脳の宇宙を捉える顕微鏡~世界初、多領域にまたがる神経ネットワークのエコ特性を発見~

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2021-04-20 理化学研究所,株式会社フォブ,株式会社ニコン,日本医療研究開発機構

脳の宇宙を捉える顕微鏡

理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター触知覚生理学研究チームの村山正宜チームリーダーらの共同研究グループは、広視野・高解像度・高速撮像・高感度・無収差[1]を同時に満たす世界初の2光子顕微鏡[2]「FASHIO-2PM(fast-scanning high optical invariant two-photon microscopy)」を開発しました。

本研究成果は、脳の広域ネットワーク活動を観察できることから、知覚・認知・意思決定・運動などをつかさどる大脳新皮質の動作原理の解明に貢献し、また免疫、がん、植物など、さまざまな生物分野での利用が期待できます。

脳はさまざまな領域の集合体であり、領域間の相互作用により脳機能が発現すると考えられています。しかし従来の顕微鏡では、観察視野が狭い、または視野は広くても、空間解像度が低いか、神経活動の記録速度が低速でした。そのため、多領域にまたがる細胞レベルでの広域ネットワークの機能的構造は不明でした。

今回、共同研究グループは、巨大な無収差対物レンズや大口径・高感度・高出力光検出器などを開発し、これらを組み込んだ2光子顕微鏡FASHIO-2PMを構築しました。マウス大脳皮質2層に存在する1万6000個以上の神経細胞の活動を、9mm2(従来の36倍)の単一視野面から7.5Hzの撮像速度で高感度に測定することに成功しました。この単一視野面で記録された細胞数と撮像速度は世界最大・最速です。さらに、観測したデータを用いて細胞レベルでのネットワーク解析を行った結果、大脳皮質はスモールワールド性[3](情報処理においてコストがかかりにくいエコなシステム性)を持つことを世界に先駆けて発見しました。

本研究は、科学雑誌『Neuron』オンライン版(4月19日付:日本時間4月20日)に掲載されます。

FASHIO-2PM対物レンズと光検出器の図

FASHIO-2PM対物レンズと光検出器

背景

近代神経生理学のパイオニアで、シナプスの命名者であるチャールズ・シェリントン卿(1932年ノーベル生理学・医学賞)は、彼の著書『Man on his nature』の中で、脳の働きについて次のような詩的な記述を残しています。

“The brain is waking and with it the mind is returning. It is as if the Milky Way entered upon some cosmic dance. Swiftly the head mass becomes an enchanted loom where millions of flashing shuttles weave a dissolving pattern, always a meaningful pattern though never an abiding one; a shifting harmony of subpatterns.”

彼は、膨大な神経細胞の活動を、夜空にきらめく星々として想像しました。「目が覚めると、まるで天の川が宇宙のダンスを始めたかのようだ。突如、頭の中が魔法の織機のようになり、何百万もの点滅するシャトルが幻想的なパターンを織り成す」と思いを巡らせています。シェリントン卿だけでなく、多くの科学者たちは、生きた脳から大多数の神経活動を記録することを夢見てきました。しかし、そもそもなぜ大規模記録が必要なのでしょうか。それは、脳機能の発現メカニズムのヒントがそこにあると考えられているからです。

大脳新皮質は高等生物で発達した脳領域で、知覚・認知・意思決定・運動などの機能を担っています。これらの脳機能は、複数の領域に存在する神経細胞の協調的な活動と相互作用によって発現されると考えられています注1,2)。従って、脳機能の発現メカニズムを理解するには、複数領域から同時観察(森の観察)し、かつ一つ一つの神経細胞も記録できる(木の観察)解像度と、その活動を捉える十分な記録速度が必要となります。

生きた動物の脳から、単一細胞の解像度で神経活動を観測するために、2光子顕微鏡によるカルシウムイメージング法[4]が利用されています。しかし、これまでの2光子顕微鏡で観察できる視野は0.25mm2程度が限界でした(図1左)。このような狭い視野では、マウスのように小さい動物の脳でも、複数の脳領域から神経細胞を同時に観察することはできません。最近では、視野を広くした2光子顕微鏡も発表されていますが、細胞レベルの空間解像度がない、あるいは活動の記録には低速であることから、即時的な細胞間連絡を捉えることができないという限界があります。そのため、多領域にまたがる細胞レベルでの広域ネットワークの機能的構造は不明でした。

そこで、共同研究グループは、0.25mm2の36倍に相当する9mm2の視野から細胞レベルで活動を十分な速度で観測する新しい2光子顕微鏡の開発を目指しました(図1右)。

マウス脳における従来の2光子顕微鏡とFASHIO-2PMで観察できる視野の比較の図

図1 マウス脳における従来の2光子顕微鏡とFASHIO-2PMで観察できる視野の比較

白枠は観察視野、黒線は各脳領域の境界を示す。これまでの2光子顕微鏡はマウス大脳新皮質において一つの脳領域しか観察できなかったが、FASHIO-2PMでは複数脳領域から神経活動を同時観察できる。マウス脳は、Allen Mouse Common Coordinate Framework v3(CCF)からダウンロードしたデータから作成した。

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