2022-07-06 北海道大学,国立極地研究所,海洋研究開発機構
- 南極アメリー棚氷付近からケープダンレー沖にかけての南極海沿岸で海洋時系列観測に成功。
- 海氷の少ない2016/17年夏に海面水温が非常に高く棚氷融解水が多い現象を観測。
- 海洋表層の熱が棚氷を底面から融かすプロセスが近未来の海氷減少で重要になる可能性。
北海道大学低温科学研究所の青木茂准教授、国立極地研究所の平野大輔助教、海洋研究開発機構の草原和弥研究員らの共同研究グループは、インド洋区にあるアメリー棚氷(注1)とケープダンレーポリニヤ(注2)付近の南極海沿岸において、海氷の少なかった2016/17年の夏季は海面水温が例年より0.5~1℃も高く、ポリニヤ域表層海水中の棚氷融解成分が約30%高かったことを観測しました。融解成分の高い状態は冬まで継続しました。
人工衛星データや数値実験結果の解析から、夏季に海氷が少ないときには海面付近に通常より多く熱がたまり、風により表層の暖水が棚氷の下に押し込まれ、棚氷を底面から融解させるメカニズムが働くことを見出しました。その後、アメリー棚氷方面から低塩分の暖水が流れてくることでポリニヤでの秋季の海氷形成が遅れ、深層大循環に関わる高密度水の形成が遅れることもわかりました(図1)。これまで棚氷の融解には水深数百メートルにある暖水が主要な役割を果たしていると考えられてきましたが、今回の研究は高温になった夏季表層水の沈み込みも大きく寄与することを示しています。
今後、地球温暖化が進行すると南極の海氷も減少すると予想されていますが、海氷減少に伴って海洋表面の貯熱量も加速度的に増大し、棚氷の融解を通じて南極氷床に影響を与えると同時に、海氷の生産が遅れることを通じて深層大循環にも影響する可能性を示しています。
本研究成果は、2022年6月22日(水)公開のCommunications Earth & Environment誌に掲載されました。
図1:南極棚氷近傍での通常の夏と暑い夏での海洋状況の違い
背景
南極海インド洋区に注ぎこむランバート氷河・アメリー棚氷は東南極(注3)最大の氷河システムです。棚氷には背後の氷河の流動をおさえる働きがあります。その西側にあるケープダンレーポリニヤは南極沿岸で二番目に海氷生産が盛んな場所です。活発な海氷生産は、海氷の外に海水の塩分が取り残されることで低温・高塩分の高密度海水を生みます。この高密度水は、南極沿岸から世界中の大洋の底に拡がる南極底層水のもとになります。アメリー棚氷からケープダンレーにかけての沿岸域一帯は、棚氷の融解と高密度水の形成が連動し、地球規模に影響を及ぼしうる数少ない場所の一つです。
近年、西南極(注3)にある棚氷の融解が加速して背後の氷床(注4)流出が増え、地球の平均海水位の上昇につながっていると指摘されています。こうした棚氷の融解は、海面下数百メートルの深部に常時存在する深層暖水によって主として引き起こされると考えられてきました。アメリー棚氷でも、これまで海洋表層が棚氷融解に果たす役割は限定的だと考えられてきました。なにより、こうした棚氷融解の実態や高密度水の形成との関連性を、現場で直接的に観測した例は極めて限られていました。
研究手法
今回、南極地域観測第Ⅸ期6か年計画の重点研究観測として、アメリー棚氷一帯とりわけケープダンレーポリニヤを中心として、船舶等を用いた夏季直接観測と係留観測機材を用いた通年観測(2017年・2019年)を行い、海洋の構造変化とそれが棚氷融解に及ぼす影響を調べました(図2)。特に、塩分(注5)だけでは知ることが難しい氷床融解成分の挙動を、船や時系列採水器によって取得した海水サンプルの酸素同位体比(注6)を用いて調べました。さらに人工衛星観測を海氷や海面水温の空間的な把握に用い、棚氷融解を考慮した海洋-海氷大循環モデルによる数値実験の結果を現象の解析に使用しました。これら現場観測と人工衛星観測、数値実験を組み合わせることで、2016/17年の特異な振る舞いが浮かび上がりました。
研究成果
この一帯で海氷の少なかった2016/17年の夏季は、海洋表層の水温がアメリー棚氷の前面からケープダンレーポリニヤにかけて非常に高く、ポリニヤ域海水中の棚氷融解成分が例年より約30%高かったことを見出しました(図3)。時系列採水器の結果から、棚氷融解成分の高い状態は冬まで継続したことがわかりました。ここ20年以上の人工衛星データや海洋-海氷-棚氷の状態を再現した数値実験結果の解析から、夏季に海氷が少ないと海面がより多く熱を吸収し、それによりさらに海氷が減って熱の吸収がさらに促進される正のフィードバックが働くこと、そして東風によりこの暖水が棚氷の下におしこまれ、棚氷を底面から融解させるメカニズムが働いていることを見出しました。また、その後の秋季には、アメリー棚氷方面から低塩分の暖水が流れてくることで、ポリニヤでの海氷形成が遅れ、高密度水の形成が遅れたこともわかりました(図4)。今回の研究は、従来知られていた棚氷の融解に対する深層暖水の役割に加え、夏季表層からの沈み込みも寄与することを示しています。
図2:南極海アメリー棚氷近傍・ケープダンレー沖における観測海域(左)と、地図上「☆」における2017年2月と2018年2月の観測風景(右)。観測海域のカラーは平均海面水温からのアノマリー(赤が正)、棚氷域のカラーは底面融解量のアノマリーをそれぞれ示す。黄色い物体は使用した海洋連続鉛直観測機材。
図3:ケープダンレー沖での海洋観測による水温(左)と酸素同位体比からもとめた融解成分(右)の鉛直プロファイル。水温の灰実線は観測した5年間分(2010・11・17・18・20年)の観測の平均値、赤実線は2017年の値を示す。融解成分は赤実線が2017年、それ以外のカラーはそれ以外の年の評価をそれぞれ示す。
図4:ケープダンレー沖亜表層での塩分(上)と水温(下)の時間発展。赤線が2017年、紫線が2019年を示す。灰四角で囲った秋季に2017年の時間の遅れが特に顕著である。
今後への期待
2016/17年は、アメリー棚氷やケープダンレーポリニヤの付近だけでなく、全南極レベルで海氷が記録的に少ない年でした。これまでこうした状態は稀でしたが、昨夏は最低面積記録を更新するなど今後は南極でも海氷の減少が予測されており、こうした状況が日常化する可能性があります。夏季表層貯熱量が増えると、海洋表層が氷床融解に及ぼす影響はさらに重要になります。棚氷の薄化は氷床流出の加速と海面上昇につながり、海氷生産の遅延は底層水形成を抑制して深層大循環に影響する可能性があり、今後の推移を注視する必要があります。
注
注1:棚氷
氷床から流れ出して周辺の海の上に浮かんだ部分のこと。
注2:ポリニヤ
海氷に囲まれた開水面、あるいは薄い海氷が張った海域のこと。
注3:東南極・西南極
南極大陸のうち横断山脈をはさんでそれぞれ東経部分・西経部分のこと。
注4:氷床
長い年月をかけて降り積もった雪が押し固められてできた、巨大な氷の塊のこと。
注5:塩分
海水の中に含まれる塩の量のこと。海水1㎏のなかに溶けている量のグラム数で定義する。
注6:酸素同位体比
同じ原子番号をもつ酸素原子の中にも質量数が異なる安定同位体が存在するが、大半を占める質量数が16の酸素原子に対して質量数が18の酸素原子が存在している割合のこと。
発表論文
掲載誌:Communications Earth & Environment
タイトル:Warm surface waters increase Antarctic ice shelf melt and delay dense water formation
著者:
青木 茂(北海道大学低温科学研究所)
髙橋 智樹(北海道大学大学院環境科学院)
山崎 開平(研究当時:北海道大学低温科学研究所/北海道大学大学院環境科学院、現在:国立極地研究所)
平野 大輔(国立極地研究所)
小野 数也(北海道大学低温科学研究所)
草原 和弥(海洋研究開発機構)
田村 岳史(国立極地研究所)
ウィリアムス・ガイ(タスマニア大学)
DOI:10.1038/s43247-022-00456-z
URL:https://www.nature.com/articles/s43247-022-00456-z
論文出版日:2022年6月22日
お問い合わせ先
(研究内容について)
北海道大学低温科学研究所 准教授 青木 茂(あおきしげる)
(報道について)
北海道大学社会共創部広報課
国立極地研究所広報室