2022-12-01 理化学研究所
理化学研究所(理研)革新知能統合研究センター 防災科学チームの岡﨑 智久 研究員、上田 修功 チームリーダーらの共同研究チームは、物理法則を組み込んだ深層学習[1]による革新的な地殻変動[2]解析を実現しました。
本研究成果は、地震の発生過程の解明や将来の地震発生ポテンシャルの評価に向けた、深層学習による新たな解析方法の発展に貢献すると期待できます。
従来の地殻変動解析では、解析領域を単純な「メッシュ」に分割しコンピュータで計算します。しかし、複雑な地形や地下構造を正確に表現するには、細分化された多くのメッシュが必要とされるため、計算量が膨大になるという問題がありました。
今回、共同研究チームは、深層学習に物理法則の情報を組み込むことにより、地震に伴う地殻変動の新たなモデリングの手法を考案しました。この手法では、地殻の「連続的な」変動を柔軟にモデル化できるため、これまで困難だった複雑な地下構造など、多様な問題設定における地震解析研究が進展すると考えられます。
本研究は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(11月19日付)に掲載されました。
物理法則を組み込んだ深層学習による地殻変動解析
背景
人工衛星を用いた観測技術の進展・整備により、現在では、地震などの自然現象による地殻変動を精密に測定できるようになりました。観測データを物理法則に基づく理論モデルと比較することで、巨大地震による破壊が進展する様子や将来の地震発生ポテンシャルを理解できます。
現実の地形や地下構造をできるだけ正確に反映した理論モデルのシミュレーションを実施するために、これまでさまざまな数値解析手法が提案されてきました。これらの手法では、一般に解析領域を単純な「メッシュ」に分割し、コンピュータ上でメッシュごとに計算を実行します。
しかし、複雑な地形や地下構造をできるだけ正確に表現するには、より細分化されたメッシュを用いる必要があります。そのため、高度なメッシュ生成技術が必要とされ、多数のメッシュを用いることから、計算量が膨大になるという問題があります。また、直接見ることのできない地球内部の構造や断層運動の様子を詳細にモデル化することは困難であり、モデルの不確かさを考慮した解析は容易ではありません。
研究手法と成果
共同研究チームは、近年、深層学習分野で開発された「物理法則を組み込んだ深層学習(Physics-Informed Neural Network:PINN)」を用いて、従来の数値解析手法とは異なる原理に基づいた、地殻変動の理論モデルのシミュレーションに成功しました。
深層学習は、一般にビッグデータを学習することで現象に潜む法則性を見いだします。一方で最近、深層学習モデルに物理法則を学習させる技術が登場し、必ずしもビッグデータが得られない自然科学分野においても、深層学習を活用できる状況が整いつつあります。深層学習では、従来のメッシュを用いる数値解析手法と異なり、現象を「連続的」に表現できるという利点があります。
PINNを地震に伴う地殻変動の解析に応用しました(図1)。本手法では、地球内部の位置を入力するとその場所での地殻の変位量が出力するように、ニューラルネットワーク[3]を構成し、岩石内部に働く力と岩石の変形の関係を記述する弾性体力学[4]の法則を満たすようにモデルを学習します。
PINNを地震現象に適用する際、地震時に断層両側の動きに「ずれ」、すなわち不連続が生じます。そのため、現象を連続的に扱う深層学習モデルを単純に適用しようとすると、断層付近の変動を表現できないという技術的な問題が発生しました。これに対し、入力となる位置情報を適切に変換(極座標変換[5])することで、全解析領域における正確な解析が可能になりました。
図1 従来手法と本手法における解析領域の表現方法
地下構造の断面図。配色は地下を構成する岩石の硬さを表している。
a)従来の数値解析手法におけるモデル領域。断層や地下構造を多くのメッシュに分割して表現する。
b)本研究の深層学習におけるモデル領域。断層や地下構造の形状・変化を連続的に表現する。
この地殻変動解析を横ずれ断層[6]と呼ばれる地震に対し実施したところ、断層や地形が連続的に曲がった形状を持つ場合や、地下構造の性質が急激に変化する場合においても、正しく解析できることが実証されました(図2)。従来手法では、解析領域の構造に応じてメッシュを使い分ける必要がありますが、本手法では多様な問題設定において、同様のモデル設計・解析方法でシミュレーションできることが示されました。
図2 物理法則を組み込んだ深層学習(PINN)による地殻変動の解析結果
地下構造の断面図。配色は地震による地殻の変形(ひずみ)の計算結果を表している。断層や地形の連続的に曲がった形状や、断層や地下構造の急激な変化によるひずみの変化が解析できている。
今後の期待
本研究では、従来手法とは異なる原理に基づく地殻変動解析を実現しました。新手法では、断層や地下構造を、メッシュを用いることなく連続的に表現でき、複雑な構造や物理的性質を持つ現象に比較的容易に拡張できると期待できます。
深層学習は従来の数値解析手法に対し、観測データや不確実な条件を柔軟にモデルに組み込めるという利点があります。断層運動や地下構造の理解に不確かさがある現実の問題に対し、物理法則と観測データを相補的に融合させた地殻変動のモデリング研究への発展も期待できます。
補足説明
1.深層学習
大規模な統計モデルを構築し、データに潜む関係性を学習することで、高度な予測を行う情報技術。人工知能(AI)の中核技術として、画像認識や翻訳などさまざまな分野で著しい成功を収めている。
2.地殻変動
地震や火山など地球内部の自然現象により、大地(地殻)が変形する現象。人工衛星を用いた観測により精密に測定できる。
3.ニューラルネットワーク
入力を変換する基本的な処理単位をネットワーク上に結合することで、入出力間の複雑な関係性を表現する数理モデル。深層学習の代表的な要素技術である。
4.弾性体力学
岩石などの固体の内部に働く力(応力)と変形(ひずみ)の関係を記述する理論。弾性とは、バネやゴムのように力を加えると変形し、取り除くと元に戻る性質をいう。
5.極座標変換
空間内の位置を指定する数の組を座標という。極座標変換は、2次元平面において、基準点からの縦・横方向の位置を指定する直交座標から、基準点からの距離と角度を指定する極座標へ、座標や物理量を変換する数学的操作を指す。
6.横ずれ断層
地震時に断層両側が水平方向にずれ動く断層。2016年熊本地震など、主に内陸地震に見られる。
共同研究チーム
理化学研究所 革新知能統合研究センター 防災科学チーム
研究員 岡﨑 智久(オカザキ・トモヒサ)
嘱託職員 平原 和郎(ヒラハラ・カズロウ)
チームリーダー 上田 修功(ウエダ・ナオノリ)
名古屋大学大学院 環境学研究科 附属地震火山研究センター
准教授 伊藤 武男(イトウ・タケオ)
原論文情報
Tomohisa Okazaki, Takeo Ito, Kazuro Hirahara, Naonori Ueda, “Physics-informed deep learning approach for modeling crustal deformation”, Nature Communications, 10.1038/s41467-022-34922-1
発表者
理化学研究所
革新知能統合研究センター 防災科学チーム
研究員 岡﨑 智久(オカザキ・トモヒサ)
チームリーダー 上田 修功(ウエダ・ナオノリ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当