2022-04-19 国立極地研究所
国立極地研究所の木村眞特任教授、山口亮准教授、今栄直也助教らの研究グループは、ニューヨーク市立大学クイーンズ校のワイスバーグ教授らとともに、2008年にスーダンに落下したアルマハタシッタ隕石の岩片「MS-177」(図1)を分析しました。
MS-177は、隕石の分類上、エンスタタイト・コンドライトに分類されます。エンスタタイト・コンドライトは極めて還元的な環境下で生じた物質で構成されていることが特徴で、分析にあたっては、エンスタタイト・コンドライトの中でも、同じELグループに分類される国立極地研究所所有の南極隕石「Asuka-881314」を比較対象としました。その結果、Asuka-881314が加熱作用を受けていない一方で、MS-177は衝突による短時間の加熱作用を受けていたことが明らかになりました。
エンスタタイト・コンドライトは、地球と安定同位体組成などで類似している隕石とされ、地球の始源物質の解明にも重要な試料となるものです。本研究は、エンスタタイト・コンドライト天体に頻繁な衝突現象が起こっていたことを示しており、太陽系初期の天体形成過程の解明に寄与するものです。
図1:アルマハタシッタ隕石MS-177の光学顕微鏡写真。多くの球粒(コンドルール)が含まれます。全体が暗色なのは激しい衝突現象を反映するものです。写真の横幅は2.5mmです。
研究の背景
アルマハタシッタ隕石は、小惑星として観測されてから地球に落下し、その後すぐ回収された初の隕石です。このことは地球に落下してからの汚染が少ないこと、また小惑星と隕石との関係を明瞭に示すものとして重要です。この隕石は、様々な起源を持つ岩片が混合してできている角礫岩で、岩片ごとにその組成や分類が変化に富んでいることが大きな特徴となっています。
本研究では、この隕石に含まれる岩片「MS-177」を対象としました。MS-177は隕石学的にはエンスタタイト・コンドライト(Eコンドライト)に分類され、また、鉄の存在量が少ないことから、エンスタタイト・コンドライト中のEL(Low iron)グループに属します。本研究では、同一グループに属する隕石の形成環境の多様性を調べるため、同じELグループの南極隕石Asuka-881314と比較することにしました。
研究の内容
ELコンドライトの特徴は様々な特異な鉱物が含まれることです。普通の隕石や地球の岩石ではケイ素はケイ酸塩鉱物に含まれますが、エンスタタイト・コンドライトでは金属鉄にも含まれます。またマグネシウムやカルシウムといったケイ酸塩鉱物を特徴づける元素がエンスタタイト・コンドライトでは硫化鉱物にも含まれます。これらの特徴はエンスタタイト・コンドライトの始源物質や母天体が他のコンドライトより還元的な環境下で生じたことを示しています(文献1)。今回の分析でも、MS-177、Asuka-881314にはこれらの鉱物がどちらにも含まれ、ELグループの特徴を有していることが確認されました。
次に、MS-177とAsuka-881314の岩石組織の特徴を明らかにするため、光学顕微鏡を用いた観察を行いました。その結果、どちらにも、主にケイ酸塩鉱物で構成される球粒(コンドルール)が多く含まれていました(図1)。このようなコンドルールが多い隕石はタイプ3に分類され、始源的特徴を保持した種類の隕石であること、すなわち、形成後にほとんど加熱を受けていないことを示しています(文献1)。このように本研究で調べた2つの隕石はELグループのタイプ3であることから「EL3」と分類されます。
2つの隕石は同じEL3に分類された一方で、異なる点も明らかとなりました。MS-177はAsuka-881314や他のEL3と同様に還元的環境下で生じた鉱物から構成されていますが、構成鉱物の存在量や組成は異なっていました。MS-177の鉱物組成は、形成後、加熱を受けたことを示していました。これは、Asuka-881314や、他のEL3隕石がそのような加熱を受けていないことと対照的です。さらに、極地研で開発されたX線回折を用いた手法による分析(文献2)などから、MS-177が受けた加熱の最高到達温度はMS-177が融けるほどではなく、また加熱時間が短時間であったこともわかりました。そのため、コンドルールが保持されていたのです。この短時間の加熱の原因としてはこの隕石がもともと含まれていた小惑星同士の衝突が有力なものと考えられます。
研究の意義
タイプ3に属する隕石はエンスタタイト・コンドライト以外の他の種類のコンドライトにもあり、これらは形成後に加熱作用はほとんど被っていないことが分かっています。一方、エンスタタイト・コンドライトではMS-177のように加熱されたものもあることが従来から知られていました。しかしながらその原因は明らかではありませんでした。今回の研究により、衝突に伴う短時間の加熱が有力であることが明らかになりました。このことはエンスタタイト・コンドライト天体には衝突現象が特に頻繁に起こっていたことを示すものです。これは天体の初期の形成過程を明らかにするために重要な知見です。
発表論文
掲載誌:Progress in Earth and Planetary Science
タイトル:An Almahata Sitta EL3 fragment: implications for the complex thermal history of enstatite chondrites
著者:
木村 眞(国立極地研究所 地圏研究グループ 特任教授)
Weisberg M.K.(ニューヨーク市立大学クイーンズ校 教授)
高木 阿沙子(茨城大学理学部 大学院生)
今榮 直也(国立極地研究所 地圏研究グループ 助教)
山口 亮(国立極地研究所 地圏研究グループ 准教授)
DOI:10.1186/s40645-021-00447-2
URL:https://progearthplanetsci.springeropen.com/articles/10.1186/s40645-021-00447-2
論文出版日:2021年10月2日
文献
文献1:Weisberg M. K. and Kimura M. 2012. The unequilibrated enstatite chondrites. Geochemistry 72: 101-115.
文献2:南極隕石ラボラトリーで普通コンドライトの新たな分類決定手法を開発(2019年5月14日)
研究サポート
本研究に当たってはJSPS科研費18K03729、極地研のプロジェクト研究KP307及び一般共同 26-30の助成を受けました。出版は極地研論文出版支援プログラムの補助によります。