深層学習でナノ粒子評価の長年の課題を解決~ブラウン運動の軌跡からナノ粒子の形状を識別~

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2023-10-25 東京大学

発表のポイント

◆液中ナノ粒子のブラウン運動の軌跡を深層学習で解析し、従来のナノ粒子トラッキング法(NTA)では区別できない球形と棒形の金ナノ粒子について、約80%の精度で識別することに初めて成功しました。
◆特徴量の発見やパターン分析が得意な深層学習をNTAに組み合わせ、ナノ粒子評価における長年の課題を解決する新しい特性評価法を提案しました。
◆医療・医薬・産業分野で有用なナノ粒子について、より多くの情報を得られるようになり、凝集状態評価や品質管理への応用が期待されます。また、非球形粒子の液中ブラウン運動の基礎研究に新しいアプローチを開く可能性があります。

深層学習でナノ粒子評価の長年の課題を解決~ブラウン運動の軌跡からナノ粒子の形状を識別~

NTA+深層学習解析によるナノ粒子の形状推定

概要

東京大学大学院工学系研究科の一木隆範教授らの研究グループは、液中1粒子観察法であるNTA(注1)と深層学習解析を組み合わせた新しいナノ粒子特性評価法(図1)の有効性を示しました。NTAではナノ粒子の形状を評価できないという長年の課題がありましたが、今回、ブラウン運動(注2)の軌跡データから形状を識別する深層学習モデルの構築に成功しました。1次元CNN(注3)と双方向LSTM(注4)を統合した形状分類モデルでは、ほぼ同じ大きさの球形と棒形の金ナノ粒子を約80%の精度で識別できました。この評価法は、これまで計測データに隠れていた情報を読み出すことができ、より多くの特徴を捉えられるため、医療・医薬・産業分野で有用な材料である広範なナノ粒子の性状や凝集状態の評価、品質管理への応用が期待されます。また、アインシュタインの時代から課題となっている非球形粒子の液中ブラウン運動の基礎研究において、新しい方法論となる可能性があります。

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図1:形状予測のスキーム

なお、本成果は2023年10月24日(米国東部夏時間)に、米国物理学協会が発行する科学誌「APL Machine Learning」に掲載されました。

発表内容

細胞外小胞や人工ナノ粒子等による新たな治療、診断技術が注目される中、ナノ粒子は医療・医薬・産業分野で有用な材料です。1粒子ごとに性状や凝集状態の評価、品質管理が必要であり、安全性や信頼性を支えるナノ粒子評価技術の進歩が期待されています。液中ナノ粒子の評価法として、ブラウン運動の軌跡を解析する手法があります。NTAと呼ばれ、100年以上前にアインシュタインが見出した理論式を用いて粒子の直径を求めます。マイクロからナノサイズの単一粒子を計測する簡便な手法として利用されていますが、ナノ粒子の形状を評価できないという長年にわたる課題がありました。

ブラウン運動の軌跡には粒子形状の影響が反映されますが、非常に速い動きを実際に計測で捉えることは困難です。また従来の解析法は、たとえ粒子が非球形であっても、無条件に形状を球と仮定してストークス・アインシュタインの式を用いて解析するため、正確ではありません。しかし、大規模なデータの中に隠れた相関関係を見つけるのが得意な深層学習を用いれば、計測データが平均化されている場合や、分離できない誤差を含む場合でも、形状の違いから生じる差を検出できる可能性があります。

本研究グループは、実験方法を変えることなく、計測したブラウン運動の軌跡データから形状を識別する深層学習モデルの構築に成功しました。データの時系列変化だけでなく周囲との相関性も考慮するため、畳み込みによる局所特徴の抽出を得意とする1次元CNNモデルと時間ダイナミクスの蓄積ができる双方向LSTMモデルを統合しました。統合モデルを用いた軌跡解析により、従来のNTAだけでは区別できない、ほぼ等しい大きさで形が違う2種の金ナノ粒子について、1粒子ベースで約80%の分類精度を達成できました(図2)。

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図2:NTA+深層学習解析によるナノ粒子の形状推定

このような高い精度は、深層学習解析による液体中単一ナノ粒子の形状分類が、初めて実用的なレベルに達したことを示しています。さらに、2種(球形・棒形)のナノ粒子の混合溶液について、混合率を判定する検量線を作ることができました。世の中で手に入るナノ粒子の形状を考慮すると、この方法で十分に形状の検出が可能だと考えられます。

NTAの拡張は、球形とは限らないナノ粒子の性状・凝集状態や均一性評価、品質管理など、研究のみならず工業・産業分野への応用に繋がります。特に、細胞外小胞などの多様性に富んだ生体ナノ粒子について、生体内に近い環境下での性状評価のソリューションになりうると期待されます。また、非球形粒子の液中ブラウン運動の基礎研究において革新的なアプローチとなる可能性があります。

発表者・研究者等情報

東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻
一木 隆範 教授
兼:川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンター研究統括
澁田 靖 教授
倉持 宏実 特任研究員
福田 尋晃 研究当時:修士課程

論文情報

雑誌名:APL Machine Learning
題 名:Analysis of Brownian motion trajectories of non-spherical nanoparticles using deep learning
著者名:Hiroaki Fukuda, Hiromi Kuramochi*, Yasushi Shibuta, and Takanori Ichiki*
DOI:10.1063/5.0160979

研究助成

本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT、グラント番号:JPMJPF2202)による助成を受けました。

用語解説

(注1)ナノ粒子トラッキング法(NTA):
ナノ粒子懸濁液にレーザー光を当てて得られる散乱光を暗視野イメージングしてブラウン運動を記録し、それぞれの軌跡からストークス・アインシュタインの式を用いて粒子サイズを求める方法。試料の調整量が少なく、難しい操作がないことが特徴です。

(注2)ブラウン運動:
1827年にロバート・ブラウンが発見した、液体や気体中に浮遊する微粒子が不規則に運動する現象。1905年、アインシュタインにより、熱運動する媒質(水・空気)分子の不規則な衝突が原因であると解明され、原子や分子の実在を確認する実験へと繋がりました。一般にブラウン運動は、アインシュタインの式と粒子に働く力を表すストークスの法則を合わせたストークス・アインシュタインの式を用いて解析されます。

(注3)1次元CNN(1 Dimensional Convolutional Neural Network):
1次元畳み込みニューラルネットワーク。主に画像処理に利用されています。1つの特徴ごとに畳み込み層で局所的な特徴量を抽出しては全体で比較することを繰り返し、際立った特徴を見つけます。畳み込みを時間軸方向で行うと、時系列データの解析にも有効です。

(注4)LSTM(Long Short-Term Memory):
長・短期記憶ネットワーク。入力・出力・忘却ゲート構造で、関連する情報を選択的に保持し、関連しない情報を忘却することで、メモリセル内の情報を時間と共に変化させます。人間の記憶に似た働きにより、長期時系列データの特徴を学習することができるため、時間の経過とともに値が変化していくようなデータの解析に適しています。

プレスリリース本文:PDFファイル
APL Machine Learning:https://pubs.aip.org/aip/aml/article/1/4/046104/2917995/

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