2024-03-04 東京大学
○発表のポイント:
◆第3の固体「準結晶」の原子配列秩序をもったファンデルワールス層状物質が超伝導性を示すことを発見した。
◆ファンデルワールス層状物質は、構造の二次元性を反映した特異な物性、及びそれを利用した新奇デバイス開発への期待から、近年盛んに研究されているが、従来研究対象となっていたものはいずれも「結晶」である。今回世界で初めて、ファンデルワールス層状「準結晶」の低温物性を調べ、超伝導を発見した。
◆この発見は、未解明の準結晶超伝導の発現機構の解明につながるものと期待される。また、本研究は、この新物質群の物性研究の足がかりとなるもので、これを利用した新奇デバイスの開発につながることが期待される。
超伝導が発見されたTa-Te系ファンデルワールス層状準結晶の構造。
積層方向(左)とそれと垂直方向(右)から見た図
○概要:
東京大学 生産技術研究所の徳本 有紀 講師、枝川 圭一 教授らの研究グループは、東京理科大学 先進工学部の田村 隆治 教授らのグループと共同で、結晶、アモルファス(注1)とは異なる第3の固体「準結晶(注2)」の構造秩序をもったタンタル-テルル(Ta-Te)系ファンデルワールス層状物質(注3)の低温電子物性を調べ、この物質が1K以下の温度域で超伝導性を示すことを発見しました。
ファンデルワールス層状物質は、構造の二次元性を反映した特異な物性、及びそれを利用した新奇デバイス開発への期待から、近年、盛んに研究されていますが、従来研究対象となっていたものはいずれも周期的な原子配列をもった「結晶」です。結晶とは本質的に異なる原子配列秩序をもったファンデルワールス層状「準結晶」において、今回世界で初めて、超伝導が発見されました。この発見は、未だ解明されていない準結晶超伝導の発現機構の解明につながるものと期待されます。また、本研究は、この新物質群の物性研究の足がかりとなるもので、これを利用した新奇デバイスの開発につながることが期待されます。
本成果は、2024年3月1日午前10時(英国時間)に「Nature Communications」のオンライン版で公開されました。
○発表内容:
ファンデルワールス層状物質は、構造の二次元性を反映した種々の興味深い物性を示し、次世代の電子デバイス・光デバイス開発への期待から、近年盛んに研究されています。従来研究対象となっているファンデルワールス層状物質は、いずれも「結晶」です。一般に、固体は、原子配列の秩序性の違いで、大きく3つに分類することができます。1つ目は周期的な原子配列をもった「結晶」で、2つ目は原子配列に明確な秩序が存在しない「アモルファス」、3つ目が「結晶」のもつ周期性とは本質的に異なる特殊な原子配列秩序をもった「準結晶」です。今回我々は、第3の固体「準結晶」の秩序をもったファンデルワールス層状物質、すなわち、ファンデルワールス層状準結晶を作製し、その低温電子物性を調べました。その結果、この物質が1K以下の温度域で超伝導性を示すことを発見しました。
作製したTa-Te系ファンデルワールス層状準結晶の電子回折図形を図1に示します。この回折図形は、輝点で構成されており、原子配列に長距離秩序があることがわかります。すなわちこの物質がアモルファスではないことを示しています。またこの回折図形は12回回転対称性をもっています。すなわち1周の1/12の回転操作(角度30ºの回転操作)の前後で図形が変化しません。12回回転対称性は周期性と共存できず、従って、この物質は結晶でもありません。以上述べた電子回折図形の特徴は、この物質が準結晶であることを示しています。
図1:Ta-Te系ファンデルワールス層状準結晶の電子回折図形
輝点が12回回転対称に分布しており、これは準結晶に特徴的な回折図形である。
図2に、低温域の電気抵抗率、磁化率、比熱の温度依存性の測定結果を示します。電気抵抗率は転移温度Tc≈1Kより低温側でゼロとなっており、超伝導が起こっていることがわかります。磁化率には超伝導体のシールディング効果(注4)による反磁性、比熱には超伝導相転移に伴う「とび」がみられます。反磁性の大きさ、比熱のとびの大きさから試料全体が超伝導となっていることがわかり、超伝導が何らかの不純物相に由来するものではなく、ファンデルワールス層状準結晶の超伝導であることが明確に示されました。
図2:電気抵抗率(左)、磁化率(中央)、比熱(右)の温度依存性の測定結果
Tc≈1Kで超伝導転移していることがわかる。
準結晶は、1984年に発見されて以来、この40年間で、その構造、物性に関して多くの研究がなされてきましたが、超伝導については、ごく最近、2018年に三次元的に正二十面体対称性をもったアルミニウム-亜鉛-マグネシウム(Al-Zn-Mg)系準結晶合金で初めて発見されました[1]。従って、今回我々が発見した超伝導は、ファンデルワールス層状準結晶では初めてですが、準結晶物質全体では2例目になります。ここ数年で多くの理論研究がなされ、準結晶超伝導の理論モデルが提唱されていますが、その実験的検証は未だなされていません。Al-Zn-Mg系準結晶合金の超伝導転移温度はTc≈0.05Kと極めて低く、実験手段が限られるのに対し、本研究のTa-Te系ファンデルワールス層状準結晶のTcは、それと比べて20倍ほど高く、実験が比較的容易で、理論モデルの実験的検証に、はるかに有用です。また本研究は、ファンデルワールス層状準結晶という新しい物質群の物性研究の足がかりとなるもので、今後、構造二次元性や準結晶構造秩序の特異性を反映した他の物質群にはない新奇物性が開拓され、それを利用した新奇デバイスの開発につながることが期待されます。
参考文献
[1] K. Kamiya et al., Discovery of superconductivity in quasicrystal. Nat. Commun. 9,154 (2018).
○発表者・研究者等情報:
東京大学
生産技術研究所
枝川 圭一 教授
徳本 有紀 講師
上村 祥史 助教
大学院工学系研究科
中川 直 修士課程(研究当時)
浜野 晃太朗 修士課程
東京理科大学 先進工学部
田村 隆治 教授
鈴木 慎太郎 助教(研究当時)
○論文情報:
〈雑誌名〉Nature Communications
〈題名〉Superconductivity in a van der Waals layered quasicrystal
〈著者名〉Yuki Tokumoto*, Kotaro Hamano, Sunao Nakagawa, Yasushi Kamimura, Shintaro Suzuki, Ryuji Tamura and Keiichi Edagawa* (*印は、責任著者)
〈DOI〉10.1038/S41467-024-45952-2
○研究助成:
本研究は、「JST-CREST(課題番号:JPMJCR22O3)」、科研費「新学術領域研究(課題番号:JP19H05821)」、「基盤研究(C)(課題番号:JP23K04355)」の支援により実施されました。
○用語解説:
(注1)アモルファス
長距離原子配列秩序(最隣接原子間距離に比べて十分長距離にわたる原子配列秩序)をもたない物質の総称。「アモルファス」は本来形容詞で、「アモルファス固体」や「アモルファス物質」とよぶのが正しいが、日本では、慣習的に「アモルファス」を名詞として用いることが多い。
(注2)準結晶
1984年にイスラエルのシェヒットマンによってアルミニウム-マンガン(Al-Mn)急冷合金中に発見された新物質。この発見により、2011年に、ノーベル化学賞がシェヒットマンに授与された。従来、固体は原子配列の秩序性の観点から結晶とアモルファスに大別されていたが、準結晶は、それらのどちらとも異なる原子配列秩序をもち、第3の固体とよばれる。結晶は、周期的原子配列をもつ物質の総称で、アモルファスは、長距離原子配列秩序をもたない物質の総称である。準結晶は、準周期性とよばれる、結晶がもつ周期性とは異なる長距離原子配列秩序と5回、10回、12回などの結晶に許されない回転対称性をもつ。
(注3)ファンデルワールス層状物質
二次元単位層が、それと垂直な方向に、分子間力の一種である弱いファンデルワールス力で結びついて積層した構造をもった物質の総称。
(注4)シールディング効果
外部磁場を印加していない状態で超伝導体を超伝導転移温度以下まで冷却した後、低磁場を印加すると、超伝導体の表面に遮蔽電流が流れ外部磁場の侵入を防ぐ現象。このことは、超伝導体が完全反磁性を示す、と言い換えることができる。つまり、外部磁場が超伝導体の内部でちょうど打ち消されるように、超伝導体は磁化される。
○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
教授 枝川 圭一(えだがわ けいいち)
東京大学 生産技術研究所
講師 徳本 有紀(とくもと ゆき)
東京大学 生産技術研究所 広報室
科学技術振興機構 広報課
<JST事業に関すること>
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
安藤 裕輔(あんどう ゆうすけ)