2020-04-17 核融合科学研究所
概要
核融合発電の実現に必須な超伝導コイルには強い力が働くため、コイルを強固な構造物で支えます。発電の実証を目指す核融合炉の設計では、材料コストやコイル冷却用電力などを低減するために、コイル支持構造物は強度を維持したまま総重量を大幅に減らすことが強く求められます。核融合工学研究プロジェクトの田村仁准教授らの研究グループは、ヘリカル型核融合炉のコイル支持構造物について、強度に影響を与えない部分を取り去る方法を用い、総重量を約25%低減することに成功しました。この方法は、「トポロジー※1」を変化させて最適化を図るものであり、これまで自動車部品などに適用されていましたが、非常に複雑な構造を持つヘリカル型核融合炉の設計への適用例はありませんでした。その有効性を初めて示した本成果は、今後の発電実証に向けた研究に大きく貢献するものです。
研究の背景
核融合発電の実現には、プラズマを閉じ込めるための強力な磁場を発生する超伝導コイルが必須です。超伝導コイルには、磁石同士が引き合ったり反発し合ったりするのと同様の力(電磁力)が働きます。その力は強く、コイルが大きく動いたり変形したりするのを防ぐために、コイルの周りを強い材料でできた構造物でがっしりと取り囲み、コイルを支える必要があります。この構造物を支持構造物と呼びます(図1)。
核融合工学研究プロジェクトでは、発電の実証を目指した核融合炉の設計研究を行っています。将来の核融合炉の支持構造物の重量は、大型ヘリカル装置(LHD)の20倍、国際熱核融合実験炉(ITER)の1.6倍以上になると予想されています(図2)。また、超伝導コイルは極低温状態にすることで性能を発揮しますが、その状態を維持するには、巨大な支持構造物もコイルと同じ温度まで冷却する必要があります。このため、材料コストやコイル冷却用電力の低減が極めて重要な課題であり、支持構造物は強度を維持したまま総重量をできるだけ小さくすることが強く望まれています。つまり、この条件を満たす最適なものになるよう、支持構造物を設計する必要があるのです。
このような設計を行うための手法として近年注目されているのが、「トポロジー最適化手法」です。これは、強度に影響を与えない部分を取り去って軽量化を図る手法で、トポロジーが変化する変形の中から最適な形状を探すことに相当します(図3)。この手法は、従来の経験や実績からは想像できないような画期的な形状を生み出す可能性があるもので、自動車部品の軽量化やコスト削減に非常に有効であることから近年急速に発展しています。しかし、この手法を、巨大で複雑な構造を持つヘリカル型核融合炉の設計に適用した例はこれまでありませんでした。
研究成果
田村仁准教授らの研究グループは、ヘリカル型核融合炉の設計にトポロジー最適化を初めて適用し、らせん状の超伝導コイルを取り囲む支持構造物について、強度を維持したまま軽量化できる最適な形状を設計することに成功しました。
構造物の強度を決めるのが、その内部に働く力(応力)です。応力が大きいと構造物が壊れてしまうので、それが起こらないような範囲内で軽量化を図る必要があります。これまでは、支持構造物の大まかな3次元モデルを設計者の経験を基に作成し、構造物の長さや厚さ、及び表面形状などを修正する作業を繰り返して最適形状を探っていました。トポロジー最適化手法では、モデルをいくつかの細かな領域に分け、領域の構造物を取り去っても応力が許容範囲内であるかどうかを繰り返して計算します。田村准教授らの研究グループは、この計算により、最低限必要な領域のみを残した最適な形状を得ることができました。この最適化の結果、従来とは全く異なる形状で、強度を維持したまま、コイル支持構造物の総重量を約25%低減することができました(図2、図4)。
研究成果の意義や今後の展開など
核融合炉の大幅な減量は、建設時の材料コストや運転時の冷却用電力の低減などに加えて、運転終了後の材料処理の観点からも有益です。これまで、トカマク型核融合炉の設計については、このような軽量化を目指し、円周方向に並べたコイルどうしを接続する部品に、トポロジー最適化手法が用いられた例がありました。しかし、ヘリカル型核融合炉はコイル配置がより複雑な構造を持つため、その設計にトポロジー最適化手法を適用することは非常に困難だとされていました。本研究によって、それを初めて実現し、その有効性を明確に示すことができました。今後、本研究が契機となって、トポロジー最適化手法を用いた核融合炉設計研究が更に進展し、核融合炉の発電実証に大きく近づくと期待されます。
図1 ヘリカル型核融合炉の概略図。超伝導コイルは、2本のらせん状のヘリカルコイルと4本の円型の垂直磁場コイルで構成されます。超伝導コイルに働く強大な電磁力でコイルが動いたり変形したりしないように、厚さ20cmの高い強度をもつステンレス鋼で作られた支持構造物で強固に支えられています。これらの超伝導コイルと支持構造物は極低温(マイナス196℃からマイナス269℃)に冷却されます。
図2 コイルのエネルギー※2と超伝導コイルを取り囲む支持構造物重量の関係。支持構造物の重量はコイルのエネルギーが大きいほど重くなりますが、より強い材料を使用するために直線的な増加にはならず、(支持構造物の重量)≒ 300×(コイルのエネルギー)2/3の関係になると予想されます。発電実証する核融合炉にはコイルのエネルギーとしておよそ150ギガジュールが必要で、従来の設計では支持構造物の重量はおよそ8,000トンと見積もられていました。このような巨大なシステムの設計では、減量化が極めて重要な課題です。
図3 構造物の強度を維持したまま軽量化する方法。① 外周の寸法や形を変化させる方法。強度を維持できても軽量化には限界があります。② 強度に影響を与えない部分を取り去る方法。強度を維持したまま大幅な減量が期待できます。この方法によって得られる形状には新たに隙間ができていますが、このような変化を「トポロジー変化がある」といいます。これは、元の形状を伸ばしたり縮めたりするだけではできません。それに対し、① の方法による変化は、元の形状を伸ばしたり縮めたりすることに相当します。これを「トポロジー変化がない」といいます。
図4 トポロジー最適化を適用して得られたコイル支持構造物の形状(右図)。左図は従来の設計手法によるもので、これらの形状を円周方向に10個並べるとドーナツのような全体形状になります。これまでの設計では全体で7,800トンだった重量が、トポロジー最適化によって約2,000トン低減できました。今回得られた形状は、これまでの形状と比較すると隙間がたくさんできていますが、十分な強度を維持できていることが強度計算で確かめられました。
【用語解説】
※1 トポロジー
図形の性質を研究する数学分野の一つで位相幾何学とも呼ばれる。トポロジーの考え方では図形を抽象的にとらえ、穴を開けたりちぎったりする操作なしに、伸び縮みや曲げることだけによって変形できる図形は全て同一とみなす。例えば、丸い球はどんなに変形させても新たな穴を開ける操作(トポロジーの変化)なしにドーナツの形にすることはできない。
※2 コイルのエネルギー
電流が流れているコイルが蓄えているエネルギーは、そのコイルがどの位の磁場を空間に発生しているかによって計算される。蓄えているエネルギーが高いほど、より強い磁場を広い空間に発生していることになる。核融合炉では強力な磁場の発生が必要なため、コイルがもつエネルギーも膨大となる。エネルギーの単位はジュールで、ギガは109(10億)を表す。地球上で千トンの物体を100メートル持ち上げるエネルギーが約1ギガジュールである。
成果情報
本成果は、2019年9月に開催された国際会議「14th European Conference on Applied Superconductivity」(EUCAS2019)で発表されました。また、以下の論文の掲載が決定しました。
雑誌名:Journal of Physics: Conference Series(オープンアクセス学術雑誌)
題名:Topology optimization for superconducting magnet system in helical fusion reactor
(トポロジー最適化のヘリカル型核融合炉の超伝導マグネットシステムへの適用)
著者名: 田村仁、後藤拓也、宮澤順一、田中照也、柳長門
所属: 自然科学研究機構核融合科学研究所