2023-10-05 富士通株式会社,理化学研究所
富士通株式会社(注1)(以下、富士通)と国立研究開発法人理化学研究所(注2)(以下、理研)は、2021年に共同で設立した「理研RQC-富士通連携センター」(以下、連携センター)において、理研が2023年3月に公開した国産初号機となる64量子ビット超伝導量子コンピュータの開発ノウハウをベースに新たな64量子ビットの超伝導量子コンピュータ(以下、本超伝導量子コンピュータ)を開発しました。富士通は、理研の支援を得て、本超伝導量子コンピュータと世界最大級(注3)の40量子ビットの量子コンピュータシミュレータ(以下、量子シミュレータ)を連携させて利用できるハイブリット量子コンピューティングプラットフォーム「Fujitsu Hybrid Quantum Computing Platform」(以下、本プラットフォーム)を開発し、富士通と理研との共同研究の下で、企業や研究機関に2023年10月5日より提供します。
本プラットフォームにより、利用者は、ノイズによるエラーを含む量子コンピュータを用いた計算結果とノイズを含まないシミュレーションによる計算結果の比較などが容易に可能になり、量子アプリケーションにおけるエラー緩和アルゴリズムの性能評価などの研究の加速が期待できます。さらに、富士通と理研は、超伝導量子コンピュータとハイパフォーマンスコンピュータ(HPC)を連携したハイブリッド量子アルゴリズムの開発を進めており、今回、量子コンピュータとHPC上で動作する量子シミュレータの連携により、従来のアルゴリズムを上回る精度で量子化学計算を可能にするハイブリッド量子アルゴリズムの開発に成功しました。その成果についても、本プラットフォームとの連携を図っていきます。
両者は今後、1,000量子ビット級の超伝導量子コンピュータを実現する高密度実装などの技術開発を推進するとともに、より高精度な量子ゲートを実現する技術開発にも取り組んでいきます。また、富士通は、量子コンピュータおよび量子シミュレータの計算リソースを、本プラットフォームを介して金融や創薬をはじめとする様々な分野の共同研究を行う企業などに提供し、量子アプリケーションの研究開発を進め、ハードとソフトの両面から量子コンピュータの実用化を加速していきます。
背景
昨今、社会課題の複雑化に伴い、求解に膨大な計算量を要する問題が増えており、従来型のコンピュータの処理性能を超えた高速な計算が可能な量子コンピュータの実用化が期待されています。様々なアーキテクチャの量子コンピュータの開発が進んでいますが、NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum device)と呼ばれる現状の量子コンピュータで扱える量子回路はノイズの影響を除去しきれず、実用的な問題を解くには様々な課題があります。その一方、正確に計算できる実用的な誤り訂正量子コンピュータ(FTQC:Fault Tolerant Quantum Computer)の実現には、十数年以上を要すると予測されています。加えて、FTQCの実現と同時に量子コンピュータをすぐに実用化できるように、現時点から量子アプリケーションの開発を並行して進めることが重要ですが、現状の量子コンピュータは量子ビットエラーなどの問題があり、長いステップの計算が正確に行えない難題があります。
一方、量子シミュレータは、エラーの問題がないため長いステップの量子計算シミュレーションが実行可能ですが、従来型のコンピュータ上で量子計算を模擬するシステムであり、量子コンピュータの実現により期待されている計算の加速、いわゆる、量子加速は実現できません。
富士通、理研は連携センターにおいて協力して超伝導量子コンピュータの開発を進めていますが、量子コンピュータの活用やアプリケーション開発を進める上では、量子シミュレータとも併用できる環境が必要であると考えています。
連携センターで開発した64量子ビット超伝導量子コンピュータについて
本超伝導量子コンピュータは、理研が、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「超伝導量子コンピュータの研究開発(研究代表者:中村泰信)Grant No.JPMXS0118068682」の助成を受けて、2023年3月に公開した国産初号機となる64量子ビット超伝導量子コンピュータをベースに、日本電信電話株式会社(注4)(以下、NTT)の協力も得て、連携センターで開発しました。量子コンピュータの演算機能の中心を担う64量子ビット集積回路チップには、理研の量子コンピュータと同様の垂直配線パッケージを採用しており、将来的な規模の拡大に適用可能な拡張性を備えています。また、NTTの構築した量子ビット制御ソフトウェアを用いて量子ビットの高精度な制御を実現しています。本超伝導量子コンピュータにより、理想的には最大で2の64乗個の状態の重ね合わせ計算が可能になり、従来のコンピュータでは困難な問題の求解が期待できます。
写真. 連携センターで開発した超伝導量子コンピュータ
ハイブリッド量子アルゴリズムの研究開発の取り組み
富士通と理研は、量子コンピュータとHPCを連携させて問題を解く、ハイブリッド量子アルゴリズムの開発にも取り組んでいます。今回、量子コンピュータ向けアルゴリズムの計算の一部を量子シミュレータが担うハイブリッド量子アルゴリズムを開発しました。具体的には、大きな分子を複数の小さなフラグメントに分割する量子化学計算手法Density Matrix Embedding Theory(DMET)と量子アルゴリズムを利用して、大規模な分子を高精度に計算するというものです。
分割計算した個々のフラグメントの結果を結合する量子計算においては、計算量が小さい特長に着目し、結合計算に部分的に量子シミュレータを用いることで、ノイズ影響の大幅な軽減が求められる中でも計算時間の増大を抑えつつ高い精度を得られるようになります。本アルゴリズムをH12(水素原子12個からなる水素鎖)の基底エネルギー計算に適用し、量子コンピュータのノイズ影響を軽減するAIによる量子計算補正技術と組み合わせることで、既存の古典アルゴリズム(CCSD(T))(注5)を上回る精度でエネルギー計算が実行できることを世界で初めて確認しました。
本技術を、今後ハイブリッド量子コンピューティングプラットフォーム上で提供していくほか、富士通では本技術のノウハウを応用し、様々なコンピューティングリソースおよび種々のアルゴリズムを自動で組み合わせて最適計算を可能にするソフトウェア構想「Computing Workload Broker」の確立を目指します。
ハイブリッド量子コンピューティングプラットフォームについて
富士通は、量子アプリケーションの研究開発をさらに加速し、量子コンピュータによる社会課題の解決を早期に実現するために、量子コンピュータとのインターフェース構築において理研の協力を得ながら、量子コンピュータと量子シミュレータのシームレスな操作を実現するハイブリッド量子コンピューティングプラットフォームを開発しました。
本プラットフォームはアマゾン ウェブ サービス(AWS)(注6)のサーバレスコンピューティングサービスAWS Lambdaなどを活用したスケーラブルなクラウドアーキテクチャを実装しており、量子コンピュータと量子シミュレータに対して共通のAPIを介したシームレスなアクセス環境を、富士通と理研との共同研究を通して、企業や研究機関に提供します。これにより、特に、量子化学計算における分子エネルギー計算のためのVQE(Variational Quantum Eigensolver)や、金融分野における量子機械学習アルゴリズムなど、従来のコンピュータと量子コンピュータが連動するアルゴリズムの開発において、量子コンピュータと量子シミュレータを状況によって使い分ける技術のほか、将来的には、本プラットフォームと外部の量子化学計算ライブラリなどの連携機能も期待されます。
図 ハイブリッド量子コンピューティングプラットフォームの概要
今後について
連携センターでは今後、さらに大規模な1,000量子ビット級の量子コンピュータの実現を可能とする技術開発に取り組み、開発した技術は順次、本プラットフォームを通じて展開していく計画です。富士通と理研は、量子コンピュータの実応用に向けた連携体制を強化し、量子計算シミュレーション技術の研究開発や、量子コンピュータとHPCの連携のためのソフトウェア技術の研究開発も推進していきます。
富士通における今後の展望
富士通は、量子シミュレータを用いた先駆的な量子アプリケーションの開発について、富士フイルム株式会社(注7)様、東京エレクトロン株式会社(注8)様、みずほ第一フィナンシャルテクノロジー株式会社(注9)様、三菱ケミカルグループ株式会社(注10)様とそれぞれ共同研究を行ってきましたが、本プラットフォームの活用についても並行して検討を進めていきます。今後、量子コンピュータ開発・運用において理研と連携しながら、様々な企業、大学、研究機関などとも本プラットフォームを活用した共同研究を加速し、材料、金融、創薬などの様々な領域で、実用的なハイブリッド量子アプリケーションの探索を拡大していく予定です。
・富士フイルム株式会社 解析技術センター 主席研究員 奥野 幸洋氏のコメント
量子コンピュータのもつ超高速計算能力によって、これまでにない高精度な化学計算が可能になると考えられ、材料開発において大きな貢献が期待されます。富士フイルムは、このたび公開されたハイブリット量子コンピューティングプラットフォームを利用し、現状の量子コンピュータの計算結果に対するノイズ影響などを調べるとともに、未来を見据えて、量子コンピュータによる材料計算への応用を進めることで、革新的な材料開発につなげていきます。
・東京エレクトロン株式会社 デジタルデザインセンター 部長 守屋 剛氏のコメント
量子コンピュータは、計算化学分野において、これまでのコンピュータには不可能であった高精度な計算を実行できるポテンシャルをもっています。東京エレクトロンは、半導体製造プロセス開発および材料開発に量子コンピュータを活用するためのフィジビリティスタディの一環として本共同研究を進めています。
・みずほ第一フィナンシャルテクノロジー株式会社 フィナンシャルエンジニア 金子 和哉氏のコメント
量子アプリケーションや誤り訂正アルゴリズムの性能評価、デモンストレーションにおいて、量子回路デバイスと大規模な量子回路シミュレータは研究上欠かせないものです。みずほ第一フィナンシャルテクノロジーは、本共同研究を通して金融工学分野およびデータサイエンス分野でのアプリケーションに向けた基盤技術を確立し、量子コンピューティングの社会実装を目指しております。
・三菱ケミカルグループ株式会社 Science & Innovation Center, Materials Design Laboratory 上席主幹研究員 高 玘氏のコメント
従来の新規材料の開発や創薬には莫大なコストと時間を要する課題がありました。弊社はこの課題の解決策として、量子コンピュータを活用し、より迅速かつ精度の高い研究開発を行える体制の構築に取り組んでいます。
その一環として富士通と共同研究を実施しており、将来的には大規模な量子コンピューティングを他のエマージングテクノロジーと組み合わせて、材料開発や創薬分野におけるイノベーションの創出を目指していきます。
商標について
記載されている製品名などの固有名詞は、各社の商標または登録商標です。
注釈
注1 富士通株式会社:
本社 東京都港区、代表取締役社長 時田 隆仁
注2 国立研究開発法人理化学研究所:
本部 埼玉県和光市、理事長 五神 真
注3 世界最大級:
汎用的な量子回路シミュレーション方式であるState Vector方式の常設専用機としては世界最大級(2023年9月現在、富士通調べ)
注4 日本電信電話株式会社:
本社 東京都千代田区、代表取締役社長 島田 明
注5 CCSD(T):
Coupled Cluster Single, Double, (and Triple) の略。量子化学計算において高精度計算として知られている計算手法
注6 アマゾン ウェブ サービス(AWS):
2006年より同名の企業がグローバルに提供するクラウドサービス
注7 富士フイルム株式会社:
本社 東京都港区、代表取締役社長・CEO 後藤 禎一
注8 東京エレクトロン株式会社:
本社 東京都港区、代表取締役社長・CEO 河合 利樹
注9 みずほ第一フィナンシャルテクノロジー株式会社:
本社 東京都千代田区、代表取締役社長 安原 貴彦
注10 三菱ケミカルグループ株式会社:
本社 東京都千代田区、代表執行役社長 Jean-Marc Gilson
関連リンク
- 理化学研究所と富士通、超伝導量子コンピュータの実用化に向けて連携センターを開設(2021年4月1日プレスリリース)
- 量子コンピュータを利用できる「量子計算クラウドサービス」開始(2023年3月24日プレスリリース)
- スーパーコンピュータ「富岳」のテクノロジーを活用し、36量子ビットの世界最速量子シミュレータの開発に成功(2022年3月30日富士通プレスリリース)
- 世界初!量子とHPCのハイブリッド計算を実現する技術を開発(2022年11月8日富士通プレスリリース)
本件に関するお問い合わせ
国立研究開発法人理化学研究所
広報室 報道担当
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富士通コンタクトライン(総合窓口)