2021-04-22 森林研究・整備機構 森林総合研究所,関東学院大学
ポイント
- 森林の10種類の生態系サービスを林相や林齢から評価するモデルを世界で初めて開発
- 生態系サービスの変遷や森林の伐採、人工林の造成に伴う変化が予測可能に
- モデルを全国へ展開することにより、持続可能な森林管理への貢献が期待
概要
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所と関東学院大学らの研究グループは、森林の多様な生態系サービス*1を林相と林齢から評価するモデルを世界で初めて開発し、第二次大戦後の生態系サービスの変遷と、維持・向上方法を明らかにしました。
世界的に人工林が地域の生態系サービスに及ぼす影響に関心が集まる中、日本国内では戦後造成された人工林が伐期を迎え、生態系サービスの低下を防ぎつつ、いかに森林を伐採し、木材を生産するかが大きな課題です。本研究では森林の10種類の生態系サービスの評価モデルを茨城県北部で開発しました。このモデルにより、茨城県北部では生物多様性保全機能や保健休養機能は天然林の方が人工林よりも高い一方、他の機能は人工林と天然林の差は小さいか人工林の方が高いこと、半数の機能は森林を伐採することによって減少することが示されました。さらにシナリオ分析によって、急傾斜地での伐採を避けることで土砂崩壊抑制機能の低下が軽減できると予測されました。一連のモデルを発展させ、全国に展開することにより、木材を生産しながら生態系サービスを維持・向上するための森林の管理計画の策定に寄与することが期待されます。
本研究成果は、2021年4月8日に Ecosystem Services 誌でオンライン公開されました。
背景
人工林*2は近年世界的に拡大を続け、各地で地域を優占する土地利用となっており、生態系サービスの低下が懸念されています。一方で、日本国内では戦後造成された針葉樹人工林が伐期を迎え、各地で盛んに伐採されるようになりました。天然林の人工林への転換や森林の伐採によって生態系サービスがどのように変化してきたのか、そして木材を生産しながらいかに森林の生態系サービスを維持・向上させるかが今日的な課題となっています。しかし、人工林と天然林の違い(林相)や森林の年齢(林齢)が様々な生態系サービスに及ぼす影響が俯瞰的に評価されることは世界的にもありませんでした。
内容
そこで本研究では、森林の代表的な10種類の生態系サービスを、林相や林齢、気候や地形から評価するモデルを開発して、林相や林齢が生態系サービスに及ぼす影響を系統的に調べました。その結果、発達した森林に生息する生物の保全機能を示す老齢林指数や保健休養機能は人工林よりも天然林の方で高く、天然林を人工林で置き換えることによって大きく低下すると示されました(図1)。それ以外の生態系サービスは林相の影響は大きくないか、人工林の方で高い値を示しました。林齢に関しては、天然林と人工林ともに、老齢林指数や炭素蓄積量などの5つの生態系サービスは林齢の増加に伴って向上し、花粉媒介機能やワラビの生産指数など4つの生態系サービスは低下する傾向を示し、森林の成長や伐採に対する生態系サービスの反応はサービスによって異なることが示されました。
次にモデルを茨城県の北部に当てはめ、生態系サービスを1948年(拡大造林期前)、1975年(拡大造林期後)、2012年(人工林資源成熟期)の三時期で評価しました。その結果、天然林の伐採と人工林への転換により、1948年から1975年にかけて半数の生態系サービスが低下したものの、2012年になると森林が成熟したためにこれらのサービスは回復していました(図2)。また、森林伐採の量や空間配置が異なるシナリオ下で対象地の森林資源の変化をシミュレーションし、将来の生態系サービスを予測しました。その結果、木材の増産に伴う土砂崩壊抑制機能の低下は、斜面傾斜が27度以上の急傾斜地での伐採を避けることで低減できること、道沿いや傾斜が緩い沢沿いでは人工林を伐採した後に広葉樹林を再生することで、老齢林指数や保健休養機能、水質浄化機能が高まると予測されました。
図1. 森林の10種類の生態系サービスと林相、林齢の関係
生物多様性は老齢林指数(発達した森林に生息する生物の保全機能の指標)と幼齢林指数(伐採直後の開放的な環境を好む生物の保全機能の指標)の2種類、特用林産物生産機能はワラビとコウタケの2種類の生産指数を用いたので、10種類の生態系サービスを合計12個の指標で評価しました。生態系サービスの種類によって天然林と人工林(サービスにより樹種別に評価)の間に差があり、林齢の増加に伴う増減のパターンも異なることが分かりました。表土保持機能と水質浄化機能、土砂崩壊抑制機能は値が低いほど機能が高いことを示すため、軸の値を反転させています。
図2. 対象地域(茨城県北部)における戦後の生態系サービスの変化と将来シナリオ下での予測
2012年を1とした際の比率で各種指標の変化を示しています。参考に左上に天然林と人工林の林齢を示しました。表土保持機能と水質浄化機能、土砂崩壊抑制機能は値が低いほど機能が高いことを示します。5つの将来シナリオでは50年後を予測しました。現行、減産、増産シナリオは将来の木材生産量を維持、減少、増加した場合に相当します。ゾーニングシナリオは増産シナリオと同程度の木材を生産しながら、急傾斜地での伐採を避け、広葉樹林再生シナリオは人工林伐採後に道沿いや傾斜が緩い沢沿いで広葉樹林を再生したと仮定しました。
本地域では1948年から1975年にかけて天然林が伐採されて人工林に転換されました。林齢の大きな天然林で高い値を有する保健休養機能や老齢林指数はこれに伴って減少しましたが、1975年から2012年にかけての森林の成熟でその後回復しました。シナリオ分析では、ゾーニングシナリオで土砂崩壊のリスクを抑えられることが示されました。広葉樹林再生シナリオでは、木材増産に伴う老齢林指数や保健休養機能、水質浄化機能の低下の程度を低減できると予測されました。
今後の展開
本研究は、森林の多様な生態系サービスに林相や林齢が及ぼす影響を世界で初めて定量的に評価しました。対象地域では天然林の人工林への転換により多くの生態系サービスが低下したと予測されましたが、人工林が拡大している世界各地で同様の変化が生じていることが懸念されます。また、急傾斜地での伐採を避けるといった森林の管理計画を立てることで、林業の環境負荷を低減できると考えられます。今後は茨城県北部以外でも適用できるようにモデルを発展させ、同様のモデルが世界各地で開発されることにより、木材を生産しながら森林の生態系サービスを維持・向上するための森林の将来像を地域に応じて描けるようになることが期待されます。
論文
タイトル:Modeling impacts of broad-scale plantation forestry on ecosystem services in the past 60 years and for the future(広域的な人工林林業が生態系サービスに及ぼすインパクトの過去60年間と将来にかけての予測)
著者:山浦悠一、山田祐亮、松浦俊也、玉井幸治、滝久智、佐藤保、橋本昌司、村上亘、戸田堅一郎(長野県林業総合センター)、齋藤仁(関東学院大学)、南光一樹、伊藤江利子、高山範理、都築伸行、高橋正義、八巻一成、佐野真
掲載誌:Ecosystem Services、49巻(2021年6月)予定
論文URL:https://doi.org/10.1016/j.ecoser.2021.101271
用語解説
*1 生態系サービス
人類が自然環境から得られる恩恵を指します。森林の生態系サービスは森林の多面的機能とも呼ばれ、多面的機能から木材生産機能を除いた機能は公益的機能と呼ばれます。
*2 人工林
播種(種を蒔くこと)もしくは苗を植えることによって成立した森林を指します。日本ではスギやヒノキなどの針葉樹からなる人工林が森林の約4割を占めています。
お問い合わせ先
研究担当者:
森林総合研究所 四国支所 森林生態系変動研究グループ
主任研究員 山浦 悠一
関東学院大学 経済学部
准教授 齋藤 仁
広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
関東学院大学 広報課