2023-10-31 東京大学
発表のポイント
◆ポリロタキサン添加によるエポキシ系ビトリマー樹脂の高性能化(靭性、自己修復性、成形加工性、ケミカルリサイクル性、海水生分解性)に成功しました。
◆エポキシ系ビトリマー樹脂へのポリロタキサンの適切な配合により、従来のフィラーでは困難であった強靭性と結合交換性の同時向上を可能にしました。
◆強靭で資源循環可能なエポキシ系ビトリマー樹脂の開発に成功したことで、熱硬化性樹脂が抱える環境負荷の問題の解決に道が拓け、プラスチックにおける循環型社会の実現が期待できます。
ポリロタキサン含有ビトリマーの資源循環イメージ
発表概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の伊藤耕三教授、安藤翔太特任助教らによる研究グループは、環境配慮型ポリロタキサン含有高機能ビトリマー(注1)樹脂を開発しました。ポリロタキサンを均一にエポキシ系ビトリマー樹脂に分散することで、ポリロタキサンを添加しないビトリマー樹脂に比べて、伸長性が5倍、自己修復性(注2)が15倍、形状記憶性(注3)が2倍、ケミカルリサイクル性(注4)が10倍、さらに従来見られなかった海水生分解性(注5)の発現など、様々な性能が大幅に向上することがわかりました(動画1-5)。これは、ポリロタキサンのスライド運動による応力分散や結合交換反応を促進する効果によるものと考察しています。
エポキシ系ビトリマー樹脂は、結合交換反応による自己修復性、形状記憶性、ケミカルリサイクル性など様々な環境適合性能を示すことから、従来の熱硬化性樹脂の環境負荷の問題を解決する材料と期待されてきたものの、特に強靭性の不足が課題となって応用が進んでいませんでした。ポリロタキサン含有高機能ビトリマー樹脂は、強靭性と結合交換性の両立により、長期耐久性や容易なメンテナンス、リサイクル性などのサステイナブルな機能を発現することから、地球環境に優しい資源循環型材料として、現在エポキシ樹脂が盛んに利用されている自動車材料、航空材料、インフラ構造材料などへの幅広い応用が期待されます。
本研究成果は、2023年10月31日に国際科学誌「ACS Materials Letters」のオンライン版に掲載されました。
(動画1)自己修復性_傷修復(ポリロタキサンなしビトリマー)
https://drive.google.com/file/d/13UWnWwNvrSTAlzQuoxvcaMLNoprd4U41/view?usp=share_link
(動画2)自己修復性_傷修復(ポリロタキサン含有ビトリマー)
https://drive.google.com/file/d/141WMMDhy8pmRM9AiLc8vO2hwU2-aKvsU/view?usp=share_link
(動画3)形状記憶性_形状回復(左:ポリロタキサン含有、右ポリロタキサンなし)
https://drive.google.com/file/d/1oVaIo_1Ej43nVRs5R6B9X8SW2CjfHNTf/view?usp=share_link
(動画4)ケミカルリサイクル(ポリロタキサンなしビトリマー)
https://drive.google.com/file/d/1x6knDa4C0BToBDrff2pmk1fvX9zfXhGE/view?usp=share_link
(動画5)ケミカルリサイクル(ポリロタキサン含有ビトリマー)
https://drive.google.com/file/d/13lozzReTjnnSh73gQYDhZcHONYvDTcXC/view?usp=share_link
発表内容
〈研究の背景〉
エポキシ樹脂やフェノール樹脂のような一般的な高硬度架橋樹脂は、その架橋結合の不可逆性から、熱可塑性樹脂のように加熱再成形できず、溶剤にも溶けないためリサイクルされることなく焼却破棄されます。近年ではこのような高分子(注6)材料が海洋プラスチック問題や石油資源枯渇などの環境負荷に大きく影響を与えていると懸念されており、量産消費のリニア型経済から、リサイクル・エコフレンドリーな循環型経済を支える革新的な材料開発が急務となっています。そのような中、「常結合性結合交換」により架橋反応が起こる樹脂、Vitrimer(ビトリマー)が開発され、循環型経済を支える高分子材料として近年注目を集めています。ビトリマーは架橋結合が材料内、材料間表面、分子間で動的に交換することで、架橋樹脂では不可能とされる再加工性や傷の修復、ケミカルリサイクル性などのサステイナブルな機能が発現します。このような特性から、容易なメンテナンスで長期耐久性が期待されるため、次世代モビリティ材料やインフラ構造材料のような我々の経済の基盤となるようなポテンシャルの高い新素材とされています。しかし、高硬度ビトリマー樹脂は一般的な架橋樹脂同様、硬いほど脆い特性を示します。しかし樹脂強靭化処方である有機/無機フィラー添加では、顕著な強靭性向上が得られにくい上、フィラーの相分離構造やドメイン形成による結合交換反応の低下が難点となっていました。そのような背景から、ビトリマーの研究は比較的柔らかい樹脂やゴムの研究が多く報告されていました。
〈研究の内容〉
本研究では、ポリロタキサンというネックレス状の超分子(注7)化合物を高硬度ビトリマー樹脂に含有させることで樹脂の強靭性と結合交換性をともに向上することに成功しました。ポリロタキサンは軸高分子が複数の環状分子に包接され、環状分子が軸高分子から抜けないように末端を嵩高い化合物で封止した構造を有しています(図1)。
図1:ポリロタキサンの構造とビトリマー樹脂ネットワーク中の複合化イメージ
環状分子が軸高分子上を並進拡散運動(スライド運動)するため、樹脂に含有させるとローカルなスライド運動が外力を分散させ、しなやかに応力をいなすことで竹のような強靭性を付与することが報告されています。このスライド運動が強靭化だけではなく、エポキシ系ビトリマーの結合交換反応の活性化エネルギーを減少させることが本研究で明らかになりました。ポリロタキサンの環状分子に修飾したポリエステルのグラフト基とエポキシ系ビトリマー樹脂のエステル結合をエステル交換反応により結合交換させ、化学的に複合化することを目的とした構造設計により、ビトリマー中でのポリロタキサンの高い均一分散を実現しました。ポリロタキサン含有により靭性の指標となる1軸伸長率は5倍以上(しかも硬さの指標となるヤング率の低下なし)、傷の自己修復速度は15倍以上、エチレングリコールを用いた化学分解速度は10倍以上と、性能の飛躍的な向上を示す結果が得られました。特に高硬度樹脂の硬さと伸長率(変形量)は材料によらず相反することが知られています。今回のポリロタキサン含有エポキシ系ビトリマー樹脂は、ビトリマーのトレードオフプロット限界線(二律背反する性質の上限ライン)を大きく越えたことがわかります(図2)。
図2:既報/本研究ビトリマー材料の硬さと伸びのトレードオフプロット
VNはポリロタキサン未添加ビトリマー樹脂、VPR_◯はポリロタキサン含有ビトリマー樹脂。◯はポリロタキサンの含有率(wt%)。青いプロットは既報のビトリマー材料。
スライド運動モードを有さない類似化合物での対照実験ではこのような現象が見られなかったことから、この性能向上はスライド運動の寄与によるものと考察しています。ポリロタキサン含有ビトリマー樹脂は硬いのにも関わらず伸びて強靭なため、図3のような折り鶴の作成も容易となり、ビトリマーの高い形状記憶性に由来した加熱による形状復元も可能です(動画6、7)。また、結合交換温度以上での加熱による形状の記憶編集により、簡易的な折り鶴や螺旋形状であれば、温度を変えるだけで何度も形状を復元することができます(動画8、9)。
図3:ポリロタキサン含有ビトリマーフィルムから作製した折り鶴とその形状記憶性と記憶編集
初期状態はフィルム状であり、折り鶴を折った後加熱すると元のフィルム状に形状回復。折り鶴に折った後にテープで固定して結合交換温度以上で加熱すると形状記憶が折り鶴状に編集され、加熱しても折り鶴状を保持する。シンプルな折り鶴形状を記憶させれば、フィルム状から手を使わず加熱のみで折り鶴を折ることもできる。
(動画6)折り鶴作成(ポリロタキサン含有ビトリマー)
https://drive.google.com/file/d/1Ubiu68a8ElpnwuDJsWsJzc5PGl-66FnW/view?usp=share_link
(動画7)折り鶴の形状回復(ポリロタキサン含有ビトリマー)
https://drive.google.com/file/d/1bw3CfXnxXerRn5utrkBeK-QMaHu_aQ7X/view?usp=share_link
(動画8)折り鶴への形状回復(ポリロタキサン含有ビトリマー)
https://drive.google.com/file/d/1WbOC34N-RIG0aMS0TtC0XvQra27tvhdE/view?usp=share_link
(動画9)螺旋形状への形状回復(ポリロタキサン含有ビトリマー)
https://drive.google.com/file/d/1CxsvQkVIyzDI6_QLAiY0hxr1vCjcnK5N/view?usp=share_link
さらに、海水生分解性試験では、本来は生分解性をまったく示さないエポキシ系ビトリマー樹脂にポリロタキサンを10wt%含有させるだけで、1ヶ月で約30%生分解が進行する結果も得られました。ポリロタキサンと次世代新素材「ビトリマー」の融合が多岐に渡るサスティナブル機能向上に有効であることを、初めて示した成果であると言えます。
〈今後の展望〉
ポリロタキサン含有エポキシ系ビトリマーは、高いレベルでの強靭性と結合交換性を併せ持つため、長期耐久性や容易なメンテナンス、さらには易解体性、リサイクル性が求められる構造接着材料や繊維強化複合材料への応用につながると期待されます。本材料は強く丈夫(強靭性)で、治して繰り返し使える(自己修復性・形状回復性)、修復できない状態まで使用したら簡単に分解して原料に戻し再合成(ケミカルリサイクル性)、さらには誤って環境放出しても生分解してCO2と水へ無機化できる(生分解性)可能性を有しており、資源循環やカーボンニュートラルの観点からも理想的な樹脂材料と言っても過言ではありません。循環型経済の実現を推進する材料として社会に与える波及効果は大きいと考えています。
発表者
東京大学大学院新領域創成科学研究科
伊藤 耕三(教授)
安藤 翔太(特任助教)
平野 聖來(大学院生:研究当時)
論文情報
〈雑誌〉ACS Materials Letters
〈題名〉Environment-friendly sustainable thermoset vitrimer-containing pol-yrotaxane
〈著者〉Shota Ando*, Masaki Hirano, Lisa Watakabe, Hideaki Yokoyama, and Kohzo Ito*
〈DOI〉10.1021/acsmaterialslett.3c00895
〈URL〉https://doi.org/10.1021/acsmaterialslett.3c00895
研究助成
本研究は「ムーンショット型研究開発プロジェクト (No. JPNP18016)」、「JST-未来社会想像事業 (No. JPMJMI18A2) 」、「産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)ビトリマー:熱可塑性樹脂(プラスチック)と熱硬化性樹脂(ゴム)の両方の性質を兼ね備える物質。一度破壊されると元に戻らない熱硬化性樹脂やゴムなどの既存架橋樹脂に対して、熱プレスを加えることで修復や再利用できる。一度破壊されても、樹脂を集めて熱を加えると何度でも再生するため、ゴミを生み出さない長寿命材料として注目されている。フランスでL. Leiblerらによって2010年代初頭に開発され、動的共有結合を持つ架橋性材料である。古典的な結合の解離・再会合を伴う結合交換様式ではなく、「常結合性結合交換」により架橋交換が起こることで、熱可塑性樹脂のような溶融が起こらない特徴を持つ。
(注2)自己修復:損傷が生じても自ら修復する、あるいは簡易的な処理を施すことで修復される性質を指す。自己治癒などとも呼ばれる。柔らかいゲルやゴムなどの材料よりも樹脂などの硬い材料ほどこの性質を示しにくい。本実験方法は材料表面にナイフで約0.1mm深さの傷をつけ、加熱したときの傷の修復時間を計測している。
(注3)形状記憶:成形加工後に力を加え変形しても、特定の処理(主にはある温度以上の加熱など)を施すことで元の形状に回復できる性質。本実験方法は初期形状から特定の形状に変化させ、加熱したときに初期形状に回復するまでの時間を計測している。
(注4)ケミカルリサイクル:使用済みの資源を化学的に分解し、原料に変えるリサイクル方法を指す。プラスチックごみを分解して石油やガスに戻す技術が代表的である。架橋されているゴムや樹脂はケミカルリサイクルが難しいと言われている。一般的な架橋材料と異なりビトリマーの場合は結合交換可能な低分子化合物との交換反応により、架橋ネットワークを分解することができる。本実験方法は結合交換による分解で50wt%重量減少するまでの時間を計測している。
(注5)海水生分解性:物質が海水中の微生物などの生物の作用により分解する性質のこと。海洋プラスチックゴミをはじめとする環境問題意識の高まりから重要視される性質で、樹脂材料の力学特性を高める材料設計である架橋度や結晶化度の高いほど生分解させることが困難であると言われている。本実験方法は海水を用いたBOD試験により生分解率を算出している。
(注6)高分子:たくさんの小さな分子が連結してできた分子量1万を超える巨大分子。ポリマーとも呼ばれ、一般に長い紐状の分子構造を持つ。身の回りの樹脂やゴム、ゲルの原料となるだけでなく、医薬品や化粧品、接着剤、衣服など、さまざまな製品に用いられている。自然界に存在する高分子を天然高分子と呼び、セルロースや核酸などがある。
(注7)超分子:複数の分子が、共有結合よりも弱い相互作用(ファン・デル・ワールス力、水素結合、配位結合など)により秩序高く会合して形成される分子集合体の総称。個々の構成分子では得られないような新機能を発現することができる。
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新領域創成科学研究科 広報室