北極温暖化の将来予測に貢献
2021-11-05 名古屋大学,東京大学, 国立極地研究所,気象研究所
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学宇宙地球環境研究所の大畑 祥 助教、東京大学大学院理学系研究科の小池 真 准教授、アルフレッド・ウェゲナー極地海洋研究所(ドイツ)のアンドレアス ハーバー 博士らの研究グループは、気象庁気象研究所・国立極地研究所との共同研究で、春季の北極大気中の黒色炭素エアロゾル(BC)注1)濃度の年々変動が、中緯度の森林火災の発生規模の年々変動により強く支配されていることを新たに解明しました。化石燃料の燃焼や森林火災などにより大気に放出されるBCは、太陽放射を吸収し大気を加熱する効果を持ちます。北極域に存在するBCの多くは北極圏外から輸送され、北極域の温暖化や雪氷の融解促進に寄与していると考えられていますが、観測は限られており、さまざまな発生源の寄与や気候影響の推定には大きな不確実性が残っています。
本研究では、航空機を用いた国際共同観測により、北極域の春季のBCの鉛直積算量注2)の年々変動が、中緯度の森林火災の発生数の変動とおおむね一致することを明らかにしました。また、数値モデル注3)によるシミュレーションと観測の比較から、これまで想定されていた森林火災によるBCの排出量は、大幅に過小評価されている可能性が示されました。本研究で得られた観測結果は、BCの気候影響を評価するさまざまな数値モデルの検証と改良に役立てられ、より正確な気候影響の推定に結びつくことが期待されます。
本研究成果は、2021年11月4日16時(日本時間)付国際学術雑誌「Atmospheric Chemistry and Physics」に掲載されます。
ポイント
・航空機を用いた国際共同観測により、北極域の春季の黒色炭素エアロゾル(BC)の鉛直積算量が中緯度の森林火災によって強く支配されていることを解明した。
・数値モデルによるシミュレーションと観測の比較から、数値モデルは化石燃料の燃焼由来のBCを比較的良く再現しているのに対し、森林火災由来のBCを大幅に過小評価している可能性が示された。
・本研究で得られた観測結果は、BCの気候影響を評価するさまざまな数値モデルの検証と改良に役立てられ、より正確な気候影響の推定に貢献することが期待される。
研究背景
北極域の地表付近の年平均気温は、地球全体の平均に比べて約2倍の速さで上昇しています。温暖化の主な要因は、二酸化炭素濃度の全球的な増加にありますが、他の物質も北極域の温暖化を増幅させていると考えられています。そのなかでも、黒色炭素エアロゾル(BC)は、温暖化を加速させる物質として注目されてきました。BCは化石燃料やバイオマスの燃焼で発生するエアロゾル(微粒子)であり、太陽放射を吸収して大気を加熱する効果や、雪氷面に沈着することにより雪氷面の反射率を低減させて雪氷の融解を促進する効果があります。
北極域に存在するBCの多くは、北極圏外で発生し、北極域に輸送されたものと考えられています。しかし、人為起源のBC(主に化石燃料等の燃焼起源)と森林火災起源のBCの排出量の見積もりには不確実性があり、北極域のBCに対するそれぞれの発生源の寄与の推定にも大きな不確実性が残っています。北極域のBCの質量濃度の高度分布は、これらの発生源や輸送過程を解明するための有用なデータであるものの、北極域での航空機観測でしか得られないために、過去の観測は限られていました。また、これまでは各航空機観測の事例解析が主に行われ、各観測結果を相互に比較した解析は行われていませんでした。北極の気候予測などに使用される数値モデルによる、北極BC濃度の年々変動の再現性検証のためにも、このような高度分布全体の年々変動を、総合的に評価する研究が必要となっていました。
研究内容と成果
本研究では、航空機を用いた国際共同観測プロジェクト(PAMARCMiP)に参加し、2018年の3-4月に北極域のBC濃度を高度5kmまで精密に測定しました。観測は、グリーンランド北東端に位置するNord基地を拠点とし、アルフレッド・ウェゲナー極地海洋研究所(ドイツ)が運用する、観測専用航空機(Polar 5)を使用して実施しました。北極域の春季は、BC濃度が他の季節と比べて高く、また入射する日射量が増加することから、BCの大気加熱効果(正の放射強制力注4))が大きくなることが知られています。2018年春季の観測で得られた結果と、過去に北極域の春季に実施された航空機観測(2008年ARCTAS、2010年HIPPO、2015年NETCARE)の結果を比較し、BCの年々変動の要因を調べました。
図1:(左) 北極域における4つの航空機観測プロジェクトで得られたBC質量濃度の高度分布。マーカーは各高度のBC濃度の中央値、バーは四分位範囲を表す。(右)各観測期間のBC鉛直積算量。青のマーカーは観測結果の中央値(バーは四分位範囲)、黄色と黒の縦棒は、気象研究所の地球システムモデルでシミュレーションされた人為起源のBCと森林火災起源のBCの鉛直積算量(北極域内の平均値)を示している。赤の縦棒は、各観測期間の開始14日前から観測終了までの期間に、人工衛星(MODIS)により北緯50 度以北で検出された火災の日平均数を表す。
その結果、本研究グループが2018年に観測した大気中のBC濃度は7-23 ng m–3(各高度の中央値)であり、これは2010年の観測結果と同程度であることが分かりました(図1左)。一方、これらと比較して、2008年と2015年は高度5kmまでの全高度に渡りBC濃度が系統的に高かったことが明らかになりました。各年の観測領域や観測期間は限られたものではあるものの、この比較結果から北極域の春季のBC濃度の年変動が非常に大きいことが示されました。
この年々変動の要因を探るため、人工衛星(MODIS)により北緯50度以北で検出された森林火災の数(fire count)の日平均値を、各航空機観測の期間に対して算出し、航空機で観測された北極域の地表から高度5kmまでのBCの鉛直積算量と比較しました(図1右)。その結果、BCの鉛直積算量の年々変動が、人工衛星による森林火災の検出数の相対的な変動とおおむね一致していることが分かりました。さらに詳細な解析から、この検出数の年々変動は、主に中緯度の東西ユーラシア(北緯45–60度、東経30–50度・100–130度)の森林火災の検出数の変動と対応していることが明らかになりました。これは、中緯度の森林火災が北極域のBCの重要な発生源であることを強く示唆しています。
2018年の観測時には森林火災の影響は小さかったものの、時折汚染大気の層を航空機の窓から目視で確認することができました(図2)。解析の結果、この汚染大気の発生源も中緯度の森林火災であると推定されますが、2008年や2015年の観測期間には、より多くの森林火災由来の汚染大気が、中緯度から北極域に長距離輸送されたものと考えられます。
図2:2018年の航空機観測(PAMARCMiP)時に機内から撮影された写真。汚染大気の層が見られた。模式図は中緯度から北極域に輸送されるBCを表す。
本研究グループはさらに、観測で明らかになったBC鉛直積算量の年々変動を、数値モデルによるシミュレーションで再現することができるか調べました(図1右)。数値モデルは、人為起源のBCと森林火災起源のBCの寄与を分けて計算することができます。このシミュレーションと観測の比較の結果、森林火災の発生数が少なかった2010年と2018年は数値モデルが観測を比較的良く再現しているのに対し、森林火災が多かった2008年と2015年は数値モデルが観測より明らかに小さな値となることが分かりました。このシミュレーションは、名古屋大学と気象研究所の2つの異なる数値モデルを用いて実施され、いずれも同様の傾向の結果が得られています。これは、現在の数値モデルは人為起源のBCの寄与をおおむね良く再現できているのに対し、森林火災起源のBCの寄与を大幅に(3分の1程度に)過小評価していることを示しています。
成果の意義
北極域におけるBCの放射強制力は、BC質量濃度が高く、入射する日射量が増加する春季に最も大きくなります。また、BCの加熱効果によって雪氷の融解時期がわずかに変化するだけでも、北極域の放射収支に影響があると考えられています。そのため、春季のBC濃度の高度分布の実態の把握や、その変動の理解は重要です。本研究で示された観測結果は、BCの気候影響を評価する数値モデルの検証と改良に役立つ貴重な基礎データであり、より正確な気候影響の推定に貢献することが期待されます。
本研究により、少なくとも本研究で比較検討された時期については、中緯度の森林火災で発生するBCの排出量が、数値モデルで過小評価されていることが示唆されました。地球温暖化が進むにつれ、さまざまな地域で森林火災の発生頻度や規模が増大する可能性があります。森林火災によるBCの排出量の将来的な変化が、北極域のBCの存在量や放射強制力に強く影響を与えると考えられ、今後の継続的な観測と数値モデルの改良が求められます。
注
注1:黒色炭素エアロゾル(BC)
化石燃料の燃焼過程や森林火災で発生するスス粒子のこと。本研究では、レーザー誘起白熱法という手法を用いた測定器により、航空機の機内に吸引した外気に含まれる粒子を個別に検出し、単位体積の空気に含まれるBCの総質量(BC質量濃度 [ng m–3])を測定した。
注2:BCの鉛直積算量
航空機観測により各高度で測定されたBC質量濃度を、地表から高度5kmまで積算した量。単位面積の気柱に含まれるBCの総量を表す。単位は[mg m–2]。
注3:数値モデル
大気の運動、水蒸気の相変化、微量気体やエアロゾルの生成・輸送・変質・沈着過程などを、流体力学・熱力学・化学などの法則に基づいてシミュレーションするモデル。 本研究では、名古屋大学の全球気候-エアロゾルモデル(CAM5-ATRAS)と気象研究所の地球システムモデル(MRI-ESM2)を用いてシミュレーションを行った。
注4:放射強制力
温室効果気体やエアロゾルの変化によって引き起こされる、地球の放射エネルギー収支の変化量。単位は[W m–2]。正の放射強制力は地球大気の加熱に、負の放射強制力は冷却に寄与する。
発表論文
掲載誌:Atmospheric Chemistry and Physics
論文タイトル:Arctic black carbon during PAMARCMiP 2018 and previous aircraft experiments in spring
著者:
大畑 祥(名古屋大学宇宙地球環境研究所 助教)
小池 真(東京大学大学院理学系研究科 准教授)
吉田 淳(国立極地研究所 特任研究員)
茂木 信宏(東京大学大学院理学系研究科 助教)
足立 光司(気象庁気象研究所 主任研究官)
大島 長(気象庁気象研究所 主任研究官)
松井 仁志(名古屋大学大学院環境学研究科 准教授)
Oliver Eppers (ヨハネス・グーテンベルク大学マインツ 博士課程学生)
Heiko Bozem(ヨハネス・グーテンベルク大学マインツ 研究員)
Marco Zanatta (パリ第12大学 特任研究員)
Andreas B. Herber(アルフレッド・ウェゲナー極地海洋研究所 上席研究員)
DOI:10.5194/acp-21-15861-2021
論文公開日:021年11月4日
研究サポート
本研究は、環境再生保全機構の環境研究総合推進費「地球温暖化に関わる北極エアロゾルの動態解明と放射影響評価」や文部科学省「北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)」等の支援のもとで行われたものです。
お問い合わせ先
(研究内容について)
東海国立大学機構 名古屋大学宇宙地球環境研究所
助教 大畑 祥(おおはた しょう)
東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻
准教授 小池 真(こいけ まこと)
気象庁気象研究所
主任研究官 足立 光司(あだち こうじ)
気象庁気象研究所
主任研究官 大島 長(おおしま なが)
(報道について)
東海国立大学機構 名古屋大学管理部総務課広報室
東京大学大学院理学系研究科理学部広報室
国立極地研究所 広報室
気象庁気象研究所 企画室