軟X線顕微分光法による接着因子の可視化に成功 ~接着界面の学理構築に貢献~

ad

2021-06-29 理化学研究所,広島大学

理化学研究所(理研)放射光科学研究センター利用システム開発研究部門物理・化学系ビームライン基盤グループ軟X線分光利用システム開発チームの山根宏之研究員(研究当時)、大浦正樹チームリーダー、先端光源開発研究部門制御情報グループ次世代検出器開発チームの初井宇記チームリーダー、石川哲也センター長、広島大学大学院先進理工系科学研究科の高橋修准教授らの共同研究グループは、大型放射光施設「SPring-8」[1]の高輝度軟X線ビームを用いた「軟X線顕微分光法[2]」によって、熱可塑性樹脂[3]と熱硬化性エポキシ接着剤[3]の接着界面における接着因子の可視化に成功しました。本研究成果および確立した分析手法は、今後接着界面の学理構築に貢献するものと期待できます。

接着とは、接着剤と被着材料との間に何らかの力が働いて、それらが結合している状態のことをいいます。接着界面に関するマクロな視点での知見はこれまで多く蓄積されてきましたが、接着強度に影響する接着因子を含め、分子レベルでの接着メカニズムの理解は限定的でした。

今回、共同研究グループは、試料表面における局所領域化学状態の分析に力を発揮する軟X線顕微分光法を用いて、炭素繊維強化プラスチック[4]の母材として使用される熱可塑性樹脂のポリエーテルエーテルケトン(PEEK)と熱硬化性エポキシ樹脂であるビスフェノールA型エポキシ接着剤(DGEBA-DDS)接着界面における物理的・化学的状態の可視化に成功しました。

本研究成果は、科学雑誌『Communications Materials』オンライン版(6月11日付)に掲載されました。

背景

近年、次世代モビリティーの構成部材として炭素繊維強化プラスチックをはじめとする先端複合材料が注目され、自動車だけでなく鉄道や航空機などの車体や機体に使用されています。こうした材料をより効果的に用いることで、軽量化による低燃費化、環境負荷の低減を実現するために期待されているのが、接着接合による軽量化材料の組立です。

接着とは、接着剤と被着材料との間に何らかの力が働いて、接着剤と被着材料が結合している状態のことをいいます。接着の強度は、材料間に働く分子間力(ファンデルワールス力)による物理吸着、イオン結合・水素結合、共有結合などの化学結合、接着剤の固化による機械的結合(アンカー効果[5])などの因子によって決まります。

接着界面に関するマクロな視点での知見はこれまでに多く蓄積されてきましたが、接着強度に大きく影響する分子レベルでの接着メカニズムの理解は限定的でした。接着強度試験で十分な強度を示しても、なぜ強いのかを科学的に証明しなければ、安全な次世代モビリティーの実現は成し得ません。接着界面付近は接着性に影響する因子が多く集まるところであり、その接着界面付近の物理的・化学的状態をマルチスケールで観察するための効果的な手法が望まれていました。

研究手法と成果

共同研究グループは、大型放射光施設「SPring-8」の理研ビームラインBL17SUから得られる高輝度軟X線を用いた「軟X線顕微分光法」による局所領域の化学状態分析を接着界面の観察に用いることにしました。この手法では、軟X線ビームをフレネルゾーンプレート[6]を用いた集光光学系により、0.2~0.3マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)のサブミクロンに集光し、接着界面が露出した接着接合試料上を走査することで、観察領域の元素分布や化学状態を分析します。

この手法を炭素繊維強化プラスチックの母材として使用される熱可塑性樹脂のポリエーテルエーテルケトン(PEEK)と熱硬化性エポキシ樹脂のビスフェノールA型エポキシ接着剤(DGEBA-DDS)の接着界面における接着因子の観察に応用しました(図1a)。PEEKは耐熱性・機械的強度に優れるものの、表面が不活性で接合が難しいため、接合の前にプラズマ処理[7]を施し、表面を官能基修飾することで改質させるのが一般的です。今回はプラズマ処理によって水酸基(-OH)やカルボキシ基(-COOH)をPEEKの表面に導入し、接着しやすい状態に化学的に改質したものを接着接合試料としました(図1b)。また、プラズマ処理をすると、PEEK表面に0.2~0.3mmのサブミリメートルの凹凸ができることから、被着体の表面積が増し、物理吸着が促進される効果や、凹凸の隙間に流れ込んだ接着剤が固化することによってアンカー効果が生じることが知られています。

一般に、接合試料の表面を斜め研磨することで、接合界面を試料表面に拡大露出することができます。本研究では傾斜角2°の斜め研磨により、通常の厚さ数10ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)の接着界面を30倍程度に拡大露出させました(図1c)。

さらにDGEBA-DDS/PEEKの界面近傍を見やすくするために、プラズマ処理によってPEEKに導入された水酸基をフッ素修飾する無水トリフルオロ酢酸(TFAA)処理(R-OH → R-OCOCF3)を行いました。これにより軟X線顕微鏡で得られるフッ素の分布から水酸基の分布を知ることができます。

軟X線顕微分光法による接着因子の可視化に成功 ~接着界面の学理構築に貢献~

図1 接着界面分析のための準備

(a)熱可塑性樹脂であるPEEKと熱硬化性エポキシ接着剤のDGEBA-DDSの分子構造。

(b)プラズマ処理により、PEEK表面を改質し、接着に至る工程。PEEK表面に水酸基やカルボキシ基が導入された。

(c)接着界面観察のために界面を拡大露出した斜め研磨試料の模式図。傾斜角2°の斜め研磨を施した。


軟X線顕微分光観察に先立ち、光学顕微鏡で試料を観察したところ、界面付近、特にDGEBA-DDS側の表面が荒れた状態であることが分かりました(図2a左)。光学顕微鏡画像内の赤点線で囲まれた部分について、軟X線顕微分光法により元素分布を可視化したものを図2a右に示します。接着界面を境に窒素(N)とフッ素(F)の分布に明瞭なコントラストがあり、その模様が光学顕微鏡画像のコントラストに対応していることが分かります。NはもともとDGEBA-DDSの分子構造に含まれたもので、Fはプラズマ処理によってPEEKに導入された水酸基をTFAA処理した結果入ったものと考えられます。

この元素分布図を精査すると、三つの領域があることが分かりました。NとFの両方が分布する領域Ⅰ、NもFも分布しない領域Ⅱ、Fだけが分布する領域Ⅲです。領域Ⅰは接着接合領域、領域Ⅱは試料作製の際にプラズマ処理の効果が及ばないPEEK母材の内部から破損した領域(母材破壊)、領域Ⅲは接着界面で破損した領域(界面破壊)であると解釈されます(図2b)。領域ⅢにおいてNがわずかながら検出されていることも、界面破壊、つまり接着剤が両方に残っていることを裏付けています。すなわち、領域Ⅰはプラズマ処理で接着がうまくいった領域、領域ⅡとⅢはプラズマ処理がうまくいかなかった(過処理)領域だといえます。これらの結果から、本手法により接着界面付近のサブミリメートル領域の物理的・化学的状態を可視化できることが示されました。

軟X線顕微分光法による接着界面における接着破壊の可視化の図

図2 軟X線顕微分光法による接着界面における接着破壊の可視化

(a)左は、斜め研磨試料の接着界面近傍の光学顕微鏡画像。右は、左の赤点線で囲まれた部分を軟X線顕微分光法により可視化した元素分布図。上からN、F、N/Fの分布を示す。領域ⅠにはNとFの両方が分布し、領域ⅡにはNもFも分布せず、領域ⅢにはFだけが分布している。

(b)元素分布図に見られる3領域の違いについての解釈図。領域Ⅰは接着接合領域、領域Ⅱは試料作製の際にプラズマ処理の効果が及ばないPEEK母材の内部から破損した領域(母材破壊)、領域Ⅲは接着界面で破損した領域(界面破壊)であると解釈される。


次に、接着接合試料からの蛍光X線[8]を計数する部分蛍光収量法による「X線吸収分光法(XAS)[9]」を行い、接着界面を構成する分子に含まれる酸素(O)のX線吸収スペクトルを計測しました。OはDGEBA-DDS、PEEKのいずれの分子構造にも含まれる元素であり、またPEEKの表面改質により導入した官能基にも含まれます。図3aは、界面を境にXASスペクトルの構造(特に531~532eV付近)が変化している様子を示しています。この構造は複数の成分(A、B、C)から構成されており、スペクトル形状分析の結果、界面を境にBの成分がエネルギーシフトしていることが分かりました。詳しい解析の結果、このエネルギーシフトは接着界面におけるエステル結合(R1-COO-R2)の形成を示唆することが分かりました(図3b)。この結果から、本研究により接着界面について分子レベルで議論できることが示されました。

X線吸収分光法(XAS)による接着界面における共有結合(エステル結合)の検出の図

図3 X線吸収分光法(XAS)による接着界面における共有結合(エステル結合)の検出

(a)DGEBA-DDS/PEEK接着界面近傍における酸素K吸収端X線吸収スペクトルの場所依存性。界面を境にBの成分がエネルギーシフトしている。

(b)接着界面における吸収スペクトルの形状の変化(B ⇒ B’)から界面エステル結合(R1-COO-R2)の生成が示唆された。

今後の期待

本研究により、接着界面のマルチスケール観察に軟X線顕微分光法が有用であることが示されました。共同研究グループはさらなる知見を得るため、軟X線顕微鏡の高分解能化・高感度化に向けた新しい装置の開発を続けています。今回は接合界面を拡大するために斜め研磨という方法を採用しましたが、新装置では軟X線顕微鏡の高分解能化・高感度化により、接着界面をそのまま観察できるようになります。垂直断面試料の直接観察が高効率で行えるようになれば、接着界面における接着因子に対する理解がさらに深まると期待できます。

補足説明

1.大型放射光施設「SPring-8」
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高レベルの放射光を生み出す施設。理化学研究所が所有し、その運転管理と利用者支援は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前は Super Photon ring 8GeVに由来する。放射光とは、電子を光とほぼ同じ速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する強力な電磁波のことで、SPring-8では、この放射光を用いて基礎科学から産業利用までの幅広い研究が行われている。

2.X線顕微分光法
照明光源として軟X線を用いたX線顕微鏡による物質の分析手段。1,000分の1ミリ以下に集光した軟X線で、観察対象の局所領域の元素分布や化学状態分析などを行う。

3.熱可塑性樹脂、熱硬化性エポキシ接着剤
いったん硬化した樹脂を再加熱すると軟化するが、高温になるにつれて柔らかく溶融する性質を熱可塑性といい、熱可塑性を持つ樹脂のことを熱可塑性樹脂と呼ぶ。一方、熱硬化性樹脂は加熱すると硬くなる合成材料で、高い動作温度、腐食や化学薬品に対する耐性を持ち、優れた機械的強度を持つ。熱硬化性エポキシ樹脂は熱硬化性樹脂の一種。

4.炭素繊維強化プラスチック
強化材として炭素繊維を用いた繊維強化プラスチックのこと。母材として熱可塑性樹脂や熱硬化性エポキシ樹脂などが使われ、高い強度と軽さが売りの先端複合材料の一種。1990年代頃から自動車や航空機の軽量化部材としても使用されている。

5.アンカー効果
接着や塗装において、被着材料表面にある微細な凹凸(穴や隙間)に接着剤や塗料が入り込んで固化することで、フックの返しが食い込むような効果で生じる機械的結合のこと。投錨効果、ファスナー効果ともいう。

6.フレネルゾーンプレート
光の屈折現象を利用した結像素子で、入射する光に対して透明な輪帯と不透明な輪帯を交互に配置した円形の透過型回折格子のこと。X線顕微鏡などで、X線を集光させるための光学素子として使用される。

7.プラズマ処理
プラズマを用いて材料表面の改質や洗浄を行う処理。難接着性材料の表面に対して接着の前処理として行われる。

8.蛍光X線
物質に一定以上のエネルギーを持つ光や荷電粒子を照射すると、その物質を構成する元素(原子)の内殻の電子が励起・電離される。そのとき生じた空孔に外殻の電子が遷移する際に放出される特性X線のことを蛍光X線という。特性X線(蛍光X線)は元素固有のエネルギーを持つため、観察対象となる物質を構成する元素の分析が可能。

9.X線吸収分光法(XAS)
物質の非占有電子状態を調べるのに効果的な手法で、元素選択性があることが大きな特徴。物質を構成する元素が置かれる局所構造や化学状態に関する知見を取得できる。原子分子科学、物質科学、化学・地学・生物学など幅広い分野で利用されている。XASはX-ray Absorption Spectroscopyの略。

共同研究グループ

理化学研究所
放射光科学研究センター
利用システム開発研究部門
物理・化学系ビームライン基盤グループ 軟X線分光利用システム開発チーム
研究員 山根 宏之(やまね ひろゆき)
(研究当時、現 一般財団法人 光科学イノベーションセンター 副部長)
チームリーダー 大浦 正樹(おおうら まさき)
先端光源開発研究部門
制御情報グループ 次世代検出器開発チーム
チームリーダー 初井 宇記(はつい たかき)
センター長 石川 哲也(いしかわ てつや)
センター長室 石原 知子(いしはら ともこ)
(研究当時、現 高輝度光科学研究センター タンパク質結晶解析推進室)

広島大学 大学院先進理工系科学研究科
准教授 高橋 修(たかはし おさむ)

三菱重工株式会社 総合研究所
化学研究部
主席研究員 山崎 紀子(やまざき のりこ)
製造研究部
主席研究員 長谷川 剛一(はせがわ こういち)
航空機技術部 大型機設計課
課長 高木 清嘉(たかぎ きよか)

研究支援

共同研究グループの山根、大浦、初井は、本研究推進の一部において、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業(JPMJMI18A2)の支援を受けて活動しています。また、山根は日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(JP20H02702)の助成を受けています。

原論文情報

Hiroyuki Yamane, Masaki Oura, Osamu Takahashi, Tomoko Ishihara, Noriko Yamazaki, Koichi Hasegawa, Tetsuya Ishikawa, Kiyoka Takagi, and Takaki Hatsui, “Physical and chemical imaging of adhesive interfaces with soft X-rays”, Communications Materials, 10.1038/s43246-021-00168-5

発表者

理化学研究所
放射光科学研究センター
利用システム開発研究部門
物理・化学系ビームライン基盤グループ 軟X線分光利用システム開発チーム
研究員 山根 宏之(やまね ひろゆき)
(研究当時、現 一般財団法人 光科学イノベーションセンター 副部長)
チームリーダー 大浦 正樹(おおうら まさき)
先端光源開発研究部門
制御情報グループ 次世代検出器開発チーム
チームリーダー 初井 宇記(はつい たかき)
センター長 石川 哲也(いしかわ てつや)

広島大学 大学院先進理工系科学研究科
准教授 高橋 修(たかはし おさむ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
広島大学 広報グループ

0504高分子製品
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました