2020-05-08 東京大学
諸田 智克(地球惑星科学専攻 准教授)
杉田 精司(地球惑星科学専攻 教授)
長 勇一郎(地球惑星科学専攻 助教)
発表のポイント
- 「はやぶさ2(注1)」の炭素質小惑星リュウグウ(注2)への着陸によって1mサイズの岩と大量の赤黒い微粒子が巻き上げられた。これらの赤黒い微粒子は、太陽加熱または太陽による風化作用によってリュウグウ表面が変質してつくられたものであることがわかった。
- それらの観測にもとづいて、炭素質小惑星が小惑星帯から地球近傍軌道に供給される際の軌道進化とそれに伴う表層地質進化に関する新たなシナリオを提示した。
- 太陽による変成をうけた/うけていない両方の物質が採取されたと考えられる。持ち帰られるリュウグウ試料の物質科学分析から,炭素質物質の太陽加熱・風化作用の解明が期待される。
発表概要
2019年2月22日(日本時間)、「はやぶさ2」は炭素質小惑星リュウグウの試料採取を目的とした第一回目の着陸(タッチダウン)に成功した。東京大学大学院理学系研究科の諸田准教授らは、タッチダウンの際に取得された超高解像度画像から、炭素質小惑星の表層地質進化・軌道進化に関する新たなシナリオを提示した。
タッチダウンの反動により、リュウグウ表面の多くの岩石と岩石表面やその隙間に隠れていた大量の赤黒い微粒子が舞い上がったことが観測された。またクレータとの層序学的な関係から、赤黒い物質はリュウグウの表層数十センチメートルから数メートルの厚さで全球的深さに疎らに層状に存在していること、それらは過去のある短い期間にリュウグウ表面物質が、太陽に焼かれることで変質してつくられたことが分かった。この結果は、リュウグウが一時的に現在よりも太陽に接近する軌道にいたことを示している。また、タッチダウン地点の表面には赤黒い物質だけでなく、変成をうける以前の青白い物質も存在していることから、変成をうけていない物質と変成をうけた物質の両方の物質が採取されたと期待される。(一部修正)
発表内容
炭素質小惑星は初期の地球に水と有機物を運んだ有力候補天体である。それゆえ、小惑星帯から地球近傍への供給過程とその中で起こる炭素質物質のさまざまな変成過程の理解は重要な問題であった。「はやぶさ2」はリュウグウの試料を採取するために、2019年2月22日(日本時間)に第一回目の着陸(タッチダウン)運用を行った。図1は東京大学大学院理学系研究科の杉田教授が科学観測責任者を務めた広角の光学航法カメラ(ONC-W1)がタッチダウンの際に取得した画像である。
図1:ONC-W1によって撮影された第一回タッチダウンの前後のリュウグウ表面の様子。日時は協定世界時。((c)JAXA、東京大、高知大、立教大、名古屋大、千葉工大、明治大、会津大、産総研)
動画:ONC-W1によって観測されたタッチダウンによるリュウグウ表面の擾乱 の様子
((c)JAXA、東京大、高知大、立教大、名古屋大、千葉工大、明治 大、会津大、産総研。)
※ 動画は理学部YouTubeチャンネルからもご覧いただけます。
「はやぶさ2」では初号機「はやぶさ」と同様に、タッチダウンと同時に弾丸を発射し、その反動で巻き上げられた粒子を採取する。そのサンプリング装置の開発には東京大学大学院理学系研究科の橘教授が関わっている。タッチダウンと同時に、弾丸発射と探査機上昇のためのガス噴射によって、岩石だけでなく大量の赤黒い微粒子が舞い上がったことが分かった。飛ばされた岩石の多くは白く変化したことから、もともと赤黒い微粒子は岩石の表面や内部の隙間に付着していたと考えられる。その後、舞い上がった微粒子はタッチダウン地点を中心に、直径10 mの範囲に広がり、表面に堆積した。
一方で杉田教授らの研究(Sugita et al., Science 364, 252, 2019)による全球的な観測から、リュウグウ表面は赤道ではやや青白く、中緯度では赤黒く、両極では特に青白いことがわかっていた(図2)。さらに詳細に調べてみると、相対的に古いクレータの内部は周囲と同程度の赤さを持つのに対して、若いクレータの内部は周囲よりも青くなっていることがわかった(図2)。
図2:リュウグウ表面の反射スペクトルの傾きマップ。(A)の黒丸、(C)の白丸はクレータを表す。内部が青いB1やB2クレータは他のクレータよりも上にあることから若いクレータであることがわかる。(Morota et al. (2020)から一部改変)
このことから、過去にリュウグウ表面は赤く変化するイベントがあったこと、内部が赤いクレータはリュウグウ表面の赤化が起きる前につくられたものであり、内部が青いクレータは表面の赤化が起こった後につくられ、地下の新鮮な青い物質を露出させたものであることが明らかとなった。表面の赤さ分布の緯度依存性は、リュウグウ表面の赤化イベントが太陽による加熱または風化によるものであること、赤道の青い物質の露出は地形的高地(赤道)から低地(中緯度)への表面流動によって、赤道で新鮮物質が露出したことを表している。また、赤いクレータと青いクレータが明瞭に二分されることから、表面赤化は短期間で起こったことを意味している。このことから、過去にリュウグウは一時的に太陽に接近した軌道にあったと考えられる。青いクレータは表面赤化が起こってからつくられたものなので、その数密度から表面赤化の年代を推定することができ、30万年から800万年の年代が推定された。図3はこれらの結果から推定されたリュウグウの進化史をまとめたものである。
図3:推定されたリュウグウの進化史。(Morota et al. (2020)から一部改変)
タッチダウンで観測された赤黒い微粒子は、この太陽接近の際に変成を受けた物質が破砕されたものであると考えられる。また、着陸地点の表面には赤黒い物質だけでなく、変成をうける以前の青白い物質も存在していることから、今回のタッチダウンによって変成をうけていない物質と変成をうけた物質の両方の物質が採取されたと考えられる。持ち帰られるリュウグウ試料の物質科学分析から,地球軌道に供給される炭素質物質の太陽加熱・風化作用の解明が期待される。
本研究には、地球惑星科学専攻の諸田智克准教授、杉田精司教授、長勇一郎助教、巽瑛理特任研究員、橘省吾教授、田辺直也大学院生、高木直史大学院生、杉本知穂大学院生、湯本航生大学院生が参加している。
なお、本研究成果は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)から「小惑星探査機「はやぶさ2」観測成果論文のScience誌掲載について」として、本事業全体のことの研究成果発表が同時リリースされている。
発表雑誌
- 雑誌名
Science論文タイトル
Sample collection from asteroid 162173 Ryugu by Hayabusa2: implications for surface evolution著者
T. Morota*, S. Sugita, Y. Cho, M. Kanamaru, E. Tatsumi, N. Sakatani, R. Honda, N. Hirata, H. Kikuchi, M. Yamada, Y. Yokota, S. Kameda, M. Matsuoka, H. Sawada, C. Honda, T. Kouyama, K. Ogawa, H. Suzuki, K. Yoshioka, M. Hayakawa, N. Hirata, M. Hirabayashi, H. Miyamoto, T. Michikami, T. Hiroi, R. Hemmi, O. S. Barnouin, C. M. Ernst, K. Kitazato, T. Nakamura, L. Riu, H. Senshu, H. Kobayashi, S. Sasaki, G. Komatsu, N. Tanabe, Y. Fujii, T. Irie, M. Suemitsu, N. Takaki, C. Sugimoto, K. Yumoto, M. Ishida, H. Kato, K. Moroi, D. Domingue, P. Michel, C. Pilorget, T. Iwata, M. Abe, M. Ohtake, Y. Nakauchi, K. Tsumura, H. Yabuta, Y. Ishihara, R. Noguchi, K. Matsumoto, A. Miura, N. Namiki, S. Tachibana, M. Arakawa, H. Ikeda, K. Wada, T. Mizuno, C. Hirose, S. Hosoda, O. Mori, T. Shimada, S. Soldini, R. Tsukizaki, H. Yano, M. Ozaki, H. Takeuchi, Y. Yamamoto, T. Okada, Y. Shimaki, K. Shirai, Y. Iijima, H. Noda, S. Kikuchi, T. Yamaguchi, N. Ogawa, G. Ono, Y. Mimasu, K. Yoshikawa, T. Takahashi, Y. Takei, A. Fujii, S. Nakazawa, F. Terui, S. Tanaka, M. Yoshikawa, T. Saiki, S. Watanabe, and Y. Tsuda.DOI番号10.1126/science.aaz6306
論文URL
Handle Redirect用語解説
注1 はやぶさ2
日本の小惑星探査機「はやぶさ」の後継機であり、炭素質小惑星であるリュウグウを探査した。2014年12月に打ち上げ、2018年6月に小惑星リュウグウに到着し、約1年5ヶ月間の近傍観測のあと、2019年11月にリュウグウを出発し、地球に向けて帰還中である(2020年5月現在)。2度の着陸と人工の衝突実験に成功した。
注2 炭素質小惑星リュウグウ
1999年に発見された地球近傍に軌道を持つ小惑星。C型(炭素質)小惑星に分類される。C型小惑星は初期地球に水や有機物を供給した有力候補天体と考えられている。
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―