熱水からの熱エネルギーを吸収し、圧力を加えて放出
2020-07-02 東京大学
大越 慎一(化学専攻 教授)
中村 嘉孝(パナソニック株式会社 インダストリアルソリューションズ社)
東 正樹(東京工業大学フロンティア材料研究所 教授)
酒井 雄樹(神奈川県立産業技術総合研究所 研究員)
発表のポイント
- 熱水(100℃以下)の熱エネルギーを長期に蓄えられる蓄熱セラミックスを発見しました。
- この長期蓄熱セラミックスは、圧力をかけることにより、望みのタイミングで熱エネルギーを取り出すことができます。
- 火力発電所や原子力発電所、工場などで排出される廃熱エネルギーを蓄えて、有効に再利用できる可能性につながると期待されます。
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の大越慎一教授らの共同研究グループは、38ºCから67ºCまでのお湯あるいは熱水の熱エネルギーを永続的に蓄えることができる長期蓄熱セラミックスを発見しました。この新物質はスカンジウム置換型ラムダ五酸化三チタン(λ-ScxTi3−xO5)という物質で、熱水などの100℃以下の熱のエネルギーを蓄えられ、圧力をかけることでその蓄熱エネルギーを取り出すことができます。このような低温排熱対応の長期蓄熱セラミックスは、火力発電所や原子力発電所などで排出される熱水の熱エネルギーを蓄えるのに有効です。また、工場や自動車からの廃熱を再利用するための素材としても期待されます。
本研究成果は、日本時間2020年7月2日(木)にScience Advances(サイエンス・アドバンシズ)のオンライン版で公開されました。
発表内容
火力発電所や原子力発電所で発生した熱エネルギーの全てを電力に変換することは難しく、実際には、発生した熱エネルギーの70%は廃熱として外部に失われてしまっています。その廃熱は主に水で冷却され、熱水(100℃以下)として海水に放出されており有効に利用できていません。もし、このような廃熱を逃さずに蓄えて再利用することができれば、エネルギー効率の改善のみならず熱水を河川に放出することによる周辺環境への悪影響を防ぐことができます。
本研究では、ラムダ五酸化三チタン(λ-Ti3O5)(注1)のチタンの一部をスカンジウム(Sc)に置換したスカンジウム置換型ラムダ五酸化三チタン(λ-ScxTi3−xO5)という新物質を合成しました。この物質はアーク溶解法(注2)により合成され、λ-ScxTi3−xO5(x=0.09, 0.105, 0.108)という組成でした。Spring-8のシンクロトロンX線回折(注3)測定により、無置換のλ-Ti3O5と同じ単斜晶系(空間群C2/m)の結晶構造であることがわかりました(図1a)。また、透過型電子顕微鏡像からは、約100 nm × 200 nmのストライプ状ドメインが凝集した物質であることがわかりました。このスカンジウム置換型ラムダ五酸化三チタンは極めて高い安定性をもっており、367日(1年)後も変化しないことを確認しています。一方、このスカンジウム置換型ラムダ五酸化三チタンに圧力をかけると、瞬時にスカンジウム置換型ベータ五酸化三チタン(β-ScxTi3−xO5)への圧力誘起相転移が観測されました。(以降、λ-ScxTi3−xO5をλ相、β-ScxTi3−xO5をβ相と呼びます。)圧力をかけることによりβ相へと転移した試料の吸熱特性を調べたところ、x = 0.09の組成の試料では67 ℃に吸熱ピークが観測され、100 ℃以下の熱を吸収する固体-固体相転移型の蓄熱物質であることが明らかとなりました(図1b)。また、λ相とβ相の間の相転移は、加圧と加熱により繰り返し起こることも確認されています(図1c)。このように、本研究では低温排熱用の長期蓄熱セラミックスを見出すことに成功しました。
長期蓄熱と圧力による放熱のメカニズムを以下に述べます。λ相とβ相のエンタルピー曲線(図1d)で示されるように、加熱プロセスにおいてβ相が吸熱してλ相に転移した後は、再び温度を下げても極低温まで、λ相のまま維持されます。これは、λ相とβ相の間にエネルギー障壁があることにより、エネルギーが低いβ相に転移することなく低温までλ相が保たれるためです。一方、このλ相に圧力を加えると、λ相とβ相の間のエネルギー障壁が消えて、β相へ転移するという仕組みです(図1e)。
図1 : スカンジウム置換型ラムダ五酸化三チタン(λ-ScxTi3−xO5)の蓄熱・放熱特性
a, スカンジウム置換型ラムダ五酸化三チタンの結晶構造と、アーク溶解法により得られた試料の写真。b, 67°C(340 K)に吸熱反応を示すSc0.09Ti2.91O5の熱量測定データ。c, 圧力誘起と熱誘起相転移の再現性。加圧プロセス(青線)では、室温でλ相に1.7 GPaの圧力をかけ、加熱プロセス(赤線)では圧力解放後のサンプルを473 K(200°C)まで加熱し、その後室温まで冷却した。加圧と加熱を繰り返しても、λ相の相分率は良好な再現性を示した。d, 熱量測定から求めた転移エンタルピーとフォノンモード計算から得られたエンタルピーの温度依存性から計算された、Sc0.09Ti2.91O5のλ相(青線)およびβ相(赤線)のエンタルピーの温度依存性。グラフ中の曲線は、第一原理計算から求めた0 Kにおけるβ相の生成エネルギーに対してオフセットしている。(i)圧力誘起相転移したβ相は熱エネルギーを蓄積し、67°Cにおいてλ相へ相転移する。(ii)λ相の温度が上昇した後再び低下する。(iii)低温でもλ相が維持される。e, ラムダ相分率に対するギブスエネルギー曲線。0.1 MPa, 400 MPa, 700 MPaの圧力下の曲線を描いており、700 MPaではλ相とβ相の間のエネルギー障壁が消えるためλ相からβ相へと相転移する。
最後にスカンジウム置換型ラムダ五酸化三チタンを用いた蓄熱システムの応用案を図2に示します。発電所では、川や海から水を汲み上げてタービンの冷却に使っていますが、タービンを冷却したあとは熱水となっています。この熱水を、長期蓄熱セラミックスを入れた蓄熱タンクに流し入れると、長期蓄熱セラミックスは熱水からエネルギーを奪い、β相からλ相へと相転移してエネルギーを蓄えます。蓄えられたエネルギーは、圧力をかけることで、必要なタイミングで取り出すことができるため再利用することが出来ます。例えば、取り出した熱エネルギーを、河川や海から引き込んだ水を媒体として、近隣の工場やビルへと流すことで熱エネルギーを再利用することができます。また、圧力をかけるまで蓄えられたエネルギーを放出しないという特性を活かし、蓄熱状態(λ相)の長期蓄熱セラミックスをトラック等で輸送して必要なタイミングで圧力をかけて熱を取り出すことで、離れた場所でも熱エネルギーを再利用することができます。すなわち、火力発電所や原子力発電所で発生する熱水のエネルギーを、いつでもどこでも再利用することが可能となります。さらに、火力発電所や原子力発電所で発生する熱水が、蓄熱セラミックスに熱エネルギーを奪われて冷やされるため、河川や海に放出した際の温度上昇が抑制され、環境負荷を抑えることも出来ます。なお、スカンジウム置換型ラムダ五酸化三チタンの吸熱温度は、Sc含有量を変えることで制御することができ、λ-Sc0.105Ti2.895O5の場合は45°C、λ-Sc0.108Ti2.892O5の場合は38°Cで吸熱することを確認しています。
図2 : 発電所におけるスカンジウム置換型ラムダ五酸化三チタンの実用例
スカンジウム置換型ラムダ五酸化三チタンを利用した熱エネルギーリサイクルシステムの概略図。青色および赤色のパイプラインには、それぞれ冷水および熱水が熱輸送媒体として流れている。Transportation of Heat-storage ceramics: 蓄熱セラミックスの輸送。Heat energy absorption: 熱エネルギーの吸収。Heat energy supply: 熱エネルギーの供給。
スカンジウム置換型ラムダ五酸化三チタンは、これまで再利用できていなかった温度範囲の熱エネルギーを蓄えることができるため、熱マネージメントの可能性を広げることができると期待されます。また、発電所に限らず、工場、輸送車両、携帯電話、および電子機器からの廃熱を回収する蓄熱用途など、本材料は様々な用途への応用の可能性を秘めています。
本研究成果の一部は、日本学術振興会 科学研究費補助金 特別推進研究(No. 15H05697)、基盤研究(A)(No. 20H00369)、および東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 共同利用研究による支援を受けて行われました。
発表雑誌
- 雑誌名
Science Advances(サイエンス・アドバンシズ)論文タイトル
Long-term heat-storage ceramics absorbing thermal energy from hot water著者
Yoshitaka Nakamura, Yuki Sakai, Masaki Azuma, Shin-ichi OhkoshiDOI番号
10.1126/sciadv.aaz5264
用語解説
注1 ラムダ五酸化三チタン(λ-Ti3O5)
ラムダ五酸化三チタンは2010年に大越慎一教授らにより発見された新種の結晶構造をもった酸化チタン材料です[Nature Chemistry, 2, 539(2010)]。近年、この物質の特性を活かして、蓄熱セラミックスという新概念を提案しています[Nature Communications, 6, 7037(2015)]。λ-Ti3O5は金属的な性質を有すると共に、光誘起相転移、圧力誘起相転移、電流誘起相転移など、多彩な相転移現象を示すことがわかってきています。
注2 アーク溶解法
複数種類の材料を高温で溶かして合金などを合成する手法です。真空中または不活性ガス雰囲気において、電極と水冷銅鋳型との間のアーク放電によって、銅鋳型の上に置かれた原料を溶解することにより均一に混ざった固溶体を得ることがでます。
注3 シンクロトロンX線回折(SXRD)
光速近くまで加速された電子が磁場で曲げられたときに発生するシンクロトロン放射光を用いた構造回折測定のことです。実験室X線回折と比べ、より高精度なデータを短時間で取得することがでます。
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―