磁気メモリデバイスの高性能化に道
2018/12/25 東京大学,電気通信大学,日本原子力研究開発機構
発表のポイント:
- 磁石の中を伝播する”磁気の壁”(磁壁)をより高速で駆動させる技術は磁気メモリの高性能化に不可欠であり、磁石に電圧を加える手法はそれを省エネルギーで実現するものとして期待されています。
- これまでは秒速1ミリメートル以下という極めて遅い速度領域でしか主な実証報告がありませんでしたが、本研究ではそれよりはるかに高速な秒速100メートルを超える速度領域において、磁壁の速度を電圧により変化させることに成功しました。
- メモリとして実用可能な速度領域における電圧による磁壁速度変化の実証は世界初であり、高速・大容量・高耐久性という特性を兼ね備えた究極のストレージメモリとして期待される「レーストラックメモリ」の実現にも大きく近づく成果です。
発表概要:
高度情報化社会を迎え扱われる情報量が爆発的に増加している現在、コンピュータ中で情報の書き込み・読み出しを行うメモリのさらなる高性能化が要求されています。2008年に、ワイヤ状に加工した磁石の中でN極およびS極(磁極)の向きをデジタル情報として担わせ、それらをシフトさせることで情報の読み出しを行う「レーストラックメモリ」がIBMから提案されました。このメモリは、磁石が本質的に有する磁極の向きを利用するので原理的に劣化が起こらず、さらに機械的動作が必要ないため高い耐久性を有するという、半導体を凌ぐ究極のメモリとして期待されています。情報のシフト速度の高速化は情報処理能力の向上に直結するため、世界中で盛んに研究されている状況です。
東京大学大学院工学系研究科の小山知弘助教、千葉大地准教授、電気通信大学の仲谷栄伸教授、日本原子力研究開発機構の家田淳一研究主幹らの研究チームは、絶縁体を介して磁石に電圧を加える「電界効果」という手法を用いて、秒速100メートルを超える高速な磁気の壁(磁壁: N極とS極の境界)の運動を制御することに世界で初めて成功しました。これまでは秒速1ミリメートル以下の遅い磁壁移動について主に研究されてきましたが、本研究成果はメモリとして実用可能な速度領域において、電圧を用いた情報シフトの高速化が可能であることを実証した世界で初めての成果であり、レーストラックメモリのさらなる高速化・省エネ化を実現する技術に繋がるものとして期待されます。
本成果は、2018年12月21日(米国時間)に、米国オンライン科学雑誌「Science Advances」に掲載されました。なお、本研究は科研費若手研究(A)他の支援を受けて実施されました。
発表内容:
[研究の背景]
磁石をミクロな視点で見てみると、N極とS極の向きがそろった小さな磁石(磁区)の集合体であり、それぞれの磁区は磁壁と呼ばれる磁気の壁により隔てられています。鉄などの磁石が磁気を帯びる現象にはこの磁壁の移動現象が関わっており、その性質を理解する目的で古くから研究されてきました。また、一つ一つの磁区にデジタル情報を担わせ、それらをシフトさせることで情報の読み出しを行う「レーストラックメモリ(Race-Track Memory: RTM)」(図1)が近年注目されていますが、その特性向上のためには磁区シフト(すなわち磁壁移動)をより高速に行うことが不可欠です。RTMの高速動作を実現すべく、磁壁移動速度のさらなる向上を目指して世界中の研究チームがしのぎを削っています。磁壁が速く動きそうな磁石材料をしらみつぶしに調べていくという材料探索が主流となっている中、本研究グループは外部から磁石の性質を制御することで(材料を変えることなく)磁壁移動を高速化できないかと考え、研究を行ってきました。
図1 レーストラックメモリ(RTM)の概念図。ワイヤ状に加工した磁石の中にN極、S極をそれぞれ1、0のデジタル情報を担わせ、それらを読み出し端子まで移動させて情報にアクセスする。HDDのように読み出しヘッドで情報を「読みに行く」方式とは異なり、「情報そのものが移動する」ため可動部分が不要となり耐久性に優れる。N極とS局の境界にある「磁気の壁(磁壁)」の移動速度がメモリの動作速度を決定する。
[研究内容]
本研究グループは、絶縁体を介して材料と金属電極間に電圧を加えることにより材料の特性を外部から制御する「電界効果」という手法に注目しました(図2)。材料として膜厚が数原子層程度の極薄な磁石を用いると、電界効果により磁力や磁気異方性(磁気の特定方向への向きやすさを表す量)を制御できることが知られています。この手法は電圧をかける瞬間を除いて素子に電流が流れないため、極めてエネルギー消費が少ない磁性の制御方法であることが大きな特徴です。本研究では、磁石であるコバルト(Co)薄膜を白金(Pt)およびパラジウム(Pd)という重金属と積層させたPt/Co/Pd磁石を材料として用い、絶縁体(酸化ハフニウム)、金電極からなるコンデンサ構造を作製し実験を行いました(図2)。加える電圧の大きさを変えながらPt/Co/Pd磁石における磁壁移動速度を測定しました。
図3は±15 Vの電圧印加下で測定された磁壁移動速度の磁界依存性を示しています。+15 Vを加えている場合に比べ、-15 Vを加えている状態では同じ磁界に対して磁壁がより速く移動していることがわかります。また、秒速100メートルを超える高速な磁壁移動に電圧を加えることにより明確に制御できていることがわかりました。これまで、秒速1ミリメートル以下の「遅い」磁壁移動を電圧で制御できることは知られていましたが、本研究成果はその10万倍もの速度で運動する磁壁ですらも電圧制御可能であることを示した世界で初めての成果です。さらに詳細な測定を行った結果、原子レベルに薄い磁石が持つジャロシンスキー・守谷相互作用(DMI:注1)というエネルギーの大きさが電圧により変化していることが、磁壁速度変化の起源であることを突き止めました。DMIの電圧変調により、高速な磁壁移動を制御できることを実証した点も世界初の成果となります。
図2 本実験で用いた試料構造。絶縁体(酸化ハフニウム)をPt/Co/Pd(白金/コバルト/パラジウム)磁石および金電極で挟み込んだコンデンサ構造となっており、絶縁体を介して磁石に電圧を加えることができる。独自に開発したパルス磁界発生装置を用いて外部磁界をパルス的に発生させ、それによる上向き磁区の広がりから磁壁速度を測定した。
図3 ±15 Vの電圧下における磁壁移動速度の外部磁場依存性。電圧印加により速度が変化していることがわかる。
[社会的意義・今後の予定]
本研究成果は、電圧による磁壁移動の高速化の可能性を、メモリとして実用可能な速度領域で実証した世界で初めての成果であり、RTMの高速化・省エネ化を実現するための大きな一歩であると言えます。今後は、より大きな移動速度の制御が可能な材料系の探索を行いつつ、電流により駆動される磁壁移動の電圧コントロールにも挑戦する予定です。電流駆動の場合は磁壁移動そのものの「オン/オフ」制御(例えば、電圧を加えているときだけ磁壁が全く動かなくなるような状況を作ること)が可能になると考えており、磁壁を用いた不揮発性論理回路の実現など新たな展開も期待できます。
発表雑誌:
雑誌名:「Science Advances」
論文タイトル:Electric field control of magnetic domain wall motion via modulation of the Dzyaloshinskii-Moriya interaction
著者:Tomohiro Koyama*, Yoshinobu Nakatani, Jun’ichi Ieda, Daichi Chiba
用語解説:
(注1)ジャロシンスキー・守谷相互作用(DMI)
構造反転対称性が破れた材料において、隣り合うスピン(磁気)の方向を捻じる相互作用。厚さが原子層レベルの極薄磁石と重金属(白金など)の積層界面においてもDMIが生じることが2013年に発見され、特異なスピン構造を発現させる起源として注目を集めている。