2023-03-15 大阪大学
研究成果のポイント
- X線レーザーを7×7 nmのスポットサイズに集光してピーク強度1022 W/cm2を達成
- 独自のX線ミラーを作製することで、科学計測に真に実用可能な極限的X線集光ビームが実現
- 本研究によって実現した高強度X線レーザー場によって、X線非線形光学などの新たなX線科学の開拓が期待できる
概要
大阪大学大学院工学研究科の山田純平助教、山内和人教授、名古屋大学大学院工学研究科の松山智至准教授、理化学研究所放射光科学研究センターの矢橋牧名グループディレクター、井上伊知郎研究員、高輝度光科学研究センターの大橋治彦主席研究員らの共同研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free-Electron Laser)の極限的7ナノメートル(nm)のスポット集光を実現し、1022 W/cm2のピーク強度を達成しました。これはミラーに入射するXFELの強度を1億倍に増幅したことに相当する、世界最高X線強度です。また、可視光分野も含んだレーザー強度のトップクラスに比肩する値です。
XFELを集光する際には、高強度の入射X線レーザーによる集光光学系へのダメージを防ぐために、入射光を非常に浅い角度にて分散して受け止める楕円形状X線ミラーが利用されます(2012年12月プレスリリース)。これまでに超高精度なX線ミラーの作製法は確立されてきましたが(2018年11月プレスリリース)、集光状態の不安定性に大きな課題があり、理論的には達成可能なはずの10 nmを下回るような集光サイズの実現には至っていませんでした。
今回、研究グループは、凹面と凸面を組み合わせたX線集光ミラー光学系を新たに開発し、高い安定性のもとXFELの7 nm集光を実現しました。これによって,従来までのX線強度よりも100倍以上高いX線ピーク強度1.45×1022 W/cm2が達成されました。さらに、生成した集光ビームを金属原子(クロム: Cr)に照射したところ、全ての電子を吹き飛ばすほどの劇的な反応が生じていることがわかりました。本研究によって実現された超高強度のXFELビームを用いることで宇宙物理、高エネルギー物理や量子光学などの基礎物理分野において、未だ観察されていないさまざまな物理現象の発見が期待されます。また、タンパク質などの立体構造を解明することにも貢献し、医学・創薬に役立つ単分子構造解析技術の開発につながるものと期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「Nature Photonics」に、2024年3月15日(金)19時(日本時間)に公開されました。
図1. 開発したXFEL7 nm集光システムと達成した集光強度分布。
研究の背景
波長が短い光であるX線は、物質に対する高い透過性や原子中の内殻電子と相互作用するという特性から、レントゲン撮影、X線CT、建物や橋などの内部検査、微小試料の組成分析などに用いられています。通常X線を作り出すためには、X線管や放射光施設が利用されてきましたが、より高い強度を持つX線を作り出すために、X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free-Electron Laser)がごく最近実現されました。XFELはX線とレーザーの性質を併せ持った最先端の光です。XFELを10 nm以下のサイズ(sub-10 nm)にまで集光し、その強度を高めることができれば、今までに発見されていないX線の非線形な物理現象の観測や、結晶化を必要としないタンパク質の構造解析が可能になると多くの研究者から期待されてきました。
日本のXFEL光源であるSACLAではこれまで、日本の得意分野である精密なモノづくりに根ざしたX線楕円ミラー集光システムが精力的に開発されてきましたが、極限的なsub-10 nm集光の実現には至っていませんでした。特に、光学系の熱的不安定性や振動の観点から安定な集光状態を保証することができず、いつかどこかの瞬間で10 nm以下の集光サイズが達成されているかもしれない、というような極めて曖昧な精度でしか集光を行えていませんでした。
研究の内容
研究グループでは、今までのXFEL sub-10 nm集光の不安定性が、楕円ミラーのみからなる光学配置が生む収差に由来していることを見抜き、X線領域にて安定なミラー型レンズとして作用する新規X線集光光学系を開発しました。これは、鉛直・水平の両方向において凹面と凸面組み合わせのX線ミラーペアから構成されており(図1)、適切な光学設計によりSACLAのXFELが7 nmのサイズまで集光可能になります。また、従来問題となっていた収差が大幅に抑制されたため、安定的な集光とそれによる正確な集光評価が可能となります。これまでの研究開発で培われた精密なモノづくり技術を結集して新たなXFEL 7 nm集光システムを開発し、詳細なX線波動場の評価を行なったところ7 nm ×7 nmの集光サイズが得られ、極限的なXFELの集光に成功したことが示されました。図2に示す複数のXFELショットごとの集光径評価結果からは、数百ショットにわたって極めて安定な7 nm以下のスポット集光が実現されている様子が分かります。XFELの高強度集光において、既存の技術を用いる限りは集光サイズの限界が5 nm程度とされており、安定性と実用性を考慮すると今回達成された7 nm集光はまさに極限的と言えます。集光されたXFELのピーク強度は1.45×1022 W/cm2に到達し、従来の値を100倍以上更新する世界最高X線強度を達成しました。
さらに、実現した超高強度7 nm集光XFELを金属Cr箔試料に照射しました。X線が物質に照射されると、原子中の電子が励起された後にX線発光(蛍光)を起こします。図3は、1022 W/cm2のピーク強度を持つXFELによって金属中の電子を励起した際に得られる発光スペクトルの計測結果です。通常の低強度でのX線蛍光発光とは大きく異なり、多くの発光ピークが得られました。中でもライマン(Ly)線と呼ばれる、電子が残り1つだけのイオンの生成を表すスペクトルが得られ、強烈な電子励起が起きていることが分かります。興味深いことに、このLy線は最も高強度な焦点面において発光強度が弱まっている様子が観測されました。この結果は、束縛電子が全ていなくなったために発光が起きなくなった、すなわち固体密度の原子核状態の生成が示唆されました。
図2. 複数ショットのXFEL集光サイズ評価結果。任意のショット番号においても安定して7 nm以下の集光サイズが実現されている。
図3. 超高強度7 nm集光XFELを使ってクロム(Cr)の蛍光スペクトル計測を行なった結果。通常の蛍光X線(図中Kα・Kβ線)に加えて多数の発光ピークが見られる。電子が残り1つだけの状態を表すスペクトル(図中Lyα・Lyβ線)とその変化までもが観測されている。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、恒星内部の電離状態の解明に関する宇宙物理学および原子物理学や、超高密度・超高温のプラズマを探求する高エネルギー密度科学といった分野への応用が期待されます。これらの研究には、これまで可視光の高強度レーザーが用いられてきましたが、波長域の全く異なるX線の利用により、まさに新境地の開拓が予見されます。また、今回実現された高い強度のXFELは、X線の非線形光学現象の開拓や、結晶化を必要としないタンパク質の単分子構造解析が可能になる光子密度に相当し、多くの研究分野への波及効果が期待されます。
特記事項
本研究成果は、2024年3月15日(金)19時(日本時間)に英国科学誌「Nature Photonics」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Extreme focusing of hard X-ray free-electron laser pulses enables 7-nm focus width and 1022 W/cm2 intensity”
著者名:Jumpei Yamada, Satoshi Matsuyama, Ichiro Inoue, Taito Osaka, Takato Inoue, Nami Nakamura, Yuto Tanaka, Yuichi Inubushi, Toshinori Yabuuchi, Kensuke Tono, Kenji Tamasaku, Hirokatsu Yumoto, Takahisa Koyama, Haruhiko Ohashi, Makina Yabashi, and Kazuto Yamauchi
DOI:https://doi.org/10.1038/s41566-024-01411-4
なお、本研究は日本学術振興会科学研究費補助金 若手研究(23K17149)、基盤研究(S)(21H05004)の一環として行われました。
この研究についてひとこと
10年来のプロジェクトをここまでの精度で完遂することができて感慨深い思いです。研究当初はいくつもの挑戦的な研究開発に頭を悩ませましたが、家族の支えと共同研究者のサポートのおかげで良い結果を得ることができました。開発したXFEL 7 nm集光システムを使った実験では、既にいくつかの新しい物理現象の兆候が見え始めています。今後もさらなる飛躍を遂げるために研究を続けて参ります。
山田純平(工学研究科 助教)
X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free-Electron Laser)
X線自由電子レーザーとは、X線領域の波長をもつレーザーのことである。一般的なレーザーとは異なり、物質中から真空中に抜き出された電子(自由電子)を使用してレーザー光を発生させる。XFELの光の特徴は、次の①から④の全ての性質を同時に備えている点である。 ①物質を構成する最小単位である原子とほぼ同じ、微小なサイズ(100億分の1メートル)の波長をもつこと(X線であること) ②光の波が完全にそろっていること(レーザーであること) ③非常に高い輝度をもつこと(放射光X線の10億倍の明るさ) ④超短パルス光であること(カメラのフラッシュのように光の時間幅が短い(100兆分の1秒)こと)。
ナノメートル(nm)
1メートル(m)の10億分の1の大きさを指す。仮に地球の大きさを1 mまで縮小したときに、パチンコ玉が1 nm、ゴルフボールが3 nm、ソフトボール3号球が7 nmの大きさに相当する。また一般的に、水の分子サイズが約0.4 nm、DNAの幅が約2 nmとされている。
ピーク強度
レーザーの時空間的なエネルギーの大きさを表す指標として用いられる。レーザーパルスの出力(エネルギー)をパルス幅(光の時間幅)と集光サイズ(光の空間領域)で割った値として、W/cm2(ワット 毎 平方センチメートル)の単位で表される。これまでに、可視光レーザーのピーク強度として量子科学技術研究開発機構関西光量子科学研究所のJ-KARENが1022 W/cm2の日本記録を、韓国の基礎科學研究院・超強力レーザー科學研究団が1023 W/cm2の世界記録を報告している。
2012年12月プレスリリース
世界最強X線レーザービームが誕生 ―原子レベルの精度を持つ鏡により、1マイクロメートルの集光ビームを実現―
2018 年11月プレスリリース
X線レーザーを10nm以下まで集光できる鏡を開発 —1nmレベルで精密な多層膜鏡作製技術を確立—
SACLA
SACLAはSPring-8 Angstrom Compact free electron LAserに由来するX線自由電子レーザー施設の愛称。2012年3月に供用を開始。兵庫県の播磨科学公園都市にあり、理化学研究所が所有する。
収差
レンズなどの光学系において、理想的な集光・結像からのズレを収差と呼ぶ。ここでは特に、X線ミラーの配置にわずかな角度ずれがあるときに光が一点に集まらない「コマ収差」が問題となっていた。
X線波動場
X線の振幅と位相を考慮した複素関数としての表現を波動場と呼ぶ。X線を含む電磁波は「波」としての性質を持つために、波の振幅と位相の情報が分かればその振る舞いを正確に把握することができる。
世界最高X線強度
これまでに、1020 W/cm2のX線強度が日本のSACLAと米国のLCLSにて報告されていた。特に日本のSACLAは、実際に最先端の実験に供し得る安定したオペレーションが可能な唯一の環境であった。今回開発されたピーク強度1022 W/cm2の7 nm集光システムも、既に実用的な実験への応用が始まっている。
ライマン(Ly)線
原子線スペクトルとして有名な輝線の名称であり、通常は水素や希ガス元素などの低い原子番号において観察される。今回のCrの場合、最も内側の軌道(K殻1s軌道)の電子が励起されている23価のCr+23イオン(水素様Cr原子)から発光する。22価のCr+22イオン(ヘリウム様Cr原子)からの同様の発光はヘリウム(He)線と呼ばれ、これも今回の測定にて観測されている。