炭素繊維複合材の接着接合領域の化学結合分布を可視化~顕微軟X線分光法を用いて、接着メカニズムの学理構築に貢献~

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2022-10-12 理化学研究所

理化学研究所(理研)放射光科学研究センター利用システム開発研究部門物理・化学系ビームライン基盤グループ軟X線分光利用システム開発チームの山根宏之研究員(研究当時、現一般財団法人光科学イノベーションセンター部長)、大浦正樹チームリーダー、先端放射光施設開発研究部門制御情報・データ創出基盤グループ次世代検出器開発チームの初井宇記チームリーダー、石川哲也センター長らの共同研究グループは、大型放射光施設「SPring-8」[1]の高輝度軟X線を用いた「顕微軟X線分光法[2]」によって、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)[3]の接着接合界面における化学結合の可視化に成功しました。

本研究成果および確立した分析手法は、接着メカニズムの学理構築や社会実装に貢献するものと期待できます。

軽くて強いCFRPの特長を生かした組み立て方法として、接着による接合が期待されています。これまでに力学応答試験などのマクロスケールでの知見は多く蓄積されてきましたが、接着強度に影響する分子レベルでの化学状態に関する直接観察の例はありませんでした。

今回、共同研究グループは、微小領域の化学状態分析に力を発揮する顕微軟X線分光法を用いて、実際に産業利用されているCFRP材料と熱硬化性エポキシ系接着剤[4]の界面における化学結合分布の可視化に成功しました。

本研究成果は、オンライン科学雑誌『Scientific Reports』(9月29日付)に掲載されました。

炭素繊維複合材の接着接合領域の化学結合分布を可視化~顕微軟X線分光法を用いて、接着メカニズムの学理構築に貢献~

本研究の概要

背景

炭素繊維にエポキシ樹脂を含浸させた「炭素繊維強化プラスチック(CFRP)」は、軽量・高強度・高剛性・非腐食性などの特長を持っており、自動車や航空機の車体や機体、スポーツ用品など、さまざまな分野で利用されています。

物質と物質の「接着」は古来より用いられてきた接合法で、私たちの日常生活だけではなく、さまざまな産業分野でも利用されている技術です。接着には、分子レベルからマクロレベルまでの幅広い物理的・化学的現象が関与しており、マクロな視点での接着界面の研究については、引っ張り試験やせん断試験など接着強度に関する多くの知見が蓄積されてきました。一方、接着強度に大きな影響を及ぼすと考えられる分子レベルでの接着メカニズムの理解は限定的で、学術的な関心だけではなく、産業界からも分子レベルでの定量的知見に基づいた接着メカニズムの学理構築が求められています。

このような背景から、共同研究グループは高分子系複合材や接着剤を構成する軽元素について元素・官能基選択的な知見を与える「顕微軟X線分光法(軟X線顕微鏡)」を利用して、接着界面の化学状態の可視化を目指した研究を進めてきました。これまでにプラズマ前処理[5]を施したポリエーテルエーテルケトン(PEEK)母材とビスフェノールA型エポキシ樹脂(DGEBA-DDS)接着剤で構成されるモデル接着界面を作製し、軟X線吸収分光法(XAS)[6]の顕微測定を行うことで、DGEBA-DDSとPEEKの界面での共有結合(エステル結合)を直接観測することに成功しました注1)。しかし、接着界面における共有結合の空間分布を可視化するまでには至っていない状況でした。

注1)2021年6月29日プレスリリース「軟X線顕微分光法による接着因子の可視化に成功

研究手法と成果

共同研究グループは、接着にプラズマ前処理を必要とせず、熱処理のみで接着が可能なエポキシ/エポキシ接着界面の化学状態分布に関する研究を行いました。測定試料として、CFRPの接着接合に着目し、航空機で使用されているCFRP母材とエポキシ系接着剤の接着接合界面に気相化学修飾と顕微軟X線分光を適用することで、CFRP接着界面における共有結合分布を可視化することに成功しました。

接着界面の化学状態可視化を試みるにあたり、工業用CFRP母材と接着剤を構成する主要官能基を予備実験や文献などから推定し、そこから期待される化学的相互作用モデルを考察しました(図1)。そして、「接着界面で共有結合が形成されれば、結合に関与する水酸基(OH基)や未反応エポキシ基の信号強度が界面で減少する」という仮説を立てました。この水酸基(OH基)や未反応エポキシ基の分布を明瞭化するため、これらの官能基を選択的にフッ素修飾できるトリフルオロ無水酢酸(TFAA)による気相化学修飾(R-OH→R-OCOCF3)を接着界面の断面試料に適用し、顕微軟X線分光実験を行いました。

本研究で用いた試料の外観と予想される化学的相互作用の図

図1 本研究で用いた試料の外観と予想される化学的相互作用

左側の写真は、CFRP母材とエポキシ系接着剤の接着界面近傍の光学顕微鏡像。右側上は、CFRP母材とエポキシ系接着剤それぞれの化学結合を示す。右側下は、界面における化学的相互作用の仮設モデル(4種類)であり、赤破線で囲んだ部分は各モデルに特徴的な化学結合(架橋構造)を示している。


CFRP接着接合試料に対して、大型放射光施設「SPring-8」の理研ビームラインBL17SUから得られる高輝度軟X線を用いた軟X線イメージングを行った結果、CFRP母材と接着剤に含まれる物質(炭素繊維、マトリックス樹脂、添加剤など)の化学状態を反映した元素分布イメージを取得することに成功しました(図2)。図2上段には例えば、直径5マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)の円状のコントラストが複数観測されていますが、これはCFRPの炭素繊維です。炭素繊維の領域では強いC Kα信号[7]が検出されるだけではなく、O Kα信号も検出されることが分かりました。これは炭素繊維とマトリックス樹脂との濡れ性を担保するために、炭素繊維に親水性の酸素含有官能基が修飾されていることを示しています。

また、CFRPとエポキシ系接着剤では、アミン系硬化剤[8]によって架橋構造[9]が形成されていると考えられ、CFRPとエポキシ系接着剤のエポキシ基の濃度差に依存した界面コントラストが予想通り得られました(図2上段右)。この界面領域において、F Kα(OH)信号が減少していることが分かりました(図2下段右)。これは事前に仮説を立てた界面共有結合モデルと整合しており、高輝度軟X線による高感度測定によって初めて得られた成果です。

CFRP接着接合断面の軟X線イメージの図

図2 CFRP接着接合断面の軟X線イメージ

上段) CFRPとエポキシ系接着剤の界面近傍で取得した軟X線イメージ図。C、N、O、F元素の2次元的な分布(白いほど高濃度)を示している。
下段) 左端は上段の軟X線イメージ図を各材質の領域に分けたもの。右の四つの図は界面を跨ぐ各元素の蛍光X線のKα信号強度のラインプロファイルを表している。x8、x16、x4は、それぞれ信号強度を8倍、16倍、4倍に強めることで、より明瞭にしたことを示している。一番右のF Kα(OH基)は界面付近で信号強度が減少している。

今後の期待

本研究では、顕微軟X線分光法を用いることで、接着界面の化学状態分布を直接可視化できることを示しました。今後、得られた化学状態分布と実際の接着強度(力学特性)との相関を明らかにしていくことで、信頼性ある接着技術の確立にも貢献できると期待できます。

また、共同研究グループは、微小領域の化学状態分析をさらに高精度化・高感度化するため、新しい顕微軟X線分光装置の開発を続けています。顕微軟X線分光法により、さまざまなアプリケーションの化学状態を可視化することで、社会と科学への貢献を目指しています。

補足説明

1.大型放射光施設「SPring-8」
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高レベルの放射光を生み出す施設。理化学研究所が所有し、利用者支援等は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光とは、電子を光とほぼ同じ速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する強力な電磁波のことで、SPring-8では、この放射光を用いて基礎科学から産業利用までの幅広い研究が行われている。

2.顕微軟X線分光法
照明光源として軟X線を用いたX線顕微鏡による物質の分析手段。1,000分の1mm以下に集光した軟X線で、観察対象の局所領域の元素分布や化学状態分析などを行う。

3.炭素繊維強化プラスチック(CRFP)
強化材として炭素繊維を用いた繊維強化プラスチックのこと。母材として熱可塑性樹脂や熱硬化性エポキシ樹脂などが使われ、高い強度と軽さが売りの先端複合材料の一種。1990年代頃から自動車や航空機の軽量化部材としても使用されている。CFRPはCarbon Fiber Reinforced Plasticsの略。

4.熱硬化性エポキシ系接着剤
エポキシ樹脂は、分子の末端に反応しやすいエポキシ基を持つ樹脂状の化合物で、耐水性・耐薬品性・耐食性などに優れていることから、接着剤や塗料などに使われている。こうしたエポキシ樹脂を用いた熱硬化性接着剤は、約120℃~150℃の温度に加熱することで硬化する。

5.プラズマ前処理
プラズマを用いて材料表面の改質や洗浄を行う処理。難接着性材料の表面に対して接着の前処理として行われる。

6.軟X線吸収分光法(XAS)
物質の非占有電子状態を調べるのに効果的な手法で、元素選択性があることが大きな特徴。物質を構成する元素が置かれる局所構造や化学状態に関する知見を取得できる。原子分子科学、物質科学、化学・地学・生物学など幅広い分野で利用されている。XASはX-ray Absorption Spectroscopyの略。

7.Kα信号
元素の内殻(内側からK殻、L殻、M殻などがある)励起状態は脱励起する際に蛍光X線やオージェ電子を放出するが、K殻空孔状態がL殻(M殻)の電子によって埋められる際に放出される蛍光X線をKα線(Kβ線)と呼ぶ。元素固有のエネルギーを持ち、X線のエネルギーと信号強度をX線検出器によって分析することで、元素の含有量などの情報が得られる。

8.アミン系硬化剤
アミンとは、アンモニア(NH3)の水素原子を炭化水素基または芳香族原子団で置き換えた化合物の総称で、このアミンを含んだ硬化剤はエポキシ樹脂の硬化剤としてよく使われる。反応が速いという特長がある。

9.架橋構造
化学反応において、架橋とは複数の鎖状高分子の分子間に橋を架けたような結合を作ることをいう。この橋架けにより化学結合された構造を架橋構造と呼ぶ。

共同研究グループ

理化学研究所 放射光科学研究センター
利用システム開発研究部門
物理・化学系ビームライン基盤グループ 軟X線分光利用システム開発チーム
研究員(研究当時) 山根宏之(ヤマネ・ヒロユキ)
(現一般財団法人光科学イノベーションセンター 部長)
チームリーダー 大浦正樹(オオウラ・マサキ)
先端放射光施設開発研究部門
制御情報・データ創出基盤グループ 次世代検出器開発チーム
チームリーダー 初井宇記(ハツイ・タカキ)
センター長 石川哲也(イシカワ・テツヤ)
センター長室(研究当時) 石原知子(イシハラ・トモコ)
(現高輝度光科学研究センタータンパク質結晶解析推進室)

三菱重工業株式会社 総合研究所
化学研究部
主席研究員 山崎紀子(ヤマザキ・ノリコ)
製造研究部
主席研究員 長谷川剛一(ハセガワ・コウイチ)
航空機技術部 大型機設計課
課長 高木清嘉(タカギ・キヨカ)

研究支援

本研究推進の一部は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業「Society 5.0の実現をもたらす革新的接着技術の開発(研究代表者:田中敬二)JPMJMI18A2」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(B)「高分子界面の化学状態の可視化による分子レベル接着機構の解明(研究代表者:山根宏之)20H02702」による助成を受けて行われました。

原論文情報

Hiroyuki Yamane, Masaki Oura, Noriko Yamazaki, Tomoko Ishihara, Koichi Hasegawa, Tetsuya Ishikawa, Kiyoka Takagi, and Takaki Hatsui, “Visualizing interface-specific chemical bonds in adhesive bonding of carbon fiber structural composites using soft X-ray microscopy”, Scientific Reports, 10.1038/s41598-022-20233-4

発表者

理化学研究所
放射光科学研究センター 利用システム開発研究部門
物理・化学系ビームライン基盤グループ 軟X線分光利用システム開発チーム
研究員(研究当時) 山根宏之(ヤマネ・ヒロユキ)
(現一般財団法人光科学イノベーションセンター 部長)
チームリーダー 大浦正樹(オオウラ・マサキ)
先端放射光施設開発研究部門
制御情報・データ創出基盤グループ 次世代検出器開発チーム
チームリーダー 初井宇記(ハツイ・タカキ)
センター長 石川哲也(イシカワ・テツヤ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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