2023-06-30 国立天文台
概要:
東京大学大学院理学系研究科附属天文学教育研究センター所属の前田郁弥研究員と京都大学、会津大学、北海道大学からなる研究チームは、野辺山45m電波望遠鏡やALMA望遠鏡などを用いて、近傍宇宙*1の複数の棒渦巻銀河における分子ガスからの星の生まれやすさ(星形成効率)の詳しい解析を行いました。その結果、棒渦巻銀河では、棒部の星形成効率が渦巻腕に比べて系統的に低いことが明らかになりました。これは棒部では星形成活動が抑制されていることを示しています。さらに研究チームは、分子ガスの速度幅*2が大きい領域ほど抑制の度合いが大きいことを発見しました。これは、棒構造に由来するガスの激しい運動が要因で、星形成が抑制されていることを示唆しています。本研究成果は1月20日出版の『The Astrophysical Journal』に掲載されました。
研究背景:
近傍宇宙では、星形成が活発な銀河の半数以上に円盤構造があり、そのような銀河は円盤銀河と呼ばれています。円盤銀河には渦巻銀河と棒渦巻銀河の2種類があります。渦巻銀河は、図1左のように、文字通り渦を巻いた構造(渦巻腕と呼ばれる)が見られる銀河です。棒渦巻銀河は渦巻銀河と似ていますが、図1右のように、中心を貫く棒構造が見られるのが特徴です。円盤銀河の約半数から3分の2は棒渦巻銀河と言われており、私たちが住んでいる天の川銀河も棒渦巻銀河と考えられています。
銀河の進化過程を調べる上で、銀河内部での星形成活動を調べることは非常に重要です。渦巻銀河を見ると、渦巻腕に沿ってダークレーンと呼ばれる黒い帯状の領域が見えています。ここには、星を作る材料である分子ガスや塵が集積しています。それに隣接するように、電離水素領域と呼ばれる生まれたばかりの大質量星に由来する赤い光や、大質量星自体の青白い光が無数に見えています。このことから、渦巻腕では活発な星形成が起きていることがわかります。棒渦巻銀河を見ると、渦巻腕では渦巻銀河と同じように星形成が起きている様子が見えます。しかし、棒部では星の材料となる分子ガスの存在を示すダークレーンのみが見られ、星形成が起きていることを示す赤や青白い光は見られません。このことから、棒渦巻銀河の棒部では星形成活動が抑制されているのではないかということが言われてきました。
星形成が抑制されているかどうかを定量的に評価するためには、分子ガスからどれだけ効率的に新しい星が誕生するかを表す量、いわゆる星形成効率を測定する必要があります。これまでの研究によって、数個の棒渦巻銀河については星形成効率が測定され、渦巻腕に比べて棒部で星形成効率が低く、星形成が抑制されていることが定量的に確認されていました。しかしながら、まだ調査が行われていない銀河も多く存在し、棒部で星形成が抑制されることは棒渦巻銀河全体で一般的なのか、また抑制の度合いは銀河によってどの程度異なるのか、そして、その抑制の原因が何であるのかといった重要な問いへの答えは依然として不明でした。
- 図1(左)渦巻銀河M51(右)棒渦巻銀河 NGC 1300
Credits: NASA, ESA, and The Hubble Heritage Team (STScI/AURA); Acknowledgment: P. Knezek (WIYN)
研究内容・成果:
このような背景の中、研究グループは近傍宇宙の棒渦巻銀河について、現時点で星形成効率を正確に測定可能な銀河すべて(17個)を対象に、棒部の星形成効率を統計的に調査しました。星形成効率は星形成活動の強さを分子ガスの量で割ることで求めます。分子ガスの量は一酸化炭素(CO)が発する電波輝線を用いて測定されます。近年、野辺山45m望遠鏡やALMA望遠鏡による大規模プロジェクトをはじめとした、近傍の円盤銀河が対象のCO輝線観測が進んだおかげで、分子ガスのデータが大量に蓄積されています。また、星形成活動の強さは赤外線天文衛星(WISE)と紫外線天文衛星(GALEX)のデータをもとに求めることが可能です。研究グループは、これら蓄積されたデータを用いて棒渦巻銀河の星形成効率を求めました。ここで重要なのは、銀河の棒部の星形成効率を正確に求めるためには、棒部とそれ以外の領域(中心や渦巻腕など)とを区別できるだけの高い解像度が必要であるということです。今回、研究グループは棒部の大きさに対して星形成活動の強さと分子ガスのデータの解像度が十分高い銀河を抽出し、そのすべて(17個; 図2)について棒部の星形成効率を求めました。
図3左が得られた結果です。結果として、どの銀河においても棒部の星形成効率は渦状腕に比べて低いことがわかりました。つまり、棒渦巻銀河の棒部では系統的に星形成活動が抑制されていることが明確に確かめられたのです。また、中心部と、棒部と渦巻腕の結合部(バーエンドと呼ばれる)では星形成効率が渦巻腕と比べて高い傾向にあり、棒渦巻銀河の内部では渦巻銀河に比べて星形成効率が大小様々な値を示すことも明らかになりました(図3中)。
さらに、CO輝線の速度幅と星形成効率の間には負の相関があることがわかりました(図3右)。すなわち、渦巻腕に比べて速度幅が大きくなるほど、星形成効率が低くなる傾向が見られました。速度幅はガスの運動の激しさを表していると考えられていることから、この相関はガスの運動が激しい領域ほど星形成が抑制される傾向にあることを示唆しています。これらの結果は、より多くのデータに基づく統計的なアプローチにより、明確に観測された重要な発見と言えます。
- 図2:今回の研究で星形成効率を求めた17個の棒渦巻銀河の分子ガス分布の画像。等高線は星形成活動の強さを示しています。マゼンタの長方形が棒部、中心部、バーエンドの領域の定義です。左下の黒丸が画像の解像度であり、棒部とそれ以外の領域を区別できるだけの十分な解像度があることがわかります。
クレジット:東京大学
- <図3(左):中心部・棒部・バーエンドの星形成効率。黒バツは個別の銀河の結果を示しており、赤四角は17個の銀河の中央値を示しています。縦軸は渦巻腕の星形成効率との比をとっており、点線より下側に点が来ると、それは渦巻腕に比べて星形成効率が低いことを示します。この図から、棒部での星形成効率が渦巻腕に比べて低いことがわかります。(中):今回の研究から得られた棒渦巻銀河内部の星形成活動の描像。(右):棒部とバーエンド領域について星形成効率とCO輝線の速度幅の関係。渦巻腕に比べて速度幅が大きくなるほど、星形成効率が低くなる傾向が見られます。
クレジット:東京大学
今後の展開:
今回の結果から、棒部の星形成が抑制されており、この現象がガスの動きの激しさと連動していることが明らかになりました。棒渦巻銀河では、棒構造の存在によって銀河円盤の重力場が歪み、分子ガスが楕円軌道を描いたり、銀河中心へ向かったりすると考えられています。これらは渦巻銀河に見られる円運動とは異なるガスの流れであり、その影響でガスの運動が激しくなり、CO輝線の速度幅が広がると考えられています。しかしながら、「星形成を抑制する激しいガスの運動」というのが具体的にどのような現象を示しているのかはまだ解明されていません。解明に向けては、星の誕生場所となる分子雲の観測が今後重要になってきます。理論的な研究では、棒部で強い衝撃波やせん断運動により分子雲が破壊される、または、分子雲が高速で衝突し星形成が阻害されるといったシナリオが提唱されています。これらのシナリオを検証するため、棒部の分子雲の内部までわかるような高解像度で観測することが今後重要となってくると考えています。
用語解説
※1
近傍宇宙:宇宙のスケールから見て、太陽系からそれほど遠くない宇宙空間のことを指す呼称です。どの距離までの空間を近傍宇宙と呼ぶかについては明確な定義は無く、研究者や研究分野によって意味合いは異なります。今回研究では、約30メガパーセク、つまり、約1億光年以内程度の宇宙空間にある銀河を対象としました。
※2
速度幅:観測されるCO輝線は、ドップラー効果により観測者との視線方向の相対速度(視線速度)に応じて周波数が変化します。この周波数の変化量を測定することで、天体の視線速度を知ることができます。周波数で表された輝線の幅を視線速度に換算したものを「速度幅」と呼びます。速度幅が大きいことは、観測している領域のガスの相対速度が大きいこと、つまり領域内部のガス運動が激しいことを示しています。
掲載誌情報
【発表雑誌】The Astrophysical Journal
【論 文 名】Statistical Study of the Star Formation Efficiency in Bars: Is Star Formation Suppressed in Gas-Rich Bars?
【著 者】Fumiya Maeda, Fumi Egusa, Kouji Ohta, Yusuke Fujimoto, Asao Habe
【掲載URL】https://doi.org/10.3847/1538-4357/aca664