2022-08-10 京都大学
ヤマノイモのなかまに、オニドコロ(Dioscorea tokoro)という植物があります。オニドコロのイモはショウガのような形で苦い味がします。オニドコロは、古来「ところ」と呼ばれ、山野から採集されたり、特産品として各地で栽培されていたことが古文書に記録されており、平安時代の源氏物語や室町時代の狂言にも登場する人の生活と関わりの深い植物です。1686年の黒川道祐著「雍州府志」には、「ところ」の一種に、イモが大きく、味が良い「えどどころ」があることが記されています。植物学者の牧野富太郎の記述では、青森県八戸で「えどどころ」が栽培されており、そのイモを取り寄せて育てると、ヒメドコロ(Dioscorea tenuipes)という野生植物が生えてきたことから、自身の日本植物図鑑では、「えどどころ」をヒメドコロの別名であるとしています。しかしながら、それ以降、「えどどころ」の報告は途絶えていました。
今回私たちは、八戸市の市場で“ところ”という名称でイモが売られていることを知りました。この“ところ”は、オニドコロのイモと形状が異なり、苦みはあるものの風味がよくおいしいイモです。さらに、青森県東北町の4軒の農家が“ところ”を生産していることがわかりました。そこで、寺内良平 農学研究科教授と、夏目俊 岩手生物工学研究センター研究専門員、阿部陽 同主席研究員らの共同研究グループは、このイモをもらって育て、形状を観察すると、オニドコロとヒメドコロの中間の性質を示しました。そこで“ところ”の全ゲノム配列を解読し、その起原を遺伝学的に調べたところ、オニドコロとヒメドコロが一回交雑して雑種個体ができ、これに再度オニドコロが交雑して“ところ”ができたことが判明しました。この作物は、記録の途絶えた「えどどころ」だと考えられます。「えどどころ」は、江戸時代におそらく江戸近辺で起原した後に地方へと広がり、現在は青森県三八上北地域にのみ残っている貴重な文化遺産です。本研究成果が今後の生産拡大と品種改良に貢献することが期待されます。
本研究成果は、2022年7月26日に、国際学術誌「Plant and Cell Physiology」にオンライン掲載されました。
図:エドドコロのイモと栽培(左)、トコロの仲間の3種類の植物(中)、エドドコロの起源の解明(右)
研究者のコメント
「おそらく300年以上にわたって代々エドドコロを絶やさず継承してきた農家の人々に心より敬意を表します。エドドコロのような忘れられた作物がまだ日本、世界各地に残っていると考えられます。これらの遺産が途絶えてしまう前に、それらを調査して記録するとともに、遺伝子資源の保全をはかり、栽培の振興を図ることが重要です。少数の要素が世界を独占する時代は終わりです。これからの世界を支えるのは、生物、文化、社会の多様性です。」(寺内良平)
研究者情報
研究者名:寺内 良平