2022-10-25 理化学研究所,日本原子力研究開発機構
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充電曲線とリチウムイオンの分布に対応するエネルギースペクトル(青線は充電前、赤線は充電完了後2時間)
理化学研究所(理研)光量子工学研究センター光量子制御技術開発チームの小林峰特別嘱託研究員(研究当時)、日本原子力研究開発機構物質科学研究センター中性子材料解析研究ディビジョンの大澤崇人研究主幹らの国際共同研究グループは、動作(充電)中の全固体電池[1]内のリチウムイオンの動きを捉えることに成功しました。
本研究成果は、次世代リチウムイオン電池[2]として期待される全固体電池の研究開発を加速するものと期待されます。
今回、国際共同研究グループは、リチウム-6(6Li)濃度を濃縮した[3]正極を用いて全固体電池試料を作製し、その試料に熱中性子を入射し、6Li(n,α)3H熱中性子誘起核反応[4]によって放出される粒子のエネルギーを時間分解して分析することで、全固体電池内のリチウムイオンの動きを捉えることに成功しました。また、その動きの解析から、固体電解質中のリチウムイオンの移動メカニズムおよび移動領域を突き止めました。これらの結果は、全固体電池の開発が充放電中のリチウムイオンの動きの知見を得ながら行えるフェーズに入ったことを示しています。
本研究は、科学雑誌『Small』オンライン版(現地時間9月30日付)に掲載されました。
背景
現代の私たちの生活を支えるリチウムイオン電池は、正極と負極の間に配置された電解質中をリチウムイオンが移動することで充放電される蓄(二次)電池です。この電解質を固体にし、構成する全てが固体で作られるリチウムイオン電池を「全固体電池」と呼びます。全固体電池には、エネルギー密度の向上、充電時間の短縮、安全性の向上といった種々の技術的メリットがあります。これらのメリットを十分に引き出すには、充放電中の電池内でリチウムイオンがどのように移動・分布して機能しているかの知見を得る必要があります。
しかし、リチウムは全固体デバイスの動作中に定量的に分析する方法が限られており、これまでリチウムイオンの移動をリアルタイムで捉えることはできていませんでした。
研究手法と成果
国際共同研究グループは、リチウム-6(6Li)の濃度が95.4%に濃縮されたコバルト酸リチウム(6LiCoO2)を正極として、固体電解質がリン酸リチウム(nLi3PO4)、負極がタンタル(Ta)の構造をした薄膜全固体電池を作製しました。各層の厚さは、6LiCoO2が500ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)、nLi3PO4が1,000nm、Taが27nmでした。
その電池試料に熱中性子(入射エネルギー:0.025eV、ビームサイズ:20mm角)を照射し、6Li(n,α)3H熱中性子誘起核反応によって放出されるα粒子および三重水素(3H)粒子のエネルギースペクトルを充電開始からの時間の関数として測定し、リチウムイオンの深さ分布(表面からの深さの関数として表されるリチウムイオン濃度)を調べました。本実験は日本原子力研究開発機構の研究炉JRR-3で行いました。この方法は既存のものですが、今回、全固体電池分析に適するように再定義したことで、時間分解能[5]1分間でリチウムイオンの動きを捉えることに成功しました(図1、2)。
図1 充電曲線とリチウムイオンの分布に対応するエネルギースペクトル
上)全固体電池の充電曲線。充電中の端子電圧の上昇を赤線で示している。
下)6Li(n,α)3H熱中性子誘起核反応によって放出されたα粒子(左側)および3H粒子(右側)のエネルギースペクトル。これらがリチウムイオンの深さ分布に対応しており、リチウムイオンの動きを示す。青線は比較のために示した充電前のスペクトル。赤線は充電完了後2時間のスペクトル。溜め込み時間(時間分解能に相当する)1分間で測定した。
図2 時間分解能1分間で測定したエネルギースペクトル
図1の下図を充電前、充電中、充電後0-1時間、1-2時間の四つの段階で示したエネルギースペクトル。充電中のリチウムイオンの動きが捉えられている。
さらに、測定されたリチウムイオンの動きを解析した結果、Li3PO4固体電解質中のリチウムイオンの移動メカニズムが空孔移動機構[6]であることと、リチウムイオンは固体電解質の全領域を一様に移動するのではなく、限られた領域(約16.2%)を移動していることを突き止めました。
今後の期待
本研究では、リチウムイオンの動きを捉えるために薄膜全固体電池を用いましたが、この方法は30マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)程度までの比較的厚い試料の分析も可能です。
入射ビームが熱中性子であることから、表面と裏面を持つ(自立)試料である場合、表面でも裏面でも大きな違いがなく測定可能です。例えば、厚さ150μmの固体電解質に厚さ20μmの正・負極を備えた全固体電池試料も分析できることから、今後、市販品に近い全固体電池の分析に展開できると考えられます。
また、この方法では、試料の構造、試料・検出器の配置を調整することで、深さ分解能を1nm程度にすることも可能です。その特性を活用すれば、電極と固体電解質の間に形成される固固界面の界面抵抗[7]の起源が解明されると期待できます。
さらに、この方法を種々の固体電解質で構成する全固体電池に適用することで、固体電解質中のリチウムイオンの移動メカニズムに普遍性があるのかどうかの探索もできると考えられます。
補足説明
1.全固体電池
正極、負極、電解質の全てが固体でできているリチウムイオン電池のこと。固体電解質には、リチウムイオンは通すが電子は通さない(通しにくい)材料が用いられる。
2.リチウムイオン電池
正極、電解質(有機溶剤系電解液)、負極で構成され、リチウムイオンが正極と負極の間に配置される電解質中を移動することで、充放電される蓄(二次)電池。
3.リチウム-6(6Li)濃度を濃縮した
リチウムには、安定同位体としてリチウム-6(6Li)とリチウム-7(7Li)が存在する。その天然存在比は、それぞれ7.59と92.41%である。リチウム-6の濃度が濃縮された材料(例えば、6Liの濃度が95.4%に濃縮された6Li2CO3)が市販されており、本研究では、6Li2CO3とCoOの原材料を混合焼結し、焼結したものをスパッタリングすることで、6Liの濃縮された正極薄膜を作製した。6Liが濃縮された材料は6Li2CO3のように、リチウム-6の濃度が自然存在比の材料はnLi3PO4のように表記される。
4.6Li(n,α)3H熱中性子誘起核反応
リチウム含有試料に0.025eVのゆっくり動く(熱)中性子ビームを照射すると、中性子は6Liと反応し、α粒子(反応直後の粒子のエネルギー:2,055keV)と3H(2,727keV)を放出する核反応を起こす。このとき核反応後放出粒子は、試料から出るまでエネルギーを失い続けるため、粒子のエネルギーを分析することで、試料中のリチウムの深さ分布を知ることができる。この方法は、中性子深さプロファイリングと呼ばれる中性子誘起核反応を利用した軽元素分析法の一種である。
5.時間分解能
全固体電池内のリチウムイオン分布の変化を捉えた時間間隔。
6.空孔移動機構
リチウムイオンが空孔を埋めるように移動することで、空孔が順繰りに移動することを介して、固体電解質内でリチウムイオンが移動する機構のこと。
7.界面抵抗
固体電解質と電極によって形成される固固界面における、リチウムイオンの通りにくさ。
国際共同研究グループ
理化学研究所
光量子工学研究センター光量子制御技術開発チーム
特別嘱託研究員(研究当時)小林峰(コバヤシ・タカネ)
仁科加速器科学研究センター情報処理技術チーム
チームリーダー馬場秀忠(ババ・ヒデタダ)
日本原子力研究開発機構原子力科学研究部門原子力科学研究所
物質科学研究センター
研究主幹大澤崇人(オオサワ・タカヒト)
ヨーク大学(英国)物理学・工学・技術スクール
シニアレクチャラープラット・アンドリュー(Pratt Andrew)
教授ティア・スティーブ(Tear Steve)
ユヴァスキュラ大学(フィンランド)加速器研究所物理学学科
アカデミックリサーチフェローライティネン・ミッコ(Laitinen Mikko)
教授サジャヴァーラ・ティモ(Sajavaara Timo)
研究支援
本研究は理研エンジニアリングネットワークの支援を受け、日本原子力研究開発機構の研究施設(JRR-3)の外部利用によって行われました。
原論文情報
Takane Kobayashi, Tsuyoshi Ohnishi, Takahito Osawa, Andrew Pratt, Steve Tear, Susumu Shimoda, Hidetada Baba, Mikko Laitinen, Timo Sajavaara, “In-Operando Lithium-Ion Transport Tracking in an All-Solid-State Battery”, Small, 10.1002/smll.202204455
発表者
理化学研究所
光量子工学研究センター光量子制御技術開発チーム
特別嘱託研究員(研究当時)小林峰(コバヤシ・タカネ)
日本原子力研究開発機構原子力科学研究部門原子力科学研究所物質科学研究センター
研究主幹大澤崇人(オオサワ・タカヒト)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
日本原子力研究開発機構
広報部報道課長児玉猛(コダマ・タケシ)