ボース・アインシュタイン凝縮による超伝導を初めて確認

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2020-11-07 東京大学

発表のポイント

  • 鉄系超伝導体FeSe0.79S0.21において、クーパー対(注1)のボース・アインシュタイン凝縮(注2)によって超伝導が実現している確証を得ました。
  • ボース・アインシュタイン凝縮によって超伝導が実現している確証が得られたのは世界で初めてのことです。
  • 発見した本メカニズムにより、より高い温度での超伝導の実現に繋がることが期待できます。

発表概要:

東京大学物性研究所の岡﨑浩三准教授、東京大学特別教授室の辛埴特別教授らの研究グループは、東京大学大学院新領域創成科学研究科の芝内孝禎教授、京都大学大学院理学研究科の松田祐司教授らとの共同研究で、鉄系超伝導体の一つであるFeSe0.79S0.21において、極低温超高分解能レーザー角度分解光電子分光装置(注3)を用いて超伝導状態にある電子を直接観測しました。その結果、FeSe0.79S0.21において、超伝導がクーパー対のボース・アインシュタイン凝縮によって実現している確証が得られました。ボース・アインシュタイン凝縮によって超伝導が実現している確証が得られたのは世界で初めてのことです。

電気抵抗がゼロになる超伝導現象ですが、これまでに発見された超伝導のメカニズムは、基本的な部分においてはバーディーン・クーパー・シュリーファーの3人によって確立されたBCS理論(注1)によって理解できていました。一方、このメカニズムとは異なるボース・アインシュタイン凝縮による超伝導も提案されていましたが、その確証が得られたことはありませんでした。ボース・アインシュタイン凝縮による超伝導は、より高い超伝導転移温度が期待できるメカニズムであり、今後の研究によってさらに高い温度での超伝導の実現に繋がると期待されます。

この研究成果は、米国時間2020年11月6日午後2時(日本時間11月7日午前4時)に、米国科学誌「Science Advances」に掲載されました。

発表内容:

① 研究の背景

ボース・アインシュタイン凝縮による超伝導を初めて確認

図1:BCS理論に基づく超伝導とボース・アインシュタイン凝縮(BEC)による超伝導の状態相図
電子はフェルミ粒子に分類される素粒子で、超伝導状態になるとクーパー対と呼ばれる電子対を作りますが、BCS理論では電子対は空間的に広がっていると考えられます(BCS超伝導)。BCS理論によると、超伝導への転移温度Tcは、フェルミ面を構成するバンドを占有する電子の数に対応するフェルミエネルギーを温度に換算したフェルミ温度が高いほど高くなると考えられます。クーパー対を作るペアリングの強さがフェルミ温度に比べて強くなると、図中T*より低温でボース粒子とみなせる電子対を作ってから、ボース・アインシュタイン凝縮を起こすことで超伝導状態になると考えられます(BEC超伝導)。BEC超伝導では、T*以下でボース粒子が出来ることから、超伝導の前駆現象として擬ギャップと呼ばれる現象が生じると考えられます。


超伝導は、電気抵抗がゼロになることから損失の無い電気エネルギーの輸送を可能にし、大電流を流すことで非常に強力な磁石も作成できるなど、実社会でさまざまな応用が期待される現象です。しかしながら、その実現には通常非常に低温にする必要があるため、より高温で超伝導になる物質の開発が求められています。その実現には、超伝導現象のより深い理解が必要になります。通常、超伝導現象はバーディーン・クーパー・シュリーファーの3人によって確立されたBCS理論によって理解されますが、この理論とは異なる仕組みである、ボース・アインシュタイン凝縮による超伝導も実現し得るという理論的な提案がされていました(図1)。BCS理論では、フェルミ面(注4)を構成するバンドを占有する電子の個数に対応するエネルギーであるフェルミエネルギーが大きいほど、物質が超伝導状態に転移する温度が高くなると考えられています。一方、ボース・アインシュタイン凝縮による超伝導は、同じフェルミエネルギーの大きさでも、BCS理論から期待される超伝導転移温度と比べて超伝導転移温度がより高くなると期待されます。このように、より高い温度での超伝導実現にも繋がると考えられることから、実現が待ち望まれていますが、これまで理論提案のみで実際には観測されていませんでした。

② 研究内容

角度分解光電子分光という実験手法を用いると、物質中の電子が持つ運動量とエネルギーの関係である、エネルギーバンドの分散関係(バンド分散)を直接観測することができます。超伝導状態にある電子のバンド分散を観測することで、BCS理論に基づいた超伝導状態にあるのか、ボース・アインシュタイン凝縮による超伝導状態にあるのかを区別することができます(図2)。

fig2

図2:計算から期待されるBCS超伝導状態とBEC超伝導状態における電子のバンド分散
図中、Δは超伝導ギャップの大きさで、超伝導転移温度Tcに比例します。εFはフェルミ面を構成するバンドを占有する電子の個数に対応するフェルミエネルギー。Δ/εFTc/TFに比例し、ペアリングの強さの指標となります。ペアリングの強さが弱いとBCS超伝導、強いとBEC超伝導が実現し、それらは超伝導状態にある電子のバンド分散を精密に観測することで区別することが出来ます。


今回、測定対象に用いたFeSe1-xSxという物質は、セレン化鉄(FeSe)という物質におけるセレン原子(Se)の一部を硫黄原子(S)に置換したもので、これまでにもボース・アインシュタイン凝縮による超伝導が実現しているのではないか、という提案のあった物質です。これを実験的に確かめるには、超伝導状態にある電子のバンド分散を観測する必要がありますが、超伝導転移温度が4 K(ケルビン、絶対温度)から10 K程度と非常に低温であるため、電子の運動量とエネルギーの測定が難しく、精密さが要求されます。東京大学物性研究所の岡﨑浩三准教授らの研究グループによって開発された極低温超高分解能レーザー角度分解光電子分光装置は、このような目的のための実験装置として現在世界最高性能を誇っています。今回、本装置を用いて、FeSe1-xSxにおける超伝導状態にある電子のバンド分散を直接観測することで、Seを21%の割合でSに置換したFeSe0.79S0.21において、この物質における超伝導が、ボース・アインシュタイン凝縮によって実現していることが確認されました(図3)。

fig3

図3:FeSe1-xSx (x = 0, 0.04, 0.13, 0.16, 0.21)の超伝導状態における角度分解光電子分光の測定結果
下段は上段のスペクトルのフェルミ準位近傍を拡大したもの。エネルギー・運動量に対する光電子の放出量がカラースケールで表されており、赤い×印が超伝導状態のバンド分散を示している。x = 0のFeSeでは運動量k = 0 Å-1付近で下凸になるBCS超伝導に対応するバンド分散になっているのに対して、x = 0.21のFeSe0.79S0.21では、上凸になるBEC超伝導に対応するバンド分散になっている。


さらに、FeSeという物質では、電子が液晶のような性質を持つ「電荷液晶状態」(注5)と呼ばれる状態にあることがわかっており、「電荷液晶状態」と超伝導状態の関係についても非常に興味を持たれ、研究が進められています。この「電荷液晶状態」は、SeをSに置換することで消失しますが、今回「電荷液晶状態」が消失することによって、ボース・アインシュタイン凝縮による超伝導が実現することもわかりました。ボース・アインシュタイン凝縮による超伝導状態が、電荷液晶状態によって制御されている、と考えることもできることがわかりました。

③ 社会的意義

本研究成果は、ボース・アインシュタイン凝縮による超伝導という新しい物理現象を世界で初めて確認しました。このメカニズムによる超伝導はより高い温度での超伝導実現にも繋がると考えられることから、今後のさらなる研究によって、このメカニズムを利用してさらなる高い温度での超伝導の実現に繋がると期待されます。

本研究は、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域(研究領域提案型)「量子液晶の物性科学」(JP19H05824, JP19H05826)、「トポロジーが紡ぐ物質科学のフロンティア」(JP15H05852)、JSPS科研費(JP19H00651, JP19H01818, JP18H05227, JP19H00649, JP18H01177, JP18K13492, JP20H02600)の助成のもとに行われました。

発表雑誌:

雑誌名:「Science Advances」2020年11月6日オンライン版

論文タイトル:Bose–Einstein condensation superconductivity induced by disappearance of the nematic state

著者:Takahiro Hashimoto, Yuichi Ota, Akihiro Tsuzuki, Tsubaki Nagashima, Akiko Fukushima, Shigeru Kasahara, Yuji Matsuda, Kohei Matsuura, Yuta Mizukami, Takasada Shibauchi, Shik Shin, Kozo Okazaki* (* 責任著者)

DOI番号:10.1126/sciadv.abb9052

用語解説:
(注1)BCS理論、クーパー対:
バーディーン、クーパー、シュリーファーの三人によって提唱された超伝導の理論がBCS理論です。BCS理論によると、結晶中の格子振動の量子であるフォノンを媒介として、運動量の絶対値が同じで方向が逆向きの二つの電子の間に引力が働くことにより、ペアを作ることでエネルギーが下がることが示されました。この二つの電子のペアをクーパー対と呼びます。運動量の絶対値が同じで方向が逆向きの二つの電子がペアとなった状態はBCS状態呼ばれますが、この状態では電気抵抗がゼロとなることや、超伝導ギャップと呼ばれる励起エネルギーのギャップも存在することなども示されました。
(注2)ボース・アインシュタイン凝縮:
BCS理論によると、超伝導は運動量の絶対値が同じで方向が逆向きの二つの電子がペアを作ることで実現しますが、このペアは通常物質中で空間的に広がっていると考えられます(図1)。電子のペアを作るペアリングの強さが強くなると、このペアの空間的な広がりが小さくなり、超伝導状態となる前に、ボース粒子とみなせるようになると考えられます。電子はフェルミ粒子であり、二つの電子は全く同じ状態を取ることが出来ないですが、ボース粒子は低温で最低エネルギーの状態に多くの粒子が凝集できます。これをボース・アインシュタイン凝縮といいます。ボース粒子となった電子対がボース・アインシュタイン凝縮を起こすことでも超伝導状態が実現すると考えられ、これをボース・アインシュタイン凝縮型の超伝導といいます。ボース・アインシュタイン凝縮型の超伝導では、ボース粒子とみなせる電子対ができたことによる超伝導の前駆現象が起きると考えられます。
(注3)極低温超高分解能レーザー角度分解光電子分光装置:
角度分解光電子分光という実験手法を用いると、物質中の電子が持つ運動量とエネルギーの関係である、エネルギーバンドの分散関係(バンド分散)を直接観測することができます。岡﨑浩三准教授らの研究グループによって開発された極低温超高分解能レーザー角度分解光電子分光装置は、物質中の電子のエネルギーを非常に精密に測定できる現時点で世界最高性能の実験装置です。電子が超伝導状態となった際のエネルギーの変化「超伝導ギャップ」も精度良く測定する事が出来るため、超伝導のメカニズム解明に非常に強力な実験装置となっています。
(注4)フェルミ面:
電子はフェルミ粒子であるため、二つの電子は全く同じ状態を取ることができません。そのため、物質中の電子は、最も低いエネルギーの状態から順に、フェルミ準位と呼ばれるエネルギーまで占有されていきます。固体中では、電子のエネルギーと運動量の間にバンド分散と呼ばれる分散関係が成り立つため、フェルミ準位の電子はこの関係を満たす運動量を持ちます。バンド分散によりフェルミ準位にある電子の運動量分布は二次元的な面になるため、この運動量分布をフェルミ面と呼びます。フェルミ準位を横切るバンドの底からフェルミ準位までのエネルギーをフェルミエネルギーと呼びます。
(注5)電荷液晶状態:
液晶とは、液体と結晶の中間のような状態で、細長い分子や円盤状の分子が、3次元的な秩序は持たないものの、局所的には方向性を揃え、回転対称性が破れた状態の総称です。近年、様々な物資中の電子において液晶のように回転対称性が破れてある方向性を持った状態が実現することがわかってきました。このような電子状態を、電荷液晶状態と呼びます。鉄化合物の超伝導体を総称して鉄系超伝導体と呼びますが、鉄系超伝導体の一つであるFeSeも絶対温度90K以下で電荷液晶状態となることが知られています。
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