北日本の主要樹種の寿命を推定~天然林の再生のための重要情報~

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2023-06-08 森林総合研究所

ポイント

  • 天然広葉樹大径材が集まっていた1990年代の木材市場で東北~北海道に分布する42樹種・計1684本の丸太の年輪数と太さを計測し、多様な樹種の寿命と最大径のまとまった情報を日本で初めて科学的に推定することに成功しました。
  • ブナやハルニレの寿命は400~500年以上、トチノキ、ミズナラ、ハリギリの寿命は約700年以上で、いずれも最大径は1mを超えました。
  • 一方、オノオレカンバ、イチイ、ヤマボウシなどのように、太くはならないが実は老齢な個体を含む樹種もありました。
  • 本研究の結果から、一度失われた天然林を元の原生的な姿として再生するには400年~700年以上におよぶ超長期的なビジョンが必要とされると考えられました。

概要

国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所の研究グループは、北日本の主要な42樹種の寿命と最大径を推定しました。

多様な樹種からなる森林の成立ちを理解し、その行く末を予測するには、それぞれの樹種の寿命を知ることが重要です。しかし、これまで科学的に信頼できるまとまった情報はありませんでした。研究グループは、1990年代半ばに北日本の天然の大径材が単一の木材市場に集荷されていた時期に、42樹種・計1684本の丸太の太さと年輪を調べ、そのデータから樹種ごとの寿命と最大径を推定することに成功しました。

寿命と最大径は樹種によって大きく異なることがわかりました。トチノキ、ミズナラ、ハリギリの寿命は約700年以上で最も長く、ミズキ、シラカンバ、ドロノキ等の寿命は最も短い約100年以上、北日本の天然林を代表するブナやハルニレは中間の約400~500年以上でした。最大径は40~120cmにおよび寿命とおおむね正比例しましたが、寿命約600年で最大径70cm前後のオノオレカンバやイチイ、寿命280年で最大径45cmのヤマボウシなど、太くはならないが実は老齢な個体を含む樹種もありました。これらの寿命推定値は北米の近縁種との類似関係があり、普遍性が確認されました。

現在、日本では人工林の一部を広葉樹林に復元する取り組みも行われています。真に原生的な、より自然に近い姿の森林を再生するには、400~700年におよぶ超長期的なビジョンが必要とされるでしょう。

本研究成果は、2023年5月10日にJournal of Forest Research誌でオンライン公開されました。

年輪を数えている様子

写真 岩手県矢巾町の木材市場で大径木1684本の年輪を数えました(撮影:正木隆)

背景

樹木という生物は基本的に長い寿命*1をもちますが、その長さは樹種によって様々です。それぞれの樹種の寿命を知ることは、多様な種からなる森林がどのように成立し、そしてどのように変化していくかを理解する上で不可欠であり、また、森林管理において適切な方針を選択する上でも有用な情報となります。

しかし、樹木の寿命の情報はたいへん乏しいのが実情でした。もちろん、地域のシンボル的な巨木の樹齢が推定された例はありますが、事例としては少なく樹種も限られ、しかもそれらはどちらかというと不自然な孤立した状態で生き長らえてきた個体が多く、天然林とは生育状況が異なります。また、樹齢の推定値も誤差が大きいのが問題です。多様な樹種のそれぞれの寿命を、科学的に信頼性の高い方法で知る必要がありました。

研究グループは、1990年代、岩手県矢巾町「盛岡木材流通センター」の経営する木材市場に、東北地方~北海道の天然林で伐採された大径木の丸太が集まっていることに注目しました。従来、国有林では各営林署(現在の森林管理署の前身)が直営で生産した材をその営林署に付随する貯木場で販売していましたが、1991年の国有林第4次改善計画以降、一般の木材市場への委託販売等へと販売方法が変化していきました。その流れの中で矢巾町の木材市場は北日本を代表する広葉樹市場として発展し、広く東北地方から北海道の国有林で生産される天然広葉樹の大径・老齢木が集荷されるようになっていたのです。この天然大径材の大量集荷は、1998年に国有林野事業が方針を転換して広葉樹材の生産が激減するまで続きました。つまり、北日本の天然大径材が1990年代半ばの限られた期間、矢巾町の木材市場に集まっていたのです。研究グループは「それらの丸太の太さと年輪を数えることで多様な樹種の寿命を推定するための貴重なデータを得ることができる。その機会は今しかない」と考えました。

内容

研究グループは1995年6月~1998年3月の2年9ヶ月の間ほぼ毎月、月に一度の市日に先立って市場を訪れ、公売にかけられている丸太を調査しました(写真)。丸太の中から大きいものを中心に選び、伐採面での年輪数、そして胸高に相当する位置での直径を計測しました。最終的に、42樹種、合計1684本の大径材を調査することができました。

樹木は、条件がよく台風などの被害がなければ、理論的にはいつまでも生き続けることが可能で、その意味では樹木の寿命は無限です*1。しかし実際には、ある上限付近の齢・直径を超えて生きる個体はごくわずかです。そこで本研究では、上限付近の2.5%*2の個体のみが超えうる齢・直径を寿命・最大径の目安としました(実際の寿命や最大径はこの目安以上となります)。

寿命と最大径の目安を推定するため、独自の統計モデルを開発しました。どの丸太も市場に出荷される前の段階で、ある齢・ある太さ以上のものに選別されると考えられます。そこで、各樹種に特有の下限値を加えた対数正規分布*3を考案し、上位2.5%の位置にある齢(寿命)および直径(最大径)を推定しました*4

寿命と最大径の目安の推定値は樹種によって大きく異なっていました(図1)。寿命の目安で最も長かったのはトチノキ、ミズナラ、ハリギリの約700年、逆に最も短かったのはミズキ、シラカンバ、ドロノキなどの約100年でした。他の樹種の寿命はこの間で散らばっており、北日本の天然林を代表するブナやハルニレの寿命の目安は中間の約400~500年でした。一方、最大径の目安については、最も大きかったのはトチノキ、ミズナラ、ハルニレの約125cm、最も小さかったのはミズキ、ヤマボウシの約45cmでした。寿命と最大径はおおむね正比例していましたが、寿命の目安600~615年で最大径の目安60~80cmのアサダ、オノオレカンバ、イチイ、寿命の目安280年で最大径の目安45cmのヤマボウシのように、寿命のわりに最大径の小さい樹種がありました。これらの樹種は細いからといって必ずしも若いわけではなく、実はかなり老齢な個体が含まれていることを意味します。

また、系統的に近縁な同じ属*3の樹種の間で寿命が大きく異なる場合がありました。特に顕著だったのはカバノキ属で、寿命の短いシラカンバ、寿命が長いオノオレカンバ、中間的なウダイカンバやミズメなど、さまざまな性質の樹種が含まれていました。

一方、分類学的に属よりも下位の節*5のレベルで、日本の樹種とそれと近縁な北米の樹種の寿命を比べると、相対的な類似関係が認められました(図2)。日本と北米はベーリング海に時々出現していた陸橋でつながることで生物の往来が生じ、それによって互いに近縁な種が分布するようになりました。しかし、少なくとも過去200万年の間、ベーリング海付近は気温が低いために樹木の生育には厳しい環境が続いており、往来はなく互いに交わることもないまま隔離されてきたと考えられています。このことから、寿命という樹木の性質は、節のレベルでは長期間ほとんど変わることがなく、それが北米と日本の近縁樹種の寿命の類似性をもたらしていると考えられました。

寿命と最大径の目安の推定値は樹種によって大きく異なっていることを示すグラフ

図1 42樹種の寿命と最大径それぞれの目安の推定値。

発表論文(DOI: 10.1080/13416979.2023.2207261)の図1を改変しました。

今後の展開

本研究によって、北日本の主な樹木の寿命の目安や到達可能な直径について、科学的な信頼性の高い情報をまとめることができました。個体の寿命は、樹種による違いだけではなく、土壌や地形、気象現象、遺伝的な特性によっても変わると考えられますが、本研究で明らかにした数値はそれらの影響をならした寿命や最大径の汎用的な目安として使えます。

多様な樹種の寿命の情報は、今後、天然林の再生や保全を進めていく上で欠かせません。本研究の結果から、天然林には樹齢400~500年に迫るブナ・ハルニレや樹齢700年に迫るミズナラ・トチノキなどが普通に存在し得ることがわかりました。現在、日本では、人工林の一部を本来そこに分布していた広葉樹林に復元する方針をとっていますが、広葉樹の見た目の大きさだけではなく齢構成の点からも真に原生的な森林を再生していくためには、400~700年におよぶ超長期的なビジョンが必要とされるでしょう。

日本の樹種とそれと近縁な北米の樹種の寿命を比べたグラフ

図2 日本産樹種と同節の北米産の近縁種の寿命の比較。記号には日本産樹種の和名を添えています。北米の近縁樹種の寿命については、文献やインターネットで27種の情報を得ることができました。北米のデータは寿命の定義や調べ方が統一されていないこともあり、図中の原点を通る回帰直線が示すように、日本産樹種の寿命の目安と1:1の関係にはなっていませんが、相対的な類似関係が認められました。発表論文(DOI: 10.1080/13416979.2023.2207261)の図4を改変しました。

論文

論文名:Longevity of tall tree species in temperate forests of the northern Japanese Archipelago(北日本の温帯林の高木性樹種の長寿性)

著者名:大住克博、正木隆

掲載誌:Journal of Forest Research

DOI:10.1080/13416979.2023.2207261

研究費:文部科学省科学研究費補助金(21H04946)

用語解説

*1 寿命と長寿性

生物学的には、寿命と長寿性は異なる概念となっており、英語の用語でもそれぞれlifespanとlongevityに使い分けられています。1年生草本や動物などは個体として生存可能な時間に上限があり、生物学的な寿命が存在します。一方、樹木においては、木部細胞が細胞として死んでも樹体を支える機能を保ち続けること、枝の部分的な枯死・入れ替えによって個体全体の枯死を回避できること、短縮したテロメア(染色体の末端部の構造のことで、その短縮が老化に関わると考えられています)を修復する機能を有すること、などから生物的な意味での寿命は存在しないと言えます。そのため、樹木に対しては、齢の上限を想定しない「長寿性」の概念を当てはめるのが適切ですが、このプレスリリースでは伝わりやすさを重視し、一般用語として馴染みの深い「寿命」という言葉を使うこととします。

*2 2.5%

統計学では確率分布の左右の端の合計5%(片側2.5%)の部分を「めったに起こらない」事象とみなすこととしています。本研究もその慣例にならい、右端の2.5%の部分を「めったに到達しない樹齢・直径」とみなし、その境界を寿命・最大径の目安としました。

*3 対数正規分布

変数の対数をとったものが正規分布となる確率分布です。通常の正規分布と異なり、0を下回ることがありません。

*4 寿命と最大径の推定例

齢(寿命)および直径(最大径)を推定

トチノキの年輪数(樹齢)(左)と胸高直径(右)のデータに本研究で開発した下限値付き対数正規分布を当てはめた結果を例として示します。データは凸凹していますが、統計モデルを用いた処理により、推定された下限値(出荷対象となる下限の齢・直径)の右側に位置するなめらかな分布曲線が推定されました。緑色の面積の部分が上位2.5%に該当し、本研究ではその境界の数値を寿命(左)または最大径(右)の目安としました。発表論文に添えられた補助資料(DOI: 10.6084/m9.figshare.22794801.v1)の付図2、3から抜粋・改変しました。

*5 属と節

属は生物分類の階級の一つで、見た目や花の構造がほぼ共通な種を束ねたものです。属をさらに細分化する必要が生じた場合、属と種の間に節という階級を設けます。

お問い合わせ先

研究担当者:

森林総合研究所 研究ディレクター 正木隆

広報担当者:

森林総合研究所 企画部広報普及科広報係

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