2023-06-08 東京大学
発表のポイント
- 施肥によりイネの分げつ数(穂数)が増える分子機構を明らかにし、その鍵となる遺伝子をゲノム編集技術によって改良することで、低施肥栽培での収量性を向上しました。
- 品種間差で同定済みの遺伝子ではない重要遺伝子を同定しました。そして、その遺伝子が働く組織やタイミングを変える変異を導入し、新しいイネ有用遺伝資源を創出しました。
- 将来的には低投入多収イネ品種育種の実現が期待されます。
Os1900遺伝子とOs5100遺伝子の二重変異体は分げつ数が増加し、結果として穂数も増加
発表概要
国立大学法人東京大学大学院農学生命科学研究科の井澤毅教授、国立大学法人京都大学化学研究所の山口信次郎教授、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構の杉本和彦主任研究員(研究当時、現領域長)らによる研究グループは、イネが施肥を受けた際に分げつ数(穂数)が増える分子メカニズムについて、植物ホルモンの一種であるストリゴラクトン(注1)の生合成に関わるOs1900遺伝子の転写(mRNA量)が施肥刺激によって減少することが主要な原因であることを明らかにしました。また、そのOs1900遺伝子の発現箇所・タイミングを変える変異を利用して、低施肥でも穂数が減らず、収量性を維持できる新規改良Os1900遺伝子を創出しました(図1、図2、図3)。
図1 ゲノム編集技術でOs1900遺伝子のプロモーター欠失変異体を作成
Os1900遺伝子の働く組織やタイミングをコントロールするプロモーター領域に、
ゲノム編集技術で欠失変異を導入し、9個の独立な欠失系統を作成した。
図2 Os1900遺伝子のM4プロモーター欠失変異では、低施肥栽培で種子収量が向上
通常の半分の施肥量、人工環境室での省スペース栽培
図3 フィールドトランスクリプトーム解析
水田で栽培しているイネの葉で働いているすべての遺伝子の発現量(mRNA量)を調べることで、
その中の107個の遺伝子の発現量が安定的に施肥に応答して変化していることを発見。
これまで、品種間の遺伝解析から、分げつ数(穂数)を制御しているのはOs900遺伝子とOs1400遺伝子の二つの関連遺伝子であると報告されていましたが、本研究ではまず、遺伝的な役割はそれらの相同遺伝子のひとつであるOs1900遺伝子の方が大きいことを明らかにしました。その上で、Os1900遺伝子をゲノム編集技術によって改変することで、新しい有用遺伝子を創出できたことは非常に新奇性が高い成果です。この新しく開発した遺伝子資源は、通常よりも低施肥で、高品質・高収量のイネ品種の育成に資すると期待され、SDGs時代のイネ育種に貢献できると考えられます。また、今回の成果では、遺伝子の機能喪失変異やアミノ酸配列を変える変異ではなく、働く組織やタイミングを変える変異が農学上・育種上有用であることを明らかにした点で、汎用性の高いメッセージがあり、非常に意義深い成果となっています。
発表内容
〈研究の背景〉
“緑の革命”に代表される多投入多収の品種育成では、持続的な作物生産が難しいことが明らかになってきています。世界の主要穀物であるイネは、施肥により、分げつ数(穂数)の品種間差の原因となる遺伝子として植物ホルモンのストリゴラクトンの生合成遺伝子の中で、P450タイプの酵素をコードするOs900遺伝子やOs1400遺伝子が同定されていました。中でも、Os900遺伝子は施肥により転写が減り、この遺伝子が鍵となるP450酵素遺伝子だと思われていましたが、分子遺伝学的な証明はされていませんでした。
〈研究の内容〉
通常栽培時に施肥によって転写量(mRNA量)に影響が出るイネ遺伝子を、野外の水田栽培で施肥の有無条件においてサンプリングした多数のイネの葉を解析し、再現性よく影響を受ける遺伝子を107個同定しました(図3)。
その中から、Os900遺伝子と似たP450酵素をコードするOs1900遺伝子を同定して、機能解析を始めました(図4)。イネゲノムには、4つの似たP450酵素があり、それらの解析を精力的に行ったところ、Os1900遺伝子とOs5100遺伝子の二重変異体でのみ、通常施肥での分げつ数の顕著な増加が確認出来ました(図5)。
図4 解析遺伝子の絞り込み
107個の遺伝子の中で施肥の効果が他の栽培環境より顕著な遺伝子を探索し、
Os1900(OsID Os02g0221900)を発見。
図5 変異体表現型
Os1900とOs5100(Os1900の相同遺伝子)の二重変異体でのみ分げつ数の増加を確認。
一方で、既報のOs900やOs1400遺伝子の変異体は、顕著な分げつ数の増加を示しませんでした(図6)。
図6 二重変異体表現型
既報で報告のあるOs900遺伝子とOs1400遺伝子の二重変異体は効果が弱かった。
そこで、機能型遺伝子を持つ品種コシヒカリと、Os1900遺伝子とOs5100遺伝子の二重変異体からのサンプルをLS-MS測定機器を用いて、生化学解析したところ、二重変異体の茎葉部では、カーラクトン(注2、以下CL)の異常なまでの蓄積が観察されたのに対し、カーラクトンから作られるストリゴラクトンの一種であるカーラクトン酸(以下CLA)の量は著しく減少していました(図7)。つまり、イネのストリゴラクトンの生合成の主要な遺伝子は、Os1900とOs5100であることが分子遺伝学的に生化学的なデータで示されたのです。
図7 ストリゴラクトンの生化学解析
Os1900遺伝子とOs5100遺伝子の二重変異体では、ストリゴラクトン合成の基質となるカーラクトン(CL)が、
異常なほどの高蓄積をしていた。
しかしながら、Os1900遺伝子もOs5100遺伝子も単独の変異では明確な分げつ数の増加を示しません。また、Os1900遺伝子は施肥で転写が抑えられる遺伝子であるのに対し、Os5100遺伝子はそういった反応を示しません。そこで、Os1900遺伝子の転写制御を担うプロモーター領域に、数百bpの欠失を起こすゲノム編集技術によるプロモーター変異体を、9系統作成し(図1)、発現解析、表現型解析、収量性調査(人工環境下)を行いました。その結果、複数の系統で、通常の半分の量の施肥でも、変異のない品種と比べて分げつ数が増える系統が発見され(図8)、そのうち一系統は収量性の増加も再現性よく確認されました。残りの多分げつ変異体は、稔性への悪影響があり、収量性の増加は確認できませんでした(図2)。
図8 Os1900遺伝子のプロモーター欠失変異体での分げつ数の経時的変化
Os1900遺伝子とOs5100M4系統以外でも、増加系統を示す系統が存在する。
これらの結果より、本研究グループは分子遺伝学的に重要な貢献をしているOs1900遺伝子のプロモーター変異から、低投入での栽培に資する新規改良Os1900遺伝子を創出することに成功しました。
〈今後の展望〉
肥料の低投入でも収量を確保できる遺伝資源として、DNAマーカー化しての交配育種での利用も考えられます。また、ゲノム編集技術で別系統に同様な欠失変異を導入することでの社会実装も現実的です。これまで作物で同定された多くの農業的に有用な遺伝子に関して、本研究成果のようなプロモーター改変を使った新しい育種資源の探索・開発は、これからのゲノム編集を用いた育種利用の典型になると考えられます。
研究グループ
国立大学法人 東京大学 大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻
井澤 毅(教授)
伊藤 純一(准教授)
サイ キンエイ(博士課程)
味谷 雅之(博士課程:研究当時)
西出 典子(学術専門職員)
国立大学法人 京都大学 化学研究所 生体機能化学研究系
山口 信次郎(教授)
増口 潔 (助教)
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
杉本 和彦
黒羽 加奈(研究補助員:研究当時)
発表雑誌
- 雑誌
- Nature Communications
- 題名
- Fertilization controls tiller numbers via transcriptional regulation of a MAX1-like gene in rice cultivation
- 著者
- Jinying Cui、 Noriko Nishide、 Kiyoshi Mashiguchi、 Kana Kuroha、 Masayuki Miya、 Kazuhiko Sugimoto、 Jun-Ichi Itoh、 Shinjiro Yamaguchi、 and Takeshi Izawa*(*は責任著者)
- DOI
- doi.org/10.1038/s41467-023-38670-8
- URL
- https://doi.org/10.1038/s41467-023-38670-8
研究助成
本研究は、生物系特定産業技術研究支援センタームーンショット型農林水産研究開発事業「サイバーフィジカルシステムを利用した作物強靭化による食料リスクゼロの実現」(JPJ009237)、ヒューマンフロンティアサイエンスプログラム(RGP0011/2019)、日本学術振興会科学研究費補助金(JP17H06246、JP22H00367、JP22H05172、JP22H05180、JP19H02892、JP17H06474)、京大化研共同研究プログラム(grant#2020-92)の支援により実施されました。
用語解説
注1 ストリゴラクトン
今から約60年前に、根寄生植物の種子発芽刺激物質として、ワタの根滲出液から発見されたストリゴール及びその類縁体の総称であり、研究の進展と共に多様な分子種が存在することが明らかになっているカロテノイド由来の化合物。その後、2005年には、ストリゴラクトンが陸上植物の約80%と共生するアーバスキュラー菌根菌の菌糸分岐を誘導し、植物と菌根菌の共生を促進させる働きを有することが報告された。さらに2008年には、ストリゴラクトンが植物の枝分かれを制御する植物ホルモンであることが明らかとなった。最近の研究では、ストリゴラクトンは枝分かれを制御するだけではなく、葉の老化や根の形態形成など植物の様々な成長段階で役割を果たしていることが報告されている。
注2 カーラクトン
ストリゴラクトン合成の中間体であり、Os1900やOs5100の基質。
問い合わせ先
〈研究に関する問合せ〉
東京大学大学院農学生命科学研究科
教授 井澤 毅(いざわ たけし)