2022-07-05 農研機構,株式会社ハウス食品分析テクノサービス
ポイント
農研機構とハウス食品分析テクノサービスは、食品に混入した昆虫の加熱履歴を評価する新しい遺伝子検査技術を開発しました。この検査技術を利用した受託検査サービスが7月5日にハウス食品分析テクノサービスにより開始されました。
概要
農研機構は、DNAの分解の程度を測定するFRED(フレッド)法1)という分析技術をこれまで開発してまいりました。この度、株式会社ハウス食品分析テクノサービス(以下、ハウス食品分析テクノサービス)との共同研究において、DNAが熱で分解する性質を利用し、食品に混入した昆虫の加熱履歴2)をFRED法で評価できることを明らかにしました。
食品に害虫等の異物が見つかった際には、製造から消費までのどの段階で異物が混入したのかを明らかにする目的で、異物の加熱履歴の評価が必要になる場合があります。今回の共同研究で得られた成果をもとに、ハウス食品分析テクノサービスでは、食品への混入報告の多いクロゴキブリを対象とした加熱履歴の受託検査サービス3)を開始しました。
昆虫の加熱履歴を評価する方法として、昆虫の細胞に含まれる酵素の働きを測定する方法がこれまで一般的に用いられてきましたが、誤判定が生じやすい等の課題が残されていました。これまでの方法とは測定原理が異なる、特定の生物種のみを対象とする遺伝子検査で加熱履歴の定量的な評価を実現したことにより、従来よりも信頼性の高い検査が可能になります。受託検査の結果にもとづいて異物が混入した時期を推定することで、異物を発見した消費者への対応や、必要に応じた製品の回収等、食品事業者による適切な意思決定が可能になります。また、異物混入の原因究明により、食品の安全性・信頼性の向上が期待できます。なお、開始した受託検査サービスには、評価可能な条件に制約がありますので、案件によっては受託できない可能性があります。詳細はハウス食品分析テクノサービスまでお問い合わせください。
関連情報
予算:運営交付金
問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構食品研究部門 所長 亀山 眞由美
研究担当者 :
同 食品加工・素材研究領域 上級研究員 真野 潤一
広報担当者 :
同 研究推進部 研究推進室長 中村 敏英
受託検査担当窓口:
株式会社ハウス食品分析テクノサービス 門田 陽子
詳細情報
研究開発の背景と経緯
多くの食品事業者では、商品に異物が混入しないよう細心の注意が払われていますが、混入をゼロにすることは容易ではありません。異物が混入した場合には、科学的な分析結果にもとづいて、異物がいつどこで混入したかを明らかにし、万が一、製造工程で混入した場合には、改善策を講じることが望まれます。ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)が普及した現代社会では、異物混入に関する情報を消費者が簡単に発信できるようになり、以前に比べて異物混入による風評被害が生じやすい傾向にあります。消費者によるSNSの投稿が発端となり、製品の大規模な回収につながった例も知られています。異物混入が食品産業界にとって大きな課題となっている社会情勢を受けて、農研機構とハウス食品分析テクノサービスは、異物が混入した時期の推定に役立つ加熱履歴の評価方法の開発に取り組みました。
農研機構では、DNAの分解の程度を測定することができる独自の分析技術、FRED法を開発していました。生物の細胞に含まれるDNAは加熱や加圧などによって徐々に分解されますが、FRED法は、このDNAの分解の程度を、増幅長4)の異なる複数のリアルタイムPCR5,6)を利用して定量的に測定する技術です。増幅長の短いリアルタイムPCRがDNAの分解の影響を受けにくい一方で、増幅長の長いリアルタイムPCRは、DNAの分解の影響で増幅効率が大きく低下します。このため、増幅長の短いリアルタイムPCRと増幅長の長いリアルタイムPCRの差を調べることで、DNAの分解の程度を定量的に測定することができます(図1)。
昆虫の加熱履歴を評価する方法として、昆虫の細胞に含まれるカタラーゼ7)という酵素の働きを確認する方法がこれまで一般的に用いられてきました。しかし、この方法は微生物の影響で誤判定が生じやすく、加熱の程度の定量評価が難しいという課題が残されていました。こうした技術的課題を克服するため、農研機構とハウス食品分析テクノサービスは、FRED法を用いた食品異物8)の加熱履歴の評価を試みました。
開発した技術の特徴
今回の共同研究では、風評被害の原因になりやすく、加工食品への混入報告の多いクロゴキブリを対象としたFRED法を新たに開発し(図2)、その方法でクロゴキブリの加熱履歴を定量的に評価できることを明らかにしました(図3、4)。従来の酵素の働きを測定する方法とは測定原理が異なる、特定の生物種のみを対象とした遺伝子検査を新たに採用したことで微生物の影響を受けにくくなり、さらに、定量的な評価を実現したことで、従来よりも信頼性の高い検査が可能になりました。
この研究成果をもとに、ハウス食品分析テクノサービスではクロゴキブリを対象とする加熱履歴の受託検査を7月5日に開始しました(受託検査サービスウェブサイト URL:https://food-analab.jp/news/index.html)。この受託検査サービスでは、実際に食品から発見されたクロゴキブリと、その食品の製造条件と同様の加熱処理を施したクロゴキブリのDNAの分解を比較します。これにより、製造から消費までのどの段階で異物が混入したのかを推定することができます。この受託検査サービスにより、異物を発見した消費者への対応や必要に応じた製品の回収等、異物発見後における食品事業者の適切な意思決定が可能になり、異物混入による風評被害等の悪影響が小さくなることが期待されます。また、異物混入の原因究明により、食品の安全性・信頼性の向上が期待できます。
なお、受託検査サービスには評価可能な温度範囲(110°C以上のレトルト加熱のみ可能)や条件に制約がありますので、案件によっては受託できない可能性があります。詳細は、ハウス食品分析テクノサービスまでお問い合わせください。
今後の予定・期待
開始した受託検査サービスはクロゴキブリを対象とするものですが、DNAはどんな昆虫にも含まれていることから、食品に混入する恐れのある様々な昆虫の分析にFRED法を応用することが可能と考えられます。検査の適用範囲の拡大や更なる測定精度の向上に向けて、今後も研究開発を継続する予定です。農研機構は、食品産業の発展のため、食品異物の分析技術について今後も研究開発に取り組んでまいります。
用語の解説
- 1)FRED(フレッド)法
- 増幅長の異なる複数のリアルタイムPCRを用いてDNAの分解の程度を定量的に評価する分析技術。農研機構が、株式会社日清製粉グループ本社、株式会社ニップンと共同で開発した(特許第6120279号)。FREDは、Fragmentation analysis using multiple Real-time PCRs with Equivalent amplification efficiency and Different amplicon sizesの略。
- 2)加熱履歴
- 食品が製造工程で受けた加熱の程度。
- 3)受託検査サービス
- 費用を受けて検査を請け負うサービス。
- 4)増幅長
- PCRで増幅するDNA領域の長さ。DNAを構成している塩基対(ベースペア、bp)を単位として一般的に表記される。
- 5)PCR
- ポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction)の略。DNAポリメラーゼという酵素の働きを利用し、一連の温度変化のサイクルを経て、特定のDNA領域をねずみ算式に増幅する反応。少量のDNAサンプルからその詳細を研究するために必要な量まで増幅できることから、現在ではPCRが生物学や医学をはじめとする幅広い分野で遺伝子解析の最も基本的な方法として利用されている。
- 6)リアルタイムPCR
- PCRによってDNAが増幅する様子を専用の装置でリアルタイムに測定し、増幅率にもとづいて反応に存在したDNAの定量を行なう技術。現在では、食品や医療分野の検査にも頻用されている。
- 7)カタラーゼ
- 過酸化水素を酸素と水に分解する酵素。
- 8)食品異物
- 生産、貯蔵、流通の過程で不適切な取扱いに伴って、食品中に侵入または迷入したあらゆる有形の外来物。代表的な異物として、昆虫や毛髪、植物片、カビ、プラスチックやゴム片等が挙げられる。異物として報告が多いものにクロゴキブリがある。
参考
- 参考1
- 農研機構ウェブサイト普及成果情報「食品加工の程度を見える化するDNA断片化測定技術FRED法」(https://www.naro.go.jp/project/results/4th_laboratory/nfri/2017/17_055.html)
- 参考2
- 門田陽子ら、FRED法を用いた昆虫異物の混入時期推定法の開発、第115回日本食品衛生学会学術講演会要旨集、165ページ、2019年
- 参考3
- 特開2020-162586「生物の死亡時期の判定方法」、2020年10月8日」
参考図
図1 FRED法の概要
図中央の3つのグラフはリアルタイムPCRの測定結果を模式的に示したものである。
グラフ横軸の「サイクル数」は、PCRに必要な温度サイクルの回数を、グラフ縦軸の「蛍光強度」は、増幅されたDNA分子の数に対応して検出される蛍光の強さを表している。
図2 分析対象となるクロゴキブリと分析の流れ
図3 開発したFRED法による分析結果の例
未加熱のクロゴキブリ試料の分析結果(図左側)では、増幅曲線の差(ΔΔCq)は非常に小さい値を示す。一方、加熱されたクロゴキブリ試料の分析結果(図右側)では、増幅曲線の差(ΔΔCq)が大幅に増加する。このように、増幅曲線の差(ΔΔCq)にもとづいてクロゴキブリの加熱履歴を評価することができる。なお、グラフ横軸の「サイクル数」は、PCRに必要な温度サイクルの回数を、グラフ縦軸の「蛍光強度」は、増幅されたDNA分子の数に対応して検出される蛍光の強さを表している。
図4 開発した分析法の定量性
FRED法の測定結果である増幅曲線の差(ΔΔCq)は、クロゴキブリ試料の加熱時間に対応して増加する(図左側)。また、クロゴキブリ試料の加熱温度にも対応して増加する(図右側)。
このように、クロゴキブリの加熱履歴をFRED法により定量的に評価することができる。