ビッグデータを用いた経済効果の検証
2021-10-29 東京大学
1.発表者
吉村 有司(東京大学先端科学技術研究センター 共創まちづくり分野 特任准教授)
熊越 祐介(東京大学先端科学技術研究センター 共創まちづくり分野 特任研究員 (研究当時))
小泉 秀樹(東京大学先端科学技術研究センター 共創まちづくり分野 教授)
2.発表のポイント
- 歩行者中心の街路に立地する小売店や飲食店の売り上げは、非歩行者空間に立地するそれらよりも高いことを定量的に示した。
- 車中心の道路から歩行者や自転車中心の道路への転換に係る、周辺環境への経済的影響を分析した結果、レストランやカフェといった飲食店の売り上げにポジティブな影響を与えることが明らかになった。
- 本研究成果はウィズコロナに対応した都市計画やまちづくりが進むなか、パンデミックへの備えと経済活動を両立させる為の街路の有効活用といった政策立案や、住民との合意形成のための強い根拠となり得ると期待される。
3.発表概要
環境汚染や健康、そして市民生活の質を高めるといった観点から、世界各地の都市で歩行者中心の街路編成が進んでいます。しかしながら、これまで歩行者空間化による周辺環境への影響が定量的に検証されることは殆どありませんでした。
東京大学先端科学技術研究センターの吉村有司特任准教授、熊越祐介特任研究員(研究当時)、小泉秀樹教授のグループは、マサチューセッツ工科大学(MIT)センセーブルシティラボのセバスティアーノ・ミラルド(Sebastiano Milardo)ポスドク研究員、パオロ・サンティ(Paolo Santi)主任科学研究員、カルロ・ラッティ(Carlo Ratti)教授、アーバン・サステイナブル・ラボのイーチュン・ファン博士課程(Yichun Fan)およびスーチー・セン(Siqi Zheng)教授、ビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア銀行(BBVA)のホアン・ムリーリョ(Juan Murillo Arias)氏らとの共同研究により、歩行者空間の分布を広範囲で収集する手法を開発し、その経済的な影響を検証しました。スペイン全域のオープンストリートマップ(OSM)(注1)のメタデータから街路の用途変更情報を時系列で集め、その周辺に立地する小売店・飲食店の売り上げ情報と比較しました。その結果、歩行者空間に立地する小売店・飲食店は、非歩行者空間に立地するそれらよりも売り上げが高いことを見いだしました。また、歩行者空間化という、特定時点における街路の用途変更の前後の売り上げを検証した結果、歩行者空間化により飲食店の売り上げが向上することがわかりました。
本研究により、ランチやディナー、コーヒーといった体験型の消費活動は、車中心で編成されている道路よりも、歩行者で賑わいを見せる街路の方が好まれるというこれまでの言説を、データとサイエンスで定量的に説明しました。
本研究成果は、ウィズコロナに対応した都市計画やまちづくりが進むなか、ソーシャルディスタンスなどの感染症対策を考慮しながらも、経済を両立させる目的での街路空間の活用という政策立案や、住民との合意形成のための強い根拠となり得ると期待されます。
本研究成果は、国際雑誌「Cities」に掲載されました。
4.発表内容
本研究では、歩行者空間化という街路の用途変更による周辺環境への経済的な影響を分析するために、(1)歩行者空間の周辺に立地している小売店や飲食店の売り上げと、非歩行者空間の周辺に立地しているそれらを比べた際、どちらの売り上げが高いか、(2)歩行者空間化という特定時点におけるイベント(街路の用途変更)が周辺環境に及ぼす経済的影響、の2点について検証しました。
研究グループは、オープンストリートマップのメタデータから、街路の用途変更情報をスペイン全土に渡って収集しました。128mグリッドという街路スケールで、2010年から2012年の各月毎の歩行者空間の分布情報を時系列データとして取得しました(図1)。またBBVAより、歩行者空間の周辺に立地する事業者の取引情報を、匿名化された集計データとして提供を受けました。それらをGIS(注2)上で分析可能なかたちに編集し、差分の差分法(DID)(注3)という統計分析手法の適応を通じて、事業者の売り上げの要因と歩行者空間化の関わりを検証しました(図2)。
その結果、歩行者空間に立地している小売店・飲食店の売り上げは、非歩行者空間に立地しているそれらよりも、売り上げが高くなる傾向にあるということがわかりました。また、歩行者空間化という、用途変更が引き起こす周辺への経済的な影響について検証したところ、レストランやカフェなど飲食店の売り上げにポジティブな影響が見られました。
これらの結果から、日用品の購入などについては、歩行者空間であろうとなかろうと日常的に行われる一方で、ランチやディナー、コーヒーといった飲食に関しては、車中心の街路よりも、歩行者中心で編成されている街路の方が好まれるということが推測できました。このような言説はいままでも直感的に言われ続けてきましたが、本研究ではそれらの言説にデータによる裏付けを与えました。
本研究で得られた成果は、ウィズコロナ時代の新しい生活様式に基づいた今後の都市計画やまちづくりに、データに基づいた科学的な根拠を与えるものです。また、周辺環境に立地する事業者や住民との合意形成の際に、直感や感性に基づいたものではなく、客観的で定量的なデータを用いることができる意義は大きく、今後の持続可能な都市を創造していくうえで、本研究の成果が貢献すると期待されます。
5.発表雑誌
雑誌名 Cities
論文タイトル Street Pedestrianization in Urban Districts: Economic Impacts in Spanish Cities
著者名 Yuji YOSHIMURA*, Yusuke KUMAKOSHI, Yichun FAN, Sebastiano MILARDO, Hideki KOIZUMI, Paolo SANTI, Juan MURILLO ARIAS, Siqi ZHENG, Carlo RATTI
掲載日 2021年10月28日(木)(英国夏時間)
DOI https://doi.org/10.1016/j.cities.2021.103468
6.問い合わせ
東京大学先端科学技術研究センター 共創まちづくり分野 特任准教授 吉村有司(よしむら ゆうじ)
7.用語解説
(注1)オープンストリートマップ(OSM) 誰でも参加できて、誰でも自由に使える地図を作るプロジェクト。地図のウィキペディアとも呼ばれている。
(注2)GIS コンピュータ上で様々な地理空間情報を重ね合わせて表示するためのシステムのことを言い、現代の社会生活になくてはならない情報基盤となっている。
(注3)差分の差分法(DID) 介入を行なった際に、その介入によって特定の変数がどれくらい変化したかを推定する手法であり、計量経済学や社会学などで用いられてきた手法。
8.添付資料
図1:オープンストリートマップ(OSM)(注1)から取得した歩行者空間の時系列変化の例。バルセロナ市とヴァジャドリッド市の2012年12月における歩行者空間の分布
図2:差分の差分法(DID)(注3)の為のスキーム図