2022-08-08 東京大学 大気海洋研究所
発表のポイント
♦東北沖日本海溝の「浅部プレート境界断層」(=デコルマ)の物理物性を調査した結果、デコルマに沿った間隙水圧が異常に高いことを初めて発見した。
♦デコルマの高い間隙水圧は断層面の強度低下をもたらし、2011年東北沖地震(M 9.0)の巨大津波を引き起こした可能性が高い。
♦今後、日本海溝や南海トラフにおいてデコルマの間隙水圧を広域的に調査することは、巨大地震・津波発生モデルの構築や、防災・減災対策を推進する上で重要である。
発表者
ジャマリホンドリ エッサン(株式会社ジオサイエンス 研究員
研究当時:東京大学 大気海洋研究所 特任研究員)
朴 進午(東京大学 大気海洋研究所 准教授)
発表概要
2011年の東北沖地震(M9.0)では、地震に伴う断層滑りがデコルマに沿って海溝軸近傍まで到達し、結果として大きな津波が発生した。一方、これまでの多くの研究では、流体(=水)がデコルマの地震性すべりに深く関与していると推測されてきたが、デコルマの物理物性に関する知見は極めて限定的であった。特に、断層面の強度を規定する間隙水圧(注1)の原位置データはデコルマに沿って全く得られていない。
本研究では、東北沖の日本海溝に発達しているデコルマの物理物性を解明するため、反射法探査(注2)データを高精度で解析した。海底下のP波速度構造モデルを用い、デコルマに沿って間隙水圧を定量的に求めた結果、デコルマの間隙水圧が異常に高いことを発見した。デコルマの断層強度やすべり挙動を評価するために、間隙水圧から有効応力比(注3)を求めた結果、プレート間の固着が予想外に弱いことが明らかになり、デコルマが滑りやすい状態にあったことが判明した。デコルマに沿った間隙水圧の異常は、断層面に対する有効応力の低下や地震性滑りをもたらし、2011年東北沖地震(M9.0)の巨大津波を引き起こした可能性が高い。
本研究の成果は、今後、日本海溝や南海トラフにおける巨大地震・津波発生モデルの構築や、防災・減災対策に貢献できるものである。
発表内容
(1) 背景
東北沖の日本海溝(図1a)では、2011年3月に東北沖地震(M9.0)が起こり、地震に伴う断層滑りがデコルマに沿って海溝軸近傍まで至り、結果として大きな津波が発生したことで、東北地方の沿岸域に大きな津波災害をもたらした。これまでの多くの研究では、地震に伴う断層滑りが海溝軸近傍まで達した要因として、デコルマの間隙水圧上昇による剪断応力の低下が提案されて来た。しかしながら、デコルマに沿った間隙水圧の定量的データは全く得られず、デコルマの物理物性に関する知見は、2011年東北沖地震の1年後に実施された「東北地方太平洋沖地震調査掘削(JFAST)」サイトC0019(図1a)のピンポイント情報が唯一である。
本研究では、海洋研究開発機構が2011年東北沖地震の2カ月後に東北沖の日本海溝を横切る測線D13(図1a)で取得した2次元反射法探査データを高精度で解析し、デコルマ付近の詳細構造や、デコルマに沿った間隙水圧を定量的に求めた。
(2) 成果と考察
反射法探査データの解析結果、2011年東北沖地震の巨大津波を引き起こした、海溝軸(0km)から陸側距離40kmまで発達するデコルマの形状を明瞭に捉えた海底地下断面図(図1b)とP波速度構造(図1c)が得られた。遠洋性堆積物がデコルマに沿って陸側へ沈み込んでいる構造が明瞭に捉えられ、堆積物が海洋地殻のグラーベン(地溝)構造にBucket sedimentsとして厚くトラップされている(例:図2b, dのグラーベンA, B, C)。また、デコルマ反射面の振幅と極性が海溝軸から陸側へ著しく変化している(例:図2aのグラーベンAに比べ、グラーベンBのデコルマ反射面はより強い振幅と極性反転を示す)ことが判明し、沈み込んでいる堆積物の水がデコルマの形成や地震性すべりに重要な役割を果たしていることが示唆される。
反射法探査データ解析で得られたP波速度構造モデルに基づき、デコルマの物理特性を求めた(図3a, b, c, d)。原位置のデコルマの間隙水圧は、静水圧状態のデコルマに比べ、40%~82%高い値を示した(図3b)。また、デコルマの間隙水圧は、デコルマにかかる全応力の65%~77%を支えるほどの大きな値を示した。デコルマの高い間隙水圧の要因として、沈み込んでいる堆積物からデコルマに供給される水に加え、2011年東北沖の深部プレート境界断層の初期破壊に伴う熱的加圧(Thermal pressurization)(注4)の影響が考えられる。これらの解析結果の信頼性を調べるために、海溝軸から陸側距離7 kmのJFASTサイトC0019で得られたデコルマの剪断応力値(0.54MPa)と、本データ解析で得られた剪断応力値(0.527MPa)を比較した結果、概ね一致した(図3d)。さらに、本データ解析で得られた海底面とデコルマの傾斜角(図4dのαとβ)を用い、臨界尖形理論(Critical taper theory)で求めたデコルマの有効摩擦係数(0.09)は、JFASTサイトC0019の値(0.08)とほぼ一致し、本解析結果の高い信頼性が確認された。
デコルマの断層強度やすべり挙動を評価する新しい手法として、有効応力比(Effective stress ratio)を導入し、間隙水圧から有効応力比を求めた(図4b)。デコルマの有効応力比は概ね0.40~0.55の値を示し、プレート間の固着は予想外に弱くなっていることが判明した。デコルマの異常に高い間隙水圧によってプレート間の固着が著しく弱くなり、2011年東北沖の深部プレート境界で始まった断層破壊がデコルマに沿って海溝軸近傍まで伝搬し、結果的に巨大津波が発生した可能性が高い。
(3) 研究成果の意義と今後の展望
本研究で明らかになった、デコルマに沿った間隙水圧の異常は、2011年東北沖地震に伴う断層滑りが海溝軸近傍まで至るプロセスに重要な役割を果たし、結果的に大きな津波を引き起こしたと考えられる。日本海溝に発達している全長40kmのデコルマに沿って間隙水圧を定量的に求め、2011年東北沖地震の巨大津波への影響を明らかにしたのは、本研究が初めてである。
本研究手法を日本海溝の広域へ拡張し、また南海トラフにも適用することで、今後の巨大地震や津波防災・減災対策に重要な貢献が期待できる。
発表雑誌
雑誌名:「Scientific Reports」(8月8日付)
論文タイトル:Connection between high pore-fluid pressure and frictional instability at tsunamigenic plate boundary fault of 2011 Tohoku-Oki earthquake
著者:Ehsan Jamali Hondori and Jin-Oh Park
DOI番号:10.1038/s41598-022-16578-5
アブストラクトURL:https://www.nature.com/articles/s41598-022-16578-5
問い合わせ先
東京大学 大気海洋研究所
准教授 朴 進午(ぱく じんお)
株式会社ジオサイエンス
研究員 ジャマリホンドリ エッサン
用語解説
- 注1:間隙水圧
- 堆積物や岩石中に含まれている間隙水による圧力を指す。
- 注2:反射法探査
- 海水面の近くで人工的に放出させた振動(弾性波)が下方に進行し、速度と密度が変化する海底下地層境界面で反射して、再び海水面へ戻ってきた反射波を受振器(ハイドロフォン)で捉え、 収録された記録を処理・解析することにより、海底下地下の構造と物性を解明する手法である。
- 注3:有効応力比(Effective stress ratio)
- 静水圧状態で予想される有効応力に対して実際に計算された有効応力の比を指す。有効応力比が高いほど、プレート境界断層の固着は強い。有効応力比が低いほど、プレート境界断層の固着は弱く、滑りやすい。
- 注4:熱的加圧(Thermal pressurization)
- 本研究では、地震の際に断層面に摩擦熱が発生し、デコルマ中の間隙水が過熱・膨張することで、間隙水圧が瞬間的に上昇することを指す。
添付資料
図1.(a) 研究海域の東北沖の日本海溝、反射法探査測線D13、東北地方太平洋沖地震調査掘削(JFAST)サイトC0019の位置を示す。(b) 海溝軸(0km)から陸側距離40kmまでの海底地下断面図。(c) P波速度構造モデル。図中の数字はP波速度、A, B, Cはグラーベン構造。
図2.(a) グラーベンAとBが発達する領域を示す海底地下断面図。緑矢印は反射面の正の極性を、青矢印は反射面の負の極性を示す。(b) グラーベンAとBのデコルマとBucket sedimentsを示すP波速度構造モデル。(c) グラーベンCが発達する領域を示す海底地下断面図。(d) グラーベンCのデコルマとBucket sedimentsを示すP波速度構造モデル。
図3.測線D13のデコルマの物理特性。(a) P波速度(赤線)、間隙率(青線)。(b) 全応力(紫線)、間隙水圧(黒線)、静水圧(緑線)。(c) 予想される有効応力(黄線)、実際に計算された有効応力(オレンジ線)、JFASTサイトC0019位置と観測値(ピンク丸)。(d) 計算された剪断応力(茶線)、JFAST サイトC0019位置と観測値(ピンク丸)。
図4.(b) 測線D13のデコルマの有効応力比(黒線)。(d) 測線D13の海底面傾斜角αとデコルマ傾斜角βを示す。