2025-01-10 東京大学
発表のポイント
- 強磁性体/酸化物/半導体多層膜を電極とし半導体をチャネルとした二端子素子を作製し、定電圧下において、印加された磁場の履歴を記憶でき、それを巨大な抵抗変化として読み出せるメモリ(メモリスタ)を実現しました。
- 最大で32,900%の巨大な磁気抵抗比を実現しました。この値は磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)に利用されている素子の磁気抵抗比の30~100倍程度の値です。
- 本研究成果は、これまで別々に研究されてきたメモリスタとスピントロニクスデバイスを結びつけるもので、新たな機能性デバイスの実現につながるものと期待されます。
実験結果から想定されるデバイスの動作原理:Co/Fe/MgO/ボロン添加Ge(Ge:B)/Ge電極をもつn型Ge(n–-Ge)チャネルをもつ二端子デバイス。MgO内のMg空孔により形成された強磁性フィラメントとn–-Geチャネル内のインパクトイオン化によるブレークダウンによりメモリ機能が実現されているものと考えられる。
概要
東京大学大学院工学系研究科の金田昌也大学院生、新屋ひかり特任准教授、吉田博嘱託研究員、田中雅明教授、大矢忍教授らのグループは、産業技術総合研究所の福島鉄也研究チーム長、広島大学大学院先進理工系科学研究科の武田崇仁助教、海洋研究開発機構の真砂啓技術副主幹らと共同で、印加電圧の履歴を記憶するだけでなく、一定の電圧を印加した状態において磁場履歴も記憶できる新たなメモリ(メモリスタ、注1)を実現しました。この実験には強磁性体/絶縁体/半導体の多層膜からなる電極を備えた半導体Geをチャネルとする二端子デバイスを使用しました。本研究では最大で32,900%の大きな磁気抵抗比(注2)が得られました。これは、現在商用化されている磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM、注3)に利用されている素子の磁気抵抗比の30~100倍程度の大きさです。本成果は、これまで別々に行われてきたスピントロニクスデバイス(注4)とメモリスタの研究を融合したものです。今後、磁気メモリ、磁気センサ、ニューロモルフィックコンピューティング(注5)といった次世代の新たなデバイスの実現につながることが期待されます。
発表内容
〈研究の背景〉
メモリスタは入力電圧の履歴に基づいて抵抗が変化するデバイスで、次世代メモリやインメモリコンピューティング(注6)、さらに近年はニューロモルフィックコンピューティングなどへ応用できるものとして注目されています。メモリスタは通常、絶縁層を金属電極層で挟んだ二端子デバイスで構成されています。代表的な動作原理としては、絶縁層中の酸素空孔(注7)や金属原子が電圧の印加によって移動し、絶縁層内に導電性のフィラメントが形成されて電流の大きさが変化する抵抗スイッチ効果などがあります。これまでメモリスタの抵抗を電圧で制御する研究は盛んに行われてきましたが、メモリスタの磁場依存性についてはあまり研究が行われてきませんでした。メモリスタが、印加された電圧の履歴に加えて磁場の履歴も記憶できるようになれば、磁気メモリへの応用が可能となり、メモリや論理回路、さらにはニューラルネットワークにおいて有用な新たなデバイスの実現につながります。
磁場の履歴を記憶できる電子デバイスとしては、磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)が長く研究されてきており、現在商用化されています。MRAMは電源を切ってもデータが消えないデバイスで、消費電力が小さく高速に動作することから広く研究がなされています。MRAMに利用されている素子の磁気抵抗比は、過去のさまざまなブレークスルーにより少しずつ向上してきていますが、現在千%以下となっています。さらに磁気抵抗比を大幅に増加させるためには、従来とは根本的に異なる動作原理を実現する必要があります。
〈研究内容〉
今回、本研究グループは、コバルト(Co)、鉄(Fe)、酸化マグネシウム(MgO)、ボロン添加Ge(Ge:B)およびGeからなる多層膜を電極としn型の半導体ゲルマニウム(n––Ge)をチャネルとする二端子デバイスを作製しました。図1(a)に示すように、3 Kの低温において、この素子に一定の電圧を印加して外部磁場の大きさを変化させると、抵抗が大きく変化することがわかりました。素子が低抵抗になった状態で磁場の掃引方向を変えると、磁場の履歴を反映してその抵抗に近い状態が維持され、しばらくして高抵抗状態に戻ることが分かりました。このようにして磁場の履歴に応じて抵抗を保持できることがわかりました。最も大きなところで32,900%の大きな磁気抵抗比が得られました。本素子では、電流-電圧特性に特異な2段階の抵抗スイッチが見られました(図1(b))。上記の磁場履歴の記憶機能は、これらのうち高電圧側の抵抗スイッチで得られたものですが、低電圧と高電圧領域のスイッチングのどちらにおいても、スイッチングの起こる電圧を磁場により制御できることが分かりました。
図1:研究グループが得た測定結果の例
(a)温度3 Kにおいて17 Vの電圧を素子に印加した状態で磁場を変化させたときの電極間の抵抗。面内に小さなオフセット磁場を印加して測定している。(b)3 Kにおける電流―電圧特性。磁場によって抵抗のスイッチング電圧が変化している。
本現象の起源については未解明な点も多く存在しますが、2つのスイッチングに応じた2つのメカニズムが考えられます。1つは、MgO層内のMg空孔がフィラメントを形成して抵抗が変わるモデルです。Mg空孔にはスピン(注8)の向きが揃った2つの正孔(注9)が存在します。電界の印加によりMg空孔がつながってフィラメントが形成され、正孔の波動関数(注10)がつながることにより強磁性の導電性フィラメントが形成され抵抗が低い状態となります。ここに磁場をかけると正孔の波動関数が収縮し導電性フィラメントが切れて抵抗が劇的に高くなります。もう1つはn–-Geチャネルのインパクトイオン化(注11)によるブレークダウン(注12)です。これは、磁場の印加により電子がまっすぐ進むことができなくなり、ブレークダウンを起こすために必要な電圧が上昇するというモデルです。これらの現象がそれぞれ独立に起こり、本研究で示されたような特性が得られているものと考えられます。
〈社会的意義・今後の予定〉
本研究では、これまで未開拓であったメモリスタの磁場依存性と印加電圧の履歴依存性を組み合わせて新しい機能を実現しました。本成果は、従来の限界を超える高性能の磁気メモリやセンサなどの実現に向けた基盤技術となる可能性があります。また、磁場により特性を調整できる新しいニューロモルフィックデバイスの開発にもつながる可能性があり、次世代AI技術の発展を後押しするものと期待されます。動作温度はまだ3 Kの極低温に限られていますが、研究グループが提案した2つのモデルに基づいて、MgO層のMg空孔濃度を増やして太いフィラメントを形成したり、チャネル長や不純物濃度を調整したりすることで、高性能化が可能となることも期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院工学系研究科
電気系工学専攻
金田 昌也 修士課程
鶴岡 駿 修士課程:研究当時
但野 由梨子 博士課程:研究当時
遠藤 達朗 博士課程、日本学術振興会特別研究員
田中 雅明 教授
兼:附属スピントロニクス学術連携研究教育センター
大矢 忍 教授
兼:附属スピントロニクス学術連携研究教育センター
附属スピントロニクス学術連携研究教育センター
新屋 ひかり 特任准教授
兼:電気系工学専攻
吉田 博 嘱託研究員
兼:大阪大学 名誉教授
産業技術総合研究所 機能材料コンピュテーショナルデザイン研究センター
福島 鉄也 研究チーム長
広島大学大学院先進理工系科学研究科
武田 崇仁 助教
海洋研究開発機構 付加価値情報創生部門
真砂 啓 技術副主幹
論文情報
雑誌名:Advanced Functional Materials
題 名:Giant memory function based on the magnetic field history of resistive switching under a constant bias voltage
著者名:Masaya Kaneda*, Shun Tsuruoka, Hikari Shinya, Tetsuya Fukushima, Tatsuro Endo, Yuriko Tadano, Takahito Takeda, Akira Masago, Masaaki Tanaka, Hiroshi Katayama-Yoshida, and Shinobu Ohya*
DOI:10.1002/adfm.202415648
URL:https://doi.org/10.1002/adfm.202415648
研究助成
本研究は、日本学術振興会 科研費「挑戦的研究(開拓)(課題番号:24K21214)」、「基盤研究(S)(課題番号:22H04948)」、「基盤研究(S)(課題番号:20H05650)」、「学術変革領域研究(B)計画研究(課題番号:23H03802、23H03805)」、科学技術振興機構「CREST(課題番号:JPMJCR1777)」、「ERATO(課題番号:JPMJER2202)」、スピントロニクス学術研究基盤と連携ネットワーク(Spin-RNJ)、文科省「マテリアル先端リサーチインフラ(ARIM)(課題番号:22UT1047、23UT1151)」の支援を受けた。
用語解説
(注1)メモリスタ:
過去に流れた電流の履歴によって抵抗の大きさが変わる素子。
(注2)磁気抵抗比:
磁場による抵抗の変化の大きさを表す指標。高抵抗状態から低抵抗状態の抵抗を引いた値を低抵抗状態の抵抗で割ったもの。
(注3)磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM):
強磁性体/薄い絶縁体/強磁性体からなる3層構造に垂直に電流を流した際に、2層の強磁性体の磁石の向きによって抵抗が変わる性質を利用したメモリ。電源を切っても記憶が保持できる。一般に磁石の向きが反平行の時の方が平行の時よりも抵抗が高い。
(注4)スピントロニクスデバイス:
電子がもつスピン角運動量やスピン磁気モーメントの向きの自由度を活用したエレクトロニクスデバイス。
(注5)ニューロモルフィックコンピューティング:
人間の脳の神経細胞(ニューロン)の機能を模倣したコンピューティング手法。
(注6)インメモリコンピューティング:
メモリ内部でデータの記憶のみならず演算処理までを行うことにより、データの移動に伴う電力消費を削減することを可能とする情報処理方式。
(注7)空孔:
一部の原子が、結晶中の本来あるべき位置から抜けた箇所。
(注8)スピン:
電子がもつスピン角運動量やスピン磁気モーメントの向きの自由度。スピンは古典的には電子の自転により生じる角運動量と考えることができ、このスピンがもつ角運動量により電子は磁気モーメントをもつ。物質中で多数の電子スピンが1つの向きに揃った状態が強磁性体(磁石)であり、強い磁化や磁力の主な起源となっている。
(注9)正孔:
本来電子が存在すべき箇所に電子が存在しない状態。プラスの電荷をもつ粒子としてとらえることができる。
(注10)波動関数:
電子の波としての性質を表す関数。波動関数の絶対値の二乗が電子の存在確率密度に対応する。
(注11)インパクトイオン化:
電界により加速された電子が、不純物との衝突により電子を発生させる現象。
(注12)ブレークダウン:
インパクトイオン化により増加した電子がさらにインパクトイオン化を引き起こすことにより、正のフィードバックが働き、電流が大きく増大する現象。
プレスリリース本文:PDFファイル
Advanced Functional Materials:https://doi.org/10.1002/adfm.202415648