2019-03-08 国立天文台
[概要]
米国バージニア大学の谷口琴美研究員を中心とした、国立天文台、ハーバード-スミソニアン天体物理学センターの研究グループは、太陽より8倍以上重い星である大質量星が誕生する領域、大質量星形成領域について、化学組成とその進化について調べ、大質量星形成領域の進化の進み具合を調べる指標として有用な分子の組み合わせを発見しました。
N2H+イオンと炭素原子が複数連なった宇宙空間特有の炭素鎖分子の1つであるシアノアセチレン(HC3N)の柱密度※比は、星がまだ生まれていない星なしコアから、星が誕生している進化が進んだ星ありコアにかけて進化が進むにつれて減少し、誕生直後の非常に若い星を見つけるのにも有効であることがわかりました。この比の減少傾向は、太陽と同程度の質量を持つ星が誕生する中小質量星形成領域で知られていたものと逆向きの傾向でした。これは、大質量星形成領域では星間ダスト上で形成された分子が大質量を取り巻くガスの中で起こる化学反応に大きな影響を早い段階から与えていることを示しています。
この結果は2月20日発行の米国の天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に掲載されました。
- 図1. 若い大質量星を取り巻く星間ダスト上で生成された分子がガスとして放出されて化学反応を起こしている想像図
[研究背景]
太陽と同程度の質量を持つ星を中小質量星というのに対して、太陽より8倍以上重い星を大質量星と呼びます。一般に、中小質量星形成領域に比べ、大質量星形成領域は地球からの距離が遠く、進化の進み具合が速いことから、観測が難しいという問題点があります。そのため、大質量星の誕生メカニズムについて未解明な点が多く残っています。観測を困難にさせるもう一つの要因として、大質量星は集団的に星が誕生している領域内で生まれる傾向にあるということが挙げられます。最近の研究では、太陽もこのような集団的に星が誕生している領域の中で生まれたという証拠が見つかってきています。
電波望遠鏡による観測ではどのような分子が多く存在しているのかを示す化学組成の情報を得ることができます。化学組成は星形成領域の進化と共に変遷し、さらに過去の情報も含んでいることから、星形成領域の進化を調べるための有益なツールとなります。すなわち、化学組成を調べることによって、どのような分子雲からどのような進化を経て現在の姿になったかを調べることができます。
太陽系の誕生した領域と類似していると考えられている大質量星形成領域の初期の化学組成とその進化を調べることは、太陽系形成過程の解明と、太陽系内の隕石や彗星から見つかっているアミノ酸を含めた有機分子の生成メカニズムの解明に役立つと言えます。しかし、今までの研究では大質量星形成領域の初期段階の化学組成や分子を用いた有用な進化の指標は確立されていませんでした。
[研究内容・成果]
今回、赤外線の観測から同定されていた将来大質量星を生むと考えられる高密度分子雲(星なしコア)と若い大質量星が付随する高密度分子雲(星ありコア)について、国立天文台の野辺山45m電波望遠鏡を用いてサーベイ観測を行いました。炭素原子が複数連なった星間空間特有の分子である炭素鎖分子は、中小質量星形成領域において星なしコアで多く、星ありコアにかけて進化が進むにつれて減少することが知られており、進化の初期段階で多くなる早期型分子の代表です。今回は、大質量星形成領域の初期の化学組成を調べるのに炭素鎖分子が有用であると想定し、炭素鎖分子の中でシアノアセチレン(HC3N)、二炭化硫黄(CCS)、 シクロプロペニデリン(cyclic-C3H2)の観測を行いました。一方で、N2H+イオンは中小質量星形成領域では星ありコアで増加するため、炭素鎖分子と共に用いることで進化の指標として使えるのではないかと考え、観測を行いました。
今回の観測で、大質量星形成領域の炭素鎖分子のサーベイ観測の中では、世界的に最も感度の高い結果を得ることができました。観測した分子の様々な組み合わせの中で、N2H+とHC3Nの柱密度比※ N(N2H+)/N(HC3N)が、大質量星形成領域の進化の指標として最も有用であることが示されました(図2)。N(N2H+)/N(HC3N)比は星なしコアから星ありコアにかけて進化が進むにつれて減少することがわかります。また、赤外線では見つけられない誕生直後の星もこの比を使うことで見つけられる可能性を示しています。
N(N2H+)/N(HC3N)比の減少傾向は中小質量星形成領域とは逆向きです。その要因について、本研究グループは中小質量星とは異なる物理環境であることを考慮すれば説明することができると見出しました。N(N2H+)/N(HC3N)比が減少するということは、HC3Nが生成され、N2H+が破壊されていることを意味します。これらの現象は、星間ダストからガスとして放出される(昇華する)分子の存在が深く関係していると推定されます。HC3Nはダストから昇華するメタン(CH4)やアセチレン(C2H2)を原料として効率的に生成されると考えられます。また、一酸化炭素(CO)は-250°C程度でダストから昇華し、N2H+の破壊に寄与することが知られています。したがって、大質量星形成領域では、中心の星が誕生した直後からダストから昇華してくる分子が大質量星を取り巻くガスの中で起こる化学反応に大きな影響を与えており、このことが中小質量星形成領域とは逆向きの進化の指標の傾向を生む要因になったと考えられます。
- 図2.
大質量星形成領域の進化の指標。縦軸はHC3Nの柱密度、横軸はN2H+とHC3Nの柱密度比を示す。星なしコアから星ありコアにかけて進化の段階を示している。星なしコアの中でも、星ありコアでよく検出される分子(CH3OH、CH3CN)やアウトフローのトレーサーであるSiOが検出されていた星なしコア(♦)は、中心に誕生直後の若い原始星が存在し、周囲の濃いダストやガスが存在するため赤外線で見つけられない天体と考えられる。
[今後の展望]
現在、バージニア大学のEric Herbst教授のグループの下で、化学反応ネットワークシミュレーションを用いて、大質量星の進化と炭素鎖分子の存在量の関係について理論的な研究を進めています。また、太陽より重く大質量星より軽い中間の質量を持つ若い星であるHerbig Ae/Be型星の化学組成について調べるサーベイ観測も野辺山45m望遠鏡で予定されています。これらの研究から、中心の星の質量だけでなく、周囲の物理環境による化学組成への影響を調べることができます。これらの情報を組み合わせることにより、太陽系がどのような初期条件を持つ分子雲から、どのような過程で形成されてきたかを調べることに繋がると考えられます。
※柱密度 :観測の視線に沿ってたし合わせた単位面積当たりの物質量のこと
[研究メンバー・研究論文]
谷口琴美(Departments of Astronomy and Chemistry, University of Virginia / Research associate, Virginia Initiative on Cosmic Origins Fellow)
齋藤正雄 (国立天文台TMT推進室)
T. K. Sridharan (Harvard-Smithsonian Center for Astrophysics)
南谷哲宏 (国立天文台野辺山宇宙電波観測所)
この結果は2月20日発行の米国の天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に掲載されました。 Taniguchi et al., “Survey Observations to Study Chemical Evolution from High-Mass Starless Cores to High-Mass Protostellar Objects II. HC3N and N2H+”
The Astrophysical Journal, 872:154 (23pp), 2019 February 20
doi: 10.3847/1538-4357/ab001e