2018/09/18 大阪大学,科学技術振興機構(JST)
ポイント
- ヒ化インジウム(InAs)自己形成量子ドットにおいて単一電子検出を世界で初めて実現。
- 近接するもう1つの自己形成量子ドットを電荷計に用いる独自の方法を開発。
- 量子コンピュータや量子通信デバイスへの応用に期待。
大阪大学 産業科学研究所の木山 治樹 助教、松本 和彦 特任教授、大岩 顕 教授らの研究グループは、東京大学 生産技術研究所の平川 一彦 教授のグループと共同して、電子線描画による電極作製の精密な位置合わせを実現することで、ヒ化インジウム(InAs)注1)自己形成量子ドット注2)に出入りする単一電子の電荷検出に世界で初めて成功しました。
InAs自己形成量子ドットは量子ドットレーザー注3)としてすでに応用されています。また本研究で用いた表面に析出したInAs自己形成量子ドットは、直接、金属電極を取り付け単一電子トランジスタとして動作し、液体窒素温度注4)以上の高温動作(Shibata APL(2008))やバンドギャップが通信波長帯に近いことから、高温で動作する量子情報装置注5)のための量子ビット注6)として期待されてきました。
大岩教授らの研究グループは、基板表面にランダムに位置するInAs自己形成量子ドットの中から近接する2つのドットQD1、QD2に電極を取り付け(図1)、2つのドットが静電結合注7)していることを利用して、QD1を電荷計として、もう一方のQD2を単一電子が出入りする挙動を測定する電荷検出に成功しました(図2)。この技術は自己形成量子ドットを使ったデバイスにおける電荷制御の有効なツールになりうるだけでなく、スピンの検出にも利用できるので、量子ドットの電子スピン注8)を使った量子ビット開発では不可欠な技術です。今後、InAs自己形成量子ドットの量子ビットとしての研究が進展することで、量子情報装置の開発を促進することが期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「Scientific Reports」に2018年9月18日(英国時間)にオンラインで公開されます。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST) 「新たな光機能や光物性の発現・利活用を基軸とする次世代フォトニクスの基盤技術」研究領域(研究総括:北山 研一)の研究課題「電子フォトニクス融合によるポアンカレインターフェースの創製」(研究代表者:大岩 顕)、旭硝子財団、科学研究費補助金 新学術領域「ナノスピン変換科学」、基盤研究(S)の一環として行われました。
<研究背景>
近年のIoT(モノのインターネット)やCPS(サイバーフィジカルスペース)の発展などにより、将来これらの技術を支える新しい情報処理・情報通信技術が求められています。量子コンピュータや量子情報通信は重要な技術として、活発な研究開発が行われています。半導体量子ドット中の電子スピンは、固体量子ビットの有力な候補です。より高機能な量子ビットを探索するため、さまざまな種類の半導体量子ドットでの電子スピン制御や光子との量子状態の変換などの技術が研究されています。
InAs自己形成量子ドットは、複雑な電圧操作がなくても量子ドットとして動作し、量子ドットレーザーに応用されています。基礎研究でもスピン物性などが調べられています。高品質な量子ドットを多数基板上に位置制御できるなどの特長もあり、量子ビットの有望な候補です。一方で、現在の半導体量子ドットを使った電子スピン量子ビットの開発では、単一電子スピンを計測する電荷計が不可欠な技術として確立していますが、自己形成量子ドットでは、まだ実現されておらず、量子ビットとしての研究開発を阻んでいました。
<今後の展望>
本研究により、InAs自己形成量子ドットを使った量子ビットの研究開発が大きく進展します。InAs自己形成量子ドットは、高温で動作することと、半導体としてのバンドギャップが通信波長帯に近いため、量子コンピューターの高温動作化や量子暗号通信の長距離化のための量子中継注9)器開発の1つの技術的ブレークスルーとなり、長期的には量子情報の普及に貢献すると期待します。
<参考図>
図1 InAs自己形成量子ドット並列トランジスタの電子顕微鏡写真
図2 電荷計(QD1)を流れる電流
電流の増減はQD2への電子の出入りを表す。
<用語解説>
- 注1)ヒ化インジウム(InAs)
- インジウムとヒ素で構成される半導体である。InAs単体やInAsにガリウムあるいはアンチモンを混ぜた半導体は、赤外線検出器や赤外半導体レーザなどに広く用いられる。
- 注2)量子ドット
- 数~数百ナノメートル程度の半導体微小構造のこと。量子ドットに閉じ込められた電子は、とびとびの(離散的な)エネルギーの値を持つ。原子との類似性から人工原子とも呼ばれる。自己形成量子ドットは、半導体結晶成長時に基板との格子不整合により、ナノスケールの島状に成長した半導体の微小構造。
- 注3)量子ドットレーザー
- 活性層に量子ドットを用いた半導体レーザーのこと。閾値電流が低く低消費電力で動作することや閾値電流の温度依存性が小さいなどの特長がある。
- 注4)液体窒素温度
- 液体窒素の温度のこと。液体窒素は主に冷却材として、生体試料の保存などに用いられている。通常は大気圧での沸点であるマイナス196度を指す。
- 注5)量子情報装置
- 量子情報処理に用いる装置のこと。特に量子コンピューターや、量子情報通信のための量子中継器などがある。
- 注6)量子ビット
- 通常のコンピューターでは、0と1のどちらかの値をとるビットを計算に用いる。量子ビットでは、0と1だけでなく、0でもあり1でもあるという2つの値の量子力学的重ね合わせの値も計算に用いることができる。
- 注7)静電結合
- 空間的に離れた2つの導体の間には必ず静電容量が存在するので、片方の導体に電圧をかけると、もう片方に電圧が誘起される現象のこと。
- 注8)電子スピン
- 電子が示す、上向きと下向きに対応する磁石のような性質。古典力学的には電荷を持つ電子の自転運動によって理解される。単一の電子スピンの状態は量子力学に従うので、量子情報に応用できる。
- 注9)量子中継
- 光子が持つ量子状態は光ファイバー中では100キロメートル程度で減衰してしまう。量子情報は、通常の光通信のように増幅はできない。そこで量子テレポーテーションなど量子力学の原理により中継して、量子情報通信を長距離化する技術。
<論文情報>
タイトル:“Single electron charge sensing in self-assembled quantum dots”
著者名:Taisuke Matsuno, Masahiro Fujita, Kengo Fukunaga, Sota Sato & Hiroyuki Isobe
DOI:10.1038/s41598-018-31268-x
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
大岩 顕(オオイワ アキラ)
大阪大学 産業科学研究所 量子システム創成研究分野 教授
<JST事業に関すること>
中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
<報道担当>
大阪大学 産業科学研究所 広報室
科学技術振興機構 広報課