2021-02-16 基礎生物学研究所
ポイント
・スギの無花粉(雄性不稔)の原因となる遺伝子の一つ、MS1遺伝子には2つの系統の変異があることが判りました。
・MS1の2つの系統の変異は、いずれも花粉形成に異常をもたらす塩基配列の欠失で、それらが由来した系統の天然スギが全国に分布していることがわかりました。
・全国各地でMS1の雄性不稔変異が生じている可能性があり、地域に適した無花粉スギの育種にそれらの変異を活用することが期待できます。
森林総合研究所は、新潟大学、基礎生物学研究所、筑波大学、静岡県農林技術研究所と共同で、花粉形成に異常がある雄性不稔の原因となる遺伝子のひとつ(MS1)を同定しました。MS1は、花粉の表面の脂質の輸送に関わる遺伝子ですが、無花粉スギのMS1では塩基配列が欠失するため正常に機能しないことがわかりました。この欠失変異には2つの系統が存在し、天然スギのMS1の塩基配列を調べたところ、この2つの変異の元となる系統が全国の天然スギ林に広く分布していることが分かりました。それら元になる系統が多く分布するところでは、無花粉スギがさらに発見される可能性があります。各々の地域環境に適応した多様な無花粉スギを探索・発見して育種に活用することで、花粉症対策に貢献することが期待されます。
本研究成果は、2021年1月15日にScientific Reports誌でオンライン公開されました。
【背景】
現在、国民の27%がスギ花粉症患者であると言われ、深刻な社会問題となっています。林業分野におけるスギ花粉症対策は花粉発生源を減少させることで、具体的には広葉樹への樹種転換のほかには、少花粉スギや雄性不稔(無花粉)スギ(用語解説1)の利用が解決策として考えられています。
無花粉スギは主に日本海側から約20系統が見つかっています。無花粉という性質は単一の遺伝子に支配され、後代に遺伝することが明らかにされているため、精英樹などの優良個体(成長や材質が優れ病気にもなりにくいスギ)との交配により新品種の開発も進められています。しかしながら無花粉スギの育種には、2~3年間苗を育てた後に薬剤(植物ホルモンのジベレリン)で雄花の形成を人工的に促し、花粉の有無を確認する検定作業が必要になります。花粉の有無を確認することなく実生の段階で無花粉スギを選抜したり、新たな無花粉スギを効率的に探索して新品種の開発に活用したりするためには、無花粉の原因遺伝子の特定が必要不可欠となります。
【内容】
研究グループではスギの雄花で発現している遺伝子を抽出し、その塩基配列を解読しました。その結果、正常なスギと比較した場合に無花粉スギの雄花では、108個の遺伝子で発現が抑制されている可能性が示されました。これらの遺伝子の塩基配列を詳細に検討すると、そのうちの一つに塩基配列が欠失して無花粉の原因となりうる変異(用語解説2)が認められました。さらに、人工交配を行って確認した結果からも、この遺伝子(MS1と呼ぶ)の変異が無花粉の原因であると考えられました。次に、この変異が全国のスギにどのように分布しているのかを明らかにする目的で、無花粉スギ9個体と18箇所の天然林に生育する74個体のスギを対象に、MS1の塩基配列(約2300塩基対)を解読しました。その結果、MS1遺伝子の異なる部分で塩基が欠失した2つの系統(ms1-1およびms1-2と呼ぶ)が見つかりました。ms1-1とms1-2は遺伝的に極めて近縁で、一つの大元の系統からそれぞれ変異して無花粉系統になったことが分かりました。さらに、この大元の系統は全国に分布していました(図1)。
図1 無花粉スギ(水色および橙色)とその元になる系統(青色および黄色)の分布図(左)と近縁関係を示すネットワーク図(右)。これら4系統以外は灰色で示しています。
左図は、18箇所の天然林においてスギのMS1領域の塩基配列について調査した結果です。円グラフは塩基配列の異なる系統の出現頻度を表します。ms1-1系統(水色)については、選抜地以外では発見されませんでした。ms1-2系統(橙色)は宮城県の天然林で発見されました。無花粉の元となる系統(青色および黄色)は、全国で広く存在しています。
右図は、これらMS1の塩基配列を基に類似性がより高い系統間を連結したネットワーク図です。○はそれぞれMS1領域の塩基配列が異なります。類似性がより高いものどうしが線で結ばれ、○が大きいほど出現頻度が高いことを示します。右上の拡大図に示すように、様々な系統が発見された中で、ms1-1は青色の系統から派生したものであることが分かりました。また、青色の系統からは黄色の系統が派生し、そこからms1-2が派生したということも分かりした。このことから、この青色の系統は雄性不稔になる変異をもつms1-1、ms1-2の共通した近縁の系統であると考えられます。
【今後の展開】
本研究により、スギの無花粉の原因となる変異が生じる遺伝子MS1を同定することが出来ました。さらに、無花粉となる変異には2つの系統があることやこれらの共通した近縁の系統との関連性、それらが全国に広く天然に分布していることを明らかにしました。無花粉スギのもととなる系統が全国に広く存在するということは、今後の無花粉スギの育種を考える上で重要な示唆を与えてくれます。なぜならスギは、林業種苗法により配布区域を越えた種苗の移動が制限されていて、区域外に由来する種苗を植栽することができないからです。そのため、地域の環境や利用目的に応じた無花粉スギ品種を開発するためには、配布区域内で無花粉スギの系統を見つけ出すことが望まれます。本研究で、全国各地に無花粉スギの元になる系統が存在することが明らかになったということは、そこに変異が入ることで生じた無花粉スギもまた、さらに見つかることが予測されます。原因遺伝子の塩基配列を指標にすれば、人工交配や花粉の検定作業を行うことなく地域の環境に適した無花粉スギの検出をより早く進めることができます。
【論文】
タイトル:Identification and genetic diversity analysis of a male-sterile gene (MS1) in Japanese cedar (Cryptomeria japonica D. Don)
著者:Yoichi Hasegawa, Saneyoshi Ueno, Fu-Jin Wei, Asako Matsumoto, Kentaro Uchiyama, Tokuko Ujino-Ihara, Tetsuji Hakamata, Takeshi Fujino, Masahiro Kasahara, Takahiro Bino, Katsushi Yamaguchi, Shuji Shigenobu, Yoshihiko Tsumura, Yoshinari Moriguchi
掲 載 誌:Scientific Reports、11巻:1496(2021年1月15日オンライン公開)
論文URL:https://doi.org/10.1038/s41598-020-80688-1
研 究 費:森林総合研究所交付金プロジェクト「有用遺伝子の特定に向けたスギ全ゲノム走査(課題番号201421)」、農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業「無花粉スギの普及拡大に向けたDNAマーカー育種技術と効率的な苗木生産技術の開発(課題番号28013B)」、農研機構生研支援センターイノベーション創出強化研究推進事業「成長に優れた無花粉スギ苗を短期間で作出・普及する技術の開発(課題番号28013BC)」、基礎生物学研究所共同利用研究「スギの全ゲノム配列の解読(課題番号16-403、17-405、18-408)」
【共同研究機関】
森林総合研究所、新潟大学、東京大学、基礎生物学研究所、筑波大学、静岡県農林技術研究所
【用語解説】
1)雄性不稔(無花粉)スギ
雄性不稔は花粉の形成に異常があり正常な花粉が出来ないことを指す言葉で、そのようなスギを雄性不稔スギといいます。雄性不稔スギのうち花粉を飛散せず、林業用に植栽するスギを無花粉スギと呼んでいますが、以降では区別せずに無花粉スギとして統一して記します。
2)無花粉の原因となりうる変異
MS1遺伝子で見つかった無花粉スギの変異は「欠失」と呼ばれる種類の変異で塩基配列が失われる変異です。MS1遺伝子は花粉の表面に存在する脂質を運搬する役割があると推定されますが、この遺伝子が働くのに重要な部分の塩基配列が無花粉スギでは失われています。無花粉スギの一部の系統(福島不稔1号など)では連続した4個の塩基が欠失し、別の系統(静岡県産の無花粉スギなど)では連続した30個の塩基が欠失していました。これらの欠失が生じたMS1遺伝子では、脂質を運搬する機能を担うことが出来ないため、正常な花粉を生産することができずに無花粉になると考えられます。
【研究に関するお問い合わせ】
森林総合研究所 樹木分子遺伝研究領域 チーム長 上野真義
新潟大学 農学部 准教授 森口喜成
基礎生物学研究所 生物機能解析センター 教授 重信秀治
筑波大学 生命環境系 教授 津村義彦
静岡県農林技術研究所森林・林業研究センター 科長 袴田哲司
【報道に関するお問い合わせ】
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
新潟大学 広報室
基礎生物学研究所 広報室
筑波大学 広報室
静岡県農林技術研究所森林・林業研究センター