「磁気トムソン効果」の直接観測に世界で初めて成功

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熱・電気・磁気変換現象に関する新たな物性・機能開拓へ道

2020-09-03 産業技術総合研究所

概要

  1. NIMSは、産総研と共同で、温度差を付けた導電体に電流を流すと生じる吸熱・発熱(トムソン効果)が磁場に依存して変化する現象「磁気トムソン効果」を直接観測することに世界で初めて成功しました。本研究により、熱エネルギーを制御するための新たな機能・技術の創出や、熱・電気・磁気変換現象に関する基礎物理および物質科学のさらなる発展が期待されます。
  2. トムソン効果は、熱電変換技術として広く研究されているゼーベック効果やペルチェ効果と並び、金属や半導体における基本的な熱電効果の1つとして古くから知られています。しかし、ゼーベック効果やペルチェ効果に対する磁場・磁性の影響は長年の研究により明らかにされてきましたが、トムソン効果が磁場や磁性にどのように依存するかは、測定・評価の難しさもあり、これまで研究が進んでいませんでした。
  3. 今回、NIMSを中心とする研究チームは、ロックインサーモグラフィー法(1)と呼ばれる熱計測技術を用いて、導電体に温度差と磁場を与えながら、電流を流した際に生じる吸発熱現象を精密に測定しました。その結果、導電体に温度差と電流の両方に比例した吸熱・発熱が生じ、それに伴う温度変化が磁場を印加することで増強される振る舞いが観測されました(図1)。系統的な測定を行うことで、観測された吸熱・発熱信号の磁場依存性が磁気トムソン効果に由来するものであることを実証しました。今回の実験に用いたビスマス・アンチモン(BiSb)合金における磁気トムソン効果は非常に大きな熱電能を示し、ゼーベック効果やペルチェ効果と同等の出力を示すことが明らかになりました。図1図1 トムソン効果および磁気トムソン効果の概念図

     

  4. 本研究により、磁気トムソン効果の基本的な性質が明らかになり、その計測・評価技術が確立されました。今後、磁気トムソン効果に関する物理・材料・機能探索を進めることで、電子デバイスの効率向上・省エネルギー化に資する熱マネジメント技術(2)への応用展開や、熱・電気・磁気の相互作用がもたらす新しい物理現象の観測を目指していきます。
  5. 本研究は、NIMS 磁性・スピントロニクス材料研究拠点 スピンエネルギーグループの内田健一グループリーダー、井口亮主任研究員、三浦飛鳥JSPS特別研究員、産総研 省エネルギー研究部門 熱電材料物性グループの村田正行主任研究員によって行われました。本研究は主に、JSPS科学研究費助成事業 基盤研究(B) (19H02585)、JST戦略的創造研究推進事業 CREST (JPMJCR17I1)、NEDO先導研究プログラム 未踏チャレンジ2050 (P14004)の一環として行われました。本研究成果は、アメリカ東部時間2020年9月2日10時(日本時間2日23時)にアメリカ物理学会の学術誌「Physical Review Letters」にオンライン掲載されます。また、本論文は同誌のEditors’ Suggestionに選出されています。

研究の背景

熱エネルギーと電気エネルギーの相互変換を可能にする熱電効果は、環境発電技術(3)や電子冷却技術(4)の動作原理として長年盛んに研究されています。これらの技術は主に、温度差に比例した電圧が生じるゼーベック効果や、電流に比例した吸熱・発熱が生じるペルチェ効果によって駆動されます。トムソン効果は温度差を付けた導電体に電流を流すと吸熱もしくは発熱が生じる現象であり、イギリスの物理学者ウィリアム・トムソン(ケルビン卿)によって1851年に発見されました。トムソン効果によって生成される吸熱・発熱は与えた温度差と電流の両方に比例し、2種類の物質の接合を必要とするゼーベック効果・ペルチェ効果とは異なり、トムソン効果による熱電変換は単一物質で動作します。しかし、トムソン効果はゼーベック効果の性能を決めるための補助的な手段として利用されることがあるものの、基礎・応用研究ともに研究報告は限定的でした。

ゼーベック効果・ペルチェ効果・トムソン効果に加えて、磁場を印加した導電体や磁化を持つ磁性体においては、多彩な熱電効果が発現します(図2)。熱流と電流の相互作用に磁場や磁性(スピン(5))の性質を取り入れることで、新たな物理原理や機能性の創出を目指す学問は、スピンカロリトロニクス(6)と呼ばれています。スピンカロリトロニクスは2008年以降急速に発展してきた分野であり、これまでの研究によってさまざまな熱流-電流変換現象が実験・理論の両面から研究されてきました。一方、磁場や磁性がトムソン効果に与える影響はこれまで明らかにされておらず、トムソン効果の計測・評価手法も十分に確立されていないのが現状でした。

図2

図2 熱・電気・磁気の相互作用がもたらす熱電効果の代表例
線形応答現象であるゼーベック効果やペルチェ効果の場合は入力に比例した出力が生じますが、温度差と電流の両方に比例するトムソン効果は非線形の熱電効果に分類することができます。これまでスピンカロリトロニクス分野では磁化やスピンがもたらすさまざまな線形応答現象が研究されてきましたが、非線形熱電変換に関する実験研究は報告されていませんでした。

研究内容と成果

今回、内田グループリーダーらは、磁場を印加した導電体においてトムソン効果の性能が変調される現象「磁気トムソン効果」の直接観測に世界で初めて成功しました。本研究では、磁気トムソン効果を観測するために、ゼーベック効果が磁場に強く依存することが知られているBiSb合金を試料として用いました。BiSb合金を棒状に加工して、中心部にヒーターを取り付けることで、図1に模式的に示したように試料の領域Aと領域Bで温度勾配の方向が反転する状況を作りました。この試料に電流を流すと、トムソン効果が発現すれば領域Aと領域Bにそれぞれ逆符号の温度変化が生じます。トムソン効果に由来する温度変化が外部磁場によって変化すれば、磁気トムソン効果を実証できたことになります。

本実験では、ロックインサーモグラフィー法と呼ばれる熱イメージング技術を利用することで、BiSb合金試料に電流を流した際の温度分布を測定することにより、磁気トムソン効果を観測しました(図3(a))。磁気トムソン効果の存在を実証するためには、トムソン効果に由来する温度変化と、その他の熱電効果(図2参照)やジュール熱などによるバックグラウンド信号とを分離しなければなりませんが、従来のサーモグラフィー法ではこれらの信号の重ね合わせを測定してしまいます。一方、ロックインサーモグラフィー法では、試料に周期的に変化する電流を印加しながら赤外線カメラを用いて表面の温度分布を測定し、フーリエ解析(7)によって電流と同じ周波数で時間変化する温度変化だけを選択的に抽出することで、熱電効果に由来する信号のみを可視化することができます(図3(a),(d))。トムソン効果に由来する信号は試料に温度勾配と電流の両方を与えた際に生じるのに対し、その他の熱電効果に由来する信号は温度勾配がなくても生じるため、観測された熱画像のヒーター出力依存性を測定することにより、トムソン効果の寄与を正確に評価することができます。この手法を用いて、BiSb合金試料に生じる温度変化が磁場印加によってどのように変化するのか詳細に測定・評価しました。

実験の結果、BiSb合金試料において、正の温度勾配を付けた領域Aと負の温度勾配を付けた領域Bとで符号反転する吸熱・発熱信号が観測されました(図3(b))。この吸熱・発熱信号の符号反転は図1に模式的に示したトムソン効果の振る舞いと整合しており、その特徴である<吸熱・発熱信号の大きさが温度勾配と電流の両方に比例する>という特徴も満たしていたことから、ロックインサーモグラフィー法によりトムソン効果を測定できたことがわかります。磁場を印加しながら同様の測定を行ったところ、図3(c)に示したようにトムソン効果に由来する吸熱・発熱信号が大幅に増大することが明らかになりました。トムソン効果の増強は0.9 Tの磁場で90%以上にも達しており(図3(e))、BiSb合金においては磁気トムソン効果の寄与が磁場に依存しない成分に匹敵するほど大きいことが示されました。

図3

図3 ロックインサーモグラフィー法による磁気トムソン効果の熱イメージング計測
(a) ロックインサーモグラフィー測定の概念図。(b),(c) BiSb合金試料におけるトムソン効果の測定結果。ロックイン振幅像がトムソン効果に由来する温度変化信号の大きさを表し、ロックイン位相像がその符号を表します。磁場を印加することにより、ロックイン振幅像における温度変化が増大します。(d) 矩形波交流電流を試料に流した際に生じるトムソン信号の時間変化。電流と同じ周波数で変動する温度変化のみを抽出した結果が、ロックイン振幅像・位相像として出力されます。(e) BiSb合金試料におけるトムソン信号の磁場依存性。

今後の展開

磁気トムソン効果が初めて観測されたことで、熱電分野やスピンカロリトロニクスの基礎科学・応用技術のさらなる発展が期待されます。これまでトムソン効果の応用対象は限られていましたが、今回磁気トムソン効果が従来の熱電効果(ゼーベック効果・ペルチェ効果)に匹敵する大きな出力を示すことが見出されたため、熱・電気・磁気の相互作用がもたらす新たな熱エネルギー制御技術の創出に繋がる可能性があります。

基礎科学面における重要な進展としては、トムソン効果およびその磁場・磁化依存性を評価するための汎用性・信頼性・再現性の高い計測法が確立されたという点が挙げられます。本研究では非磁性の導電体に外部磁場を与えることによって生じる磁気トムソン効果を観測しましたが、図2に例を示したように、スピンカロリトロニクス分野には未だ観測・開拓されていない物理現象が眠っており、磁性体やその複合構造においては磁化・スピンに依存したトムソン効果が発現すると期待されています。今回確立した計測・評価技術を駆使して、新たなスピンカロリトロニクス現象の開拓と、それに基づく熱電変換機能の実証を今後進めていきます。

掲載論文

題目:Observation of the Magneto-Thomson Effect
著者:Ken-ichi Uchida, Masayuki Murata, Asuka Miura, and Ryo Iguchi
雑誌:Physical Review Letters
掲載日時: アメリカ東部時間2020年9月2日10時(日本時間2日23時)

用語解説

(1) ロックインサーモグラフィー法
サーモグラフィー法の一種であり、主に集積回路の動作・欠陥解析用途に利用されている技術。ロックインサーモグラフィー法では、試料に周期的に変化する電流を印加しながら赤外線カメラを用いて表面の温度分布を測定し、電流と同じ周波数で時間変化する温度変化だけを選択的に抽出することで高感度な熱イメージングを実現している。近年では、スピンカロリトロニクスや熱電変換の基礎研究にも利用されている。
(2) 熱マネジメント技術
熱エネルギーを制御または有効利用することで省エネルギー化・高効率化を行う技術の総称。その対象は、電子デバイス、自動車からIT、住宅まで幅広いが、特に近年の電子デバイスの小型化・高性能化に伴ってその重要性が増してきている。
(3) 環境発電技術
廃熱、体温、太陽光、室内光、振動、電磁波など、身の回りにあるわずかなエネルギーを電力に変換する技術の総称。エネルギーハーベスティング技術とも呼ばれる。IoTや小型IT機器の自立型電源としての応用が期待されている。特に、熱電効果を利用した発電素子は、スマートウォッチ用の電源や暖房用の無電源ファンとして実用化されている。
(4) 電子冷却技術
熱電効果(主にペルチェ効果)を利用した冷却技術の総称。身近なものでは小型冷蔵庫やネッククーラー、さらにPCR検査に使われるサーマルサイクラーなどの温度調整素子として応用されている。
(5) スピン
電子が有する自転のような性質をスピンと呼ぶ。スピンは磁気の発生源であり、スピンが一方向に揃った材料が磁石(磁性体)になる。
(6) スピンカロリトロニクス
スピンと電流・熱流の相互作用に関する新しい物理原理や工学応用を開拓する研究分野。2008年にスピンゼーベック効果と呼ばれる熱流からスピンの流れが生じる物理現象が日本で発見されたことを契機に、世界中で急速に発展した学問である。
(7) フーリエ解析
ここでは狭義の意味として、元の信号からある周波数で振動している成分のみを抽出する解析手法のことを指す。
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