およびアラスカ)の分布。赤い線は地震波の伝播経路のうち、マントル最深部400 kmを伝播する範囲を示す。黒十字は核・マントル境界で反射する位置を示す。


沈み込んだ海洋プレートの変形や流動を理解するためには、少なくとも鉛直方向100 km以下での解像度で地震波「異方性」構造を推定する必要があるが、既存の地震波トモグラフィーの手法は地球全体を推定対象にしているために、地震波「異方性」構造の鉛直解像度は~500 km程度であった。一方で、S波の偏向方向の違いによる到達時刻の差を用いてマントル最深部の地域的な地震波「異方性」構造を推定した既往研究は、用いた仮定(波線近似、入射角非依存性など)が強く、かつ、到達時刻の差が波線上の積分値であるため、高圧実験の結果と比較して沈み込んだ海洋プレートの変形や流動を議論することは困難であった。そこで、マントル最深部の地震波「異方性」構造の定量的かつ客観的な推定を行うために、USArrayなどの膨大な波形記録を扱え、かつ、高圧実験の結果と対照できる物性値(弾性定数や密度)を推定パラメータとすることができる地震波解析手法が必要であった。

研究グループは、これまで独自に観測波形が持つ全ての情報を活用して構造推定を行う「波形インバージョン法」の開発を行ってきた。また、この手法は、入射角依存性を考慮して弾性定数を直接推定パラメータとして客観的かつ定量的に推定することができる。最近では、その手法をUSArrayで観測された地震波の水平1成分に適用して、マントル最深部およびマントル遷移層の高解像度3次元S波速度構造を推定することに成功した (Suzuki + 2016 EPS; Borgeaud+ 2017 Science Adv.; Borgeaud+ 2019 JGR)。一方で、地震波「異方性」構造の推定を行うためには、観測地震波形の水平2成分を解析し、2つのパラメータ(S波速度に関連する二つの弾性定数)を同時に推定する手法を開発する必要があった。そこで、解析手法を改良し、複数成分の地震波形を解析して複数のパラメータを同時に推定できるよう拡張した。そして、USArrayで観測された水平2成分地震波形に適用し、北部太平洋下マントル最深部の3次元地震波「異方性」構造を世界最高解像度(水平450 km、鉛直100 km)で推定することに成功した(図2)。

図2:本研究で得られた3次元地震波「異方性」構造。 (a) S波速度構造(その深さの平均速度に対する高速度異常(青)と低速度異常(赤)を示す)。S波速度構造は、概ね、高速度領域は温度が(平均より)低い領域であり、低速度領域は温度が(平均より)高い領域と考えられる。重ねて表示しているノコギリ上の線は、過去のプレート運動の復元モデルによって推定された約2億年前の地表での海洋プレートの沈み込みの位置を示す。(b) 地震波「異方性」構造(等方性からのずれの度合いを色の濃さで示す)。高温高圧実験によって決定されたマントルの構成鉱物のすべり系と第一原理計算から得られた弾性特性に基づくと、緑の領域は水平流を、紫の領域は鉛直流の領域と解釈できる。


得られた3次元地震波「異方性」構造を、高圧実験および第一原理計算によって提案されたマントル構成鉱物のすべり系(すべり面とすべり方向)と弾性定数に基づいて解釈し、マントル最深部における物質の流動方向の推定を行った。流動方向とS波速度構造の推定結果を総合すると、約2億年前に地表から沈み込んだ海洋プレートがマントル最深部に到達して折れ曲がり、押しのけた温かい物質からなる上昇流を誘発していることが明らかになった(図3)。また、核・マントル境界に近づくに連れて、正の「異方性」異常を示す領域が広くなり、その度合いも大きくなることがわかった。この結果は、沈み込んだ海洋プレートがマントル最深部に到達した場合に、強い差応力によってプレートが曲げられて、プレートの底において「異方性」が発達するという岩石レオロジーとも調和する。今回得られた地震波速度構造は、地表のプレート運動が2900 km深度のマントル最深部の対流運動に影響を与えていることを示唆する。今後本研究で開発された手法によって、地球内部の流動や変形の詳細が明らかになり、地球の進化についての理解が進むことが期待される。

図3:構造推定結果をもとに作成した北部太平洋下のマントル最深部の3次元等速度面。各オブジェクトを構成する面は地震波速度の等値面である。赤い境界は約300Kの温度上昇に相当する地震波速度が平均より1%遅い等速度面。青い境界は地震波速度が平均より1%速い等速度面。青面のカラースケールはCMBからの高さを示しており、沈み込んだ低温の沈み込んだ海洋プレートと解釈できる。赤い領域は、地震波「異方性」構造推定結果の鉛直流の領域に相当し、上昇する高温のプルームであると考えられる。

発表雑誌

雑誌名
Physics of the Earth and Planetary Interiors論文タイトル
Imaging paleoslabs and inferring the Clapeyron slope in D″ beneath the northern Pacific based on high-resolution inversion of seismic waveforms for 3-D transversely isotropic structure.著者
Yuki Suzuki*, Kenji Kawai*, Robert J. Geller*DOI番号
Redirecting
用語解説

注1 波形インバージョン法
これまでの多くの地球内部構造推定の研究は、観測データから波の到達時刻などの二次データを測定してデータとして用いて解析することで内部構造を推定していた。一方、「波形インバージョン法」は、理論地震波形を計算して、それと観測地震波形を直接比較し、その残差を最小化することによって(但し、モデルが暴れないように解像度に応じて拘束条件を付ける)、内部構造モデルを系統的に改善する手法である。研究グループは波形インバージョンを実行するための理論を導出し、関連するソフトウェアを独自に開発してきた。

注2 USArray
2005–2015年の間にアメリカ合衆国の西海岸から東海岸まで約70 km間隔で広帯域地震計を稠密に設置するプロジェクト。2016年以降はアラスカで観測を行なっている。このようなアレイ観測網の展開による詳細な地球内部構造推定への期待が高まっている。

注3 マントル最深部
地殻の下から深さ約2900 kmまでの岩石からなる固体の領域(深さ2900 km以深は、液体の鉄合金で構成される外核であり、また、深さ5150 km以深は、固体の鉄で構成される内核である)。マントルは、その主要構成鉱物が相転移する深さ660 kmにおいて、上部マントルと下部マントルに区分される。さらに、核・マントル境界(CMB)上の約300–400 kmのマントル最深部はD″領域と呼ばれる(本発表では、マントル最深部はマントルの最下部400 kmの領域とする)。マントルは対流しており、マントルの最浅部と最深部は対流の境界層で鉛直方向に急激な温度変化があると考えられている。D″領域は下部の熱境界層にあたり、そこではCMBへ向けて急激に温度が上昇する。また、近年の研究により、下部マントルの主要鉱物マグネシウムペロブスカイトが、D″領域の温度圧力下でその高圧相のポストペロブスカイトに相転移することが発見された。そのため、現在では下部マントルは主にペロブスカイトおよびフェロペリクレース、D″領域はポストペロブスカイトおよびフェロペリクレースによって構成されていると考えられている。

注4 地震波「異方性」構造
等方な媒体では、地震波のP波とS波の伝播速度は、場所によって異なることがあるが、ある一地点においては変位方向や伝播方向によって伝播速度が異なることはない。ところが、同じ地点においても、伝播速度が変位方向や伝播方向によって異なる場合があり、これを「異方性」と呼ぶ。地震波の「異方性」構造の正確な推定によって、マントル物質の流動や変形についての情報を得ることができる。

注5 海洋プレート
海洋底を構成する海洋プレートは、厚さが平均70-80 km程度で、マントル物質が部分的に融けて固まった玄武岩質の海洋地殻と、融け残りの岩石である枯渇したカンラン岩(ハルツバージャイト岩)からできていると考えられている。海洋プレートは、海嶺で誕生し遠ざかるほど、冷却され年齢が増える。その年齢は高々2億年であり、海溝から地球深部へと沈み込む。低温かつ化学組成が異なる沈み込んだ海洋プレートの行方を明らかにすることは、地球マントルの熱化学進化の理解にとって重要である。

1702地球物理及び地球化学
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