203-07-24 東京大学
発表のポイント
◆最大で十万本以上の折り目と数万個の面を持つ折紙を自動で折る技術を開発しました。
◆これまで、あらゆる多面体を折れる折紙を設計する手法は存在しましたが、設計された複雑なパターンを簡単に製造する手法は存在しませんでした。今回、実質的にあらゆる多面体を自動で折れる製造手法を、世界で初めて実証しました。
◆汎用のUVプリンタと熱収縮するシート状の素材があれば実現できるため、加熱するだけで好きな形に変形するプロダクトとして幅広く応用できると考えられます。
発表概要
東京大学大学院工学系研究科の鳴海紘也特任講師、川原圭博教授、大学院総合文化研究科の舘知宏教授、大学院情報理工学系研究科の五十嵐健夫教授、宮城大学事業構想学群の佐藤宏樹准教授、Nature Architects株式会社の須藤海氏、エレファンテック株式会社の杉本雅明氏らによる研究グループは、熱収縮性のシートに折紙のパターンを印刷し、そのシートを加熱することによって、与えられた多面体を自動的に折る技術を開発しました。これまでも折紙構造を自動で折る「自己折り」(注1)の技術は複数提案されてきましたが、自動で折れる折り線や面の数は最大で100程度しかなく、作れる形状に大きな制約がありました。本研究では、インクジェット印刷の解像度を活用することにより、従来の1200倍以上の解像度を実現し、最大で十万本以上の折り目と数万個の面を持つ折紙を自己折りすることに成功しました。折紙の研究分野では、理論上あらゆる多面体を1枚の紙から折れることが知られています。しかし、そのような折紙パターンを手で折ると数時間から数十時間の作業が必要になります。本研究成果により、それらの非常に複雑な折紙パターンを数秒から数分で自己折りすることが可能になりました。これにより、実質的にはどんな立体形状でも2次元の製造プロセスと自動変形により実現できることが明らかになりました。
発表内容
〈研究の背景〉
近年、3Dプリンタの発展によりさまざまな3次元形状を手軽に製造できるようになりました。その一方、ファブリケーションの研究分野では、縦・横・高さの3Dの印刷に加えて、形状や機能などの時間的な変化(+1D)を印刷により実現する「4Dプリント」(注2)と呼ばれる技術が注目を集めています。また、2次元の折紙を自動で折る自己折りの研究分野も、3Dプリンタが普及する以前から注目されていました。4Dプリントや自己折りの造形上の利点として、単純に3次元の形状を3Dプリントするよりも造形時間が短い場合が多く、サポート材と呼ばれる造形時の廃材が発生せず、保管や運搬に有利であることが挙げられます。そのため、4Dプリントや自己折りは環境にやさしい次世代のファブリケーション手法として期待されています。
しかし、既存の自己折り手法には課題がありました。例えば、従来の自己折り手法で実現できる折紙は単純なものに限られており、実用的な形状を自動で折ることは困難でした。また、設計面でも限界があり、既存の自己折り研究で利用される折紙パターンの多くは、複雑な形状を実現できないか、変形後にテープやノリでたくさんの辺を固定しなければいけないという問題を含んでいました。さらに、せっかく印刷で造形しているにも関わらず、印刷の利点であるフルカラーでの装飾などを同時に実現している例もありませんでした。
〈研究の内容〉
そこで本研究グループは、工場やFabLab(注3)などで使用される汎用的なUVプリンタに着目しました。UVプリンタは、家庭で使用されるインクジェットプリンタと同じように2次元の模様を描くための装置です。プリントヘッドから細かいインクの液滴を飛ばし、そのインクを紫外線で硬化させることにより、紙のパッケージ・樹脂のプロダクト・金属の製品などさまざまな物体を装飾するために利用されています。UVプリンタに用いられるインクジェットプロセスは、従来の4Dプリントや自己折りの研究で使われてきた造形手法、例えばFused Deposition Modeling(FDM)方式(注4)の3Dプリンタなどに比べて、短時間・高解像度での印刷が可能です。
造形の手順は図1のとおりです。まず、ユーザの望む3次元のモデルから2次元の折紙パターンを計算します。このとき、トップコートのパターン・表面のパターン・裏面のパターン・接着用パターンなど、異なる機能に対応する印刷データを複数作成しています。また、パターンの中には、表面か裏面のどちらかにわざと印刷を施さず、シートを露出させている場所が存在します(図2)。次に、印刷パターンを熱収縮シート(ポリオレフィンのフィルムやポリエステルの布など)に印刷し、パターンが印刷されたシートを約70度から100度の範囲で加熱します。すると、シートが露出する部分が熱により収縮する一方、シートが露出していない部分の収縮はインク層により抑えられます。この結果、目標としている折紙の形状が完成します。なお、インクジェット印刷の精細さを活かして露出部の幅を0.1 mm程度のオーダで変化させると、それぞれの折り目の角度を0度から180度の範囲で制御することができます。また、最小で長さ3 mm程度の折線パターンを折ることができます。この結果、自己折りできる折紙の解像度として既存研究の1200倍以上を達成し、数万個の面を持つ折紙を自己折りすることに成功しました。
多面体(a)を入力すると、ソフトウェアが自動的に印刷パターン(b)を生成する。UVプリンタ(c)でパターンを印刷したシート(d)を約70度から100度で加熱する(例:温水に浸す)(e)と、入力した多面体が自動で折れる(f)。
トップコートとして機能するクリア、変形を制御する黒、インクとシートを接着するプライマの層が印刷された構造の断面図 (a)と、その俯瞰図 (b)。
また、本研究グループは設計ソフトウェアも実装しました。これまで、本研究グループは折紙の設計ソフトウェアを複数提案しています。例えば、舘らは折紙設計ソフトウェアOrigamizerを開発し、入力した任意の多面体を1枚の紙だけで折れることを証明しました。また、須藤らは折紙プロダクトの設計ソフトウェアCraneを開発し、折紙パターンの変形シミュレーション・ある制約条件を課した状態での折紙パターンの形状探索・最終的な製造方法に合わせた厚み付けなどを実現しました。今回の研究ではOrigamizerやCraneを拡張し、ユーザが自分で設計した折紙を印刷用のパターンに変換する機能(順問題)と、ユーザが入力した多面体に折れるような印刷パターンを自動計算して出力する機能(逆問題)の両方を実現しました。これにより、工学などの分野で利用されてきたさまざまな折紙パターン(図3)と、ユーザが自由に入力した3次元形状(図4)の両方を、大きな後処理の必要なしに自動で折れることを示しました。特に、ユーザが入力した任意の多面体を自己折りした成果は世界初です。
図3:従来から工学で利用されてきた折紙パターンの自己折り事例
図4:ユーザが自由に入力した3次元形状の自己折り事例
さらに、UVプリンタがもともとはフルカラー印刷のための装置であることを利用して、形状と装飾を1回の印刷で同時に実現できることも示しました。これにより、プリーツのような構造と色の付いたノースリーブジャケット(図5)、さまざまな色や模様を個別に印刷できる花束のギフト(図6)、お湯をかけることによって変形しメッセージが読めるようになるインタラクティブなポストカード(図7)など、複数のアプリケーション事例を示しました。
図5:ファッションプロダクト
(a)形と色を1度に印刷したノースリーブジャケット。(b)3426個の面で構成される帽子。
図6:花束のギフト
既存の手法とは異なり、さまざまな色や模様を1枚ずつ別々に印刷できる。
図7:インタラクティブなポストカード
送った段階では何が書いているかわからないが、お湯をかけることでメッセージの内容がわかる。
〈今後の展望〉
前述の通り、本手法は単純に3Dプリントを行う場合に比べて、2次元の印刷で3次元の形状を実現できることから造形時間が短く、サポート材が一切発生しないことから環境負荷が小さく、変形前の状態で保管・運搬できることから省スペースを達成できます。つまり、本手法は、身の回りのあらゆる3次元形状を、環境にやさしい2次元の方法で造形できる可能性を提示したものです。また、今後の展望として、手作業で折るのが難しい宇宙空間などでの変形などが期待されます。本研究グループは、本手法がものづくりの新たな技術として確立し、さまざまな産業やデザインに活用されることを期待しています。
〈その他資料〉
プレスキット
https://drive.google.com/drive/folders/1GpQgIDEBfvKAKAjgH6QEOlRm_kop3lyt?usp=sharing
研究紹介動画
発表者
東京大学
大学院工学系研究科
鳴海 紘也(特任講師)
小山 和紀(修士課程)
野間 裕太(博士課程)
川原 圭博(教授)
大学院総合文化研究科
舘 知宏(教授)<大学院工学系研究科 兼担>
大学院情報理工学系研究科
五十嵐 健夫(教授)
宮城大学事業構想学群
佐藤 宏樹(准教授)
Nature Architects株式会社
須藤 海(取締役CRO;研究職として参画)
エレファンテック株式会社
杉本 雅明(取締役副社長;研究職として参画)
論文情報
〈雑誌〉ACM Transactions on Graphics(国際会議 SIGGRAPH2023で発表)
〈題名〉Inkjet 4D Print: Self-folding Tessellated Origami Objects by Inkjet UV Printing
〈著者〉Koya Narumi*, Kazuki Koyama*, Kai Suto, Yuta Noma, Hiroki Sato, Tomohiro Tachi, Masaaki Sugimoto, Takeo Igarashi, and Yoshihiro Kawahara(* joint first authors)
〈DOI〉10.1145/3592409
〈URL〉https://doi.org/10.1145/3592409
研究助成
本研究は、「JST ACT-I(課題番号:JPMJPR18UN)」、「インクルーシブ工学連携研究機構 価値交換工学」、「JST AdCORP(課題番号:JPMJKB2302)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)自己折り:折紙を人手や機械からの外力で折るのではなく、素材自体が変形する内力で折る技術。ロボットの自動組み立て(Felton et al., A method for building self-folding machines, Science, 2014)などに応用が期待されている。
(注2)4Dプリント:印刷により、3次元の形状だけでなく、形状や機能の時間的変化を実現しようとするビジョン。マサチューセッツ工科大学(MIT)のSkylar Tibbitsにより2013年頃に提唱された。
(注3)FabLab:地域の住民がものづくりのために自由に利用する前提で、さまざまなファブリケーション装置が置かれたワークショップ。世界中に存在し、日本でも鎌倉など各地で利用されている。
(注4)Fused Deposition Modeling(FDM)方式:現在最も普及していると考えられている3Dプリンタの印刷方式。加熱したノズルからプラスチックを押し出し、積み上げて硬化することによって造形する。印刷後に造形物をもう一度加熱するとプラスチックが歪む性質を利用して、意図的に変形を起こす研究(An et al., Thermorph, CHI, 2018)が存在する。
プレスリリース本文:PDFファイル