西アフリカ半乾燥地域の重要作物ササゲに対する気候変動の影響を収量予測モデルにより推定~干ばつとともに過湿への対策が必要になることを示唆~

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2023-11-22 国際農研,農研機構,国立環境研究所,東京大学,ブルキナファソ農業環境研究所

ポイント

  • 西アフリカの重要作物ササゲの圃場栽培データに基づき、乾燥や過湿条件での収量予測精度を改善
  • 気候変動により西アフリカ半乾燥地域では降雨頻度が増すと予測され、過湿になりやすい土壌では多雨年にササゲ収量が低下すると推定
  • 西アフリカ半乾燥地域では干ばつだけでなく、過湿への対策も必要になることを示唆

概要

国際農研、農研機構、国立環境研究所、東京大学、ブルキナファソ農業環境研究所(INERA)の共同研究グループは、西アフリカの重要なタンパク質源であるマメ科作物のササゲについて、現地の詳細な栽培試験データを適用することで、乾燥ならびに過湿条件下における収量予測モデル1)の精度を改善するとともに、最新の全地球的な気候変動を予測する第6期結合モデル相互比較プロジェクト(CMIP6)2)および地球温暖化対策に資するアンサンブル気候予測データベース(d4PDF)3)を用いて、今世紀半ばまでの収量変動を推定しました。
その結果、西アフリカの半乾燥地域では、今後も引き続き干ばつは生じるものの、その被害は軽減する一方、降雨日数が増加し、土壌の過湿による被害が深刻化するとの予測が示されました。
従来の収量予測モデルは、環境ストレスの影響が少ない地域での栽培試験データに基づくものが多く、その利用は先進国に限られていました。アフリカなど開発途上地域では、収量予測モデルの検証や改善に必要となる詳細な圃場試験データが得られない場合が多く、アフリカの厳しい農業環境を反映した収量予測モデルを開発し、将来の気候変動が作物生産へ及ぼす影響を推定することは容易ではありません。
今後、半乾燥地域において降雨が増加し、ササゲの過湿被害が拡大することを示した今回の推定結果は、気候変動がアフリカ貧困地域の食料生産に及ぼす影響について新たな知見をもたらすとともに、干ばつだけでなく湿害にも強い品種開発など、湿害対策の必要性を喚起するきっかけになると期待されます。

本研究成果は、国際科学専門誌「Agricultural and Forest Meteorology」(日本時間2023年11月20日)に掲載されました。

関連情報

本研究は、国際農研運営費交付金プロジェクト「アフリカ小規模畑作システムの安定化に資する生産性・収益性・持続性を改善する土壌・栽培管理技術の開発」、文部科学省気候変動予測先端研究プログラム(JPMXD0722680395)の支援を受けて行われました。

発表論文

論文著者
Iizumi, T., Iseki, K., Ikazaki, K., Sakai, T., Shiogama, H., Imada, Y., Batieno, B.J.
論文タイトル
Increasing heavy rainfall events and associated excessive soil water threaten a protein-source legume in dry environments of West Africa
雑誌
Agricultural and Forest Meteorology
DOI : https://doi.org/10.1016/j.agrformet.2023.109783<?XML:NAMESPACE PREFIX = “[default] http://www.w3.org/2000/svg” NS = “http://www.w3.org/2000/svg” />

問い合わせ先など

国際農研(茨城県つくば市) 理事長 小山 修
研究推進責任者:
国際農研 プログラムディレクター 中島 一雄
研究担当者:
国際農研 生物資源・利用領域 井関 洸太朗
国際農研 生産環境・畜産領域 伊ヶ崎 健大
国際農研 社会科学領域 酒井 徹
広報担当者:
国際農研 情報広報室長 大森 圭祐

農研機構
研究担当者:
農業環境研究部門 気候変動適応策研究領域 飯泉 仁之直
広報担当者:
農業環境研究部門 研究推進部研究推進室 杉山 恵
国立環境研究所
研究担当者:
地球システム領域 塩竈 秀夫
広報担当者:
企画部広報室
東京大学
研究担当者:
大気海洋研究所 今田 由紀子
広報担当者:
東京大学大気海洋研究所
附属共同利用・共同研究推進センター広報戦略室

開発の社会的背景

サハラ砂漠の南に位置するアフリカ西部には、スーダン・サバンナと呼ばれる年間降水量が600~1,000mm程度の半乾燥地域が広がり、最貧国とされるブルキナファソ、マリ、ニジェールなどが含まれます。これらの地域では雨が少ないために栽培可能な作物が限られており、乾燥に強いマメ科作物のササゲが広く栽培されています。しかし、土が貧栄養であるため、単位面積当たりの収量は極めて低く(ヘクタール当たり0.7トン)、今後、気候変動による豪雨や干ばつなど極端気象の影響が顕在化することが懸念されています。このため、将来の生産変動の予測やその要因の特定など、気候変動への対策が急務となっています。

研究の経緯

本研究で用いた作物収量予測モデルは、雨量や気温などの気象情報と土の肥沃度や水分保持に関する情報を入力することで収量を推定します。同様の収量予測モデルはこれまでに数多く開発され、農業の様々な場面で活用されています。しかし、従来のモデルは、環境ストレスが少ない好適な栽培環境に特化していたため、アフリカの厳しい栽培環境で生育する作物に適用することは容易ではありませんでした。本研究では、国際農研がこれまでにブルキナファソで蓄積したササゲの栽培データを農研機構が開発した収量予測モデルに適用することで、干ばつや過湿条件での予測精度を改善しました。さらに、国立環境研究所や東京大学などが開発に貢献してきたCMIP6および地球温暖化対策に資するd4PDFを使用して、今世紀半ばまでのササゲ収量に対する気候変動の影響を推定しました。

研究の内容・意義

本研究で得られた成果は、1. 作物収量予測モデルの改善、2. 西アフリカの降水パターン変化の解析、3. 極端気象発生時におけるササゲ生産被害の予測の3点です。

  1. 作物収量予測モデルの改善
    作物の環境応答は、同じ気象条件であっても土の種類(土壌型)によって大きく異なります。しかし、西アフリカ半乾燥地域では、土壌型と作物の生育応答との関係に関する情報が少ないことが収量予測モデルの推定精度の改善を妨げてきました。国際農研は、INERAとの国際共同研究により、当該地域を代表する2種類の土壌型リキシソル(LX)4)とプリンソソル(PT)5) (図1)の養分特性と水分保持特性を明らかにし、比較的肥沃で保水性の高い土壌LXと肥沃度が低く保水性の低い土壌PTの分布および地形との関係を明示しました。次に、この2種類の土壌型において、4年間にわたり20品種のササゲを栽培し、土壌型による干ばつや過湿害の発生程度の差異を定量化しました。この栽培データを活用することで作物収量予測モデルの精度を改善し、土壌型に応じた信頼性の高い収量予測を可能としました。
  2. 西アフリカの降水パターン変化の解析
    本研究により、ササゲ生育期間(7月下旬~10月中旬)において、近年、西アフリカでは日降水量が30mm以上となる降雨頻度が増加しており、その傾向が今世紀半ばまで続く可能性が高いことが分かりました。d4PDFの解析結果(図2左)では、人間活動に起因する地球温暖化の影響によって、1990~2019年にかけて降雨日数の増加が見られました。また、CMIP6の解析結果では、降雨日数の増加傾向は今世紀半ば(2020~2049年)まで継続する予測結果を得ました(図2右)。地球温暖化の影響は今後も続くと想定されることから、降雨の増加に関する将来予測の信頼性は高いと考えられます。
  3. 極端気象発生時におけるササゲ生産被害の予測
    本研究で改良した収量予測モデルにCMIP6の結果を当てはめることで、現在(1990~2019年)および今世紀半ばまで(2020~2049年)の多雨と干ばつ発生時の収量を、LXとPTのそれぞれの土壌型ごとに推定しました(図3)。その結果、干ばつ発生時のササゲの収量低下は、土壌型によらず現在より軽減されることが示唆された一方、比較的肥沃で保水性の高い土壌(LX)では、多雨年における過湿被害が現在よりも深刻化する結果を得ました。

今後の予定・期待

西アフリカ半乾燥地域を対象としたこれまでの研究や報道では、主に農作物に対する干ばつ被害の影響が注目されてきました。今回の予測では、近い将来降雨が増加し、土壌型によっては作物の過湿被害が拡大することを示しました。この結果は、アフリカにおける気候変動リスクに新たな知見をもたらすものであり、アフリカ貧困地域の食料生産に及ぼす影響を最小化する湿害対策の必要性を喚起するきっかけになると期待されます。

用語の解説
1) 収量予測モデル
作物の生理・生態的な生育過程を数式で表現したコンピュータ・シミュレーション・モデルのことです。気象や土壌、品種、栽培管理についての入力データに基づいて、日々の葉や茎の伸長、収量の形成を計算します。
2) 第6期結合モデル相互比較プロジェクト(CMIP6)
Coupled Model Intercomparison Project Phase 6の略で、2021年8月に政策決定者向け要約が公表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)による第6次評価報告書の第1次作業部会報告書(自然科学的根拠)で使用された最新の気候変動予測のことです。
3) 地球温暖化対策に資するアンサンブル気候予測データベース(d4PDF)
d4PDF気候予測データベースでは、過去69年間(1951~2019年)の気候を再現し、1850年以降に人為起源の温室効果ガスが排出されなかった場合の仮想的な気候と比較することで、人為起源の温室効果ガスが気候変動に与える影響を調べることができます。
4) リキシソル(LX)
国際土壌科学連合(International Union of Soil Sciences)の世界土壌照合基準(World Reference Base for Soil Resources)による土壌分類名の一つ「Lixisols」です。西アフリカ半乾燥地の中では比較的養分に富み、保水性も高いため、作物収量は最も多い一方で、排水性が悪いため、ササゲでは過湿害が発生しやすいです。
5) プリンソソル(PT)
国際土壌科学連合の世界土壌照合基準による土壌分類名の一つ「Plinthosols」です。養分をあまり含まず保水性も低いため、作物収量は最も少ない一方で、排水性が良いため、ササゲでは過湿害が発生しにくいです。

西アフリカ半乾燥地域の重要作物ササゲに対する気候変動の影響を収量予測モデルにより推定~干ばつとともに過湿への対策が必要になることを示唆~
図1. 西アフリカ半乾燥地域の代表的な土(上)とその分布(下)
リキシソル(LX)はプリンソソル(PT)よりも過湿害を受けやすく、この2種類の土壌型は西アフリカ全域に広く分布します(下図は、FAO/UNESCO (1971~1981)を改変)。


図2. 西アフリカにおける人間活動による降雨日数の変化とその将来予測
ササゲの生育期間(7月下旬~10月中旬)における降雨日数の変化です。左図は現在(1990~2019年)を対象に、d4PDFデータベースの解析から得られた、人間活動がなかったと仮定した場合の仮想的な気候と、実際の気候を比較し、降雨日数の違いを示したものです。降雨日数の変化は人間活動の影響によるものと解釈できます。右図は、現在と比較した将来(2020~2049年)の変化予測で、CMIP6シミュレーションの解析結果によるものです。

図3. 異なる土壌型における極端気象発生時のササゲ収量の比較
極端な過湿および干ばつ発生時におけるLX土壌およびPT土壌での収量低下率を、現在(1990~2019年)と将来(2020~2049年)で比較したものです。

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