音を感じる新素材と音で操る材料物性操作法の開拓に成功~資源循環型社会に向けて音で実現する架橋材料の解体・再加工・再利用~

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2023-07-20 東京大学,サンパウロ大学

発表のポイント
  • 架橋高分子材料の解体および力学物性制御を「音」によって実現しました。
  • 音を感じて力学物性が変化する新素材「感音性物質」の化学と高密度焦点式超音波(HIFU)の工学を融合し、架橋高分子材料内部の力学物性をピンポイントで操り、解体・再加工・再利用する新たな方法論を開拓しました。
  • 樹脂、接着剤、さらには3Dプリンティングによる造形物の解体・再加工・再利用など、来たる循環型社会の実現に向けて、広範な産業への貢献が期待されます。

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独自に製作した高密度焦点式超音波デバイスから発せられた超音波が、音を感じる新素材をピンポイントで応答させている様子

発表概要

東京大学大学院総合文化研究科の本多智助教、スタンフォード大学のPierre T. Khuri-Yakub名誉教授、サンパウロ大学の白啓男助教らの研究グループは、音を感じて力学物性が変化する新素材「感音性物質」、および高密度焦点式超音波(HIFU)(注1)デバイスによって材料内部の局所物性を音で操る方法論をそれぞれ開発しました。これらの新材料・新技術を融合して打ち出した新コンセプト「音動的共有結合(注2)性物質の工学(Acoustodynamic Covalent Materials Engineering:ADCME)」に基づくと、動的/静的架橋(注3)材料内部の力学物性をピンポイントかつ可逆的/不可逆的に改変することができます。
本研究成果は、従来は困難であった材料内部の遠隔的物性操作により、役目を終えた材料を廃棄することなく必要な部分だけを解体・加工・再利用する道が拓かれ、持続可能な社会の形成にも寄与できます。

発表内容

高分子材料は人類の発展を支えてきました。我々の身の回りの様々な高分子材料には、熱的、力学的、さらには化学的耐久性を賦与する目的で架橋が施されています。しかし、高分子材料に施された架橋は、材料の長期的な使用を許す一方で、役目を終えた材料の再資源化を妨げることが問題となっていました。この問題の解決に向けて、物質科学分野では動的共有結合(DCB)を駆使した架橋材料が提案されてきました。とりわけ、ピンポイントに作用させることが可能な光刺激は、意図した部分のみを意図したタイミングで解体するための有効な外部刺激としてDCBの解離に応用されてきました。研究グループにおいても、DCBで架橋された高分子物質を光刺激によって自在に固体-液体状態の間で制御することに成功してきました。しかしながら、光刺激は材料の表面に作用させることはできても、材料内部に作用させることが困難であるという、原理上解決が困難な課題がありました。
研究グループはこの課題を解決するための外部刺激として「音」に着目しました。媒体の振動の伝播によって特徴づけられる音波は、材料内部に作用させたり、障害物を回り込ませたりすることができる特徴を持つ外部刺激と考えることができます(図1a右)。とくに高密度焦点式超音波(HIFU)は(図1b左)、波の重ね合わせの原理を利用して焦点にエネルギーを集中させることができ、ピンポイントの治療を可能にする医療行為として応用されてきた実績があります(図1b右)。そこで研究グループは、音を感じる材料(感音性材料)の開発と、感音性材料の物性を音で操る方法論を開発できれば、架橋材料内部を局所的かつ自由自在に制御できるのではないかと考え、本研究の構想に至りました。

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図1. 外部刺激としての光と音の特徴の整理(a)光と音の外部刺激としての違いを表すイメージ図。(b)本研究で着目したHIFUを発生するデバイスが超音波の焦点を形成する様子を表すイメージ図。


研究グループは、様々な検討の末にヘキサアリールビイミダゾール(HABI)を鎖中に持つ架橋高分子が、HIFUに極めて良好に応答する感音性材料であることを見出しました。HABIを構成する二つのイミダゾール環の間の共有結合の結合解離エネルギー(BDE = 100 kJ/mol)は炭素-炭素結合の1/3程度と小さく、従来、HABIは光刺激で可逆的に開裂してトリフェニルイミダゾリルラジカル(TPIR)を生成する物質として知られてきました。それに対して、本研究ではHABI由来のDCBを含む架橋高分子が感音性材料として振る舞うことが突き止められました。
具体的に研究グループは、液槽光重合(vat-photopolymerization: VP)(注4)方式の3Dプリンティング(3DP)により感音性材料からなる3次元造形物を作製しました(図2a)。また、独自に製作したHIFUデバイス(図2b)によってこの造形物の中心が焦点となるようHIFUを照射したところ(図2c)、一定の出力を超えたところで照射部位のみにTPIRの生成に由来する色変化がみられました(図2d)。電子スピン共鳴法によりその色変化がTPIRの生成によることが突き止められ、HIFU照射前後の力学物性を比較したところ照射後には造形物の貯蔵弾性率(G’)(注5)が顕著に低下しました。また、室温ではG’が低下したまま維持されるのに対し、適度に加温したところG’は上昇しました。したがって、感音性物質へのHIFU照射に伴う力学物性変化が可逆的であることも分かりました。さらに、HIFUの出力を上げると、造形物にHABI由来のDCBが含まれているか否かによらず、材料内部を遠隔的に破壊・解体できることが分かりました(図2e, f)。
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図2. 本研究の成果を表す図(a)VP-3DP法によって感音性材料の3次元造形物が作製された様子の写真、および(b)HIFUデバイスの写真。(c)感音性材料の試験片にHIFUを照射している様子のイメージ図、および(d)HIFUに応答した感音性材料の写真。(e)DCBを含まない架橋高分子材料の試験片に対して水中で高出力のHIFUを照射するイメージ図、および(f)実際に照射して試験片が解体した瞬間の写真。


架橋高分子の用途の一つである接着剤は、様々な材料・部品の接合に利用される人類社会とは切り離せない素材でもあります。多くの接着剤は材料同士を強固に固定するため、接合された部品群を使用後に分離することができない場合には廃棄することを余儀なくされてきました。このような状況から最近では容易な分離を可能とする解体性接着剤の開発が盛んに進められています。それに対してADCMEに基づくと、先ず、本研究で製作したHIFUデバイスに高いエネルギーを印加することで感音性材料であるか否かによらず様々な架橋高分子材料をいとも簡単に解体することができるようになります。すなわち従来型接着剤の解体に問題を抱える現産業分野において即座に応用できる可能性があります。もちろん、より低いエネルギーの印加で済む解体性接着剤の解体方法としても有用で、本研究で明らかにしたように3DPによる造形物の力学物性操作にも用いることができます。
本研究で打ち出したADCMEは、樹脂、接着剤、さらには3DPによる造形物の解体・再加工・再利用を可能にする基本概念の一つとして将来的に様々な産業に貢献すると期待されます。
〈関連のプレスリリース〉
「いつでもどこでも誰でも光をあてるだけで簡単に性質を操ることの出来る材料を開発–溶媒不要の高分子形状リセット法「T・レックス」の実現–」(2018/11/30)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/files/20181130hondasobun1.pdf
「光刺激を与えるたびにナマコのように繰り返しドロドロになる高分子をはじめて合成–次世代光加工・光接着技術に向けた新素材–」(2017/9/11)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/files/20170911pressrelease-h.pdf
(動画)
HIFUの照射によって感音性材料を含まないゴム状のシリコーン樹脂がピンポイントで解体(燃焼)する様子のムービー
https://onlinelibrary.wiley.com/action/downloadSupplement?doi=10.1002%2Fadma.202304104&file=adma202304104-sup-0004-MovieS3.mp4
HIFUの照射によって感音性材料を含まない架橋高分子材料がピンポイントで解体(燃焼)する様子のムービー
https://onlinelibrary.wiley.com/action/downloadSupplement?doi=10.1002%2Fadma.202304104&file=adma202304104-sup-0005-MovieS4.mp4
VP-3DP法によって製作された感音性材料の3次元造形物がHIFUの照射によってピンポイントで応答する様子のムービー
https://onlinelibrary.wiley.com/action/downloadSupplement?doi=10.1002%2Fadma.202304104&file=adma202304104-sup-0006-MovieS5.mp4
HIFUが障害物を超えた先にある感音性材料の応答を可能にしたことを実証した様子のムービー
https://onlinelibrary.wiley.com/action/downloadSupplement?doi=10.1002%2Fadma.202304104&file=adma202304104-sup-0007-MovieS6.mp4

研究グループ

東京大学
大学院総合文化研究科
本多 智(助教)
岡 美奈実(研究当時:博士課程)
福家 和希(修士課程)

Stanford University
E. L. Ginzton Laboratory
Pierre T. Khuri-Yakub (Emeritus Professor)

Polytechnic School of the University of Sao Paulo
Department of Mechatronics and Mechanical Systems Engineering
白 啓男 (助教)

論文情報

雑誌:Advanced Materials(オンライン版:7月20日)
題名:Acoustodynamic Covalent Materials Engineering for the Remote Control of Physical Properties inside Materials
著者:Satoshi Honda*, Minami Oka, Kazuki Fuke, Pierre T. Khuri-Yakub, and Chi Nan Pai*
DOI:10.1002/adma.202304104

研究助成

本研究は、科研費「基盤研究(B)(課題番号:21H01632)」、東電記念財団、フジシール財団 特別長期研究助成、UTEC-UTokyo FSI Research Grant Programの支援により実施されました。

用語説明

(注1)高密度焦点式超音波(HIFU)
ピエゾ素子と、ピエゾ素子への電圧の入力によって発生した超音波がある一点で強め合うよう設計されたレンズを含む躯体からなるデバイスによって生成した超音波。

(注2)音動的共有結合
動的共有結合(DCB)は、外部刺激によって可逆的に開裂する共有結合の総称である。本研究では音によって可逆的に開裂する結合を含む物質が開発されたため、新たな用語として音動的共有結合と表現した。

(注3)架橋
高分子鎖が末端以外の任意の位置で互いに化学的に連結することを架橋という。逆に、架橋によって生じた高分子鎖間の化学的な連結がなくなることを解架橋という。

(注4)液槽光重合(vat-photopolymerization: VP)
安価に入手可能な多くの光造形式3Dプリンターで採用されている重合反応。用語「バット(vat)」は、料理用のバットと同じ意味で用いられており、日本語では液槽と表現される。この方式では、液状のレジンをバット内で一層ずつ硬化して積層して3次元構造物を作製する。

(注5)貯蔵弾性率(G’)
高分子物質は、弾性体(固体)としての性質と粘性体(液体)としての性質を併せ持つ粘弾性体である。粘弾性体を振動させるような力を及ぼした際に、その物質に蓄えられるエネルギーの成分に対応する弾性率は貯蔵弾性率と呼ばれる。逆に、その物質に蓄えられずに外部に拡散して失われるエネルギーの成分に相当する弾性率は損失弾性率と呼ばれる。

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